誰が呼んだか、旅団の名前は"我らの団"……そして今や、アズラエルは我らの団ハンターの一員だった。そのことに特別な感慨はないが、団長は気さくで豪放な
「……アズラエル。できたぞ」
「ありがとうございます」
鍛冶屋の男も、我らの団の団員だ。共に旅をして、もう半年になる。アズラエルは今、そのいかつい手からヘヴィボウガンを受け取る。重さをもろともせずに展開し、連結された砲身を屈みながら構えてみた。
鍛冶屋の腕は確かで、素晴らしい逸品だと確信できる精度が感じられた。パーツの一つ一つが洗練されていて、ミクロン単位で噛合い一つの武器を構成している。
「結構です、相変わらずいい腕ですね。青熊筒、確かに」
青熊筒はアオアシラの素材で作られる、初歩的なヘヴィボウガンだ。この地方にはアオアシラは生息してはいないが、竜人商人の交易で素材は広く世界中に流通している。昨今のモンスターハンターは皆、この交易を利用して幅広い素材を手に入れることができた。
勿論、元手となる素材は皆、己の腕で剥ぎ取った狩果のみ。
「……しかし、アズラエル。ランサーだとばかり思っていたが」
「仲間が増えましたからね。もともと得意なのもありますが、狩りに多様性が出たほうが、臨機応変に対応できるものです」
通常、モンスターハンターは誰にでも得意な武器があり、それをもって狩りに挑む。アズラエルならランスだし、オルカはスラッシュアクス、エルグリーズならガンランスだ。だが、同時に複数の武器を使いこなせるようになると、狩りの幅は格段に広がる。オルカは今、異文化から流入した操虫棍を研究しているし、エルグリーズは――
「すみませーん! あのー、注文してたの、できてるですかっ!」
噂をすれば、エルグリーズがあいかわらずのインナー姿で現れた。
鍛冶屋の男は黙って一本のベルトを取り出す。
「……できてるぞ、エルグリーズ。アイアンベルトだ」
「ありがとうございますっ! よーしっ、そーちゃくっ! あ、アズラエル! おはようございました!」
アズラエルを見つけるなり、挨拶と同時にエルグリーズがぐいと顔を近づけてくる。
昨晩泣いていたのか、目は腫れて真っ赤だが、もう表情に曇りも陰りもない。
いつもの前向きで前のめりなエルグリーズがそこにはいた。
「おはようございます、エルグリーズ様。……顔、近いです」
「エルグリーズ様! それ駄目です、いけませんですよ? エルって呼んでください!」
「では、エル様。唾を飛ばさないでください、顔が近いって言ってるだろーが、ったく」
後半はつい、故郷の言葉が出てしまった。
だが、苦笑しつつアズラエルはぐいとエルグリーズを押しやる。
「では、エルもアズラエルのことはアズって呼ぶです。エルとアズ、なんか似てるですね!」
「お好きにどうぞ。親しい者はみなそう呼びますので。で、エル様……防具の新調ですか?」
「はいっ! このアイアンベルトがあると、採取がはかどる気がするです!」
「……そうですか。よかったですね」
腰に手を当て「えっへん!」と豊満な胸をはるエルグリーズ。
その背に、巨大な鉄塊が背負われているのをアズラエルは見た。
「エル様、それは?」
「あ、これですか? そう、そうでした! 鍛冶屋さん、これ! これ磨いてくださいです!」
エルグリーズがそう言って背からおろしたのは、どうやら巨大な剣のようだ。
余りに年月が積もりすぎて幾星霜……それはもはや、風化して
だが、アズラエルは辛うじて読み取れるその形状に、どこかで見たような既視感を感じるのだった。
「はて……そういえば以前、クエスラ様が……気のせいでしょうか」
「……エルグリーズ、こういうのは俺では無理だ」
