遥斗の成長には目を見張るものがある。ここ最近、オルカは感心していた。最初こそ武術の心得がある程度の素人ハンターだったが、今ではリオレイアの尾を切断できるほどに腕を上げた。もっとも今日は、オルカやルーン、アニエスといった周囲の者達が予め切り口を広げて、遥斗を陰ながら手助けしたのだが。  だが、雌の火竜から尾を切り、その上で狩猟に成功したことで遥斗は小さな自信を得たようだった。 「でも、やっぱりオルカは凄いです。ルーンさんもアニエスさんも。僕はまだまだ、精進が足りません!」  モガの村へ意気揚々と凱旋し、子供達に囲まれる中で遥斗はそう零す。自信はまだ頼りなく、過信というものを知らない少年は尚もオルカ達狩りの仲間を賞賛してやまない。ルーンはチームの司令塔として卓越した視野で指示を出しつつ、大剣による重い一撃を要所要所で的確に当てていた。アニエスもランスの防御力を生かして、未熟な遥斗をブレスから守ったりとフォローが巧みだった。そうした先輩への敬意を無邪気に表現しながら、同時にオルカの勝機を見切った捕獲の成功が自分のことのように嬉しいらしい。 「遥斗、お前も随分動きがよくなった。簡単なクエストなら、もう一人で狩りに出ても大丈夫だろう」 「ありがとうございます、ルーンさん!」  いつもクールでクレバーなルーンも、心なしか今日は優しげに目を細めて微笑んでいるようにも見える。 「遥斗さんはじゃあ、そろそろ太刀を強化してみるといいですね。素材集め、手伝いますよ」 「助かります、アニエスさん。確か鍛冶屋のお爺さんの話では、アイシスメタルという物が必要らしいのですが」  それなら凍土だと即座に応えるあたり、アニエスは若輩ながらも一人前のモンスターハンターだ。この村でルーンの補佐をして長いらしく、既にどこでどんな素材が得られるかぐらいは熟知している。オルカが口を挟む必要は全くなかったが、逆にそのことが遥斗の成長を無言で語っていた。  そうして子供達を連れながらいつもの我が家に帰る。村のモンスターハンター達が共同生活をする小屋だ。 「あら、おかえりなさい。丁度今、お昼の準備ができたところですよ」 「や、お疲れ様! 一足先にいただいてるよん」  入ってすぐの食堂では、家事全般をやってくれるざくろが出迎えてくれた。いつもこの笑顔を見ると、オルカは狩りから無事に帰り着いたことを実感する。テーブルでは既にノエルが昼食を食べ始めていたが、その向かいに奇妙な二人組……否、一人と一匹を見つけてオルカは「あ」と思わず開いた口を手で塞いだ。  懸命に器と口の間で匙を往復させ、ガツガツモリモリと食事中の女性に見覚えがある。燃えるように真っ赤な髪に、透けるような白い肌。座っててさえ目に映りのいいしなやかな長身。だれであろうその人は、モガの森に住む魔女だ。 「エル! あれ、どうしてエルがモガの村に」 「彼女は時々必要な品を仕入れに、あとルーンに頼まれた納品依頼をこなしに来るんですよ、遥斗さん」  にっこり微笑むざくろが事情を説明したところで、夢中でシチューを食べていたエルグリーズが顔をあげた。もぎゅもぎゅと咀嚼しながら、居並ぶ面々を順にじっと見詰めて、彼女もまた満面の笑みを浮かべる。 「ふぁ、ひゃふと! ふぇふぇとふぉっちは」 「エル、喋るか食べるかどっちかにしなって。さっきも教えたろ? オルカだよ」 「むぐぐ、はふはふ……んっく! はぁ……そうでした。オルカ、お久しぶりです!」  テーブルに肘を突いて手を組み、その上に細いおとがいを乗せてノエルが笑う。その声に説明されて、どうやらオルカの名前は彼女の知るところとなったようだ。モガの森に住む魔女、エルグリーズ。彼女との再会は久しぶりだが、相変わらず半裸のボロ着で、腰には大きなブーメランをぶら下げている。彼女は挨拶を終えると、思い出したように食事を再開した。 「オルカ、あたし達は改めてお礼を言わなきゃね。あの日、遥斗を助けたあの時……エルがいなきゃ遭難だよ」 「確かに。