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 二発目の発煙弾が空を切り裂く。それは緊急を告げる、狩りの仲間のSOS。
 ウィルほどの手練が二発目を打ち上げる、その意味にオルカの胸は軋んで高鳴り早鐘のよう。後に続くエルグリーズはがちゃがちゃとガンランスを鳴らし、息を切らせた様子もなくちゃんとついてくる。地図を睨む遥斗も、段差を苦もなくオルカにぴったりとついてきた。
「オルカ、この先に火竜の巣があります。そこから飛び降りれば!」
「うん、一気にショートカットできる。水中戦だ、二人共気をつけて」
 視界が開けて、青い空が目に広がる。
 火竜の巣は今、繁殖期を前に閑散としていた。主不在で卵もなく、ジャギィ達が巣穴を徘徊している。その小柄な鳥竜を無視して、オルカは切り立つ崖の縁から下を覗き込んだ。
 すぐ下には蔦が伸び、白い泡を立てて岩盤を打つ波濤へと吸い込まれている。
 快晴の空とは裏腹に、海は荒れていた。その奥に恐らく、ウィルを逃さず絡めとる凶暴な海竜ラギアクルスが潜んでいる。まるでそう、ウィルを餌にオルカ達を誘っているようだ。だが、罠と知っても仲間の為には飛び込む、仲間と共に食い破るのがモンスターハンターだ。
「オルカ、行きましょうっ! ウィルの危険が危なくてピンチですっ」
 そう言ってエルグリーズは、両の小指を舐めると耳の穴を濡らした。彼女は相変わらずアオアシラ素材の防具を身に着けているが、背負うガンランスは若干強化されているようだ。この辺は常日頃からルーンやアニエスが面倒を見てるので、きっと火力不足になることはないだろう。
 それに、彼女の持つ不思議な力というか雰囲気が、オルカには妙に頼もしい。
 この局面においても緊張感の欠片もなく、普段と同じゆるさで準備運動に屈伸しているその姿。彼女がいれば遥斗が奮起するのも知っている。それは生き残りを賭けた決戦の場では好ましい。。
「最後に確認だ。遥斗、君は」
「はいっ! オルカを援護します」
「いや、君はエルを守って。いいかい、無理は禁物だよ。それとエル、君は――」
 えっちらおっちらと泳ぐ前のストレッチに身をほぐすエルグリーズへと、オルカは言葉を向ける。
「君は、遥斗を守って。互いに死角をカバーしながら戦うんだ。いいね?」
「了解ですっ。遥斗、遥斗はエルがお守りしますね。一緒に頑張りましょうっ!」
 オルカもスラッシュアクスを展開するや、改めて変形レバーを確認する。全くびくともしない小さなレバーは、このソルブレイカーの特徴だ。相変わらずスラッシュモードでの使用は望めないが、今はそのことを考えている余裕はない。
「よし、行こうっ! まずはウィルを助けて四人で挑む。周囲に気を配って、体力とスタミナを温存。いいね」
 頷く元気な返事を二つ聞いて、意を決するやオルカは崖から身を躍らせた。
 周囲の空気が下から上へと突風となって、そして強烈なインパクトと共に海水に包まれる。
 着水と同時に武器の重さで潜りながら、日光が僅かに照らす水中へと目を凝らすオルカ。荒れた水面とは裏腹に、海の底は静かで穏やかだった。だが、その中を沖へと逃げるサメの大群が遠ざかる。
(サメが逃げてきた先に……いたっ!)
 背後で二つの着水音を聞いて、オルカは指信号で呼びかけつつ水を蹴った。
 右に左にと切り立つ岩肌が、頭上から水路を織り成し迫ってくる。曲がりくねった先へと進むと、その先がほのかに明るい。青白い光に照らされた海の玉座に、近海の王が獲物を嬲っていた。水流に翻弄され放電から逃げ惑うのは、両手に雌雄一対の双剣を構えるウィルだ。
「オルカ、ウィルが! 早く助けましょ……モガッ!? フガガガガッ……い、息がぁ〜」
 背後で大声を出したエルグリーズが、白い泡をまとってじたばたと暴れ始める。慌ててその口を閉じさせながらも、寄り添う遥斗が酸素玉を取り出した。だが、エルグリーズの絶叫にウィルが、なによりラギアクルスが気づいた。
 瞬間、泡立つ海水を伝搬する雷公の咆哮。
 総身を震わす恐慌に竦みながらも、オルカは歯を食いしばって泳ぐ。
 振り向いたウィルの目が、僅かに不敵な笑みを浮かべていた。
(よぉ、来たかい。じゃあ……そろそろおっぱじめようぜ!)
