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 日の落ちたモガの村では、いつもの夕餉の時間に家々の煙突が煙を燻らす。小さな地震は散発して、時折強い揺れが襲うこともあったが、海の民は表向きは平静さを取り戻していた。
 この足元を揺るがす烈震は、大海龍ナバルデウスが海底の古塔にぶつかる振動だったのだ。
「さて、全員集まってるかな? 飲み物、回すよっ」
 モガの村の小さなレストランに、モンスターハンターがずらりと勢ぞろいしていた。ウィルの上司であるクレアと、そのお付の少女も一緒だ。次から次へとジョッキが運び込まれ、オルカはそれを右から左へと流しつつ言葉を待つ。仕切ってるのはノエルとアニエスで、テキパキと料理も並び出す。
「えっと、それじゃあクレアさん。始めちゃってもいいですか?」
 アニエスの言葉が頷きを引っ張りだして、ささやかにハンター達は乾杯を交わす。いわば、打倒ナバルデウスを誓っての決起集会。……にかこつけた、まあ、飲み会だ。だが、大事なミーティングの場でもあり、お互い古龍討伐に向けての準備を報告しあう場でもあった。オルカも適度に食事を取りつつ、ルーンや夜詩の言葉に耳を傾ける。
「まあ、そういう訳で古塔の中は使える。奴がそこを目指しているなら好都合だ」
「うむっ! オレと姉者で手筈は整えておいた。古塔内部にバリスタも龍撃槍も設置が完了しているぅ!」
 おおー、という声があがって、パチパチと満面の笑みでざくろが手を叩く。
 だが、問題がまだあるらしく、ルーンは肩に伸びてくるウィルの手をつねりながら一言付け加えた。
「だが、問題は……どうやってナバルデウスを古塔の中へと誘導、閉じ込めるかだ」
 大海龍と呼ばれる巨大な脅威は今、この島の真下にあるパワースポット、龍穴を目指している。そしてその上に古塔があり、さらにその上にモガの島が乗っかっているのだ。古塔という太古の文明が残してくれた檻は頑丈で、その内部は縦に深くナバルデウスの泳ぎを封じるには絶好の狭さだ。だが、その中にどうやってナバルデウスを封じ込めるかが鍵となる。
 その時、先程まで無我夢中で肉やら魚やらを食べていた少女が声をあげた。
「あっ、それならわたしにお任せください!」
「……えっと、誰? ああ、クレアさんのお付の人」
 指差し首を傾げるノエルが周囲の視線を集めて、やたらと肉付きのいい少女を立ち上がらせた。
「申し遅れました、わたしは傭兵団鉄騎の遺物管理班所属、うにとろと申します」
「あ、ちょっとソース取って。そそ、その瓶」
「姉者っ! そのカニはオレが目をつけていたのである! 即刻返却を要求するぅ!」
「うるさい、黙って食え。ざくろも、肉をもっと食え。……で、なんの話だったか」
 少食のざくろの皿へ肉の切れ端を山と盛りながら、ルーンが話の続きを急かす。みんながみんなマイペースで、ノエルだけが「ちょっとちょっと、みんな」と仕切るのに一生懸命だ。オルカはこんな時、几帳面に料理を取り分けてくれる弟分がいなくなってて、なんだか少し寂しい。
「えっと、遺物……班? の? なんつったの?」
「うにとろです!」
「……それ、本名?」
「皆さんだと多分、わたしの名前は発音できないと思うので。便宜上の愛称みたいなものですね」
 うんうんと適度に頷きつつ、先ほどからクレアはウィルに酌をさせて酒を飲んでいる。随分と強い蒸留酒に、大きな氷を一つだけ浮かべてはそれをカラコロと鳴らしていた。その隣でうにとろは話を続ける。
「遺物管理班は、傭兵団鉄騎が各地で集めた様々な希少品を保管、運用してます」
「その一つが、あれって訳ね? あの大きさだと……片手剣か双剣かな?」
 ウィルの足元の荷物を指さし、ノエルが目を細める。
 それは、油を染み込ませた布で厳重にくるまれ、多くの呪符が貼られている。話題に登ったのに気がついて、やれやれと面倒くさそうにウィルはその包装をわっしわっしと解きにかかった。
「ったくよお、御大層なもん持ち出しやがって。……封龍剣じゃねえか。超絶一門だな、こりゃ」
 封龍剣……それは、太古の先史文明が創りだしたエンハンスウェポン。古龍の脅威に極めて有効な、現代の技術では再現不能な武器の総称である。その多くが、未知の素材や討伐困難な古龍の身体から作られていた。どれも一振りで国が買えるとさえ言われる、途方もなくレアな武器である。
 だが、ノエルとアニエスが揃ってやれやれと肩を竦めた。
「ドンドルマで死ぬほど見たよ、それ。レプリカらしいじゃん、現存してるのはどれも」
「ええ、そういう話をあたしもよく聞きます。ミナガルデ地方では随分普及してますよね」
 だが、うにとろは待ってましたとばかりにヘヘンと鼻の下を指で擦った。
「ああ、そのレプリカ……全部うちで作った物です。わざと流通させてるんです、紛い物の模造品」
 げっ、と口を開けたままのノエルが固まった。逆にありゃりゃと恥ずかしげにアニエスは俯いてしまう。
 うにとろの説明によればこうだ。本来、封龍剣はどれも希少性が高く、この世に十本とない魔剣だ。現存する物では、ミナガルデ地方のギルドナイトが封龍剣【超滅一門】と呼ばれる巨大な剣を所有している。他にも西シュレイド王国の王立学術隊や、ドンドルマの大老殿が秘蔵しているとか。封龍剣の他にはハンマーやランス等もあるが、どれも世界各地の国や組織、機関が血眼になって探している代物だ。
