沈没炎上する狩猟船の黒煙を引き連れ、次第に沖より脅威が迫り来る。  三獄の星龍、最後にして最強の一翼。その名は煉黒龍グラン・ミラオス。その黒き焔は天を焦がし地を揺るがす。徐々にタンジアへと近付くその巨躯を前に、ノエルは弓を手に弦の張りを確かめた。それが終わると腰に矢筒をぶらさげ、畳んだ弓を背負う。出撃準備を整える可憐な少女を、その場に居並ぶモンスターハンターの誰もが見守り見送った。 「姐さん! 各種ビン、用意しておきやした!」 「俺、さっきの第四波攻撃隊で脚をやっちまって……仇とってください!」 「姐さんなら、モガの村の衆ならきっと! 俺ら、信じてやす!」  屈強な男達が何人か、感極まってノエルへと駆け寄る。  誰もが我先にと、ノエルに向かってアイテムを差し出した。 「んー、あたしまだ姐さんって歳でもないんだけど。……わかってる、みんなもしっかり!」  ノエルの呼びかけに誰もが「おう!」と元気のいい返事。その声を聞いて、まだ大丈夫だとノエルも自分に言い聞かせる。すでに四回に渡り狩猟船による大攻勢をかけたが、その都度負傷者を増やしながらグラン・ミラオスは近付いてくる。  だが、諦めるわけにはいかない。諦めてはいけない戦いが今なのだ。  その時、混乱を統制が駆逐しつつある海岸に悲鳴が響く。 「第一波攻撃隊の、最後の船が帰ってきたぞ!」 「火が出てる、消火班!」 「火薬に引火するぞ、砂を浴びせろ!」  それは、ルーン達モガの村のハンターが乗り込む狩猟船だ。その傾いた船体が煙を巻き上げゆっくりと戻ってくる。  自然とノエルは、駆け出す男達を追い越し真っ先に馳せる。 「ワイヤーを! しっかり浜から引っ張って……バランスを崩せば沈むっ!」 「ノエルさん! おい野郎共っ、ワイヤーだ! いいから船を引き寄せるんだよ!」 「救護班も呼んで。ルーン! 聞こえてる、ルーン! ヤッシー! アニエス!」  竜骨の軋む音を響かせながら、燃える狩猟船が大きく舵を切る。傾く左舷とは逆へのモーメントを発生させながら、ゆっくりと狩猟船は砂浜へと打ち上げられた。そのマストになびいていた帆は燃え落ち、モガの村を示す紋章は見る影もない。  だが、消火班が我先にと走り寄る中、ハンター達はルーンを先頭に颯爽と舞い降りた。 「この女を先に頼む。怪我人の上に妊婦だ、丁重に頼む」 「姉者も手当を受けるのであるっ! 船の消火は任せるのだ!」 「ヤッシーさんも薬を。いくら最新鋭のアグナX一式でも」  手傷が目に見えて痛々しいが、ルーンは毅然と担いだ女性を担架に載せる。それは白い肌に黒髪の竜人族だ。身につけていたと思しき火竜の防具はもう、見る影もなく損壊して裸体を晒している。夜詩もアニエスも疲労の色も顕だが、その目に燃える闘志は死んではいない。  そして、まだ折れぬ心を熱くさせているのは、モガの村のハンターだけではなかった。 「くっ……私も、まだ……戦え、る!」 「よせ、寝てろ。貴女の傷では戦力にならん」  確か竜人族の女性は、オルカ達の知り合いで名をサキネといったか。両性具有の竜人希少種で、今は確か身篭っているとも聞いている。彼女はルーンが厳しい言葉で止めるのも聞かず、担架の上に身を起こした。  だが、背の剣を降ろして研ぎつつ、ルーンの冷静な声は淡々と現実を叩きつける。 「悪いがG級の武具がなければ、グラン・ミラオスに効果的な攻撃は与えられん」 「ぐっ……! そ、それは……」 「貴女も名のあるハンターとお見受けする。ならば、武具は己の身一つでしか得られぬ筈」 「そう、私達モンスターハンターの掟だ。だが!」  傍らのルーンになおもサキネは食い下がるが、起こした状態に傷みが走ったのか、口元を歪めて黙ってしまった。  ノエルは人混みを掻き分け、担架から降りようとするサキネに駆け寄った。そのまま両肩に手を当て、強引に毛布の上へと押し込める。驚いたサキネの面食らった顔へと、ノエルは声を張り上げた。 「バカッ! あんた、お母さんになるんだろ! お腹の子を一番に守らなきゃ」 「し、しかし」 「あんたの身体はもう、一人のものじゃないんだ。それに、命を灯してくれた男のことも考えろ!」 「うっ……」  ノエルは軽くペチリとサキネの頬を撫でる。 「G級武具とか腕とか関係ないね、悪いけどこの狩場はあたしが、あたし達が仕切らせてもらう! いい?」 「は、はい……その、すまない。私は熱くなって、聞き分けのないことを」 「分かったら治療を受けて避難! ……あんたがその子を守るなら、あたし達がその子の育つ場所を守るから」  うんうんと頷くルーンの背後で、今しがた座礁した狩猟船が舳先を海へと向ける。