よく晴れたある日、久方ぶりの交易船の寄港で、モガの村はいつにもまして賑わっていた。  モガの森で未知に迷わぬ範囲だけ、ここ最近はオルカも仲間達と特産品を集めている。化石のかたまりや奇妙な卵等、モガの森は珍品揃いだ。更には、どういう訳か共存共生している雑多なモンスターの狩猟でも希少な特産品が集まる。こうして貯めた品は、交易船の船長が喜んで物々交換に応じてくれた。  ただし厳しい交換レートが存在し、日によっては僅かに変動するので、多少は知識と運、交渉術も要求される。 「よお、オルカ。お前も交易品の交換か?」 「ええ、そんなところですね」  オルカが特産品を整理して港を訪れると、一足先にウィルが来ていた。彼は見事な真紅の大竜鱗を手に、並んだインテリア関連を選んでいる。改めてオルカは、ウィルの狩りの腕に舌を巻いた。真紅の大竜鱗は、モガの森のリオレウスから稀に取れる希少な品だ。一人ふらりと狩りに出て、そのままリオレウスを単身で狩猟するその実力、そしてその実力がたぐり寄せる運……間違いなくウィルは、オルカが知る中でも凄腕の部類に入る。  そんなウィルは植木鉢を手に、真剣に吟味を繰り返していた。 「なあオルカ」 「なんですか?」 「どんなインテリアが喜ばれるかな、女の子には。こいつはちょいと難しい、地域によっても違うしな」 「はぁ……」  思わず呆れてしまったし、それを面に出して伝えてもいいぐらいには気安い仲だ。気を悪くした様子も見せず、寧ろ予想通りの反応にウィルはどこか楽しげですらある。その彼は結局、ドスプーギーのインテリアを手に取った。 「昔な、先代の団長が面白いガキを拾ってな。えれえ無愛想だが顔がいい、腕はもっといい」 「へえ。……なんかちょっと似たような人を知ってますよ、俺も」 「でなあ、そのガキに《鉄騎》のみんなでいろいろ教えたんだが……妙にプーギーの好きな奴だったよ」 「でも、男だったんでしょ?」 「そらな。女の子だったらほっとかねえよ。ま、実際は男だったが、ほっとかなかったけど。それより」  雑談を切り上げウィルは、結局ドスプーギーに決めた様子できょろきょろと船長を探し出す。その間にオルカも、財宝の地図を何枚かストックしておこうと、手持ちのラングロタンを確認する。ちゃんと保存してあるので、鮮度はとてもよい状態だ。 「そういやあれ、どうなった? お前さん、この間海底で妙なもんを拾ったらしいじゃねえか」 「ええ。あれなんですけどね……」  ごく稀に鉱脈やなんかから、旧世紀の時代の遺物が見つかることがある。今ではロストテクノロジーの類で、掘り出される物は今の時代では解析不能だ。だが、原理や仕組みがわからなくても使うだけならできる。そうした武器は強力な物が多く、王立学術院やハンターズギルドでは対古龍の切り札として探しているという噂すらあるのだ。  だが、オルカは肩を竦めて見せるだけだった。 「太古の武器ではないみたいです。普通のディーエッジですね」 「ディーエッジってあれか、シープライト鉱石を中心に作るあの」 「ええ、それです。つまりハズレ……誰かがきっと捨てたのかも。なにせ、壊れてるんです」 「壊れてる?」  ディーエッジは広く普及している一般的なスラッシュアクスだ。骨系にも鉄系にも属さず、独自の進化体系を持つ。素材による強化は一本道で、それだけでは少し物足りないのも正直な話だ。だが、防具同様に装飾品を付けるスロットがあるため、重宝するモンスターハンターも多い。オルカも、これがロハで手に入るなら儲けものだと思った。そう、最初はそう思ったのだ。 「変形機構が壊れてて。ビンの圧縮率が上がらなくて、剣状態にできないんです」 「それじゃあなにか? ノンスラッシュアクス、って感じか」 「そうなりますね」 「……売っちまえよ、こっそり黙ってりゃわからないさ」 「鍛冶屋のお爺さんに見てもらって知れ渡ってるので、買い取ってくれないと思いますよ、誰も」  どういう訳かオルカが拾ったディーエッジは変形機構が壊れていたのだ。