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 マグマの流れは地脈の息吹。熱気を取り戻した地下洞窟の一部は、そのままなだらかな斜面を連ねる地底火山になっている。以前、ハンターたちが影蜘蛛(かげぐも)ネルスキュラを退治したので、この狩場はようやく本来の生態系を取り戻していた。
 熱風が吹き抜ける中、脳天気な歌声が響く。
「グッラビモスー、あそぉれ! グッラビモスー! グラビモスーったら、グラビーモスー♪」
 先程から一緒に歩いているノエルは、かれこれ半刻程はこのグラビモス音頭を聴かされている。ほがらかに高らかに、調子っぱずれな歌を歌うのはエルグリーズだ。作詞作曲は、我らが旅団の看板娘、ギルドカウンターの女性だった。
 どうやら気に入ったらしく、先程から延々とエルグリーズが歌声を披露しているのだ。
「……ねえ、エル。あのさ」
「グッラビモスったらグラビモスッ! グッグッグラビー、グッラビモスー♪」
「ねえってば、エル!」
「はい? どしたですか、ノエル。あ、一緒に歌いますか?」
「歌わないってば!」
 背負った弓をがちゃがちゃ言わせながら、ノエルは慎重に周囲を見渡す。
 ここはもう地底火山の入り口、危険なモンスターが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する狩場の一部だ。それが、大声で歌いながら闊歩するなんて、とんでもない……餌はここですと周囲に吹聴して回るに等しい行為だった。
 接近は慎重に、繊細にして時に大胆に……いつでも自分のポリシーに正直に生きてきたから、今までノエルは命を繋いでこれたのだ。そしてそれを、これからも変える気はない。
「ごめんなさいです、ノエル。静かに歌いますね! ……あそーれー、グーラビーモッスーゥゥゥゥ〜♪」
「や、歌わなくてもいいから。……ふふ、エルもグラビモス好き?」
「はい? エルですか? あんまし美味しくはないですね」
「……別に肉を食おうって話じゃなくてさ。こう、ハンターにも獲物の好みがあるでしょ」
 ノエルはグラビモスが好きだ。
 鎧竜(よろいりゅう)グラビモスは、火山帯に生息する大型の飛竜である。その巨躯は見上げんばかりの大きさであり、一節には小山程もある個体も確認されているという。狩猟の歴史は古く、グラビモスの甲殻は良質な素材として昔から流通していた。
 モンスターのランクとしては、リオレウスやリオレイアといった火竜種の一つ上である。
 それというのも、グラビモスが生息する火山帯への狩りの許可が、ベテランハンターにしかおりないのもあった。それ以前に、素人に毛が生えた程度のハンターでは、まず間違いなく返り討ちにあってしまう。ネコタクに乗れればおなぐさみ、そういう相手だ。
 火竜を狩れて一人前、鎧竜を狩ったとなれば一流の仲間入りだ。
「まあ、アタシは結構、その、得意? かなあ、グラビモスってのはコツがいるからねえ。そもそも、アタシがグラビモスと初めて戦ったのは、あれは――」
「グーラービモス! グラビモスッ! あそーれっ、グラビモスッ! グラビモスッ!」
「人の話を聞けぇーい!」
「あ、はい。聞くです」
「よ、よろしい。……あれはアタシがまだヒヨッコのペーペーだった頃の話だよ」
 歩きながらもノエルは遠い目で遠景へと視線を投じる。
 ここから遠くに山々の稜線(りょうせん)は遠く、これから地下へと続く洞窟から吹き抜ける風は熱い。その熱気をはらんだ風に髪をなびかせ、ノエルは珍しく思い出話を語りながら歩いた。
 歌うのをやめたエルグリーズは、相変わらず錆びた大剣を背負いながらついてくる。
「ドンドルマから定期便が出てる火山は、もっとなだらかな平地で……でも、ここと同じ活火山でね。バサルモスやリオレウス、ドスイーオスなんかがいるんだけど」
「ふんふん、それで! それでノエルはいつ出てくるですか?」
「まあ、話を焦らない焦らない。そこで昔のアタシは、グラビモスを狙って一人で山へと入った。……ちょうど、亜種の目撃証言が街に出回っていたからね」
「亜種……グラビモスにも亜種がいるんですか!? ……ああ、そういえば昔見たことあるです」