(ウィル、どうしてこんな無茶を。閃光玉っ、目を伏せて!)
 オルカは水圧に抗いながらも閃光玉を取り出し、まとわりつく波の流れに逆らって投擲する。
 海の底に小さな太陽が爆発して、ラギアクルスの網膜を一瞬だけ焼いた。
 その隙に合流したウィルが、トンと肩を叩いてくる。ウィルの身につけたハプルポッカ素材の防具は、ところどころ解れてヘルムは脱落していた。だが、五体に怪我はないようで、即座に阿吽の呼吸で狩りを再開。背後でガンランスが炸薬を装填する音と共に、横に並ぶ弟分の抜刀を聞く。
(よし、セオリー通りに散開、狙いを散らして包囲するよ)
 ウィルの双剣もそうだが、オルカのスラッシュアクスや遥斗の太刀は、基本的に攻撃に重点を置いた武器だ。そのためガードする術がなく、立ち回りでは高度な回避能力や運動力が要求される。こうして閃光玉で無防備な時間を作っているうちはいいが、ここは雷公の縄張り、水の底……人の身は空気が続くうちしか、その能力を発揮できないのだ。
 だが、この一瞬に全てを賭ける勢いで、オルカ達は水を蹴る。
 ラギアクルスの角、爪、胸皮……そして帯電する特徴的な背の甲殻。それらを叩くことは、確実にラギアクルスの力を削ぎ落とし、狩りを有利に進められるだろう。ウィル一人では翻弄されるだけだったが、もしかしたら四人なら。
 だが、そんな楽観的な展望をラギアクルスの絶叫が木っ端微塵に打ち砕く。
 目を潰された海竜は怒りに任せて咆哮を轟かせ、全くオルカ達を寄せ付けない。
(くっ、身動きが……!)
(これだぜ……オルカ。奴はハンターを知り尽くしてやがる。わかっててやってるんだぜ……閃光対策って訳だ)
 信じられない言葉をウィルの指が手早く投げかけてくる。泡立つ水のなかでそれを読み取りながら、オルカは戦慄にわなないた。
 かつて今まで、数多の強敵と戦ってきた……だが、目の前のラギアクルスは別格。既にこちらの手の内を知り尽くしているかのように、吠え続けて時間を稼いだラギアクルスが動き始めた。どうやら視力が戻ったようで、その巨体が動くだけで水圧が押し寄せて海流にオルカ達は翻弄された。
 そして、距離を取ったラギアクルスが、渦巻く波をまとって突進してくる。
(やばいっ、みんな散って!)
 瞬く間にオルカ達の包囲網は瓦解した。
 たやすくオルカを吹き飛ばし、遥斗を波間に消し飛ばしたラギアクルス。そのままガードに身を固めたエルグリーズすらも弾き飛ばして、突進した先の岩盤をも打ち砕く。巨岩が割れて水の中に落下し、あっという間に土砂で視界が遮られた。
 その奥からプラズマが走って、藻掻くオルカのすぐ側で雷光が爆ぜた。
 当たれば致命打は免れぬ高圧電流のブレスが、徐々にハンター達の軌道を狭めてゆく。
(なんとか突破口を……閃光は駄目だ。罠を……)
 シビレ罠を取り出し展開しようとして、それを傍らのウィルに止められる。
 同時に、同じ事を考えたらしく、視界の隅で遥斗が罠を設置するや身を翻した。
 もしや……だが、まさか、そんな。オルカの思考へ先回りするように、ウィルは黙って首を振った。
 そしてラギアクルスは、悠々と岩が散乱して落下する中を、罠のある方へと泳ぐ。そして、悪夢のような光景にオルカは絶句した。ラギアクルスは器用に罠を迂回するや、待ち受ける遥斗の側面を襲ったのだ。牙と爪を突き立てられ、海水に遥斗の赤い血が吹き出す。太刀も海中では鋭い切っ先を鈍らせ、必死の反撃で切り下がる遥斗の太刀筋は普段のキレがない。
 ちらりと固まるオルカ達を盗み見てから、先ほどのウィル同様に今度は遥斗をラギアクルスはいたぶり始めた。
(たいした知能だぜ……だが、やられっぱなしって訳にもいかねえ)
(ウィル、打開策が?)
