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 天空山(てんくうやま)を根城とするモンスターは多岐にわたる。
 危険な飛竜クラスならば、火竜(かりゅう)リオレウスや轟竜(ごうりゅう)ティガレックス、雷狼竜(らいろうりゅう)ジンオウガ。獄狼竜(ごくろうりゅう)と呼ばれるジンオウガの亜種や、最近では恐暴竜(きょうぼうりゅう)イビルジョーを見たという噂もあった。
 その危険な狩場を今、ト=サンは仲間たちと二手に分かれて疾駆する。
 獲物は(つがい)の火竜……リオレウスとリオレイアだ。
「待って、今クルクマがなにかを……ト=サンさん!」
「ト=サン、でいい。それより?」
「うん。この先になにかいるみたい」
 腕の上で羽根を震わせる猟虫(りょうちゅう)に頷き、ジンジャベルが脚を止める。その姿を振り返って、ト=サンもまたスピードを緩めた。自然と右手が、腰にぶら下がるポイズンタバルジンへ伸びる。
 今日もまた、ト=サンは愛用のタバルジンとは別に、もう一振りの剣を持ってきていた。
 大量の大地の結晶を使って磨かれた、古より蘇りし封龍剣(ふうりゅうけん)……その名は絶一門(ぜついちもん)
 ト=サンがこの封龍剣と出会ったのは、もう何年も前だ。ト=サンたちの一族は、炭鉱の里を転々とする発破師(はっぱし)の家計だった。鉱山では岩盤を砕く爆薬が必須で、その扱いに長ける者たちは珍重されたのだ。そして、ト=サンは故郷とも言える炭鉱街の山で、発掘中に錆だらけの剣と出会ったのだった。
 それが今、まるで打たれたばかりの新品のような輝きで腰に下がっていた。
「ト=サン、この先……飛竜がいるってクルクマが。しかも、なんだか様子が変だって」
「わかった。慎重に進もう」
 二人は交互に頷きを交わして、気配を殺すや岩肌に沿って歩き出す。
 程なくして、ト=サンの視界に異様な巨体が現れた。地を這うような低いフォルムが、時々首をあげては四方へと殺気立つ視線を投げかけている。
 間違いない、轟竜ティガレックスだ。
 だが、様子がおかしい。
「妙だな……なんだ? あのティガレックスは」
「ああっ! ト=サン、あれって!」
 声を張り上げたジンジャベルが、慌てて両手で口を塞ぐ。
 ト=サンも、あまりに常軌を逸した姿の飛竜に言葉を失った。
 眼前のティガレックスは、その全身がドス黒く変色していた。そして、周囲に瘴気のような濁った空気を発散していた。まるで、獰猛(どうもう)な肉食竜が発散する殺意が、目に見えるかのような錯覚……だが、もうもうと漆黒の噴気を巻き上げるティガレックスは現実だった。
 間違いない、狂竜ウィルスの感染個体だ。
「やはり、この天空山には……黒蝕竜(こくしょくりゅう)ゴア・マガラがいるのか? だが、奴は」
「うん……捕獲された筈だよ? それが、逃げたの? それとも、二匹目がいるのか」
 この時、二人はまだ知らない。
 バルバレで捕らわれていたゴア・マガラが、全く違う姿へ脱皮するや逃げ出したことを。そして、その恐るべき力がこの天空山に訪れていることを。
 否、(かえ)ってきていることを。
 今はまだ、狩場のハンターたちにはなにも伝わっていなかった。
 とりあえず今回の獲物ではないため、危険なティガレックスとの接触を回避しようと試みるト=サン。ジンジャベルもそのことに同意してくれた。
 だが、残念ながらことは簡単に運びそうもない。
 不意にティガレックスは、身構えるや絶叫を張り上げた。
「チィ! 気付かれたか」
「あ、待ってト=サン。違う……あのティガが見つけたのは」
 その時、強力な風が頭上を突き抜けた。
 叩き付けられる風圧に、思わずト=サンもジンジャベルもその場で身動きが取れなくなる。そして、通過してゆく巨大な影は、視界の彼方で翼を(ひるがえ)すや戻ってきた。
 空の王者、火竜リオレウス。
 それも、金冠(ゴールドクラウン)サイズの巨大な個体だ。以前、桃毛獣(ももげじゅう)ババコンガの狂竜ウィルス感染個体を狩る中で遭遇した、この天空山の(ぬし)に違いない。
 ティガレックスの絶叫にリオレウスも、絶叫を持って応えるや舞い降りる。
 そして、竜と竜との死闘が始まった。
 そこにもう、ト=サンたちハンターの……人間の割って入る余地などありはしない。
「え? なに、クルクマ……うん、確かに。ねえ、ト=サン! やっぱりおかしいよ」
「ああ。リオレウスが餌として襲うのは、草食竜等の大人しい動物の筈」
「うん。それに、以前ボク見たんだ。前も遺跡平原で、狂竜ウィルスに侵されたイャンクックを……イャンガルルガが襲っていた。捕食とかが目的じゃなく、戦いを挑んでいたんだ」
 ジンジャベルの話が本当ならば、今の生態系はどうなっているのだろうか?
