《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》

 先程までの荒れ狂う渦潮が嘘のように、ラギアクルスの去った海底に静けさが戻っていた。
 武器を研ぎつつ薬を飲んで、傷が癒えても消えない痛みにオルカは実感……生きてる、生き残った。そして、生き抜くために今。今はまだ、この安堵感に溺れてはいけないと自分を叱咤した。
「オルカ、行けよ……悪ぃな、ちょいと飛ばし過ぎちまった」
 海面へと浮かび上がるなり、めんぼくねえとウィルが力なく笑った。だが、彼が発見と同時に仕掛けてくれなければ、この場でラギアクルスと会敵することは叶わなかっただろう。それがわかるからか、遥斗はなにも言わずにウィルの身を右から水中で支えた。左側ではその事自体わかってない様子だが、エルグリーズも一生懸命ウィルを浮かべようと引っ張る。
「ウィル! ウィル、死んじゃ駄目ですっ! 死ぬと生き返れないですからっ」
「おいおいエル、人聞きが悪ぃぜ。あとな……顔、近ぇから、な? へへ、チューしちゃうぞ?」
 ぽかんとしてしまったエルに苦笑しつつ、やんわりとウィルはその身を離した。同時に、肘で小突いて遥斗にも奮起を促す。そうして、オルカ達が追跡準備を完了した、その背を見送るように静かに波間へ身を横たえた。
「俺はここまでだ……補充を呼んで四人で当たれよ? ありゃ、やべえ……銘入りクラスかもしれねえ」
 銘入り、それは竜にあって竜にあらず、竜にしてその暴威は龍の域。ギルドが認定する、一際巨大で危険度の高い個体を識別するために龍の銘を与えられた竜だ。過去にもミナガルデ地域を中心に、ドンドルマやシキ国でも耳にする。例えばそう、先日オルカが戦い今の防具を作った、風牙竜などもそれに値する強敵だった。
 だが、その銘が龍でも過小に感じる、それくらいラギアクルスは強大にして壮大。
「この狩りに失敗すれば、あのラギアクルスは龍の銘を与えられるだろう。確実にな」
「じゃ、じゃあウィル……」
「そうだ、遥斗もわかるな? 世界中から富と名声を求めてハンターがやってくる。いい儲け話になるぜ?」
 ウィルの指摘は当然の未来とも思えた。モンスターハンターは生来、強敵を求めて世界中を駆け回る宿命にある。西に銘入りの火竜あらば赴き討伐して、東に荒ぶる古龍あらば吸い寄せられるように集う……そういうイキモノなのだ。ラギアクルスが銘を得れば、モガの村は活気づき、中には討伐を成功させる強者も確実にいるだろう。
 だが、それでは駄目だとオルカは心に結ぶ。
 自ら選んだ生活の地は、自分自身の血と汗で守るのだ。
 それをルーン達も望むだろうし、遥斗になにより行動で示して教えたい。
「奴に龍の銘は与えませんよ。奴は……モガの村を脅かす海竜として、俺が……俺達が狩ります」
「へっ、言うと思ったぜ。じゃあ、いけよ。いって、キッチリ狩ってこい!」
 見送るウィルの不敵な笑みに頷いて、オルカは勢い良く水を蹴った。海岸線へと向かったラギアクルスを追いかけて、遥斗とエルグリーズも泳ぎ出す。そして近付く陸地へと、水飛沫をあげて上陸するラギアクルスを補足。
 そして、ゆらりと熱気を発散させて腕組み仁王立ちでラギアクルスを迎えた、陽炎の狩人が待ち受けていた。
「海竜ラギアクルス……ここが貴様の墓場である! この、オレの手によってな!」
 砂浜を目指すオルカ達の耳にも、はっきりと聞こえた雄叫びは宣戦布告。
 オルカ達の到着を待たず、自らウィルに代わって四人目となった男、夜詩が吠えた。その手が振り上げる雷狼竜の戦斧が、轟雷を纏って眩い輝きを放つ。雷の権化であるラギアクルスへ、雷属性の武器を持ち出す……本来ならば失笑物だが、オルカは知っている。ジンオウガの希少な素材をつぎ込んだ夜詩の王牙剣斧【裂雷】は、強力な攻撃力を誇る業物だ。内蔵された強撃ビンの一撃は、属性の不一致を不問にする程の威力を秘めている。