モンスターハンターが道に迷って、なんて笑えないしね」  オルカも先日のことを思い出して、きちんと声に出して「ありがとう、エル」と伝える。感謝の言葉を受け取るエルグリーズは、シチューを飲み干し頬を膨らませ、それをギョックンと飲み込んで笑顔を咲かせた。 「いいえ、どういたしました! エルはルーンに言われてるのです。迷った人を助けてやって、って……あ!」  思い出したようにエルグリーズは立ち上がり、足元の大きな布袋を持ち上げた。それを引きずり、ざくろと話し込んでいるルーンにずんずか近寄り顔を寄せる。 「ルーン! ルーン、ルーン、ルーン!」 「どうしたエル、一度呼べばわかる。そんなに大きな声を出すな」 「これ、頼まれていた鉄鉱石です! 数、足りてると思います。たっくさん掘ったので!」 「わかったわかった、顔が近いぞエル。いつもすまんな、助かる」  オルカは普通に驚いた。褒めてくれと言わんばかりのエルグリーズを前に、ルーンは鉄鉱石でパンパンの大袋を受け取る。普通、モンスターハンターは自分で剥ぎ取ったり採取した素材しか使わない。それこそがハンターの不問律であり、素材の融通はいわばタブー視されていた。なぜなら、モンスターハンターは身に纏う武具で己の実力を周囲に示すから。だから例えば、ナルガクルガの素材で作られた機動性と運動性重視の防具を着こむルーンには、ナルガクルガを狩る実力があると知れる。インゴットシリーズを着るアニエスも、火山や凍土での採掘をきちんとこなせることがわかるのだ。加えて言えば、まだユクモシリーズのオルカとハンターシリーズの遥斗は、まだまだ駆け出しといったところ。  だが、鉄鉱石の質に満足気に頷くルーンは、オルカの視線に気付いて苦笑を零す。 「言いたいことはわかるぞ、オルカ。大陸や都会ではまあ、こうしたことはありえないだろうな」 「や、別に咎める気は……その土地には土地なりの流儀もありますし」  心当たりはある……モガの森だ。あの誰も彼もを寄せ付けぬ魔性の森は、唯一エルグリーズだけが闊歩できる彼女の庭。 「モガの森で取れる特産品はこの村の大事な産業の一つだ。他にも昆虫や薬草、魚に鉱石……資源の宝庫だが」 「あたし達が入っても迷うだけですし。それに、エルはこうした納品をこなして、生活必需品を買ってるんですよ」 「この娘にゼニーを持たせても無駄だからな。……まあ、渡してはいるが。エル、ちゃんと貯金してるか?」  ルーンとアニエスの視線に、エルグリーズは笑顔のまま固まった。そして小首を傾げたまま、後ろを振り返る。 「ニャンコ先生! エル、貯金してましたか? 貯金というのは、あのキラキラ光るのを貯めるんでしょうか」  エルグリーズが声を向ける先には、一匹のアイルーが静かに茶をすすっていた。その理知的な顔を向けて、ニャンコ先生と呼ばれたアイルーは静かに厳かに喋り出す。 「確か数万ゼニーはあったのではないかね? 大丈夫、小生が預かっておる」 「だそうです、ルーン! 貯金、してます! ルーンからもらった大事なものですから」 「……だから顔が近い。まあ、今後は必要になると思うからな。エル、少し相談がある」  間近にキラキラ目を輝かせるエルグリーズの顔を押しやりながら、ルーンはざくろに「サイズは直してくれたか?」と声をかけて頷きを拾った。そして一同が見守る中、エルグリーズの頭を撫でながら幼子に言い聞かせるように切り出す。長身のルーンよりさらに背の高いエルグリーズは、エヘヘと鼻の下を擦ってはにかんだ。 「エル、人手が足りないんだ。ラギアクルスの捜索と狩猟、できれば手伝って欲しい。ハンターとして登録して」 「はいっ! エルはいつでもルーン達をお手伝いします。ニャンコ先生も許してくれると思います!」 「防具は私のお下がりだが、サイズを直しておいた。丁度いい、着てみてくれ。その後ゆっくり説明する」  ざくろが奥から、アシラシリーズ一式を持ってきた。ノエルは丁度昼食を終えたようで、「着替え、手伝ったげるよ」と立ち上がる。