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 耳をつんざく破裂音に、独特のピコンピコンという金切り声。
 空を見上げたアズラエルは、天高く舞い上がる発煙弾の色を拾う。その青色は、ジンジャベルに割り当てられた色だ。
 そして、アズラエルの前を走るオルカも、それに気づいたようだ。
「アズさん、ベルの発煙弾だ! もしやあっちは」
「ええ、接敵遭遇(エンカウント)したようですね」
 二手に分かれていたアズラエルとオルカは、もう一方の仲間たちが獲物に遭遇したことを悟る。この場合、合流しての各個撃破がモンスターハンターたちの定石だ。その方が、獲物の狩猟時間も短縮できるし、なにより剥ぎ取り等を漏らすことがない。
 だが、それも無理であることをすぐにアズラエルは悟った。
「オルカ様、ト=サン様たちに合流してください」
「え? アズさん? それは」
「急いでください! ……ここは私が食い止めます」
 それは、強烈な風圧が地面へと叩き付けられるのと同時だった。
 今、アズラエルとオルカたちを大地へ縫い付けながら、強力な殺意が舞い降りる。(みどり)色も鮮やかな、巨大な雌の火竜……リオレイアだ。その紅玉のような巨大な瞳は血走り、まっすぐ二人のハンターへと眼光の矢を突き刺してくる。
 ドシリと目の前の断崖を背に、雌火竜(めすかりゅう)リオレイアが降り立った。
 その巨体は、目算ではアズラエルの持つ金冠(ゴールドクラウン)サイズの狩猟記録を軽く上回る。恐るべき巨躯は今、低く唸りながらアズラエルとオルカを()めつけていた。
「……行ってください、オルカ様」
「で、でもっ!」
「非常に危険な個体です。産卵直後かもしれません……女王陛下は随分気が立って荒んだ気配ですし。それに、二人同時に逃げ出せば……やられます」
 アズラエルの直感は今、最大級のピンチを察していた。
 多くの場合、こういうケースではペイントのみを施し逃げる、他の仲間に合流して各個撃破が基本である。半端な腕を持つ者程、分散しての同時狩猟を主張するが……アズラエルから言わせればそれは下策だ。恐るべき大自然の脅威に対しての、無謀なチャレンジに過ぎない。
 真に目指すべきは、あらゆるリスクを減らした上での総力戦。
 フルメンバーで一匹を集中攻撃することが望ましいのだ。
「ア、アズさん……」
「さあ! 急いでください、オルカ様。この様子では、(つがい)雄火竜(おすかりゅう)リオレウスも恐らく手強いに違いありません。先にそちらを三人で片付けてくれれば」
「でも、アズさんが危ない! わかってる筈だ、こいつは……このレイアは、そこいらにいるような生半可な個体じゃないよ」
 オルカの震える声に、アズラエルもまた同意の念を禁じ得ない。
 だからこそ、一人残ってオルカの逃げる隙を作るのだ。
「私とて長くは持ちません。ですから……オルカ様、レウスの方を三人で片付けて、早く助けに来てくださいね。それまでは、私一人で食い止めて見せますので」
「アズさん……」
「では、始めましょう……援護するので、走ってください!」
 緊張に強張る全身に気合を入れると、アズラエルは背負ったヘヴィボウガンを展開する。
 同時に、目の前のリオレイアは絶叫を張り上げるや突進を繰り出してきた。咄嗟に身を投げる二人の直ぐ側を、巨大な質量が擦過する。風をはらんで空気を逆巻かせる巨躯は、あっという間に二人のそばをすり抜け、背後の廃墟を木っ端微塵に打ち砕いた。
 瓦礫の中から首を巡らせ、翼を翻してリオレイアが振り返る。
 その威容はまさに、陸の女王の名に相応しい。
「さあ、貴女の相手は私です! オルカ様の方へは……いかせませんよ」
 アズラエルは敢えて、一番程度の低い通常弾を装填するや砲口をリオレイアへ向ける。今の彼の距離からでは、ヘヴィボウガンの射程圏外だ。鎧竜の甲殻で強化したグラビモスハウルでも、流石に少し距離が遠い。
 ボウガンに精通するガンナーは皆、砲や銃の弾丸が一番威力を発揮する距離を熟知していた。
