《前へ戻るTEXT表示登場人物紹介へ用語集へ次へ》

 太古の遺跡の、その残滓(ざんし)たる巨石の上でオルカは絶句した。
 見下ろす先に、見たこともないジンオウガが()(すさ)ぶ。
「なんだ……!? 黒い、ジンオウガだって!?」
 かろうじて絞り出した言葉が、見たままの光景を現す全てだった。
 眼下に今、漆黒に鈍銀(にびぎん)色のジンオウガがオルカとアズラエルを見上げていた。普通の雷狼竜(らいろうりゅう)ジンオウガとは全く違う……明らかに銀冠(シルバークラウン)サイズ以上はありそうな巨体は、モノクロームの殺意に満ちていた。
 その名を呟く声が、ようやく背後からよじ登ってくる。
「これは……獄狼竜(ごくろうりゅう)、ジンオウガ亜種です! ……エル、久々に見ました」
「エル、知ってるのかい? これは」
「獄狼竜……ジンオウガ原種をベースに遺伝子(スパイラル)チューンされた、特別攻撃性の高い駆逐殲滅(ジェノサイド)用の竜です。攻逐種(こうちくしゅ)……局地的な激戦区に投入された、(りゅう)を狩る(りゅう)
「龍を、狩る……竜」
 オルカも以前、エルグリーズから聞いたことがある。
 (かつ)て人類はこの星を制御する古塔を各地に建て、それを守る古龍を生み出した。だが、それを良しとせぬ勢力との最終戦争が勃発したのだ。
 飛竜とは、その時に古龍から生み出された、古塔と古龍へ抗うための力だという。
「気をつけてください、オルカ。攻逐種、獄狼竜はとても凶暴な個体なんですっ! それに、対古龍用に特化した、特別な力を与えられているです……」
「オルカ様、エル様もっ! 来ます!」
 アズラエルの小さな叫びと共に、三人の足元が激震に揺れた。
 大地を闊歩(かっぽ)する黒いジンオウガは、その身を勢い良く巨石へとぶつけてきたのだ。巨大な質量が高速でぶつけられた衝撃に、思わずオルカはよろめきながら足腰に力を入れる。
 相変わらずインナー姿のエルグリーズは尻もちをつき、アズラエルに引っ張りあげられていた。
「最悪です、オルカ! アズも。獄狼竜の危険度は、並のモンスターや飛竜とは別格なのです。今のエルたちでは、勝ち目は――アズ?」
 オルカの背後では慌てふためくエルグリーズと、その長身を立たせたアズラエルが武器を構える気配。アズラエルはエルグリーズの言葉を聞いているのかいないのか……多分、聞いていないなと思った時には、オルカも背のスラッシュアクスを展開していた。
「オルカ様、強敵だそうです。しかし、相手は同じ生物……やってやれないことはないかと」
「奇遇だね、アズさん。俺も今、そう思ってたんだ」
 オルカはスラッシュアックスの中のビンへ、劇薬の圧縮を命じてレバーを押し込む。
 アズラエルもまた、展開したヘヴィボウガンへと弾薬を装填し、撃鉄を引き上げた。
「ふっ、二人共! なにやってるですか、逃げるですよ!」
「お断りします、エル様。……いいじゃないですか、珍しいモンスターなのでしょう? きっと、素材が高値で売れますね」
 あわあわと要領を得ないエルグリーズと違って、アズラエルは酷く落ち着いている。だが、オルカにはわかる……落ち着いているように見えて実は、アズラエルは狩りの高揚感に昂ぶっているのだ。何故なら、オルカもそうだから。
 二人は長い間狩りを共にする中で、互いの感情が重なる瞬間を見出していた。
 不思議と言葉と言葉で確認しなくても、同じ気持であることが信じられた。
「エル、早く防具を着てくれ。俺は……アズさんと、一当てしてみる!」
「援護しますよ、オルカ様。では、参りましょう」
 相変わらず巨体を浴びせてくる獄狼竜の振動に、今にも足場は崩れそうだ。
 だが、頭を抑えて上を取っていることはモンスターハンターにとって有利……オルカはアズラエルと頷きを交わし合うと、眼下の獄狼竜へと身を(おど)らせる。
「乗りを狙います、オルカ様!」
「俺もだ! まずは、機先を……制する!」
 二人は見上げてくる獄狼竜の背中へめがけて、まっすぐに飛び降りた。オルカは獄狼竜の中心線をわずかにかすめて着地したが、続くアズラエルが背の上へと飛び乗った。アズラエルが早速ボウガンを放り捨ててナイフを手にすると、むずがるように獄狼竜が暴れ出す。
「ナイス、アズさん!」
「お任せを、っと? おや、結構暴れますね、これは」