「ま、そういう事情があるので、争奪戦になったら面倒じゃないですかあ。そこで先代の団長が」
「木を隠すなら森の中、って訳か。でも、じゃあこれは……ウィルの持ってるこれこそが」
 オルカの言葉にうにとろは大きく頷いた。
 目の前に今、本物の、オリジナルの封龍剣がある。
「そういう訳だ、ヒヨッコ共。封龍剣が二振りもあるんだ、古龍の一匹や二匹、オタオタするんじゃない」
 口元を上品に手で拭いながら、クレアが最後に低い声で艷やかに喋る。ほのかにナバルデウスの討伐が現実味を帯びてきたが、気になる言葉がオルカの脳裏に引っかかった。
「二振りって、これは双剣だから一人で同時に使うんですよね」
「おうよ。俺様がきっちりこれで刻んでやらあ。なんだオルカ、気付いてないのか? ほれ、そこに」
 ウィルが超絶一門をしまいながらオルカの足元を指さす。
 そこには、例の変形機構が壊れたソルクラッシャーがある。ついさっき、また鍛冶屋で強化したばかりだ。相変わらず変形機構が蘇ることはないが、もはや武器を選んでいられる余裕もないし、そのための狩りに費やす時間すら惜しい。
「オルカ、貴様が持っているそのスラッシュアクスは……封龍剣だ」
 クレアの言葉に周囲が静まり返った。うにとろだけが腕組みうんうんと頷いている。
「え……いや、これはだって、海の底で拾った奴ですよ? 変形機構は壊れているし」
「うにとろ、貴様の班で以前作ったレプリカ、随分市場に出回っているようだな?」
 オルカの声を無視して、わっしと掴んだエビを剥きながらクレアは傍らの部下を見もせずに喋る。
「はい、まあ……肝心のオリジナルは貸与品で、それもシキ国に返還しましたが。それ、本物に見えます、わたしには」
 それというのはオルカのソルクラッシャーだ。
「だってこれ、壊れてるんですよ。普段は変形しないし、刀身の形だってちょっと違うし」
「はい。それは間違いなく封龍ビンを内蔵したオリジナル、封龍剣斧【刹一門】です」
「せつ、いちもん……?」
 封龍剣の名は、それを鍛えて駆使した古き宗家の名が刻まれている。いずれも今は滅びた、竜を統べ龍を封滅してきた武門の家柄……呪われた封龍士達の血筋。その手によるものだというのだ。オルカの持つ武器が。
「二つの封龍剣があれば、攻撃力は大丈夫です。あとは、ナバルデウスをおびき出す方法ですが」
 うにとろが「こんなこともあろうかと!」と、自分の荷物を開けようとしたその時だった。
「その役目は僕に……僕達にやらせてもらえませんか?」
 聞こえるはずのない声に思わず、オルカは振り向いた。そして、テーブルへと近付いて来るのは、いるはずのない者。いてはいけない者の姿がある。誰もが驚き腰を浮かす中、オルカは隣でウィルがバキリ! と骨ごと肉を噛み砕く音を聞いた。そして、殺気にも似た怒りを全身から漲らせながら、彼は立ち上がって出迎える。
「……手前ぇの居場所はねえって言ったはずだぜ? 俺達の気も察しろや。それに、だ」
 ウィルはバキボキと拳を手の中で鳴らしながら眇める。
 エルグリーズを伴い、戻ってきてしまった遥斗を。
「手前ぇは自分の女も守れねえのか? とんだお坊ちゃんだぜ……英雄気取りかよ」
「英雄気取りではありません、ウィル。気取るつもりもなく、僕は英雄になるべく戻りました」
「……なんだそりゃ」
「僕が、僕自身がみんなと一緒に証明します。僕が、英雄の証明です。……居場所がないなら、自分で作ります!」
 遥斗の目に今、強い闘志が燃え滾っていた。それを見詰めるウィルの表情にも真剣味が増す。
 しばし男と男の表情でにらみ合い、両者ともに一歩も引かない。ウィルには年長者としての矜持もあったし、誰よりも狩りを知る者としての配慮もあった。遥斗にも、若さ故のたぎる気持ちや譲れない想いがあって、ようやく今それが形となって胸に灯っている。
 思わずオルカは立ち上がって二人の間に割って入った。
「悪いけど遥斗、もう誰も君の面倒は見てやれない。……いいんだね?」
「はい! オルカ、僕は見知らぬ故郷よりもこの村を守ります。僕の好きな人に、居場所を残してあげたい」
 そう言って遥斗は、傍らに立つエルグリーズの手を握る。
 エルグリーズもまた、遥斗を見下ろしはにかんでその手を握り返していた。
「オルカ、オレからも頼む……もはや少年は守られるだけの見習いハンターではない。そうだろう、姉者!」
「私も異論はない。人手はいつだって足りないからな。それに……何か策があるのではないか?」
 アニエスやノエルにもみくちゃにされながらも、遥斗はルーンの言葉に強く頷いた。
「そちらの方が、鉄騎の方が持っているそれを使えば……海底の地形はエルが熟知してます」
「はいっ! エルがお手伝いするです。海の中には深い谷があって、島のずぅーっと下に続いてるんですっ」
 そこにおびき出して、そのまま古塔の中に導き入れる。そう言って遥斗は、うにとろの持つ巨大な瓶を指さした。
 瓶の中には、不思議な物体がぼんやりと発光しながら、神秘的に瞬いていた。

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