 だが、注意を引き付けるには十分で、効かぬとわかっていてアズラエルは銃爪(ひきがね)を引き絞る。
「アズさん!」
「行ってください、オルカ様」
「……わかった! 無理はしないで」
「オルカ様もご武運を」
 オルカは背を向け、真っ直ぐに走り出した。
 なんの警戒心もなく、全てを捨てて全速力で。
 そして、その脱出を援護するように、アズラエルの砲撃が注意を引き付ける。放たれた通常弾が、乾いた音を立てて虚しく緑色の甲殻を奏でる。鱗に阻まれ弾かれる。
 それでもアズラエルは、こちらへと向きを変えたリオレイアを確認して笑った。
 そう、絶体絶命のピンチを自ら引き受けながら……笑っていた。
「さて、少し時間を稼がせてもらいます。合流は……させません!」
 横転に身を投げ出すアズラエルが、着地と同時にリロードを済ませる。弱装弾レベルの通常弾を引っ込め、代わりに貫通弾を装填。そうして膝を突いて身体を安定させると……完全な固定砲台となった我が身を、砲身の一部に変えて狙いをつけた。
 リオレイアは咆哮を響かせ、天地に裂けた口の中へと炎を呼び込む。
 二手先、三手先を読み合う竜と狩人の攻防の中、アズラエルは潔くしゃがみ撃ちを諦める。
 立ち上がってボウガンを折りたたみ、それを背負って走る瞬間、背後を爆風が支配した。
 先程までアズラエルが陣取っていた場所が、紅蓮の炎で燃え上がる。
「そう安々とは撃たせてくれませんね……流石と言う他ありません」
 走って飛び跳ね、次々と浴びせられる火球の中をアズラエルは逃げ惑う。
 その間も手はポーチの中に、狩りの道具を探していた。
 避けて逃げるアズラエルに焦れたのか、再びリオレイアは地を蹴るや体重を浴びせてくる。遮蔽物を探して走るアズラエルを、あっという間に黒い影が包み込んだ。
 間一髪で身を投げ出して、アズラエルは突進を避けつつ大地の上を転がる。
 同時に、ペイントボールを取り出しながら立ち上がると、力の限りに投擲(とうてき)した。鼻を刺す刺激臭が満ちて、リオレイアの翡翠(ひすい)のような甲殻と鱗が極彩色に汚される。
 そのことが一層、陸の女王の怒りを煽り立てる。
「さて、ただ逃げるだけというのも芸がありませんね」
 全身の埃を叩いて払いながら、アズラエルは改めて真正面にリオレイアを見据える。
 リオレイアもまた、唸り声に喉を鳴らし、片足で地面を蹴りつけながらアズラエルを(にら)んだ。
 両者の視線がぶつかる中で、不気味な緊張感だけが圧縮されて満ちる。
 先に動いたのは、アズラエルだった。
「三人がレウスを狩る間、お付き合い願いましょう」
 アズラエルはリオレイアに相対したまま、じりじりと後退しつつ視線を走らせる。直ぐ側には、巨石を積み上げた小さな高台がある。その上へと逃げ切れば、すくなくとも時間が稼げる。安全な射撃ポジションを得て、貫通弾を連続で叩き込むための時間が。
 だが、高所へと登る間は無防備で、そこを狙われればひとたまりもない。
 一種の賭けだったが、そこで博打(ばくち)に出ない堅実さがアズラエルにはあった。
「さて、行きますよ!」
 アズラエルは先程ポーチに探し当てていた、閃光弾を取り出すや放る。
 リオレイアの鼻先でまばゆい光が弾けて、あっという間に視界を塗り潰した。くぐもった悲鳴をあげて、数歩リオレイアが後ずさる。それを目で確認する間もなく、アズラエルは走って高台へ這う(つた)へ手をかけた。
 肩越しに一度振り返ると、リオレイアは目潰しに混乱しながらも、距離を詰めてくる。
 まるでそう、見えない中にアズラエルを捉えているかのような動きだ。
 だが、小高い巨岩の上へと立ち上がったアズラエルは、ボウガンを展開させるやしゃがみこんで身構える。照星の中へとリオレイアの巨体を捉えるや、遠慮無く彼はトリガーを砲身に押し込む。
 グラビモスハウルが唸りを上げて、次々と貫通弾を吐き出した。
 遠くに三人の仲間の無事を祈りつつ……アズラエルの孤独な狩りが始まった瞬間だった。

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