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 オルカたちのシナト村での生活が本格的に始まった。
 とはいえ、モンスターハンターがやることは一つしかない。旅団の看板娘が開設したギルドの臨時クエスト受付所には、村人たちの依頼が次々と舞い込んだ。誰もが皆、腕の立つ狩人を待っていたのだ。
 その期待に応えるべく、オルカは積極的に細かな依頼を受注していた。
 大型モンスターの狩猟やなんかは、逆にト=サンたちに譲るようにしている。ト=サンの方でも心得たもので、ジンジャベルの経験のためにもと、ノエルに補佐を頼んであちこちの狩場へと長期滞在の狩りを始めた。
 そんな訳でト=サンは今、旅団の飛行艇でフルフルの狩猟に出かけている。
 オルカはオルカで、アズラエルやエルグリーズと共にシナト村に残って採集依頼をこなしていた。
「ふう、これでようやく四つか……探してみると意外と見つからないものだな」
 巨石が連なる遺跡と思しき被造物の前で、オルカは屈めた身を起こすや背伸びを一つ。ずっとしゃがみ込んでの採集作業だったから、身体がすっかり強張ってしまった。だが、依頼の品の霞ヶ草(かすみがそう)はまだ、四つしか見つからない。
 薬の原料となる霞ヶ草の納品ノルマは、三人で合わせて十個だった。
「それにしても、今日は天空山が静かだ。……静か過ぎる気もする」
 オルカは周囲をぐるりと見渡し、最後に天空山(てんくうやま)の頂きを見上げる。
 山頂は厚く雲の冠を被って、そこから先は全く見通せなかった。
 採集クエストは初心者向けの比較的簡単なもので、決められた数だけ指定品を納品すれば終了となる。だが、一人では時間が掛かるし、運が悪ければ期日内に数を揃えることができなかったりする。
 そうした意味でも、アズラエルとエルグリーズが一緒なのがありがたい。
 アズラエルは狩猟から採集まで見事に、それこそ面白みがないくらいに完璧にこなす。勿論、そんな彼の意外と無粋なとこや抜けてるとこをオルカは知っていた。それは時々うっかりしている自分も同じで、勝手知ったる旧知の中の二人だ。
 勿論、自称採集マスターであるエルグリーズの、野生の嗅覚とでも言うべき採集能力も頼もしい。
「よし、もう一回りだ。ついでだから鉱石を少し。この辺りならドラグライトも豊富に取れるらしいし、運が良ければ噂のレビテライトも……ん?」
 自分が今いるエリアでの探索は、昆虫採集も終わって調べ尽くしてしまった。
 次のエリアへと移動しようとしたオルカは、バラバラに自分へと駆け寄ってくる仲間たちを見る。アズラエルは相変わらずの無表情で、対照的にエルグリーズは満面の笑みだ。
 北風と太陽が一緒にやってきたかのようで、自然とオルカも頬を崩す。
「オルカ! オルカオルカ、オールカー! お疲れ様なのです!」
「や、やあエル……か、顔が、近いよ?」
「そういう訳で、少し離れてください、エル様」
 オルカのところまでやってきたエルグリーズが、ニッコニコに無邪気な笑顔を突きつけてくる。寄せてくる。すり寄せてくる、寸前だ。やんわりと後ろに下がりつつ、オルカは見た……アズラエルもだが、エルグリーズの荷物は採集した品で膨れ上がっている。アイテムポーチとは別にこういう時は、ギルドが貸し出してくれる大袋、通称レンタルポーチがあるが、それがパンパンに膨らんでいた。
 流石は自称採集マスターだとオルカは感心しつつ、アズラエルの荷物もチラリ。
 こちらはエルグリーズ程ではないが、しっかりと中身が詰まっている。アズラエルは無駄を嫌って効率を重視するタイプなので、面倒でない範囲で不要品を捨てながら採集する。だから、中身はきっと厳選された素材やアイテムばかりだろう。
「オルカ、採集はかどってますか? エル、手伝いましょうかっ!」
「あ、いや……鉱石とかはこれからボチボチ。それよりエル、霞ヶ草。俺は四つ見つけたよ」
「私の方でも五つ確保できました」
 霞ヶ草は希少植物故に、天空山でも滅多に見つけることはできない。効能のある薬品が色々と調合できるのだが、天空山はモンスターが跳梁跋扈する秘境中の秘境……モンスターハンターでもない限りは長時間滞在するのは危険だ。
 霞ヶ草を探すのは大変な作業で、その割には報酬は安い。
