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 ナグリ村を包む空気は、重苦しく沈んで淀んでいた。
 元が鉱山と製鉄の集落である。土竜(モグラ)族は日々の労働に活気付き、消えることを知らぬ火は昼夜を問わず石を鉄へと変えていた。そういう賑やかな村なのに。今はもう、その面影すら見て取ることができない。
 オルカは荷車から飛び降りるや、村長と話す団長の元へと向かった。
 だが、どうやら会話が成立していないようだった。
「おおう、ムスメよぉぉぉぉぉ! ムスメ! ムスメエエエエエエエエ!」
「なあ、村長さんよう。何があったか俺にも説明してくれねえか」
「無事なのかムスメエエエエエ! おおう、マァイ! スィート! ドウタァァァァァ!」
「……どうなっちまったんだ。おう、オルカ。話が通じねえ。が、何かあったらしい」
 困り顔で肩を竦める団長の横で、オルカは改めてこの村の住人たちと、その代表たる村長に向きあう。彼らは皆、土竜族……竜人の亜人種で、鉱石と発掘に卓越した才能を持つ者たちだ。
 その厳つい顔を並べて、土竜族たちは落ち着かぬ様子でムスメムスメとがなりたてる。
「えっと、団長さん……ムスメってのは」
「おおおおっ、ムースメェェー!」
「……どうやら、村長の末娘のことらしい」
 はあ、とオルカは曖昧に頷く。
 その間も喚き散らす村長は、オルカにも唾を飛ばしてきた。
「ムスメが一人で行っちまった! テツカブラの討伐に! おっかあの形見のハンマーを持って! ああ、ムスメ、ムッスメェ! オラの大事な大事なムスメェー!」
「そうさ、オラたちの大事な妹のムスメェー」
「目に入れても痛くねえ、末娘のムスメェー」
 ……話にならない。
 男たちはむせび泣きながら大合唱を始めた。
 だが、その調子っ外れな歌の中に、オルカは意外な単語を拾う。
「テツカブラ?」
「この辺りに生息する両生種、鬼蛙(オニガエル)テツカブラのことですね」
 気付けば背後に立っていたアズラエルが、冷静に注釈を添えてくれる。
 驚いたことにアズラエルは、その手にポンポンと、子供の土竜族の頭を軽く撫でている。
「この少年から先ほど事情を聞き出しました」
「ダチのムスメがさー! それより、あんちゃんがくれた石、すげー! ドラグライトだ!」
「現在、ナグリ村の火山が活動を止めてしまったらしいです。溶岩を利用しての鉄鋼業が、閉店休業状態らしくて。で、その原因がテツカブラという訳です」
 アズラエルは「だぜー! そうなんだぜ!」と得意げな少年に、もう一つマカライト鉱石を握らせてやる。宝物をもらった少年は、手を振るアズラエルに見送られて行ってしまった。こんな時アズラエルは最近、以前とは別種の微笑をオルカにだけ感じさせる。
「なるほど、つまり……団長。少し状況を整理しましょう。アズさんも」
「ええ。ナグリ村は異変が生じて主産業である製鉄と採掘がストップしてるようで」
「その原因がテツカブラって訳かい? そいつを退治しにじゃあ、村長の娘さんは」
 オルカとアズラエルと団長、三者は三様に頷く。
 どうやらモンスターハンターの出番のようだ。
 その気配を悟ったかのうように、オルカの頭には猟虫クガネが羽音を奏でて舞い降りる。
「子供が一人でテツカブラに……無茶だ、早く助けにいかなきゃ」
「オルカ様ならそう仰ると思っていました。今、ベル様が荷解きをしてますので――」
 アズラエルが答え終わらぬうちに、華奢な矮躯が駆けてくる。
 肩で息をしながら、ジンジャベルがオルカの操虫棍を抱きしめて走ってきた。
「オルカ、これ! こっちがオルカの操虫棍だよね! 荷物の山から掘り出しといた!」
「ありがとう、ベル。君のは? ト=サンやエル、ノエルの荷物は」
「無理! まだまだかかるよ、今ノエルが探してる! だって、ト=サンはともかくエルは……武具も道具もごっちゃに荷造りしてるから」
「……ん、やっぱりか。よし、俺が先行する」
 操虫棍を背負って確かめ、同時にアズラエルからアイテムポーチを受け取る。この気の利く親友は既に、狩りに必要なアイテム一式をまとめてくれていた。そのことが全く不思議でもなく、厚意に甘えることもまた好意だとオルカはポーチを腰に下げる。
