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 黒狼鳥(こくろうちょう)イャンガルルガの放った炎の吐息が、燃え盛る火球となってエルグリーズを襲う。直撃を避けるべく宙へと身を躍らせた彼女は、大地を焦がして炸裂する爆炎に煽られ吹き飛ばされた。
 だが、何度も地面にバウンドしながらも即座にエルグリーズは起き上がる。
「流石は攻逐種(こうちくしゅ)……かつて古塔に仇なした人類が生み出した、究極の怪鳥種です! でも!」
 背の錆びた封龍剣(ふうりゅうけん)を抜き放つなり、エルグリーズは今しがた自分を吹き飛ばしたイャンガルルガへと走る。その足元には今、彼女が設置した落とし穴が口をあけていた。
 心得たとばかりにクイントやイサナ、遥斗といった仲間たちも位置取りを確認し始める。
 多くの場合、モンスターハンターの最強の武器は……落とし穴やシビレ罠といった、トラップの類である。大型のモンスターから自由を奪って束縛し、その隙に強烈な一撃を叩き込むことが可能なのだ。
 古龍のレベルともなれば罠は通用しないが、飛竜種や怪鳥種には有効な攻撃手段である。
 弱らせた個体を捕縛した時などは、そのまま麻酔玉で捕獲することさえ可能なのだった。
「っしゃあ、エル! でかしてるッスよ!」
「でかしてる……? あ、ああ、でかした、の意味か。とにかくエル! イサナさんも」
「承知っ! 一気に畳み掛ける……背の甲殻を叩き割るのみ!」
 四人のモンスターハンターが、我先にとイャンガルルガへ走る。
 イャンガルルガは次の瞬間には、落とし穴へとすっぽり落ちる……誰もがそう思っていた。
 だが、突如として耳をつんざく咆哮が響いた。絶叫を張り上げたイャンガルルガは、そのまま落とし穴を踏むと同時に浮かび上がり、力強い羽撃(はばた)きで飛んだのだ。
 瞬く間にハンターたちは、金切り声に身が竦んで、風圧に脚を取られて立ち止まる。
 その時、空中で身を翻したイャンガルルガは、突如としてエルグリーズへ突進してきた。
 空気を斬り裂く音の速さで、イャンガルルガはエルグリーズを急襲する。縦に一回転しての尻尾の攻撃で、あっという間にエルグリーズの防具は引き裂かれた。もともとが市販品のハンターシリーズ、防御力は高くはない。伝説級の防具を纏うイサナやクイントに比べるべくもなく、重甲虫ゲネル・セルタスの甲冑を着込む遥斗との差も歴然だ。
 イャンガルルガは落とし穴を巧みに回避したばかりか、一番弱いエルグリーズを狙ってきたのだ。恐るべきはその闘争本能と、狡猾で残忍な戦意。
「んぎぎっ! エルの一張羅が……う、がっ! ああ……ど、毒です? 毒ですぅ!」
 そしてエルグリーズは思い出す……イャンガルルガの尾の棘には、強烈な猛毒があるのだ。イャンガルルガは怪鳥種の軽さに、火竜なみの攻撃力を詰め込んだ特別な個体……故に数は少なく一世代限りの筈なのだが、改めてその恐ろしさにエルグリーズは震撼した。
 そして、全身の血液を濁らせ始めた猛毒で目がくらんで、その場に片膝を突いて崩れ落ちる。
 獰猛(どうもう)な血に飢えた戦鬼、イャンガルルガがその隙を見逃しはしない。
「エル殿! クイント殿、エル殿が!」
「ありゃりゃ、しょーがないッスねえ。ここは自分が……おろろ?」
 身動きの取れぬエルグリーズの目の前に、みるみるイャンガルルガの巨体が迫る。
 だが、突如として両者の間に、剣と盾を携えたナイト様が割り込んだ。エルグリーズを救うべくその身一つで割って入ったのは、遥斗だった。
 彼は独特な機構を持つ盾へと剣を挿入、榴弾(りゅうだん)ビンのチャージを終えると同時に身構える。
 そして、激突……イャンガルルガが全身の体重を浴びせるようにして突進を敢行すれば、遥斗はずしりと足元を陥没させながら僅かにのけぞる。それでも彼は、上手く力を受け流してタックルで繰り出されたクチバシを逸らした。
 チャージアックスの巨大な盾に深い傷を刻まれながらも、なんとか遥斗はエルグリーズを救ってくれる。勢い余ったイャンガルルガは、巨大なクチバシで大地を穿(うが)って、そのまま突き刺した自分自身で動きを止めたのだった。
 瞬間、エルグリーズを除く三人が即座に動き出す。
「エル、下がって! ここは僕に、僕たちに任せて……このチャンスは逃さないっ!」
 (いか)つい外観の遥斗が、全身に裂帛(れっぱく)の気合を漲らせる。
 遥斗はサイドからイャンガルルガの頭部へと近付くと、剣と盾とを合体させた。たちまち巨大な戦斧が姿を現し、それを全身の筋肉をバネに遥斗は振りかぶった。チャージされた榴弾ビンの力が撃発して、勢い良く刃が断頭台(ギロチン)のようにイャンガルルガへと振り下ろされる。