着替えるというよりは、その裸も同然の姿に着せることになるが、ハンターの防具は身を守る鎧だ。正しく装着しなければ、その防御力は真価を発揮しない。  ノエルに連れられ、エルグリーズは部屋の奥へと連れられていった。  ずっと静かだった遥斗は、その背をじっと見詰めて見送っている。 「で? どうだい先生。研究は進んでるかい? 例の塔とやらは……まだ見つからないようだな」  テーブルに座りながら、ルーンはニャンコ先生へと呼びかける。どうも永らく繰り返されたやり取りらしく、学者風のアイルーは静かに首を横に振った。 「この島には太古の先史文明が残っている筈なのだ。失われた旧世紀の痕跡、小生は必ず見つける」 「……と言ってもう何年になるやら。まあ、モガの森は確かに不思議な場所だし、島には遺跡もちらほらある」 「うむ。お主達ハンターにも助けられておる。おおそうだ、オルカくんとか言ったね、それに……遥斗くんだったか」  ニャンコ先生はオルカと遥斗にも、なにか珍しいものを見なかったかと聞いてくる。特に、塔のようなもの、及びその跡などは見かけなかったかと。それで遥斗は心当たりがあるようで、先日エルグリーズとニャンコ先生に助けられた時のことを話していた。エルグリーズが入っていたという、硝子の柩のようなもの……その話にニャンコ先生は大きく頷いた。 「そう、エルグリーズを拾った時に小生は確信したのだよ。この島には、なにかがある。そもそも――」  その声を突然、絹を裂くような乙女の悲鳴が上書きした。次いで奥から、顔を真赤にしたノエルが転がり出す。あわあわと口ごもる彼女の次に出てきたのは、素っ裸のエルグリーズだ。あちゃーとオルカは顔を手で覆ったが、その隣で遥斗は鼻を押さえて背を向ける。 「ルーン! エルが、エルには……つっ、つつつ、つつっ! ついてるっ! この娘、男だっ」 「落ち着けノエル。ちゃんと見ろ。男なんじゃない、両方ついてるんだ。……性別が両方あるんだ、エルは」 「そうです、ノエル。ほら、見てください!」  ノエルは再度悲鳴をあげてオルカの背に隠れた。  確かにエルグリーズの肢体は、そのメリハリがきいた起伏の中央、下腹部の茂みから立派なモノがぶらさがっている。そしてその奥にはちゃんと、女性としての機能も備わっているらしい。両性具有の人間というのは、オルカには前例があるので驚きはしなかったが……元が半裸でうろついてるエルグリーズは、全裸でもまったく気にした様子がない。  隣の遥斗がなんだかかわいそうになって、やれやれとオルカは優しく行って聞かせる。 「エル、男とか女とか以前にね、裸でうろうろするもんじゃないよ」 「そうですか? そうですね、ここはモガの村でした……ついいつもの癖で。エル、反省です!」 「や、顔近いって……じゃあ、エルは竜人なのかい?」  オルカの質問にエルグリーズは目を点にした。そのまま固まってしまうので、くるりと回れ右をさせて部屋の奥へとオルカは押しやる。 「エルはエルですよ、エルグリーズです。竜人というのはでも、知ってます! ニャンコ先生が前に」 「はいはい、とにかく服を着てね。こういう人はなんでしかし、こうもあけっぴろげなんだろうな」  とうとう耐え切れず、のぼせたように顔を真赤にして遥斗が出ていってしまった。うぶな純情が丸出しで、そこがまた青い若さを感じさせた。一方でエルグリーズは、ようやく奥に引っ込んでじたばたと着替え始める。  オルカはユクモ村での仲間のことを思い出し、同時に友との約束を思い返した。先日、交易船に乗って手紙がオルカに届いたのだ。親友アズラエルが、近くタンジアの港を訪れるらしい。久々に一緒に食事でも、という誘いの文だった。モガの村より豊富なクエストが行き来しているタンジア、いつかは足を伸ばそうと思っていたオルカにはいい機会だ。  そのことを話したら、細々とした買い出しをルーンに頼まれ、ノエルと一緒に行く事になるのだった。