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 兄イサナを伴い、オルカはナグリ村へと帰還した。
 無事に救出したムスメも一緒だ。
「おおお、ムスメエエエエエエ! 無事だったかっ!」
「おとーさんっ、無事だったよ! 私、心配かけちゃった」
 村につくなり、もみくちゃにされるムスメ。肩を組んで抱き合い、再会を喜び合う土竜族(モグラぞく)たちを見て、オルカもほっと胸を撫で下ろした。ムスメを囲む族長たちの大家族は、見守るオルカに故郷の家を思い出させる。
 そしてそれは、隣で腕組み頷くイサナも同じようだった。
 その時、オルカの現在の家族たち、旅団のメンバーが現れた。
「オルカ様、お疲れ様です。死体を持ち帰らずに済んでなによりでした」
「ぶ、物騒だよ、アズさん。ただいま」
 アズラエルは相変わらず氷河のような無表情で、ぼんやりと土竜族の胴上げを見やる。
 その横では、杖を突いたキヨノブが代わりに笑っていた。
「オルカよう、首尾は上々じゃないか。それで? テツカブラってのはどうだった」
「ええ、手強いモンスターでした」
「あとで素材を見せてくれよな! ギルドねーちゃんも気にしてたからよ」
「あっ! ……は、剥ぎ取りを忘れてきました。そうか、防具を新調するチャンスだったか」
 鬼蛙テツカブラとの遭遇、そして狩猟は初めてだったから。兄の手助けがなければ、倒せなかったかもしれない。だが、ムスメが無事でよかったと思う反面、そのことにばかりかまけて素材の改修を忘れてしまった。
 オルカは心底悔しそうに肩を落として、それでも深刻に落ち込む様子は見せない。
 地底洞窟にテツカブラが生息していることはわかったし、これからのことしか見えない。そういうポジティブな前向きさが、オルカの一番の武器だった。
 だが、以外な声に少しばかり驚かされる。
「ところで……よう、イサナ。久しぶりじゃねえか」
「キヨノブ殿、ご無沙汰しております」
「あれか、イサナが前から話してた自慢の弟って……どうやらオルカのことみてぇだな」
「そ、そそ、それは……キヨノブ殿。その話は内密に……褒め過ぎれば図に乗りますゆえ」
 意外にもキヨノブとイサナは、面識があった。恐らく、ユクモ村でオルカと出会ったあと、彼らはドンドルマで知り合ったのだろう。
 オルカは自然と、人と人とが狩りで繋がるハンターの絆に、奇妙な感慨を覚えた。
 そして、キヨノブが知り合いということは勿論、
「お久しぶりです、イサナ様。どうしてこちらへ? 大老殿のハンターに昇格したとてっきり」
「うむ、それはカクカクシカジカでな……私は、利より義を取りたかったのだ」
「それは馬鹿な真似をされましたね」
「ハッハッハ、そう言ってくれる者も少ない。だが、私は満足しているよ」
 アズラエルとも旧知の仲の様子。なかなかに辛辣な言葉でバッサリと切り捨てた割には、アズラエルはイサナと親しげな空気を共有していた。
 ムスメたちを囲む土竜族の喧騒の脇で、ささやかにハンターたちが再会を祝う。
 しかし、そんな和やかな雰囲気もそれまでだった。
 不意にパンパンと手を叩く音が響いて、オルカたちは一斉に振り返る。
「ほらほら、筆頭ハンター代理! 同窓会ムードはそのへんで……悪いけど、忙しくなるよ?」
 そこには、ライトボウガンを背負った若い女が立っていた。
 そのいでたちはガンナーで、ゲネポスの鮮やかな防具が目を惹く。小柄だが鍛えられた肉体美が、防具の上からでも自然と読み取れる……そんな曲線で象られた女性だった。
 彼女は誰かと、オルカが首をかしげた時……隣のアズラエルの表情が僅かに陰った。
 反対にイサナは、「そう言うな、筆頭ガンナー代理」と肩をすくめて笑う。
「とりあえずお疲れ様、えっと、オルカ君? あたしはレイチェ……ん、まずいな本名は。あたしはラケル、イサナの補佐をしてる。よろしくね」
 笑顔で手を伸べてくる美貌は、男ならば誰もが喜んで手を取るだろう。
 しかし今、包み隠さず怪しさを露呈しておいて、それを気にした様子もない。とりあえずはラケルと名乗った女ハンターは、オルカが状況に置いていかれてるのを見やるや、その手をわざわざ自分で握って握手を交わし、よしよしと大げさに上下させる。
 その時、以外な声が走った。
「レイチェル様、任務ですか? ……傭兵団《鉄騎(てっき)》は今度は、何を企んで人員派遣を?」
「っちゃー、そうだった。顔見知りがいたんだった……あと、あたしラケルね、ラケル」
 またも意外な顔の広さに、改めてオルカは驚かされる。