 狂竜ウィルスという、大半の生命にとって恐るべき病魔がアチコチで蔓延している。そして、それを飛竜種や怪鳥種が襲っているというのだ。本来、野生の動物は餌としての獣しか襲わない……無益な戦いは起こらないのが自然の摂理だ。
 だとすれば、狂竜ウィルス感染個体を襲うのには、訳があるのだろうか?
「……ハンターズギルドや古龍観測所ならなにかわかるかもしれんな」
「遥斗に一度、手紙を出そうか? ……あっ!」
 考え込んでいたジンジャベルが、驚きの声と共に指を向ける。その先へと視線を巡らせて、ト=サンも絶句した。
 咆哮を轟かせて襲いかかるティガレックスへと、真っ赤に灼けた吐息が叩き付けられる。
 自在に宙を舞うリオレウスは、巧みなフットワークで地を這うティガレックスを圧倒していた。本来、狂竜ウィルスに感染した個体の戦闘能力は、通常のそれを大きく上回る。
 だが、目の前のリオレウスは、まさしく業焔(ごうえん)の帝王……苦もなくティガレックスを蹂躙してゆく。一方的とさえ思える王者の狩りは、あっという間に終わってしまった。
 最後に一声吠えるや、ティガレックスが力尽きてその場へと崩れ落ちる。
 執拗に脚の爪と炎で攻撃していたリオレウスは、最後にひときわ巨大な火球を吐き出した。葬送の業火にも似た爆炎が舞い上がり、あっという間にティガレックスを飲み込んでゆく。
「うわ……あ、あのリオレウスと、戦うん、だよ、ね?」
「ああ」
「……マジデスカー」
「うむ」
 ジンジャベルはぶるりと震え上がって、ト=サンの背中にしがみついてくる。今の光景を目の前にして、怖気(おじけ)づくなというのは無理な話だ。
 実際、ト=サンも恐ろしい……今まで自分が狩ってきたリオレウスとは違う。
 以前も、バルバレで受けたクエストで、平原遺跡のリオレウスを狩ったことがある。その時もジンジャベルは一緒だったし、彼女のおかげで火竜の防具を得ることができた。今もト=サンの全身を覆っているのは、リオレウスの鱗と甲殻より削りだされた甲冑だ。
 だが、火竜を制して火竜を着込むト=サンでも、恐ろしい。
 目の前のリオレウスは、明らかに常軌を逸している……火竜というよりは、既に焔帝龍(えんていりゅう)だ。
 そう、古龍にも似た圧倒的な威圧感。
 リオレウスは勝利の凱歌を歌うように一声鳴くと……ジロリと視線でト=サンたちモンスターハンターを捉えた。
「なんてことだ、気付かれていたか……ベル、やるしかないぞ」
「う、うん」
 ト=サンは盾のグリップを握り直すと、恐るべき空の王の前へと躍り出た。
 猟虫クルクマを解き放つや、その後にジンジャベルも続く。
 二人のハンターを交互に見やりながら、大地へと再び舞い降りたリオレウス。不思議とト=サンは、先ほどのような強い殺気を感じない。畏怖と畏敬の念しか湧き上がらない。
 もし、この場でゆっくりと退くならば、このリオレウスは追いかけてこない。
 何故か、そんな気がした。
 だが、獲物を前に逃げる道理はない。
 王者の前では自分は歯牙にもかけぬ弱者かもしれない。だが、ト=サンは自らをモンスターハンターと定義しているのだ。そしてそれは、背後のジンジャベルも一緒だろう。
「ベル、信号弾を上げてくれ。俺たちの狩りを始めよう」
「うんっ!」
 発煙筒がジンジャベルに割り当てられた青の色を発しながら、どんより曇った空へと舞い上がる。そのピコンピコンという独特な音を合図に、激闘が幕を開けたのだった。

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