 激しい炸裂音と共に、榴弾ビンの力が解放されて強烈な一撃にイャンガルルガが吠える。
 ようやくクチバシを大地から引き抜いたイャンガルルガだが、既に手遅れだった。その頭部を完全に射程へと捉えて逃さぬ遥斗が、二撃、三撃と連続で斧を叩き付ける。
 炸裂する榴弾ビンの劇薬が強烈な強打となって、イャンガルルガの脳を揺さぶった。
 あっという間にイャンガルルガは脳震盪(のうしんとう)を起こし、ふらふらとその場で動きを止める。
「おっしゃあ! イサナん尻尾、遥斗は武器を研ぐッス! ……この瞬間を待ってたッスよぉぉぉぉぉっ!」
 瞬時に飛び出す、筆頭代理チームの二人。クイントが背の蛮刀(ばんとう)を手に疾走れば、イサナもエルグリーズへと解毒薬を投げつつあとを追った。二人のベテラン狩人は、阿吽の呼吸で二手に分かれる。
「確かに、イャンガルルガの尻尾は肉質が硬い……されど! 先端を狙って一意専心……見えたっ!」
 ここぞとばかりに、イサナが練り上げた氣を解放させる。闘気を宿した刃は剃刀(カミソリ)の一撃にも似て、触れる全てを両断する……そして、イサナの狙いは寸分違わず、唯一尻尾で肉質の柔らかい先端を捉えていた。
 イサナの連撃が空気を切り裂き、風切り声を引き連れて尻尾を断ち割った。
 たまらず絶叫に吠えながらも、目眩でふらふらと足元のおぼつかないイャンガルルガ。
 そして、頭部を揺すりながら脳震盪に悶えるイャンガルルガの真正面に……全身に力を漲らせたクイントが立った。その手に構えた巨大な蒼火竜の大剣を、大きく振りかぶって身を沈める。
 ベテランの大剣使いを証明する位置取りで、クイントは全身の筋肉を躍動させながら力を溜め始めた。彼女は臨界に達した己の力を解放させるや、踏み込む足元へ亀裂を走らせながら大地を割って……強力な一歩と同時に、あらん限りの全力で剣を振り下ろす。
 エルグリーズは初めて、自分よりはるかに凄腕の大剣使いの、本気の一撃を垣間見た。
「っしゃあ! どスか、どースかっ! 手応えアリ! ッスよぉぉぉ」
「お見事、クイント殿! こちらも……閃ッ!」
 クイントの乾坤一擲(けんこんいってき)の強撃に続いて、イサナが翻す剣閃が光を呼ぶ。
 ついには硬い甲殻さえも切り裂いた一撃で、切断された尻尾が宙を舞う。
 悲痛な声を張り上げるイャンガルルガは、正気を取り戻すと同時に地べたを這いまわりながら体勢を崩した。
 だが、ゆらりと力なく立ち上がるイャンガルルガは、まだ戦意を喪失してはいない。
 その真っ赤に充血した瞳には、紅蓮の怒りが炎と燃えていた。
「よしっ、捕獲を……! 落とし穴が駄目でも、シビレ罠なら」
「ストーップゥ! 待つッスよ、遥斗。……エル、なにやってるスか、ついてくるッス!」
 不意にクイントが手招きするので、胸元も顕な壊れた防具を脱ぎ捨てつつ、エルグリーズはふらふらと歩いた。走ったつもりだったが、解毒直後の体力で身体が思うように動かない。
 だが、それを知ってて尚、クイントは手招きしながら武器を身構える。
「討伐するスよ! 自分とエルとで。狩りに参加したからには、エルだってなにか働くッス」
「でも、でもです……エル、罠に失敗したです。イャンガルルガが、あんなに知能が高いなんて……昔から知ってたのに、忘れてたです」
「んな話は聞いてないッス! 剣を構えて! 相手をよく見て! 必殺の一撃を叩き込むッス! モンスターハンターたるもの、失敗の数を数えてちゃなにも得られないッスよ!」
「クイント……ぐすっ」
「さあエル、ついてくるッス! トドメ、いくッスよぉ……ねりゃああああああっ!」
 雄叫びも高らかに、巨大な大鉈の切っ先で地面をひっかきながらクイントが走る。
 気付けばエルグリーズは、封龍剣を大上段に振り上げて駆け出していた。ふらつく足元を、イャンガルルガの怒りのブレスが襲う。爆風に吹き飛ばされそうになりながらも、それでもエルグリーズは疾走(はし)る。
 モンスターハンターが狩りで得られるのは、甲殻や鱗等、倒したモンスターの素材だけではない。むしろ、目に見えぬものをこそ……見えず触れ得ぬ、確かなものをこそ拾って糧とするのだ。
「ぬわあああああん! はぁ、はぁ……エルも、エルも……やればできる子なのですぅぅぅ!」
 右に左にと火球を避けつつ、エルグリーズが宙へと跳躍した。
 天高く振り上げた大剣の、その鈍器でしかない刃を真っ向から唐竹割(からたけわ)りに振り下ろす。
 短い断末魔を一声鳴いて、恐るべきイャンガルルガは動かなくなったのだった。

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