すでに用をなさぬ座礁船だが、船首の撃龍槍はまだ生きているし、バリスタや大砲も機能している。これを固定砲台とする方向で、ヤッシーとアニエスが周囲の男達に激を飛ばしていた。その大質量が引っ張られてゆく中、ノエルはおとなしくなったサキネへ毛布をかけてやる。  どういう訳だがサキネは頬を赤らめた。 「……惜しい」 「ん? ああ、気にすることないよ。むしろ、G級武具もないのによく無事で」 「実に惜しいぞ! ええと、オルカから聞いてる……ノエル! そう、ノエル!」 「な、なにさ。あたしがどうかした?」 「いや……人間社会では嫁と婿、一緒には娶れぬからな。残念だ! 私はノエルを嫁にしたいのだが!」  瞬間、しゅぼん! とノエルは耳まで真っ赤になった。  夜詩もアニエスも、周囲の男達も目を点にしたし、静かにルーンが目を逸らした。 「ちょ、ちょっと! サキネさん、女でしょう。女は嫁は――」 「ざくろは私の嫁だが」 「ごめんルーン、ちょっと黙って。話がややこしくなる」  ノエルはあわあわと両手を胸の前で振るが、天を仰いで目をつぶるサキネの声が澄み切ってゆく。 「お前のような娘に私の子を産んで欲しい。チヨマルも気に入ると思うのだがな」 「うーん、えっと、そのぉ……まあ、気持ちだけ、ありがたく、頂いとくよ。うん」  そうか、と笑うサキネが救護班に運ばれてゆく。  見送るノエルの肩を、ポンとルーンが叩いた。 「さて、もう狩猟船は全て出払ってるな? ならば私達は後詰に回ろう」 「うん。最悪、上陸されてもここで食い止める! みんな、いいねっ!」  ノエルはルーンの頷きを拾い、夜詩やアニエスとも顔を見合わせる。 「当然である! 姉者と二人、ヘルブラザーズの力を今こそ見せてくれよう! ハッハッハー!」 「全力であたしもフルサポートします。ノエルさん、この戦い……いえ、この狩り! 絶対に獲りますッ!」  力強い返事を聞いたその時、意外な声があがってノエルは振り向いた。 「そいうだっチャ! 子分も頑張ってるっチャ……オレチャマも死力を振り絞るっチャ!」  そこには、ウィルが連れていた奇面族の子供が飛び跳ねていた。この子もまた、相棒ウィルの危機、そしてタンジアの危機に奮い立っている。そう思えばノエルの胸に熱い想いが去来する。  そして、その奇面族がかぶっているお面に勝機が垣間見えた。 「チャチャ……そのお面! ヘリオスXヘルム! 完成したんだ、ちょっと貸して!」 「ちょ……やめるっチャー! 素顔を見られたら困るっチャ。少し待つっチャよ!」  慌てて地面に穴を掘って、チャチャはその中へと消えた。穴を覗きこめば、ポイとヘリオスXヘルムが吐出される。それを胸に抱き締め、ノエルはキッと沖の方を見据えて睨んだ。それは、アニエスが発煙弾の信号を空へあげるのと同時。  ややあって、沖で揺れる狩猟船の一隻から、オルカの色が空へと波紋を広げて舞い上がった。 「ノエルさん、オルカさんはあの場所です。……届きますか? 貴女の弓で」 「待って、風を読む……ん、大丈夫。空気が乾いて軽い、いける!」  即座にノエルは走り出す。その手に矢を掴んで、ポーチの中に縄の切れ端を拾った。先ほど固定砲台として据えられた座礁船によじ登った時にはもう、矢の先へと白亜の兜は括りつけられていた。 「これで一式そろう。そうなれば……きっとオルカの役に立つ!」  モンスターハンター達は誰しも、己の身につける防具には不思議な力が宿ると信じている。それはスキルと呼ばれる、一種のおまじない、迷信だ。その防具がかつて生きていた頃、偉大な飛竜や古龍だったころの息吹に力を感じているのだ。畏敬の念は狩人達の間で、それを身にまとうことで一種の暗示となって自らの力を高める。  それは一般的には、同じ素材の防具を五箇所、頭から脚までそろえた時に得られると決まっていた。  五箇所一式を揃えるほどに、そのモンスターに向き合い勝ち抜いた者だけが、スキルの祝福を得られるのだ。 「凄い……グラン・ミラオスの発する熱気で空気が沸騰している。きっとあの中は……ええい、いけっ!」  風向きや空気の抵抗までも計算に入れて、ノエルが黒煙に曇る空へと矢を放った。それは鏃を輝かせながら兜をぶらさげたまま、遠くの空へと消えてゆく。  気付けば誰もが、祈るような気持ちでその見えない軌跡を目で追っていた。  残心に身を引き締めるノエルもまた、その先で戦う男達に願いを託した。