 だが、臆することなく戦い始めた夜詩の涙声には、流石に急かされるオルカ。
「よくもウィルを……ウォーレン・アウルスバーグを! 友のっ、仇ぃぃぃぃぃぃぃぃぇっ!」
 砂地を勢い良く蹴る夜詩が、後方へと砂の渦をなびかせ斬りかかる。
 真正面から馬鹿正直に挑む夜詩を、ラギアクルスは強靭な尾で薙ぎ払った。だが、間髪入れずにギリギリの緊急回避で前転に身を投げ出し、起き上がるや夜詩は全身の筋肉をしならせる。その長身を包む紅白の甲冑が、炎戈竜アグナコトルが持つ灼熱の烈火を纏って燃え上がった。
 業火一閃、苛烈な一撃を斬り落とす夜詩に、たまらずラギアクルスは吠え荒ぶ。
 だが、左右に上体を振ってステップで狙いを散らしながら、夜詩の猛攻は続いた。
「これはっ、双剣ゆえガードできず……海底の岩盤に追い詰められハメられたウィルの分っ!」
 確かに、水中に限らずモンスターとの立ち位置を意識することは大事だ。ウィルくらいのレベルになると無意識に己の領域を維持して戦うので、追い詰められることなど滅多にない。見てきたかのように嘘を叫ぶ夜詩が、ラギアクルスの苦しげが悲鳴を引き出した。
「そして、これはっ! あっという間に斬れ味が消耗して、研ぐ間もなく屠られたウィルの分っ!」
 ドン! と強烈な斬撃を放つや、夜詩はスラッシュアクスを剣へと変形させる。
 勿論、彼が言うような事実はないし、見てないオルカの方がよく把握できる。ベテランにはありえない。
「そして最後に……これがっ、真っ先に部位破壊は背中と決めて命がけで突っ込んだ、ウィルの分だああああ!」
 夜詩は絶叫と共に跳躍、大上段に振り上げた剣が陽光を浴びて閃く。
 そして、強力なジャンプ斬りがラギアクルスの尻尾を吹き飛ばした。
「……凄い。強い! ……けど、なんだろう。釈然としないなあ」
「流石ですね、ヤッシーさんは。見ましたか、オルカ!」
「あ、ああ、うん。遥斗、真似しちゃ駄目だからね」
「あれは真似できません、まさに鬼神……阿修羅の如き剣です」
 ようやく岸に上がったオルカが、エルグリーズと遥斗を散開させつつ夜詩の死角に立つ。舞い降りた夜詩の隙をフォローすれば、顔全体を覆うフルヘルムの向こうで瞳が笑っていた。
「おお、オルカ! 遥斗もエルも! ……俺の気持ちは、天のウィルに届いただろうか」
「あ、いえ。ウィルさんは自力でベースキャンプに戻れると」
「否、届いたに違いない。見よ……ウィルの奴が笑ってる。ハッハッハ、そこで見守っててくれ! オレ達を!」
 さり気なく失礼極まる話だが、悪意の欠片もない言葉に夜詩は笑っている。
 それだけの余裕を生んだのは、他ならぬ彼の戦いぶりだった。手負いとはいえ逃げ延びてきたラギアクルスを、この場に留めて尻尾を切断してしまった。それも一人で。
 その腕は認めるし、今は突っ込んでいる間も惜しい。
 だが、素直に過ぎて疑うことを知らぬ女の子がいて、それがまた話をややこしくする。
「ヤッシーさん、ウィルはやっぱり死んでしまうですか?」
「エルよ……ウィルは死なない。ここにっ、生きている! 生き続ける!」
 ドン! と厚い胸板を叩いて、夜詩は再びスラッシュアクスを青眼に構える。
 もう、そういうことでいいかとオルカも抜刀、しかしディーブレイクはやはり変形レバーに手応えがない。
 そして、尾から血飛沫を砂に振りまいて、怒れる海竜の眼光が四人を浜に射止めた。
「ぐっ、何たる威圧感! う、動けぬ……このっ、オレが」
「本気ってとこかな……さあ、畳み掛けよう! みんなで守って、帰るんだ……モガの村に!」
 応っ、と叫んだ仲間達が駆け出す。その先へと立って、オルカは見に鞭打って走った。
 どんどん視界に大きくなるラギアクルスは、今はそびえ立つ絶壁のよう。
 その爪と牙が、肉薄したハンター達を包み込むように四方から襲ってきた。
「怯むな! オルカを中心に攻めるのだ!」
 果敢に吠える夜詩の鼓舞に、オルカの身体は熱く血潮が燃える。