アズラエルの独り言を、鍛冶屋の溜息を交えた声が遮った。
掘り出された太古の塊ならば、大地の結晶を用いて研磨することで蘇ることもある……そう聞いていたし、アズラエルは以前オルカにそれを見せられている。
神代の太古より蘇りし封龍剣、その砕けた欠片をアズラエルは今も保管していた。
オルカがかつてタンジアの港で振るった封龍剣【
封龍剣……それは、遥か遠い昔に生み出された、古龍を倒すためだけの切り札。
「……エルグリーズ。研磨剤を出されても、困る」
「えー、じゃあじゃあ、大地の結晶ですね? ほら、こんなにあるです! 磨いてクダサイ!」
「……参ったな、アズラエル」
助けを求めるように、鍛冶屋がアズラエルに視線を投げかけてくる。
やれやれとアズラエルは、ポーチから研磨剤だの大地の結晶だのを取り出すエルグリーズをたしなめた。
「エル様。どうやらここまで風化が激しいと、ここでは無理のようです」
「ええー!? そんなぁ〜!? ……トホホ」
「やはり素材を一から集めて、新造されてはいかがでしょう。お手伝いしますよ」
「え、ホントですか? アズはいい人ですか? 嬉しいですっ!」
「顔、近いです。まったく……ふふ」
抱きついてくるエルグリーズを無造作に引剥がしつつ、さてこの鉄屑はどうしたものかとアズラエルは目を細める。
やはり、その独特な形状はみたことがあるような……だが、確証はない。
その時、背後で声が響いた。
「エル、そのデカブツなら……次の村で研磨できるかもしれないぞ」
振り向くとそこには、ト=サンの姿があった。
「ホントですか、おとーさん!」
「いちいち抱きつくのはよせ、それと俺は嘘はつかん」
アズラエルも立ち上がって、鍛冶屋に代金を払うとヘヴィボウガンを背負ってみる。アズラエルがずっと修繕を繰り返して使っている防具は、ユクモシリーズ。剣士とガンナー兼用のものなので、新たに防具を新調する必要はなかった。
だが、そろそろ防具もより強いものをと思うところもあって、今後の狩りの課題だった。
アズラエルとも挨拶を交わすと、ト=サンは話を続ける。
「旅団がバルバレを旅立つ。次の目的地は、ナグリ村だ」
「ナグリ村? ですか……アズ、アズアズ! ナグリ村ってどんなとこですか!」
「たしか、
土竜族とは、数ある竜人族の一種で、鉱石の扱いに優れる。また、鈍重な見た目とは裏腹に手先が器用で、装飾品から武具まで何でも逸品を作り出すのだ。
我らの団の気ままな旅は、いよいよバルバレを離れて次の村へ進むらしい。
「お前たちも荷物をまとめたほうがいい。俺は買い出しを頼まれてな……アズラエル、お前は」
「アズとお呼びください。ト=サン様。……独特な名前ですね」
「俺の故郷の言葉だ、お前たちには発音しにくいだろうな。様付はよして欲しいが……まあ、好きにしてくれ。その代わり俺もお前のことをアズと呼ぶ。いいだろうか」
「勿論です。それと……昨晩はオルカ様のこと、ありがとうございました」
ト=サンは気さくに笑って、気にするなと言ってくれた。
どうやらまた一人、いい仲間にめぐりあえて共に旅することになりそうだ。
「アズ、それとエルも。必要なものがあれば言ってくれ。ついでに買ってくる」
「では、果物が少しあれば嬉しいですね」
「エルはお酒がいいです!」
ト=サンは「了解した」と言って、市場の方へと脚を向ける。
アズラエルもそうなると、荷物をまとめる必要を感じて自分の荷車へと向かった。今は荷車まるごと一室をキヨノブとの共同生活に使ってて、もうキヨノブはせっせと片付けを始めているだろう。
バルバレの太陽は急ぎ歩くアズラエルの背を燦々と照らし、砂漠から吹く風がそのあとを追った。