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 シナト村の最奥、小高い丘の上へと続く吊橋の先にその場所はある。
 村人たちの心の支えとなる、大僧正(だいそうじょう)が住む寺院だ。
 オルカはアズラエルと一緒に、神妙な面持ちでその奥へと進む。今までずっと閉ざされていた扉の向こうでは、意外な人物が待っていた。
「やあ、あらためてようこそ。ごめんよ、(だま)すつもりはなかったんだけども」
 そこには、あの親切な青年の姿があった。
 いつも畑仕事をしながら、ハンターたちの狩りへの出発を見送り、戻るハンターがいれば笑顔で迎えてくれる。そんな青年の正体は、この村の歴史を司る大僧正だったのだ。
 彼は我らが団の団長とオルカ、そしてアズラエルを前に真剣な顔で頷いた。
「とうとう語らねばならなくなったようだね……話をしよう。このシナト村に太古の昔より伝わる、天空山(てんくうやま)の伝承を」
 大僧正は語り出した……この秘境の里に古くより伝わる、輪廻(りんね)回帰(かいき)の伝説を。
 かつて天に戦あり、星をも砕いて燃やす争覇(アポカリプス)の歴史を人は記憶している。正式な記録として残らずとも、神話や民話、歌に姿を変えてその名残は現代へと続いていた。
 遙かなる古の昔、人は二つの勢力に分かれて戦った。
 片方は古塔を通じて龍穴(りゅうけつ)より龍脈(りゅうみゃく)の力を吸い上げる、この星そのものから生命の力を絞り出して栄華を極めた人間たち。彼らは古龍と呼ばれる超常的な生命を無数に生み出し、禁忌(きんき)の力をもって栄えた。
 もう片方は、そんな古塔の勢力に反旗を翻した人間たちだ。今は封龍士(ふうりゅうし)と伝えられる、封龍剣を操る戦士たちの血族である。彼らは恐るべき古龍の因子より、新たに飛竜と呼ばれる生命を創造して使役した。
「それが……今の世に微かに伝わる、竜大戦(りゅうたいせん)の断片。この星は多くの血と汗を記憶し、先史文明は激しい戦いの末に互いに滅びの末路を辿った。そうこの里には伝わっている」
 大僧正の声は(よど)みなく、静かにオルカたちへと語りかけてくる。
 オルカには、その話が事実であり真実であるという確信があった。
 同時に、今のオルカたちが直面する現実に通じていると察している。
「俺は……かつて、あの島で。モガの森がある孤島で、そしてタンジアの港で……恐るべき伝説の一端に触れました」
「エルグリーズ様と煉黒龍(れんごくりゅう)グラン・ミラオスですね、オルカ様」
 アズラエルの声にオルカは重々しく頷く。
 今は誰もが御伽話(おとぎばなし)と笑う、多くの神話や伝承……それらは全て、実際に過去に起こった出来事なのだ。嘗て人は星の海より方舟にて降り立ち、この星に根付いて巨大な先史文明を築いた……それも今のオルカなら、信じることができる。
 なにより、エルグリーズの存在がそのなによりの証拠だ。
 団長も同じようで、オルカたちを振り返りながら帽子を脱ぐ。
「俺ぁ、エルを見てりゃあわかる……あの娘っ子の存在が裏付けてくれてるからな」
「では、団長殿……我らシナト村の伝承を」
「ああ、信じるさ。なにせ、天災クラスの古龍を制御するために、生きた中枢として造られた娘がいるんだ。それが、俺の……俺らの仲間なんだからな! ガハハ!」
「それでは、お伝えしましょう……このシナト村と天空山に伝わる、恐るべき古龍の伝説を」
 そう言って立ち上がると、大僧正は朗々とした声で歌い出した。
 それは、どこか哀しげに響いて、荘厳な寺院の空気を震わせる。
 短い歌の中でオルカは、気になる単語を拾って一人小さく呟いた。
「天を(めぐ)りて戻り来よ……天廻龍(てんかいりゅう)シャガルマガラ」
 そう、それが敵の名。
 天空山に狂竜ウィルスの病魔を広げる、恐るべき古龍の名なのだ。
 そして、その名を呟いたオルカたちの背後で、バン! と勢い良く扉が開かれる。
 振り返った誰もが、そこに現れた女性の姿に声をあげた。
「エル! エルグリーズ!」
「お疲れ様です、ご無事だったようですね」
 オルカとアズラエルの声に頷いて、エルグリーズは歩み寄ってくる。その背には、油を染み込ませたボロ布に覆われた巨大な剣……それは今、無数の呪符(じゅふ)に包まれて全く刀身を見せていない。