「エルも見たことあるんだ? 黒いんだよ、グラビモスの亜種は。火山で長く生きてるうちに、その甲殻が真っ黒に煤で覆われて……マグマで硬く焼き締められた天然の装甲は、生半可な刀剣じゃ歯がたたないんだ」
「はいです! あれは正確には、あちら側の人類が品種改良した一点突破型の強襲種で、黒い色はレーダー波を反射する特殊構造体になってるです。エル、随分苦しめられました〜」
「? な、なんの話を――」
「あ、なんでもないです! ノエルの話、もっと聞きたいです」
「そ、そう? ……うん、でもアタシはグラビモスが好きなんだ。その時は亜種だったけど、これが酷い目にあって……ずっと射程外のマグマん中に居座って、延々ブレスを吐かれてねー」
 しかし、こっぴどい敗北の苦い経験を、ノエルは気付けば笑顔で語っていた。
 あの日の若かった自分はリベンジを果たしたし、今はナグリ村にグラビモスの甲殻を届けなければいけない。なんとグラビモスに縁のある狩猟生活だろうか。
「それで結局、剣士用の防具はグラビ素材で作ろう! って思った当時のアタシは……!」
「わっわっ、とっとっと……ノエル、急に立ち止まらないでくださいです」
「シッ、エル……ごらん。火山の帝王の拝謁(はいえつ)だ」
 不意に立ち止まったノエルは、岩陰にエルグリーズを引っ張りこんで頭を下げる。
 物陰から二人で見る先で、巨大な飛竜がマグマの中から浮上した。周囲に真っ赤なガスを吹き出しながら、ズシリと重々しい巨躯を揺すって歩き出す。
 間違いない、この地底火山の主、グラビモスだ。
 イサナ船を飛空艇へと改造するためには、あいつの甲殻がどうしても必要なのだ。
「うわあ、おっきー! ノエル、見てください! 凄く……大きいです」
「いや、なんでそんな緊張感ないんだよ、エルー?」
 ノエルはニッコニコのエルグリーズをたしなめつつ、弓を展開して矢を番える。各種ビンを腰のベルトに確認しながら、彼女はそっとグラビモスの様子を伺った。
 どうやらグラビモスは、まだこちらに気づいていないようだった。
「チャンスだよ、エル。先制する、尻尾をお願い」
「えーっ、あの尻尾をですか? 届くかなあ、弾かれないかなあ」
「大丈夫、グラビモスは原種も亜種も尻尾の先っちょだけは柔らかいんだ」
「そ、そうでするか? 流石ノエルです! エル、やってみます!」
「うん、お願い……じゃあ、行くとしますかっ!」
 ノエルは身を低くして、エルグリーズを伴い岩陰から飛び出す。同時に弦が空気を震わせた。風切り声を歌って矢がグラビモスへと突き刺さる。
 ようやくノエルたちに気付いたグラビモスが、背を反らして首をもたげるは絶叫を迸らせる。耳を劈く咆哮に立ちすくみながらも、キーンと痛い耳の奥を我慢しながらノエルは走った。勿論エルも、ノエルと逆側へ走って尻尾を追う。
 だが、切り立つ断崖のような迫力で圧してくるグラビモスは、二人のモンスターハンターをあっという間に引き剥がした。大地を揺るがす地響きと共に、強烈な突進がノエルの直ぐ側を擦過する。直撃すれば恐らく、意識は消し飛び肉体は弾け飛ぶだろう。
 グラビモスは瞬発力を爆発させた次の刹那、点から点へと翔ぶような速さで崖に激突する。
 そして、何事もなかったように砕けた岩盤が降り注ぐ中で振り向いた。
「ノエル、なんかグラビモスは怒ってませんか? これ、激おこじゃないですか?」
「まあ、命を狙われてるんだからね……この殺気、流石は鎧竜グラビモスだよ」
 気付けばノエルは、高揚感に自分の身体が熱いのを感じていた。
 そして、彼女のグラビモス狩猟は始まったばかり。トラップツールやネットも持ってきているし、部位破壊の要領は身体が覚えている。相手に不足はなく、自分にも過信はなかった。
 なにより今日のノエルは、独りじゃない。
「よーしっ! エル、頑張ります! グラビモス音頭、二番っ!」
「よろしく、エル! さあ、ナグリ村に甲殻を持って帰るよ」
 ノエルはエルグリーズと共に走り出す。
 丸一日欠けての大狩猟となったが、こうしてナグリ村にはグラビモスの素材が流通するようになり、我らが団の仲間たちは空へとその冒険の舞台を広げるのだった。

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