 その時、足元で声があがった。
「旦那さん! ボクも一緒に行くニャア……筆頭オトモとして見過ごせないニャ!」
「ワニャハイも共に! 執事ネコもまた気持ちは同じなんだニャア。エヘ」
 一組のメラルーとアイルーが、その場でピョンピョン跳ねながら自身をアピールしている。他のハンターたちが動けない今、オトモの存在はありがたい。無言で頷くオルカが走りだせば、二匹は背負った武器の重さをもろともせずについてくる。
 自分たちが乗ってきた車列の横を通り過ぎる瞬間、頭上から声が降ってきた。
「オルカ、もう狩りに出発ですか? エルの焼いたお肉、持ってってください!」
「ハチミツもあるよ! ……どういう訳か、砥石を入れる箱から出てきた。エル、あんたねえ」
「ありがとう、エル! ノエルも。緊急事態なんだ、急いでる。助かるよ!」
 頭上からこんがり肉とハチミツが降ってきたので、それを千鳥足で行ったり来たりしながら受け取る。肉は焼きたてて美味しそうだし、おふくろさんの飯をゆっくり食べてる暇もないからありがたい。早速一ついただきつつ、残りをポーチにおさめていると、
「洞穴へ向かうのか、オルカ。爆弾を持っていけ。道中、岩盤が崩落してるかもしれん」
 ト=サンが竜車によりかかり、腕組み待っていた。その足元には、調合したての大タル爆弾が置かれている。もっていけと言わんばかりで、急ぐオルカにはありがたい。
「できればト=サンにも来て欲しいんです。ト=サンは採掘に詳しく鉱山にも目が利きそうで」
「話は聞かせてもらった。行きたいのは山々だが……武器がまだ荷物の中でな」
「その剣は……?」
 ト=サンの腰には今、一振りの片手剣がぶらさがっている。
 だが、それをト=サンが手にした瞬間、オルカは理解した。
 それは武器ではない、武器にはなりえない。
「こいつは、俺の生まれた街で掘り出されたのだが、な……あちこち鉱山を巡ったが、こんなものが出土するのも初めてで、それで持っているのだ。まあ、お守りみたいなものさ」
 それは、酷く錆びて風化した剣だ。
 ぼろぼろで刀身はフラクタルなギザギザを不規則に並べている。おおよそ切れ味と呼べるものとは無縁なそれは、鈍器としての攻撃力すら期待できないだろう。モンスターへと振り下ろせば、恐らく刀身は木っ端微塵になるのではないだろうか?
「そういえば、エルもぼろぼろの剣を掘り出してましたけど」
「ああ。この土地では研磨剤を用いて武器を修復する技が息衝いててな。それはともかく」
 ト=サンは足元の大タル爆弾を持ち上げると、駆け寄ってきたユキカゼとアルベリッヒに一つずつ背負わせてやる。二匹のオトモは荷物を苦ともせず、オルカの足元へ戻ってきた。
「気をつけて行け、オルカ。もしテツカブラが初めての相手なら」
「初めてもなにも、見たことすらないです。けど……黙って見過ごせません」
 オルカの言葉にト=サンが頷いた、その時だった。
 ひょこひょこと脚を引きずり、キヨノブが駆けてくる。
「オルカ! ギルドのねーちゃんが絵を描いてくれた。参考になるかもしれねえ……こいつを持ってけ。それと、これはバルバレの雑貨屋で買った資料だが、生態が書いてある」
 杖を突くのもあぶなっかしく、キヨノブはオルカが広げた腕の中に倒れこんできた。その手には紙片が握られている。
「キヨさんも、ありがとう。これ、役立たせて、もら、い、ま……す? ええと、これは」
「ギルドのねーちゃんが描いてくれた、うろ覚えらしいけど。テツカブラってなこういうモンスターらしい。でけえ蛙だとよ」
「ああ、蛙、なんだ……っと、この絵……こっちが上か! 逆だった」
「はは、酷ぇ絵だろ? でも、ええと、手があって脚があって、牙が、あって? ってな具合だ。なんかの足しにはなんだろう」
 オルカは苦笑しつつ、子供のラクガキのようなそれを胸元にしまう。
 同時に、製本されたメモの束を受け取った。こっちにはテツカブラの生態が事細かに乱雑な文字で(つづ)ってある。
 オルカは早速村の外れから、洞穴を通じて続く新たな狩場へと旅立った。

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