いくら攻撃に振り上げても、内蔵されたビンの薬品が圧縮されない。スラッシュアクスに詳しい夜詩にも聞いてみたが、使い物にはならないだろうとのことだ。なにせ内蔵されたビンは劇薬を含んでいる。これを取り出して交換するのは危険な上に手間がかかるので、同じディーエッジを新調したほうが安くつくくらいだ。  だが、夜詩はオルカに不思議なことを言ってた。 「そういえばヤッシーさんが言ってました。壊れてるか、もしくは……」 「もしくは?」 「本来想定してないビンを内蔵した試作品、の失敗作じゃないかと」 「……結局駄目じゃねえか。まあ、倉庫の肥やしにでもするんだな」  オルカとしてもそのつもりだ。まあ、手元にあれば簡単な狩りの時に装飾品を増やす目的で使うかもしれない。ハンター一人一人に与えられた収納スペースは、みんなで共同生活してるオルカにも余裕がある。ハンター全員が暮らす家は、ざくろの料理が三食ついて洗濯もやってくれるので快適そのものだ。  この小屋にノエルや元々モガの村のハンターだったルーン、アニエス、ざくろ、そして夜詩とウィル、遥斗と住んでいる。  一応ギルドにハンターとして届け出てるのに、この小屋に個室がない人物は一人しかいない。 「で……オルカ」 「なんですか、まだ迷ってるんですか? ドスプーギー、かわいいと思いますけど」 「いや、それはいいんだ。それよかあれ見ろよ」 「……うわぁ、なんだろ……」  ウィルに指をさされるまま、オルカはずらり並んだ交易品の向こう側を覗きこんだ。  とても残念なものを見てしまった気持ちになった。いたたまれない。できれば知らずにおきたかった。それはなにかというと、並ぶ交易品の前にアオアシラがいた。正確には、アシラシリーズに身を包んだ長身の女性が、じぃぃぃーっと交易品を見詰めているのだ。時々じゅるりと口元のよだれを手の甲で拭っている。まるでハチミツを前にした本物のアオアシラだ。  それはたまたま村を訪れていたらしい、エルグリーズだった。 「なにしてるんでしょうね、彼女」 「なに、エルだって女の子だぜ? い、一応な。喉から手が出るほど欲しい交易品があんのよ」 「なるほど。でも、さっきから見てるあれは――」  エルグリーズの目の前に、塩漬けにされた巨大な肉の塊がある。それは確か、以前船長が言っていた、竜人族の故郷で取れる角竜の肉だ。それをエルグリーズは、つぶらな目で見詰めている。 「……やっぱり竜人なんだろうか。あの異国の角竜肉、確か竜人族の故郷の交易品だし」 「や、あれは人間が食う肉じゃねえぞ。アイルーやメラルー、奇面族が食べるって話だ」  ウィルと一緒にしげしげと眺めていたら、オルカの視線に気付いてエルグリーズは立ち上がった。 「あ、オルカ。ウィルも。こんにちは!」 「おう、こんにちは。エル、なにをしてるんだ?」 「エルはですね、その、このお肉が食べてみたいのです。以前、ニャンコ先生が美味しそうに食べてて」 「なるほど、よくわかったぜ。……面白ぇな。なあオルカ。遥斗は家にいるのか?」  なんでそこで遥斗の話になるのか、ちょっとオルカにはよく流れがわからない。だが「部屋で調合の練習をしてますよ」と伝えたら、上機嫌でウィルは行ってしまった。先程までいそいそとインテリアを選んでいたのに、もうそのことも頭にない様子だった。  妙なことだとその背を見送って、改めてオルカはエルグリーズに話しかける。 「エル、モガの森で取れる特産品を、希少特産品を持ってるかい?」  そのことを聞いてみたら、エルグリーズは笑顔のまま小首を傾げてしまった。どうやら知らないらしい。 「こういうのなんだけど」 「あっ! これはラングロタン! 美味しいですよね。もしかして、こゆのがあれば――」 「うん、物々交換でもらえるよ。……あ、ダメだよ、ダメダメ。