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 禁足地(きんそくち)へと踏み込んだオルカたち四人は、開けた場所へと出た。
 そこは、太古の昔に作られた祭事の場であると、大僧正(だいそうじょう)は語っていた。円形状に平らに(なら)され、中央に巨大な岩が切り立っている。明らかに人の手が入った痕跡があるが、それはこの天空山(てんくうやま)が旧世紀文明の古塔としての力を失ったあとである。
 そして、そっと巨岩の影から向こうを見やるオルカは、手で背後の三人を停止させる。
 呼吸も鼓動も止まりそうなほどに、目にした光景は……恐ろしくも美しく、震えるほどの戦慄を伝えてくる。
「みんな、静かに。いた……あれが天廻龍(てんかいりゅう)シャガルマガラ」
 暗雲(うごめ)く空の下、まばゆく白金(プラチナム)に輝く巨大な古龍が伏せている。
 ほんのりと発光する甲殻と鱗は、その細部に光を蓄えるように灯していた。
 まるでそう、夜空の満月が落ちてきたような神秘的な輝きだった。
「よし、みんな。準備はいいかい?」
「万端、整ってますよ。オルカ様」
「援護は任せて! アタシに背中、預けてもらうよ」
「エルも頑張るです! いざ、決戦……必ず四人で狩って、勝って、生き残るです!」
 四人は互いに頷きを交わし合うや、武器を身構え岩陰から飛び出す。
 同時に、眠るように地に伏せていたシャガルマガラが立ち上がる。強靭な複腕にも似た翼で大地を掴み、起き上がった巨体が()(すさ)んだ。
 垂れ込める曇天を引き裂くような絶叫に、思わずオルカたち四人は立ち竦む。
 恐るべき闘気、そして殺気……あっという間にハンターたちの覇気が毟り取られる。先程までの意気軒昂(いきけんこう)の心意気が、あっという間に凍てつく恐怖に覆われていった。
 古龍、それは先史文明が作り上げた、究極の攻性生物。
 あらゆる動物の特徴を貪欲に取り入れた、破壊と殺戮のための生命(いのち)
 その力は既に天災……人の制御を離れた今の時代、自由意志を得た古龍への遭遇は死を意味する。そして、目の前のシャガルマガラは、まだ古代人たちが課した使命を忘れてはいない。そう、シャガルマガラにはまだ生きている……遥か昔、最終戦争を戦った者たちの命令が。だから、主たちが滅びて数千年たった今でも、黒蝕竜(こくしょくりゅう)ゴア・マガラとなって飛竜を含む多くのモンスターのデータを採集し、シャガルマガラへと変態してこの場所に戻ってくる。集めたデータをアップロードする、自らのサーバである天空山のこの禁足地へ。
 既にデータを受け取る者が滅んでいても、シャガルマガラは営みをやめない。
 そして、それは狂竜ウィルスという病魔を世界中に振りまいているのだ。
「正面! 私が引き受けます。オルカ様とエル様は両サイドを!」
「援護するよ、まずは麻痺っ! ……頼むよぉ、麻痺毒効いてよぉ……いけっ!」
 自ら進んでアズラエルがシャガルマガラの真正面に立ちはだかった。
 同時にノエルの声を引き連れ、放たれた矢が空気を切り裂く。
 左右へと散開してエルグリーズと分かれたオルカは、操虫棍(そうちゅうこん)を構えて引き連れ走る。その手から放たれた猟虫(りょうちゅう)クガネが、羽音を震わせエキスを求めて飛び立った。
 だが、シャガルマガラは口から強烈なブレスを断続的に放つ。
 体内で圧縮された瘴気(しょうき)が砲弾となって、激しく大地を削って土煙を巻き上げた。土砂は各所に弾着の柱を屹立させ、地面が大きく(たわ)んで揺れる。
 間違いなく、オルカが直面したモンスターの中でも危険度は一番だ。
 もしかしたら、以前タンジアの港で戦った煉黒龍(れんごくりゅう)グラン・ミラオスをも上回るかもしれない。
 だが、仲間たちは果敢に武器を引き絞って戦っている。
 ならば、オルカがやることは一つだった。
「よし、乗りを狙う! みんなも無理しないで! ……いくよ、クガネッ!」
 小さな鳴き声で応える相棒を追って、オルカは操虫棍を軸に宙へと駆け上がる。
 低く這うような暗い雲を背に、空中で体を入れ替えたオルカは見た。
 眼下でアズラエルが構える盾を(くしけず)る、巨大な龍の背中。迷わずオルカは、その背骨が通る中心線を目指して飛び降りる。
 だが、不意に首を巡らせたシャガルマガラは、オルカを(にら)んで瞳を光らせた。
「なにっ、気取られた!?」
