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 真夜中の星空を煌々と照らして炙る、モガの村の熱狂。焚かれた篝火は赤々と燃えて、踊る村人達の影を無数に燻らせる。
 モガの村は今、海竜ラギアクルスの討伐を祝う祭で盛り上がっていた。これで地震に怯える日々は終わりを告げ、平穏な日常が戻ってくる。誰もがその平和を祝い、モンスターハンター達を讃えて賛辞を惜しまない。歌は絶えることなく楽器の調べを伴い、酒と料理は次から次へと運ばれて広場を満たしていた。
 月明かりでさえ霞むような明かりの中、遥斗は宴会の隙を見て抜け出す。
 その足は、普段皆が寝泊まりしているモンスターハンターの共同生活小屋へ向いていた。元はあのルーンがざくろと暮らす家だったが、いつからか村のハンター達はこの場所で寝起きすることが風習になっているのだった。だが、怪我の身を押してルーンは宴会に引っ張りだされていたし、ざくろに付き添われて勝利の美酒をウィル達に注いで回っている。そんな彼女の、珍しく綺麗に着飾ったドレス姿に口笛と歓声が惜しみなく注がれていた。
 そんな喧騒を背中で聞きながら、遥斗はそっと小屋の入り口をくぐる。
「エル、怪我はどう? 大丈夫? 少しだけど料理を、持って、き、た……ああっと!」
 そっと部屋に忍び込んだ遥斗の網膜に、真っ白な裸体が焼き付いた。
 包帯まみれのエルグリーズは、ノエルに手伝われてちょうど身体を拭いているところだった。硬直したまま口をパクパクさせ、声にならない言葉の数々をさえずる遥斗。ベッドに上体を起こしたエルグリーズの裸体は、包帯よりも尚白い肌が淡雪のようで、真っ赤な髪とのコントラストが嫌でも鮮明に頭の中を占領する。
「あっ、遥斗!」
「こーらっ、あっち向く! 全く、これだから男の子は」
 ノエルに言われて慌てて遥斗は背を向けた。
 背後で衣擦れの音がエルグリーズを覆ってゆく、そのかすかな響きでさえ妄想を掻き立てられる。
 真っ赤に顔が火照るのを自覚しながら、もじもじと指を弄んで遥斗は落ち着かない中を待った。
「お待たせ、っと。ま、後は上手くやんなよ? あたしはちょっと飲んでくるからさ」
 ポンと遥斗の頭を撫でて、ニシシと笑うやノエルは行ってしまった。彼女を見送り頭を下げて、遥斗は待ちきれずに振り返る。そこには、いつもの笑顔で微笑むエルグリーズの姿があった。包帯で覆われた傷は痛々しいが、ラギアクルスの巨体に轢かれたにしては軽傷とも言える。彼女自身がモガの森の魔女と恐れられる、鍛え抜かれたモンスターハンターである証だった。
「エル、そっちに行ってもいいですか?」
「はいっ! 遥斗、こっちに来てください」
 遥斗は手にした大皿の中身をこぼさぬように、そっとベッドに腰掛ける。エルグリーズは大きな瞳をことさら大きく見開いて、その視線は料理に釘付けになった。口の端に浮かぶよだれをじゅるりと手の甲で拭って、じっと遥斗の目を覗きこんでくる。
「え、えっと、どうぞ。ちょっとだけど、お腹減ってるかなと思って」
「ありがとうございました、遥斗! いただきますっ」
 食欲はもともと旺盛で、大怪我を負った今でも衰えていないらしい。そっと差し出されたフォークをぎゅむと握って、エルグリーズは遥斗が広げた料理を夢中で食べ始めた。それはもう見事な食いっぷりで、安心したような、ちょっと残念にも思える複雑な心境。それでも遥斗は、ガツガツと食事に夢中なエルグリーズを暖かく見守った。
 遠くにまだ歌と笑い声が響いていた。それは今モガの村全てを満たしている。
「海竜ラギアクルスはオルカが仕留めました。オルカも今は疲れて眠ってます」
「! ふぉんほへふは! ふぉれは……ふほいでう!」
「エル、食べながら喋らないで。ああもう、お行儀悪いなあ。ほら、ご飯がほっぺに……つっ、つつ、ついてる」
 もぎゅもぎゅと口いっぱいに焼き飯を頬張りながらも、チキンの骨を握ってエルグリーズが一生懸命喋る。いつもの癖でぐいと顔を近付けて喋るので、遥斗はもじもじと躊躇しながらも、その頬についた飯粒を取ってやった。
「んぐ、んぐ……ぎょっくん! オルカも無事で良かったです。ついにやりましたねっ」
「うん。今回は僕も、及ばずながらも少しは役に立てたと思う」
「遥斗はいつも頑張ってます! エル、知ってます。そんな遥斗が、エルは……」
「う、うん……えっと」
 不意にエルグリーズは食事の手を止め、じっと遥斗を見詰めてくる。気恥ずかしくて遥斗は視線を落としながらも、耳まで赤く熱くなるのを感じていた。
 エルグリーズはそっとチキンを皿に戻した上で、皿自体を脇のテーブルへと寄せる。
「遥斗、もっとこっちに来てください!」
「え、あ、ああ、うん」
「もっと、もっとピターッとです」
「えっと……それは、わっ!」
 おずおずと身を寄せた遥斗を、がっしりとエルグリーズは抱きしめてきた。両手で頭を抱えられて、豊満な胸の中へと招かれる。ほのかに匂う甘い芳香が、鼻孔をくすぐり頭の奥を痺れさせた。
「エッ、エエエエ、エルッ!?」
「遥斗はいい子です。だからエル、いい子いい子してあげますっ!」
「……あ、ありがと。でもね、エル。僕は」
