ユクモ村へとヘトヘトになって戻ったオルカ達を待っていたのは、意外な人物だった。一夜明けた今、ようやく彼と面会を果たしたオルカは、手当ての包帯を遥斗に代えてもらいながらベッドの上で出迎える。 「ふむ……不思議なものだな。形状も普通のディーエッジと異なる。この刀身はいったい……」  オルカが使ったディーエッジを検分しているのは、モガの村から来た夜詩だった。  オルカと同じスラッシュアクスの使い手である彼は今、端正な顔を真面目に作って、眉根を寄せながら武器を調べている。オルカと同等かそれ以上に武具には詳しく、自らをあのヘルブラザーズと名乗る夜詩。珍しく暑苦しいアグナシリーズの甲冑を脱いだ平服姿なのだが、逞しい四肢から発散される空気がオルカの寝室を暑くしていた。 「ヤッシーさん、わかります? 風牙竜との戦いの最中、突然変形したんです。内部のビンが圧縮されたみたいで」 「ヤッシーではない、夜詩だ! ……ふむ、斧の時は見た感じ、普通のディーエッジだったのだがな」 「ええ、でもこの形は。変形するまで気付きませんでした、こんな刀身を隠しているなんて」 「ふむ、これはもしや太古の昔に……お? おお! こ、これは! ふむ、ふむふむ! ほほう!」  夜詩はガシャガシャとオルカの武器をいじくり、そして感嘆の言葉を零しながら……やれやれと肩を竦めた。  見守っていたオルカは勿論、遥斗も手当ての手を止めてしまうほどに呆れ返る。 「ハッハッハ、斧へと変形させたら……剣にならなくなってしまったようだ」 「ヤ、ヤッシーさん! あーあ。まあ、別にいいですけど」 「すまんなオルカ。つい、こう、変形プロセスが見たくて。だが、一つわかったことがある」  真面目に表情を作りなおして、ずずいと夜詩が暑苦しい顔を押し出してきた。その真剣な眼差しに思わず、オルカは怯みながらも、その真っ直ぐな瞳を覗き込む。勿論遥斗も、固唾を飲んで夜詩の言葉を待った。 「このディーエッジは……普通のものではない!」 「やはりそうですか。そ、それで」 「うむ、それだけだ! ハッハッハ」  ほがらかに笑う夜詩を前に、オルカは遥斗と一緒に肩を落とした。零れる溜息もしかし、苦笑混じれども苦味が霧散してゆく。この夜詩という男はどこまでも堂々と清々しく、まるで悪びれた様子がないので責める気も失せてしまう。遥斗などは、本当にヘルブラザーズなのだと尊敬しているくらいだ。  そうしていると、夜詩の後ろで扉が開いて、ノエルが大荷物を手にやってきた。  その姿に誰もが感嘆の声を小さく呟き、夜詩などは大げさに「おお!」と飛び退き両手をあげて驚いてくれた。 「なにさ、ちょっと大げさじゃない? ……に、似合わないかな」 「いや、逆だよノエル。素材、足りたんだね。よく似合っているよ」  大きく開いた腹から見えるヘソと、白い肌。それが琥珀色の防具とのコントラストで眩しい。ノエルは今、風牙竜の素材から作られたであろう新しい防具を着込んでいた。照れて頬をポリポリと指でかきつつ、彼女はまんざらでもない様子。 「しかしノエル、どうして頭がキャップではなくヘルムなのだ。ふむ……防御力を重視したか!」 「いや、なんていうかね……どうも、その、デザインがちょっと」 「いいではないか、あのヒゲ! 格好いいではないか、ヒゲ! オルカ、遥斗もそう思わないか?」 「やだい、アタシは絶対、やだ! ……ヒゲだよ、ヒゲ」  確かにノエルは今、キャップではなくヘルムをかぶっていた。ガンナーをメインとして弓を使う彼女、当然防具もガンナー用で、頭部にはキャップをかぶるのが普通だ。だが、剣士用のヘルムも共用の防具で、キャップより防御力に優れる。同系統の素材で作った場合、失われる可能性が高い不思議な効能、俗に言うスキルの失効も軽減されるようだ。  そのスキルについてはノエルは、装飾品と護石で補うと言う。  モンスターハンターは大自然の様々な生物を狩り、その素材で武具を作る。身に纏う防具もそうで、同じ素材から作られるもので全身を固めると、不思議な力が宿るとされていた。それは、モンスターハンターが古来より信じて崇める信仰のようなもの。偉大なる飛竜達の加護を得たかのように、その身には勇気が宿り臆病を戒めてくれるのだ。時には砥石を使う手が早まるようにも感じるし、空腹を和らげてくれるような気もする。感じる、気にするだけで十分なのだ。 「オルカのもできてたよ。剣士用でいいんだよね? ほらっ」  ノエルは小脇に抱えていた荷物を紐解き、その中から男性用の新調された防具を出してくれた。オルカは今まで使っててボロボロになったユクモシリーズを廃棄して、新たに風牙竜ベリオロスの素材で作られたものを作っていたのだ。そのデザインは以前このユクモ村で着ていたベリオシリーズに準ずるが、大地と風の力を凝縮したかのような色合いが頼もしい。そして着るまでもなく、その強固な防御力がオルカには伝わった。 