(おう、全くねえ! だがよ……)
 双剣を背負い直して、ウィルが酸素を補給するべくポーチの薬品類を取り出す。
 器用に密封された酸素で肺を満たしてから、ウィルはゆるりとラギアクルスへ向かって泳ぎだした。後を追うオルカは、手で制止するウィルに押しとどめられる。続いて遠ざかるウィルの手が、死中に活を求める一手を囁いてくる。
(罠に入らねえなら、よ……押し込んでやるまでっ! 任せろ、オルカ!)
 遥斗の矮躯を弄ぶラギアクルスの鼻先へと、身を投げ出したウィルが抜刀と同時に鬼人化を叫ぶ。己の酸素も体力も、その命すらもさらけ出した特攻に、ラギアクルスもまた鋭い爪と牙で応えた。たちまちウィルを渦巻く潮が包んで、その中央へと閉じ込めてゆく。強靭な四肢で襲うラギアクルスへ、それでもウィルは必死で剣を振りながら……藻掻いて足掻くふりで徐々に罠へと近付いてゆく。
 そして、奇跡が起こった。
 否、奇跡としか思えぬ状況をウィルが引き寄せた。
 カッ! と目を見開いたウィルの動きが加速する。突然のシフトアップでラギアクルスの魔の手をすり抜けた身は、人間とは思えぬ機動で背に回るや……ぼんやりと光る背電殻へと両の刃を突き立てた。鬼人強化。鬼人化により全身の能力を開放させた双剣士は、さらなる高みに達することがある。その境地へ今、ウィルの身は悲鳴をあげながら上り詰めていた。
 海水を揺るがすラギアクルスの絶叫とウィルの雄叫びが、濁った血を振りまいてゆく。
 斬れ味が落ちて弾かれても尚、ウィルは剣を振り続けた。
 ――そして、たまらず大きく旋回して逃げたラギアクルスの先で、力なく漂う姿が身を起こす。
(ウィル! ……遥斗も。無茶を!)
 心の中に叫んで泳ぐオルカの視線の先で、傷を癒すのも惜しんで遥斗が剣を振り上げた。
 上段から振り下ろされた太刀が、体を逃がすように波間へ浮かべたラギアクルスに吸い込まれてゆく。不意打ちに近い形で斬撃が閃き、その激痛にうろたえたラギアクルスが罠へとその巨体を寄せた。狡猾で残忍なラギアクルスが、初めて焦りを見せて失策に陥った。
 瞬間、急ぐオルカを追い越し泳ぐ紅い影。
(遥斗、ウィルも! あとはエルにお任せ……エルッ、考えました!)
 シビレ罠に身を囚われながらも、真っ赤な目を怒りに燃やしてラギアクルスが震える。
 その背中に舞い降りたエルグリーズは、ガンランスを叩きつけるやトリガーを振り絞った。
(あの背中のデコボコを壊せば、ビリビリ攻撃がなくなると思うんですっ!)
 装填された炸薬が全て爆発して、砲口が烈火を吐き出した。
 フルバーストの反動でひっくり返るエルグリーズが離れるや、見をよじってラギアクルスが身悶える。その背に輝いていた突起物は、跡形もなくバラバラに砕かれていた。だが、罠を脱した雷公は体勢を整えるべく、陸へと向けて泳ぎ出した。

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