そゆ目で見詰めてもダメだったら」  交易の仕組みを理解したのかしないのか、とりあえずエルグリーズには希少特産品の物々交換の話だけは伝わったようだ。そして今、ラングロタンを再びしまうオルカをじっと見詰めてくる。潤んだ瞳で指をくわえて、じっと。 「ま、次に交易船が来るまでに集めておくといいんじゃないかな。俺も手伝うよ」 「ホントですか!? オルカはいい人です! エル、とても嬉しいです……ごくっ」 「や、だから顔が近いって」  グイと身を寄せてきたエルグリーズの、真っ白な顔が目の前にある。きらきらと輝く瞳は紅玉のように真っ赤で、肌とのコントラストが鮮烈だ。竜人かどうかは別として、竜人並に整った通りのよい顔立ちにオルカも思わずどぎまぎとする。  その時、背後からやや上ずった声がギクシャクと響いた。 「お疲れ様です、オルカ。交易船が来たと聞いて……あ、エル! ぐっ、ぐぐ、偶然ですね」 「あっ、遥斗! こんにちはっ」  交易船が来たと聞いて? 今朝、その話をみんなで食卓でしたばかりだが、記憶喪失が酷くなったのだろうか。偶然もなにも、ウィルの話を聞いてスッ飛んできたんじゃないだろうか。だが、そんな無粋な突っ込みはよくないような気がして、でも遥斗の行動がいまいち腑に落ちなくてオルカは苦笑を零した。なにを張り切っているのか、遥斗は先日手に入れた虎の子の特産品、トロけるアンキモを手にしている。チャナガブルから取れる食材で、珍味として重宝されているらしい。 「エル、ひょっとして、その、異国の角竜肉を食べてみたいのかなって」 「な、なんでわかるんですか!? ひょっとして遥斗はエルの心が読めるのですか!?」  心を読むまでもない、顔に書いてある。だが、遥斗はトロけるアンキモを差し出して交易の仕組みを再度語り出した。そんなに難しい話でもない筈だが、エルは何度も瞬きをしている。トロけるアンキモの価値は四つ星、異国の角竜肉は二つ星だ。 「つまり今、僕は異国の角竜肉を二つ交換で手に入れられるんだ。だから――」 「なるほど! エルもわかります! エルの分と……ニャンコ先生の分ですね!」  がっくりと落胆に遥斗は落ち込む素振りを見せたが、エルは腕組み考えた後にその食べ方を否定してくれた。よかったとオルカが思ったのもしかし、僅か一瞬のことだった。 「エルとニャンコ先生で食べるのはでも、よくないです! だって……アンキモも食べたいです!」 「え?」 「ニャンコ先生が言ってました、チャナガブルのアンキモも美味しいって。遥斗、食べましたか?」 「あ、いや、まだだけど……へえ、そうなんだ。ふ、ふーん……エ、エル、た、たた、食べる?」 「!? いいんですか? 遥斗はいい人です! じゃあエルは、ドボルトリュフを持ってきますね!」  今、なにかがオルカの中で引っかかった。ドボルトリュフ? それは確か、ドボルベルグの背中に苔と一緒に生える特産品だ。五つ星の品だが。やっぱりエルグリーズは交易の仕組みを全く理解しておらず、アンキモとトリュフを半分こずつするのだと遥斗に抱きついている。まあいいかと思った時、交易船の船長が港へ戻ってきた。 「さあ、世界を交易で繋ぐゼヨ! どんどん特産品を持ってくるゼヨ! ……おお、そうだった」  船長はオルカを見るなり近寄ってきて、ユクモ村を知ってる者かと聞いてくる。以前世間話をした時、前にいた場所を伝えたことがあったかもしれない。そうだと応えると、船長は驚くべき言葉をオルカにくれた。 「ユクモ村に今、とんでもない飛竜が出たらしいゼヨ。なんでも、ベテランハンターがやられたらしいゼヨ」 「えっ? 船長、それは本当ですか! もっと情報は?」 「いや、詳しくは知らないゼヨ。シキ国に寄港した折、小耳に挟んだだけゼヨ」  オルカは突然、うららかな晴れた日から暗黒の暗闇に突き落とされた。自然と脳裏に浮かぶユクモ村の老ハンターが、その顔が遠ざかるような気がして落ち着かなかった。心配そうに見守る遥斗とエルに一言断って、オルカは気付けば自室へ走っていた。