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 暗黒の光が天を()く。
 禍々しい殺気を迸らせる獄狼竜(ごくろうりゅう)は、その全身の毛を逆立て甲殻を硬化させた。赤黒い稲妻がバチバチと爆ぜる中で、恐るべき獄狼竜が真の姿を現したのだ。
 あまりの威容に、思わずオルカは喉の奥に唾液を鳴らす。
 全身の毛穴が開いて、冷たい汗が噴き出るような錯覚を感じた。
 だが、疾走(はし)る脚は止めず、猛る気持ちも鈍らない。
 オルカは変形させたスラッシュアクスの刃を翻すや、果敢に獄狼竜へと斬り掛かる。圧縮されたビンの力でスラッシュモードへと変形した一撃は、いかな強固な鱗や甲殻とて切り裂く力がある。オルカが全力で振り下ろせば、刃は弾かれることなく獄狼竜を鳴かせた。
「大丈夫だ、大丈夫! 獄狼竜だって生き物なんだ……倒せない筈がない!」
 自分に言い聞かせるように吼えて、オルカは反撃で繰り出された爪の一撃をかいくぐる。
 前転に身を投げ出せば、アズラエルの援護射撃が獄狼竜を怯ませた。
 だが、互角の攻防に見える中でも、まだ獄狼竜は余裕をたたえて狩人たちを翻弄する。攻勢に転じて押しているのはオルカたちだが、それが心細く感じられるほどに獄狼竜の殺気は圧倒的だった。
「オルカ様! 貫通弾を使います、お気をつけて!」
「ああ、任せる!」
「エエ、エッ、エルも手伝うです! ええと、ええと……落とし穴を置くです!」
 それぞれが個々に、できる最善を尽くして動き始めていた。
 オルカはエルグリーズが屈み込む位置を確認して、対角線を獄狼竜へかぶせるように立ち位置を移動させる。獄狼竜も危機を察知してか身を翻したが、その行く手を阻むようにアズラエルの砲撃が遮った。
「よしっ、このまま落とし穴へ誘導して……あっ!?」
 不意にオルカの目の前で、獄狼竜が天高く跳躍した。
 同時に、オルカを黒い巨大な影が包む。
 危機を察して身体が勝手に動いた。スラッシュアクスをしまう間もなくステップからの前転で緊急回避……今までオルカが立っていた場所へと、背を丸めた獄狼竜が体を浴びせてくる。
 巨大な質量が落下した衝撃に地面が揺れて、立ち上がるオルカは脚を取られる。
 だが、ここで動きを止めるとやられる……不安定な地面でオルカは動き続けた。
 すぐに身を起こした獄狼竜の、その強靭な尾が周囲を薙ぎ払う。オルカは必死でアズラエルやエルグリーズとアイコンタクトを取りながら、いったん距離を置いて身構えた。
 三人で落とし穴の前へ集まると、獄狼竜がのっそり距離を詰めてくる。
 まるで余裕のようで、獄狼竜はもしかしたら人間など歯牙にもかけないのかと思わせる。だが、その空気を凍らせ尖らせる殺気は全て、三人のモンスターハンターへと注がれていた。
「アズ、オルカも! 気をつけてください、獄狼竜はこれからが恐ろしいのです!」
「ああ! 肌がビリビリするよ、エル……なんて恐ろしいモンスターなんだ」
「いざとなったら逃げるとして、やれるところまでやってみましょう」
 三人は頷き合って、落とし穴を意識しつつ獄狼竜を取り囲む。
 その時、暗い雷を迸らせる獄狼竜の背から、漆黒の球体(スフィア)が無数に放たれた。それは帯電しながらふわふわと宙に浮かび、バチバチと音を立てて空気を焦がすかのよう。
「な、なんだ? あれは……雷狼竜(らいろうりゅう)超電雷光虫(ちょうでんらいこうちゅう)みたいなものだろうか……?」
「あ、あれはっ! まずいです、逃げるです! アズ、オルカも! 逃げるですっ!」
 エルグリーズの悲鳴にも似た絶叫が、反射的にオルカの身を走らせた。アズラエルもボウガンを畳みつつ、別の方向へと駆け出す。
 そして、獄狼竜の周囲へ無数に漂う暗黒球は、突如高速でハンターたちを追いかけ始めた。
「な、なんだ!? この攻撃、俺たちを、おおっと! ……追ってくる!」
「私たちの体温かなにかを検知して、自動で追尾するようですね。オルカ様、お気をつけを」
 アズラエルの言う通りだった。
 一度避けた攻撃は背後で翻るや、再びオルカへと襲ってくる。それも無数に。
 たまらず地面を転がりながら身を低くして、時には全力疾走でオルカは逃げ惑う。見ればアズラエルは高台へと飛び乗って避難し、エルグリーズは脱兎の如く逃走していた。
 まるで球体の一つ一つに、獄狼竜の闘気が宿っているかのよう。
 あらゆる方向からの多面的連続攻撃に、ひたすらにオルカは逃げ惑う。