「遥斗、大丈夫ですよ? エル、わかってますから」
 エルグリーズの豊満で柔らかなな温もりに沈み、ともすれば溺れそうになりながら。包帯の奥に薬の匂いをも拾いながら、遥斗はエルグリーズの胸の上で瞳を閉じた。昼の過酷な狩猟での疲れが、嘘のように溶け消えてゆく。
 だが、こんな子供扱いは男としては不本意……遥斗はエルグリーズに男らしく、男として好かれたいのだ。
「あ、あのっ! エル、話を聞いてください。僕は――!?」
 意を決して顔を上げた遥斗は、言葉を、次いで呼吸を奪われた。
 遠慮無くエルグリーズは、唇を重ねてきたのだ。行き交う呼気が互いの結んだ唇の中で行き来する。呆けて蕩けるように遥斗の目は潤んで、体中から力が抜けるような感覚を味わった。長いまつげの下で瞳を閉じた、エルグリーズの精緻な小顔が目の前にある。遥斗もまた目を閉じて、瞼の裏に桃色の夢を垣間見た。
 だが、エルグリーズのくちづけは長々と続き、徐々に遥斗の体内で血中酸素が薄まってゆく。
「ん、んっ……んーっ! ふっ、ふぅ……ぷはっ! エ、エルッ! ……息、長いね。はぁ、はぁ」
「はいっ! エル、もっと遥斗とグチャグチャしたいです! さ、続きをしましょう」
「グ、グチャグチャって……そ、そんな、まだ早いです! もっとこう、健全な」
「グチャグチャ? あれえ? えっと、ネチャネチャ? ニチャニチャでしたでしょうか」
「ネッ、ネチャッ!? ……ニチャニチャって、そ、そそそ、そんな! 卑猥です、エル」
「あ、思い出しました。イチャイチャです! 遥斗、イチャイチャしましょう!」
「……あ、うん。そ、そうだね……って、僕とイチャイチャ!?」
 遥斗の華奢な身体をしっかり抱きかかえて、エルグリーズは離してくれない。じんわりと体温が浸透してきて、気付けば遥斗の芯は体中の血液を集めて硬くなっていった。それを悟られまいと身を捩るのだが、再度のくちづけに今度は、舌へと舌が絡み合ってきて頭の奥がジンと麻痺してゆく。エルグリーズの無邪気な猛毒にやられて、思わず遥斗はベッドの上へと彼女を押し倒してしまった。
 身体が燃えるように熱くて、夢中で触れ合う唇の中に湿った音をかき混ぜてゆく。
 光の糸を引いて二人の唇が離れた時には、エルグリーズも顔を赤らめ目を潤ませていた。
「エッ、エル……その、物事には順序というものがあって、それで」
「でもっ、遥斗はエルとイチャイチャしてくれて、しかも硬くなってます! エル、嬉しいです!」
「ンギッ! ……エ、エル」
「エルも同じですよ? ほら、遥斗とだからこんなに」
 遥斗の股間へと、エルグリーズは遠慮なく手を述べてきた。にぎにぎと握られた挙句、エルグリーズは遥斗の手を布団の中へと招き入れる。立派な剛直が熱く充血していて、目を白黒させながらも遥斗はしどろもどろになった。
「エエ、エ、エルッ……はしたないです。こ、こんなに」
「照れますっ! ふふ、遥斗のことがエルは好き、大好きですっ!」
「褒めてな……えっ!? そ、それは」
「自分の気持ちに気付いたので、これはそう……愛の告白です!」
 にっこりと笑うエルグリーズを前に、遥斗は固まったまま動けなくなった。だが、優しく股間のいきりをさすりながらも、首を傾げたエルグリーズが三度目の唇を優しく重ねてくる。彼女の真っ赤な舌先がチロリと触れて、ゆっくりと口の中で遥斗の舌に触れ合った。
 だが、その瞬間に悪夢が襲う。
 テーブルに寄せた皿の上で、銀のフォークがカタカタと揺れ始めた。
 やがてそれは部屋に広がり、小屋を包んで激震となる。
「エ、エルッ! そんな……この地震は! どうして、ラギアクルスをオルカが倒したのに! ……エル?」
 エルグリーズを庇うように抱き寄せようとした遥斗だが、虚しくその手が空を切る。
 突然遥斗を突き飛ばしたエルグリーズは、ふらりと立ち上がると、激しい揺れの中で歩き出した。慌てて遥斗がその後を追えば、次第に揺れは収まり、変わって村人達の悲鳴と動揺が空気を伝搬してきた。
 外に出ると、月明かりに不安げな表情が、悲観を口々に叫びながら浮かび上がっている。
 エルグリーズはそんな村人達をすり抜けて、海の方へとふらふら夢遊病のように歩いた。
「待って、エルグリーズ! どうしたの、なにが」
「三獄の星龍、深淵の海皇……今こそ人の世に裁きを。龍穴に建てられた塔を守護せよ。世界回路の守護者たれ」
 ようやくエルグリーズの手をつかまえ、そのまま抱きついて後ろから抑え込む。
 その時遥斗は、周囲の絶叫を聞きながら信じられない光景を見た。
「あっ、あああ、あれを見ろっ! なんだ、あれは!」
「つ、つつ、月がっ! 月がっ、食われた……!? あ、あれは……古龍、なのか? あんな巨体が」
 静かに凪いだ海に今、巨大な波柱が屹立していた。その中から現れた巨大な影が、夜に浮かぶ満月を覆い潰して星空を舞う。
 その日、モガの村は真の敵を目の当たりにして震撼した。
 星空の月さえ喰んで飲み込む、巨大な純白の大海龍……その神々しい姿が、モガの村を再び存亡の危機へといざなった。

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