 だが、アズラエルは出会うまではアチコチを放浪していたとも聞いていたので、不思議な人脈の全てはそこで培われたのだと納得した。彼はドンドルマはおろか、ミナガルデやココット村にさえ滞在していた時期があるという。
 しかし、どうにも空気が少し不穏に煙っている。
 それに、傭兵団《鉄騎》の名は少々物騒だ。自然とオルカは、モガの村で出会ったウィルを、ウォーレン・アウルスバーグを思い出す。彼も所属していた《鉄騎》は、世界に名だたる巨大旅団の一つだった。
「……ラケル、様。筆頭ガンナー代理、というのは。イサナ様が筆頭ハンター、代理?」
「そ、本職の連中は別件で今、とある異変を調査中なんだ。そこで急遽、代理チームが結成されたって訳。……訳ありでドンドルマを追放されたあたしたちでね」
「ということは、ラケル様も」
「そゆこと。まあ、人の恋路を邪魔する奴は、竜に蹴られて死んじまえって言うしね」
 どうやらこのラケルと名乗る女ハンターも、件の事件に関わっているらしい。
 ドンドルマで起きたらしい、大老殿の陰謀を暴いた冒険譚……それは聞くオルカにとっては美談だが、結果的に兄たちは居場所を追われたのだ。人ならざる古代種を、大老殿は監禁し実験を繰り広げていたという。それを助け、小さな恋を成就させてやった代償が、ドンドルマからの追放という訳だ。
 その話は地底洞窟でオルカも、軽くイサナから聞かされていた。
「アズ、お互い詮索はなしでいいよね? オッケー?」
「……構いません。興味もありませんし」
「そう言うと思った、変わらないね、君。さて本題だ」
 ラケルは地図を広げて、その端をアズラエルへと持たせる。アズラエルは露骨に嫌そうな顔をしたのだが、それもまた無表情なので……キヨノブやオルカといった、親しい者にしか伝わらない。ともあれ、オルカはイサナやキヨノブと一緒に、広げられた地図を覗き込む。
 手書きで丁寧なメモが無数に走る中、赤いインクで印をつけられたエリアがあった。
「あたしが調べた限り、火山活動の衰退の原因は一つしかないね。……ここさ」
「このエリアに何が?」
 オルカの当然の質問に、ラケルはついと指を地図へ滑らせる。
影蜘蛛(かげぐも)ネルスキュラが、地底に住み着いててね。そいつが溶岩の流れを狂わせてるみたいだ」
「そんなことが……」
「ま、大自然は厳しいってことで。何が起こるかわからない、常識を疑う場所さ、狩場ってのは」
 ふむ、とオルカは頷く。
 大地の息吹たる溶岩の流れを、生物が堰き止めるなどありえる話だろうか? 普通ならこう考えるが、広げられた地図がそれを暗に否定している。丁寧な書き込みの数々は恐らく、ラケル自身が地底洞窟に赴いて調査を行った結果だろう。
 とすれば、モンスターハンターであるオルカの結論は一つしかない。
 自分の眼と耳を信じるのがハンター、そしてハンターを信じてこそのハンターだ。
「早速うちの筆頭代理チームの一人を、クイントを派遣した……んだけど、微妙に不安でね」
 クイントという名が出て、アズラエルは「ですね」と一言でぶった切った。
「腕は立つんだけど、間が抜けてるというか……それで旅団からも、団長に言ってハンターを少し出してもらった。片手君はボマーだね、匂いでわかった。弓ちゃんも手練だし」
 どうやらト=サンがノエルを連れて出たらしい。それで少し不安げなミラを、エルグリーズが隣で手を繋いで支えていた。勿論、もう片方の手はこんがり肉の骨を握って口に運んでいる。
「オルカ様、クイントというのも私のドンドルマでの顔見知りです。大老殿のベテランで」
「へえ、じゃあかなりの腕っこきじゃないか」
 だが、イサナと顔を見合わせ方をすくめるラケル。アズラエルも「腕だけは」と苦笑を浮かべた。苦笑したのだと思う、あの微細な無表情が僅かに動いたのは。
「自堕落でガサツな大食家、男女の見境がない色情魔。その上、肝心な時には役に立たない……クイント様はそういう方です」
 うんうんとラケルが頷く。
「……酷い言われようだなあ。俺も行った方がいいかな? 不安になってきた」
「オルカ様はあれの救出劇でお疲れです。大丈夫ですよ、ト=サン様たちが出向いてますから」
 あれ、とアズラエルが形良い顎をしゃくる先で、まだムスメの胴上げは続いていた。
 漠然とだがオルカは、自分と入れ違いで出発した仲間たちの無事を祈った。
 その先に待ち受ける影蜘蛛ネルスキュラへと、ハンターとしての好奇心を燻らせながら。

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