 しかし、死角からの攻撃に対しては無防備で、全身を動かすオルカを衝撃が襲った。
「ぐっ! な、なんだ……身体の、力が……」
 痺れるような痛みと共に、黒い稲妻がスパークしてオルカを包んだ。同時に、身体の力が抜けてゆく。近付く獄狼竜の本体を前に、かろうじて倒れるのを堪えたオルカは武器を身構えた。だが、握る竜姫(りゅうき)剣斧(げんふ)の様子が、少しおかしい。
 内蔵されたビンと、それを制御する機構が反応しないのだ。
 内部で圧縮される毒薬のガスが、全く機能していなかった。
「オルカ! 気をつけてください……それが獄狼竜の恐ろしい能力、龍属性です!」
「龍属性……? そうか! 対古龍用に作られたってさっき……だから!」
 今の世では天災としか思えぬ、驚異的な人類の天敵……古龍。その圧倒的な力に立ち向かった太古の人類、旧文明が生み出した攻逐種(こうちくしゅ)、それが獄狼竜だ。今のモンスターハンターたちが古龍に立ち向かう時にそうであるように、大昔の人間も同じことを考えたのだ。
 龍をも(ほふ)る力を秘めた武器……龍属性の武器をもって、古龍と戦おうと。
 そう、獄狼竜はその全身に龍属性を纏って、あらゆる属性を無効化するのだ。
 火や水、氷に雷と、様々な属性を支配する古龍……その力へ抗うためだけに生み出された、恐るべきモンスター。それが獄狼竜なのだった。
「オルカ様! ウチケシの実を!」
 叫ぶアズラエルの砲撃が、着弾の砂飛沫を無数に立てる。だが、獄狼竜はその砲弾の何割かを身に受けつつ、ジリジリとオルカの前に迫っていた。
 龍属性を身に受けたオルカは、まだ身体の痺れがあって動きが鈍い。
 なにより、必殺の毒属性を封じられた上に、未だ周囲には例の暗黒球が漂い彼を狙っていた。
 万事休すか……? そう思った瞬間、長身の人影が視界に割り込んでくる。
「オルカはやらせないですっ! 獄狼竜、お前の相手はこのエルなのです!」
「いけない、エル! 君は……!」
 身動きのできぬオルカの前に、エルグリーズが立ちはだかった。彼女は背でオルカを庇いつつ、錆だらけの朽ちた大剣を両手に構える。
 オルカは自分の身体に鞭打って、しかし身動きが取れずその場に片膝を突いた。
 エルグリーズの正体は、旧世紀の文明が作り上げた古龍、煉黒龍(れんごくりゅう)グラン・ミラオスの生体コアユニットである。言うなれば彼女は、人の姿をした古龍なのだ。それが、対古龍用に生み出された獄狼竜に対峙する……その意味を知るからこそ、オルカは奥歯を噛んだ。
 だが、その時不思議な現象が発現してオルカを、エルグリーズをも驚かせる。
「こ、これは……? なんですか? 剣が、周囲の光を……!?」
 エルグリーズが構えるボロボロの大剣が、宙を漂う暗黒球を吸い込みだした。そして、徐々にその錆が剥がれてこぼれ落ち、龍属性に満ちて光り輝く。
 訳も分からずエルグリーズは、暗い光の刃と化した剣を振り上げ跳んだ。
 その時オルカは、アズラエルが珍しく声を荒げるのを聞く。
「あれは……あの形は! エル様の、あの剣は……封龍剣(ふうりゅうけん)!」
 エルグリーズが直上から真正面に叩きつけた剣が、兜割りに獄狼竜の角を打ち砕く。
 絶叫と悲鳴が響いた次の瞬間には、返す刀でエルグリーズは真横に一閃、全身の筋肉をバネに切り裂く。
 十文字に斬られた獄狼竜へと、すかさずアズラエルが貫通弾を撃ち込んだ。
「オルカ! 立てますか、オルカ!」
「エル、君は……今の、剣は……それより、後に」
「大丈夫です、なんだかわからないけど大丈夫なのです! それより、こっちです!」
 大剣を引きずるエルグリーズが、肩を貸してオルカを立たせる。
 致命傷を負った獄狼竜は、怒りに吼え荒びつつ向かってきた。
 オルカは千鳥足ながらも、エルグリーズに導かれるままに走り、落とし穴を跨いで通過する。その後を追ってきた獄狼竜を迎えて、落とし穴はその中へモンスターの巨体を飲み込んだ。
 間一髪で助かったオルカは、エルグリーズと同時に振り向くや……かろうじて動く身体で麻酔玉を放る。すぐには眠らなかった獄狼竜だが、アズラエルがありったけの弾薬を叩きつけると、その藻掻(もが)足掻(あが)いていた手足から力が抜け……ようやく薬が効いて捕獲されたのだった。
 その頃にはもう、エルグリーズの剣は光を失いただのガラクタに戻っていた。

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