「遥斗も防具を新調すれば?」 「僕はこのレイアシリーズでしばらく大丈夫です。そ、それに、今着替えるのはまずいですから」 「あ、そっか……そうだった」  その言葉で、思い出したように夜詩が遥斗の両肩にガシィ! と手を置いた。 「そう、それだ少年! 先程から不思議だったのだが……どうして女装しているのだ!」 「これはヤッシーさんの姉君に、ルーンさんに頼まれて。この村ではハルカと名乗っています」 「姉者が!? むう、そんな趣味があったのか姉者には……」 「いえ、これには事情が。ルーンさんから頼まれたんです、オルカに悪い虫がつかぬようにと」  聞いているのかいないのか、夜詩はうんうんと腕組み大きく頷いた。やれやれと思いつつ、そういえばと思いだしてオルカも口を開く。 「そもそもヤッシーさん、どうしてユクモ村に?」 「フッ、よくぞ聞いてくれた。オルカ、加勢しようと思ってな!」 「それは、つまり」 「ああ、噂に聞いた風牙竜……このヘルブラザーズの片割れにふさわしい強敵だ!」  もっとも、ヤッシーがこのユクモ村についた時には、狩りはもう終わっていたが。  そのことを知った今でも、やはり夜詩は平然と笑っている。 「せっかく新調した武器を試し斬りと思ったのだがな。ハッハッハー!」  聞けば夜詩は、オルカの留守中に孤島で狩りをしていたらしい。その素材で強化したスラッシュアクスを、試しに使ってみたいというのが本音だろう。だが、駆けつけてくれたことにオルカが礼を述べると、夜詩は気さくな笑みで構わんと言ってくれた。 「少年も覚えておくといい……モンスターハンター最強の武器、それは狩りの仲間だ!」 「はいっ! 流石です、ヤッシーさん」  オルカはノエルと肩を竦めて顔を見合わせる。  だが、そんな時にガタガタと窓のガラスが鳴り出した。外を見上げれば、空は曇天の雲が流れる早さで遠くへと吸い込まれている。今にも一雨、しかも嵐がきそうな天候の激変に、思わずノエルが首を捻る。 「あれ、おかしいな。ミヅキやルナルの話じゃ、今日は晴れるって言ってたのに」 「あの空模様……妙だな」  オルカも訝しげに、暗く陽光を失った灰色の空を見詰めた。  目を凝らしていればたちまち雷雨となって、外の世界があっという間に滲んでゆく。叩きつけるような豪雨が降り始めて、吹き荒れる風に宿屋の建物がガタピシと軋み出した。 「あちゃ、降ってきたよ。オルカ、傷もあるし……出立は明日以降にしようか」 「うむっ、ノエルの言う通りっ! オルカ、しっかり休めよ。しからば少年っ、土産物屋にゆくぞぉっ!」 「は、はい……ちょっと待って下さいね、先にオルカの包帯を」  モガの村の面々がそうして、呑気に過ごしていた瞬間だった。一際強烈な稲光が外で光って、数瞬遅れて轟く豪雷が空気を大反響で震わせる。近くへの落雷を感じた時には、オルカの耳に悲鳴が飛び込んできた。 「この声は……ルナルさんっ!?」 「あっ、オルカ!」  気付いた瞬間にはオルカはベッドを飛び出していた。まだ傷が痛んだが、それよりも気になることがあって、嵐に揺れる宿屋の中を走る。宿泊客の誰もが不安げに顔を見合わせる中、一緒に走る夜詩やノエル、遥斗を連れて一足飛びに階段を飛び降りた。  外へと躍り出るまでにオルカは、近隣の住民の絶叫と嘆きを無数に聞く。  玄関を出たオルカを待っていたのは、全身を引き剥がすかのような風と雨……そして。  頭上、ユクモ村の空に暗雲を纏った巨大な威容が浮かんでいた。 「こっ、これは……」 「あ、オルカっち! お姉ちゃんが、お姉ちゃんの社が――」 「柳の社が!? これは」  叫ぶルナルへと駆け寄るオルカは、全身の毛穴が開いて汗を吹き出す感覚に震えた。  モンスターハンターとしての経験が警鐘を打ち鳴らしている……今、上空に鎮座する圧倒的な力の危険を訴えている。  巨大な古龍がユクモ村の上空で、その巨体をぐるりと己に巻いて滞空していた。 「……天の風神、地の雷神……均衡崩れし時、彼の地に災禍訪れん」  ふと気付けば、巫女装束の少女が吹き荒れる風に金髪をたなびかせて立っていた。  オルカはルナルや仲間達と急いでミヅキを取り囲む。 「あれが……災禍? じゃ、じゃあ……」 「雷狼竜と風牙竜、二匹を倒したことで均衡が? でも、それって古文書の」  その時、一際強烈な稲妻が煌々と周囲を照らした。  同時に、耳をつんざく咆哮と共に古龍は絶叫する。  恐怖にオルカは思わず耳を塞いで目を閉じた。ただ震えて祈るしかなく、己の無力さに竦むしかできない。これが、伝説や神話の世界から人間を脅かす絶対強者……古龍。  ようやくオルカが目を開いた時、遠くの空に嵐を引き連れ飛び去るその姿が見えた。  先程の落雷は容赦なく、ユクモ村にあった柳の社を木っ端微塵に打ち砕いていた。  ――アマツマガツチ。  それが後に判明した、オルカ達が太古の言い伝えより解き放ってしまった災厄の名だった。