 だから、必要なアイテムの収集を兼ねて引き受けるのが精神衛生上好ましいと言われていた。これはどの納品クエストにも言えることで、ピッケルと虫あみは必需品。
 だが、ついついオルカはメインターゲットが気になって、おろそかにしてしまう。
 その間にもアズラエルは、自分の採集もしながら五つもの霞ヶ草を集めていたのだった。
 感心してしまうオルカはその時、耳を疑う言葉を聞く。
「じゃあ、オルカの四つと、アズの五つ! 残り一つですね!」
「えっ?」
「はあ」
 思わずオルカは二度見してしまったし、アズラエルは表情一つ変えず冷淡に突き放す。
 そんな二人を全く意に返さず、エルグリーズは笑顔だ。
 少し、イラッとする。
「エル、霞ヶ草は……」
「はい! これからですっ!」
「あ、そう……あの、鉱石や虫のついでには」
「エル、二つのことを同時にやろうとすると、頭がムグギューってなるです。これから頑張りますっ!」
「……あ、うん」
 エルグリーズに要領の良さを求めたつもりはないが、なにもそこまで極端じゃなくても……そう思いつつ、オルカはやれやれと苦笑を零す。まあ、あと一つなら自分がアレコレ集めるついでに揃うだろう。
 けど、しばらくこのことは覚えておこう。
 エルグリーズ、メインターゲット放置……しばらくは忘れられそうにもない。
 そうしてポーチのピッケルと虫あみをオルカが確認した、その時だった。
「むむ! むむむーっ! 噂をすれば、あれは霞ヶ草です! エル、最後の一つを見つけました!」
 巨大な岩の構造体が切り立つ中で、不意にキョロキョロしていたエルグリーズが走り出した。ようやくハンターシリーズの防具も見慣れてきたが、インナーだけの薄布一丁な姿の方が見慣れているのは、それはどうなんだろう……あまり、嬉しくない。思い返せば半裸がユニフォーム、そんなエルグリーズの姿が(まぶた)に焼き付いてるのは、全然、嬉しくない。
 そうこうしていると、エルグリーズは屈んで巨石の隙間に身を押し込み始めた。
「むぐ? むぐぐー! せ、狭くて入れないです、でもあそこにー、あそこに霞ヶ草がー」
「……オルカ様、手伝いますか?」
「あ、面白いからほっとこう。エルだって仕事したいだろうし」
 オルカがアズラエルと見守る中、狭い穴へと身をねじ込もうとしていたエルグリーズは、ついにはポイポイと防具を脱ぎ出した。どうやらアレコレ引っかかると気付いたらしいが、無駄に発育がいい上に大柄で長身の、その肉体そのものが問題だと思うのだが。
 とうとう見慣れた半裸になってしまったエルグリーズは、いざと意気込み再び穴に潜る。
 ガサゴソと穴の奥の霞ヶ草を採集してらしいエルグリーズの、尻だけがプリプリと揺れていた。勿論、これっぽっちも嬉しくない。
「オルカ様、よければ私が霞ヶ草をお預かりしますよ。私が納品しますので、オルカ様はポーチに余裕を作って採集を」
「ありがと、アズさん。じゃあ、アズさんたちが納品に走る間に、俺は鉱石を集めさせてもらうよ。操虫棍とスラッシュアックス、両方使うからどっちを強化しようか迷ってて」
「私もランスとヘヴィボウガン、どっちを優先すべきかは悩みますね」
「どっちも使うし、あると便利だからさ。贅沢な悩みっていうか」
 その時、異変がハンターたちを襲った。
 不意に巨石の向こう、かつて旧世紀の古代文明が築いた何かの向こう側へ……突如、大質量の物体が落下してきたのだ。そしてそれは物体ではなく、獰猛(どうもう)な呼気を放って咆哮で空気を震わせる、純然たる敵意の塊なのだった。
「ほええっ! モ、モンスターですかっ!? ……あれ? ぬ、抜けない……オルカ! アズも! エル、はさまってしまいました! 穴から出られません!」
 ジタバタと尻が藻掻(もが)足掻(あが)いているが、オルカにはそれどころではなかった。今日は採集だからと深く考えず、スラッシュアックスで来てしまった……だから、モンスターに乗るなら段差が必要だ。聞き覚えのある絶叫に耳を痺れさせつつオルカは、
「エル、ゴメン!」
 岩から突き出てるエルグリーズの尻を踏み台に、軽いステップで岩肌へと昇る。下で「ふぎゅ!」と妙な声がして、続いてアズラエルの「失礼します」の声が「はぎゃっ!」と再度エルグリーズを鳴らす。
 そうして巨石の上に登ったオルカは、恐るべき雷神の姿を見るのだった。

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