 エルグリーズは見違えたように立派になっていて、紫色の防具に身を固めていた。
 だが、黒狼鳥(こくろうちょう)イャンガルルガの素材で作った兜を脱ぐと、そこには無邪気ないつもの笑みがあった。エルグリーズはにっこりと笑うと、オルカやアズラエルの元へ駆け寄ってくる。
「オルカ! アズも! 元気だったですか? エルは元気でした! 遥斗も元気で、二人でとってもイチャイチャしてきたです」
「あ、そうですか」
「それは……よかったね、うん」
 オルカはアズラエルと顔を見合わせ、微妙な空気に肩を竦めた。
 だが、そんな二人に構わずエルグリーズは団長の前に歩み出る。
「エルも遥斗たちと、古龍観測所やハンターズギルドの資料を調べてきました。そして、思い出したです……確かにエルは、知らない、知らないけど……微かに知識と記録に触れたことがあるです!」
 エルグリーズは、一連の怪異の正体を語り出した。
 それは、太古の文明が生み出した恐るべきシステム……龍より竜を生み出し戦う者たちへの、禁忌を超えた禁断の秘技だった。
「天廻龍シャガルマガラ……それが、黒蝕竜(こくしょくりゅう)ゴア・マガラの本当の名です!」
「えっ、つまり……!」
「天空山の異変の原因は、やはりゴア・マガラ……そして、その正体はシャガルマガラということでしょうか? エル様」
 エルグリーズは大きく頷くと、飛竜とも古龍ともつかぬ不思議なモンスターのことについて語り出した。そう、エルグリーズがグラン・ミラオスとして覚醒し、戦って敗れた後の話である。
 古龍と飛竜、二つの陣営に分かれて人類は果てなき闘争へと数百年の刻を滅びへ邁進していた。そのさなか、飛竜陣営を脅かす画期的な古龍が生み出された。それが、ゴア・マガラ……飛竜種を含む多くのモンスターへ病原菌を撒き散らす、飛竜に擬態(カモフラージュ)した古龍である。一見して飛竜であるため、飛竜のフォーマットで造られたゴア・マガラは警戒されない。そして、古龍は抗体を持つため狂竜ウィルスを発症しないのだ。
 ゴア・マガラは当時、狂竜ウィルスで戦線を恐怖のどん底へと陥れた。
 そして、ゴア・マガラにはある特殊な能力がもう一つ持たされていたのだ。
「それが……この星の記憶装置として、飛竜陣営の全てのデータを記録する特殊な古塔。ゴア・マガラは一定期間、狂竜ウィルスを撒き散らしながらデータを収集し……最後にはシャガルマガラとなって自分に紐付く古塔へデータの上書き、バックアップのために戻ってくるです!」
「! つ、つまり……」
「その記憶装置が、天空山にあると?」
 アズラエルの言葉にエルグリーズは大きく頷く。
 そしてオルカは、先ほどのミラの不思議な言葉を思い出していた。
「滅びへ全ては回帰する……」
「どうかされましたか? オルカ様」
「いや、いいんだアズさん。ちょっと、ちょっとだけ気になっただけだから」
 大僧正や団長、そしてオルカとアズラエルを順に見てエルグリーズは言葉を続ける。
「シャガルマガラは今も、自分が与えられたシステムとしての使命のままに動いてるです……既に主を失い、記録されたデータを閲覧する者が絶えた今も」
「そしてそれは今、俺たち人間にとって……天空山の生態系にとって脅威でしかない。そうだね? エル」
「はい! オルカの言う通りです。シャガルマガラはただ、機械的に数百年の周期でデータを回収し、それを嘗て古塔があった場所でアップデートする……それだけの存在。そして今も、そのシステムは生きているです。……以前、エルがそうだったように」
 ゴア・マガラ、そしてシャガルマガラの謎は既に解けた。
 何故ゴア・マガラは罠にかかり、飛竜のような生態なのか? それは、飛竜種に入り混じって情報を集め、狂竜ウィルスを蔓延させるためだったのだ。そして刻が満ちれば、古龍としての本性も顕に故郷へ……自分と繋がる古塔へと戻ってくる。
 旧世紀の文明が滅びた今も、シャガルマガラはその営みを淡々と続けているのだった。
 そしてそれが害悪でしかない今……この時代のハンターとしてオルカはやらねばならぬことを心に決めるのだった。

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