 固い胸の甲皮を切り裂き、鋭い爪を砕く……だが、部位破壊をするほどにオルカ達は消耗を強いられ、怒り狂うラギアクルスの攻めは激しさを増した。
 そして背の帯電する甲殻を破壊されて尚……その身に雷神を宿す海の王は、はつれた稲妻の剣を再び抜いた。
 強靭な前足で地を蹴飛ばし、反動で下がりながらもたげた首を強力なエネルギがー這い上がる。
「くっ、まだ電撃を吐けるのかっ!? 距離を取られた、避けきれな――」
 夢中でがむしゃらに攻めていたオルカ達の前に、無常にもラギアクルスの作った空間が開かれる。そして、その広さがそのまま沸騰する空気の充填された地獄と化した。
 ラギアクルスは強力なイカズチを吐きながら、その長い首を左右に振って薙ぎ払う。
 点ではなく面の殲滅攻撃に、迫る熱戦が砂浜を焦土に塗り替えてゆく。
 必死で武器をしまう間も惜しんで、オルカは走り逃げる仲間達の最後尾に立った。スラッシュアクスでは防御はできない……複雑な変形機構故に、扱いを間違えればたちまち武器はガラクタに早変わりだ。
 だが、それでも武器を盾にして、それが砕ければ身を投げ出してでも……そういう覚悟の前に、紅い影。
「オルカ、エルの影に隠れてくださいっ! 遥斗も、ヤッシーさんも!」
「エルッ!」
 瞬間、白い闇が世界を塗りつぶした。凄絶な閃光がスパークして、網膜を焼きながら風景を奪ってゆく。
 目がくらむ様な眩さの中で、オルカは身を焼く高温に心胆を寒からしめた。これだけの電圧をまだ、ラギアクルスは放つことができる。触れただけで防具次第では、消し炭も同然に黒焦げとなるだろう。それでも、並み居る仲間達の中で一番貧弱なアオアシラの毛と甲殻を纏って……モガの森の魔女は盾を前にかざすや、防波堤となって長い灼髪を電撃に舞わせた。
「んぎぎぎぎ……し、痺れる。でもっ……オルカ、チャンスですよっ。怯ませます……ドカーンっと一撃で」
 世界が色を取り戻すと同時に、エルグリーズの意図を察してオルカは飛び出した。
 この一撃に全てを賭ける……低く構えた切っ先が砂をこすって引きずり軌跡を刻む。……奇跡をも刻み付ける。
 オルカが身をバネに空へと翔んだ瞬間、エルグリーズが盾を放るやガンランスを構えて突貫。保持してよろけて、慌てて遥斗が支え、夜詩が焼けた砲身を素手で掴んでラギアクルスへと向ける。
「軸線固定、距離は……届くよ、エルッ!」
「ぶちかましてやりたまえ! 天国のウィルへさえも届く、我らが勝鬨の轟砲を!」
 薬品が燃焼する音と共に、ガンランスの穂先に灯った炎が青く変色してゆく。そして、支えた三人を背後へと吹き飛ばしながら、竜撃砲が炸裂した。白煙を巻き上げる砲身を自ら焼いて砕き、ありったけの火力がラギアクルスを包み込む。
 その爆炎と黒煙ににらぐ大地へと、まっすぐにオルカは豪斧を叩き付けた。
 割れんばかりの絶叫が響いて、怯んでいたラギアクルスへと刃が食い込んだ。
「おおおっ! 獲る、絶対に! この狩りを形にっ」
 歯を食いしばって、渾身の力でオルカはディーブレイクを押し込んだ。背のオルカを振り落とすべく、暴れてのた打ち回るラギアクルス。右に左にと揺さぶられながらも、オルカは身を声に気迫を叫んで、死力の限りを振り絞る。
「オルカッ、危ない! 降りてください。ラギアクルスが……海へ向かいます!」
 遥斗の声が聞こえた、その時オルカは見た。
 必死で海へと這いずるラギアの鼻先に、両手を広げてエルグリーズが立っている。
「……海竜ラギアクルス。三獄の星龍が一つ、深淵の海皇が下僕よ」
 ――エルグリーズの声は、いつものハキハキと弾んだ響きではなかった。
「キャパシタ無効、介入不可……優先度SSSクラスのコードを拒絶……あ、あれ? エル、今は何を」
 不意にきょとんとしたエルグリーズを跳ね飛ばし、空高く舞い上げながら。
 オルカの絶叫を道連れに、ラギアクルスは海へと飛び込んだ。

《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》