 シャガルマガラはそのままアズラエルを中心に、ターンするように横軸への動きを見せた。暴れる強靭な尾がエルグリーズを弾き飛ばし、広げる翼がノエルの矢を弾く。そして、先程から肉薄されているアズラエルの、その切れかけたスタミナを奪うように牙を剥く。
 先程までシャガルマガラが踏み鳴らしていた場所に着地したオルカは、たちまち強烈な風圧に襲われた。同時に尾の返しの一撃が、咄嗟に身を固くしたオルカを吹き飛ばす。
「ぐっ! くそ、簡単には乗せてくれないか」
「オルカッ! 大丈夫ですか?」
 転げるように着地したオルカの受け身を、エルグリーズが支えて受け止めてくれた。どうにか立ち上がるオルカの目の前で、ステップによる回避を選んだアズラエルが納刀と同時に身を投げ出す。
 中心の巨岩を上手くブラインドに使ってはいるが、ノエルへも瘴気弾が群がっていた。
 どうやらシャガルマガラは、それ自体が指向性を持つ分身、砲台のように機能する瘴気の塊を排出するようだ。見れば、禁足地のアチコチに黒く(よど)んで瘴気が(くすぶ)っている。それは、背を見せたハンターへと強烈な瘴気弾を放ってくるのだ。
 それ自体が恐らく、シャガルマガラが対人間用……対封龍士(ふうりゅうし)用に備えた戦闘力だ。
「くっ! オルカ様! 背中に気をつけてください。皆様も!」
「ぐぎゅー! やりにくいです、後ろから攻撃するなんて卑怯です!」
 その時、躍動するシャガルマガラが鋭い眼光の矢を射る。
 巨岩を利用して巧みな援護射撃を放っていたノエルは、その瞳の妖しい光を受けて身を固くした。それが視界の隅に見えたから、オルカは急いで声を張り上げる。
「ノエル、危険だ! 回避を!」
「待って、まだビンがある……もう少しで麻痺するかもしれない! 遮蔽物の影から射線は通ってる、まだ余裕が――」
 だが、遅かった。
 ノエルへとターゲッティングを定めたシャガルマガラが、グッと前傾に乗り出した身を加速させる。巨大な輝きの塊が、あっという間に岩盤へと激突した。
 そしてオルカは、崩落する岩石の中からノエルが転げ出るのを見る。
 古龍は、その強過ぎる力で地形さえも破壊してしまう。
 狩場の全てはハンターにとって盾であり足場、そして牙であり爪だ。
 だが、それすらシャガルマガラはあっさりと奪ってみせたのだ。
「くっそーっ、ビンが割れた……もう少しで麻痺しそうだったのに!」
「ノエル、こっちだ! 走って!」
 弓を畳んで背負いながらノエルが走る。
 その背に迫るシャガルマガラへと、ノエルと擦れ違いにオルカは躍り掛った。(けい)と輝く双眸を見開き、シャガルマガラが迫る。その不並びに生えた左右の角をめがけて、オルカは渾身の力で操虫棍を叩き付けた。
 だが、確かな手応えを感じた瞬間には、腹部に衝撃が襲った。
 巨大な豪腕にも似た翼が、オルカを吹き飛ばしたのだ。
「オルカ様!」
「アズ、閃光弾です! エルがその隙に突っ込むです!」
 大地に叩きつけられたオルカは、もんどり打って転げまわる。
 その間に閃光弾が炸裂したが……白一色の世界が色彩を取り戻した時、シャガルマガラの足元にはエルグリーズが倒れていた。
 まるで勝ち誇ったように、シャガルマガラは一同を睥睨(へいげい)……そして、跳躍。
 翼を広げて渦を巻いたシャガルマガラは、垂直に宙へと浮かんで羽根を広げた。それは各地の神話や伝承に残る、終末の予言書が記した熾天使(セラフ)のよう。
 天使も悪魔も、神さえも忘却した野蛮な鉄と血の世界に、原初の恐怖が蘇る。
 シャガルマガラが翼を全開に周囲へと瘴気を振りまく。
 瞬く間に空の色が変わって、オルカは息苦しさに額の汗を拭った。
 ――強い。それも今までの相手より格段に、強い。
 だが、強過ぎはしない筈。
 そう言い聞かせてオルカは、気合を入れ直す。
「仕切り直しだ、みんなっ! 全力でいくっ」
「ええ、やりましょう。あれだけ下品にギラギラした素材です。きっと悪趣味な金持ちに高く売れますよ」
「やったろーじゃんっ! アタシも前にでる、全員で削ればきっと……行こう!」
「うーっ、エルもやるです! 今こそ、伝説の封龍剣の力を振るう時なのです!」
 四人は舞い降りる死の古龍へめがけて、地を蹴り震える自分を押し出した。
 激闘の第二幕が始まり、咆哮を張り上げるシャガルマガラが再び大地に立ったのだった。

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