「え、ええと、エルは、エルは……とっ、とりあえず防具を着てくるです!」
 自らを投げ出すように転げて暴れる獄狼竜の背で、懸命にしがみつきながらアズラエルがナイフを振るう。
 そしてとうとう、痛みに耐えられなくなった獄狼竜が体勢を崩して倒れ込んだ。
 同時に宙へ身を躍らせるアズラエルへと、オルカは地面のヘヴィボウガンを蹴飛ばし転がす。
「尻尾の切断を狙うっ!」
「では、私は角を破壊しましょう」
 二人の連携は完璧に思えたし、阿吽(あうん)の呼吸がオルカには心地よい。
 ボウガンを拾い上げたアズラエルが視界の隅でしゃがみ込むや、オルカは走る自分へさらなる加速を命じて刃を(ひるがえ)した。
 振り上げた剛斧(ごうふ)が、真っ直ぐ目の前の獄狼竜に……その巨大な尻尾へと振り下ろされる。
 だが、燻銀(いぶしぎん)の光沢を宿す甲殻が、硬い感触でオルカの腕に痺れを走らせた。
「刃が通らないっ!? 肉質が、硬いのか。どこだ、どこなら」
 オルカが現在使っているのは、あれこれ買い直したり作り直した結果、結局は竜姫(りゅうき)剣斧(けんふ)に落ち着いていた。使い慣れたモデルでもあるし、切れ味や攻撃力を総合的に鑑みれば当然の選択にも思える。財政的にも限られた中で持つとすれば、毒属性という相手を選ばぬ特性も心強かった。
 だが、その研ぎ澄まされた刃を獄狼竜の尾は難なく弾いてくる。
 竜姫の剣斧の切れ味が悪いとはいうよりは、純粋に肉質が硬いのだ。
「オルカ、お待たせです! 尻尾ならエルも手伝えるです!」
 ようやくハンターシリーズの防具を身にまとったエルグリーズが、真っ直ぐこちらへと突進してくる。一撃を弾かれ怯んだオルカは、その反動を利用して下がるやエルグリーズへ場所を譲った。
 アズラエルのしゃがみ撃ちが容赦なく頭部へと集中する中、徐々にだが獄狼竜は起き上がりつつある。その尻尾へと、力強く踏み込んでエルグリーズは背の大剣を解き放った。
 だが、結果はオルカと同じに終わる。
 なによりエルグリーズの剣は、まだまだ錆だらけの風化した刀身でボロボロだった。
「んががっ! 硬いです! 流石は獄狼竜……はっ! い、いけないです、起きる!?」
 むくりと巨体を揺るがせて、獄狼竜が立ち上がる。
 その目に光る殺意が、その周囲に黒い稲光を呼んだ。
 闇雷(ヴォルテクス)を身に纏って、獄狼竜は居並ぶハンターたちを眇めるや歩き出す。猛スピードでの突進よりもそれは、オルカにとって不思議な威圧感があって恐ろしい。全身の毛穴という毛穴が開いて、冷たい汗が噴き出るのを感じた。
 獄狼竜は漆黒の稲妻を周囲へと落としながら、ゆっくり距離を詰めてくる。
 立ち上がったアズラエルが横転に転がり立ち上がって、ヘヴィボウガンを畳むや走り出す。オルカも身の安全をはかるべく後に続いた。決して獄狼竜から目を離さずに、一定の距離を保つようにして脚を使う。
 通常のジンオウガならいざしらず、情報もない未知の強敵が相手だ。
 なにが飛び出すかわからないし、普通のジンオウガにない攻撃を隠し持っていることは明らかだ。
「オルカ、気をつけてください! アズも! 獄狼竜は、対古龍用に徹底して調整された竜なんです……だから、獄狼竜の使う属性は――」
 納刀と同時に転がるエルグリーズの声が、一際強力な落雷の轟音に遮られる。
 否……それは周囲へ落ちる光ではなかった。
 オルカたちを追い詰めるように地へと招いていた暗い輝きが、突如として集まるように獄狼竜から屹立する。天を衝く暗黒の波動が光条となって、辺りを煌々(こうこう)と照らした。
 全身を禍々(まがまが)しい光で飾った獄狼竜が、毛を逆立てて吼え荒ぶ。
 龍を狩る竜、地獄の番犬にも似た悪鬼がそこには現れていた。
「お怒りのようですね。どうします? オルカ様。今ならまだ逃げる手もありますが」
「ネコタクをあてにしつつ、もう少しつついてみよう。勝てれば大金星だしね」
 言うが早いか、オルカは刀身を変形させて剣斧のスラッシュモードを起動する。
 強力な雌火竜(めすかりゅう)の毒を内封したビンが圧縮され、鋭い剣が姿を表した。それを構えてジリジリと距離を詰めつつ、オルカは激昂(げきこう)に眩く輝く獄狼竜へと飛び込んでいった。

《前へ戻るTEXT表示登場人物紹介へ用語集へ次へ》