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 決戦の禁足地(きんそくち)に濃い瘴気が(よど)む。
 呼吸する喉でさえ()けるように熱く、それなのに身は凍えるよう。
 エルグリーズは周囲の仲間たちを見渡し、環境の急激な変化に警戒心を逆立てた。エルグリーズの正体は人間ではない……恐るべき古龍、煉黒龍(れんごくりゅう)グラン・ミラオスの中枢となる生体コアユニットである。当然、普通の人間はおろか、鍛え上げられたモンスターハンターをも凌駕する頑強な肉体を持っているのだ。それでも、天廻龍(てんかいりゅう)シャガルマガラの支配する領域と化した瘴気の渦の中では、圧倒的な身体能力が制限される。
 まして、ただの人間たちが影響を受けないはずがない。
「オルカ! アズも、ノエルも! 注意するです、深く息をしちゃ駄目です!」
「みたい、だね……!」
「オルカ様、ノエル様も。ついでにエル様も。気をつけてください……来ます!」
 濁って煙る空気を引き裂き、舞い降りたシャガルマガラが激昂(げきこう)の咆哮を張り上げる。
 ビリビリと震える空気が、エルグリーズたちの肌を泡立てた。背筋を冷たい悪寒(おかん)が走り、手足が強張り筋肉が固くなる。肉体が原初の記憶を覚えているのだ……遺伝子レベルで細胞の隅々に刻まれているのだ。古龍の恐るべき力のなんたるかが。
 だが、その恐怖を克服して立ち向かう人間がいる。
 それは間違いなく、エルグリーズと心を通わせたあの人の仲間なのだ。
「やったろーじゃん、みんなっ! 援護するからガンガン突っ込んで! 骨は拾うよ!」
 ノエルが弓に矢を(つが)えて走り出す。
 同時にオルカやアズラエルも、それぞれの武器とスキルを活かして動き始めた。
 エルグリーズもまた、抜剣の(きら)めきを引き絞るや、封龍剣(ふうりゅうけん)の切っ先で地面を引っ掻き(わだち)を刻みながら駆け出す。怒り狂うシャガルマガラが見る間に目の前に迫った。
「オルカ様! 乗りを狙ってください。私もやってみますので」
「ああ! とにかく攻撃のチャンスを作らないと」
 ランスを構えて突進するアズラエルが、砂煙を巻き上げながらエルグリーズを追い越してゆく。彼は背後で操虫棍(そうちゅうこん)(しな)らせ飛んだオルカに続いて、地を蹴るや暗い宙へと舞い上がった。
 オルカとアズラエル、二人のハンターを見上げてシャガルマガラが瘴気のブレスを吐く。
 空中で強大な闇の弾丸を避けつつ、二人のハンターはシャガルマガラの背を目掛けて武器を突き出した。だが、取り付こうとした二人をシャガルマガラが身を揺すって振り落とす。
 アズラエルが、次いでオルカが地面に転がったが、その隙をノエルの射撃がフォローした。
 その時にはもう、エルグリーズはシャガルマガラの真正面で大剣を振り上げている。
 大上段から振り下ろす封龍剣が、唸りを上げて妖しく鳴動した。
「こんのぉぉぉぉっ、全力でっ! ぶっ叩く、ですっ!」
 力任せに振り下ろした一撃が、シャガルマガラの頭部へと鈍い手応えで刃をめり込ませる。不揃いな左右の角の片方、短い方が砕け散った。同時に、真っ赤な血飛沫(ちしぶき)が吹き上がってエルグリーズを汚す。
 古龍といえど生物、その強靭な鱗と甲殻は天然の装甲だが……人の手で斬ることが可能だ。
 なにより、エルグリーズの手には今、龍を斬るためだけに鍛造された封龍剣がある。
「んぎぎぎぎ、どっ、りゃあああああっ!」
 強引にエルグリーズが、めり込んだ刃を寝かせて真横に()ぐ。
 ざっくりと顔面を斬りつけられたシャガルマガラは、絶叫を張り上げ暴れ出した。だが、すかさずノエルの矢が二本、三本と突き立って傷口をえぐる。
 ますます激しく暴れるシャガルマガラの力で、禁足地の大地はめくれあがってゆく。
 不安定な足場の上を、エルグリーズはステップを踏みながら横へと回った。
「いまので、あわよくば視界が……はっ!? 危ないですっ!」
 追撃の隙を(うかが)うエルグリーズは、背後に強力な殺気を感じて身を投げ出す。
 一秒前まで自分が立っていた場所で、後方からの瘴気弾が爆ぜた。
 今や禁足地のあちこちで、シャガルマガラが設置した瘴気溜まりが渦巻いている。それは、隙あらばハンターたちの背中へ向けて強力な瘴気の塊を投げつけてくるのだ。
 地面を転がりまわって回避しつつ、立ち上がるエルグリーズが再び駆け出す。
 その先で()えるシャガルマガラが後ろ足で大きく天へと身を持ち上げた。
 天に隠れた太陽を()むように、全身で立ったシャガルマガラが、鋭い眼光でハンターたちを、エルグリーズを(にら)みながら落ちてくる。
 全体重をかけてシャガルマガラが、両の前足を叩きつけてきた。
 それは、エルグリーズの前に影が踊り出るのと同時。
「エル様! 私の影に……私が盾に!」
 アズラエルが身を(てい)してエルグリーズを(かば)った。彼の盾がひび割れを走らせながら、シャガルマガラの体重を受け止める。アズラエルの足元が陥没して、彼はそのまま大きく後方へと後ずさった。
 その隙に、直撃を避けたエルグリーズが跳躍する。
 盾を捨てて離脱したアズラエルの視線が、瞳が小さく頷いていた。
 地が割れ岩盤が逆巻く中で、空中のエルグリーズを見上げてシャガルマガラが唸る。
 迷わずエルグリーズは、先ほど一撃を加えた頭部を再度狙った。
 断頭台の刃の如く煌めく封龍剣が、再びシャガルマガラにめり込む。
 絶叫が響き渡った。
「手応えあり、ですっ! ……嘘、まだ動くです!?」
 既に長い方の角も折れ、顔面を血塗れにしたシャガルマガラが最後の抵抗に全身を揺する。既にそれ自体が荒れ狂う暴力と化した巨躯は、着地したエルグリーズをあっという間に吹き飛ばした。
 何度も大地にバウンドして転がるエルグリーズへ、じゃれる犬のように機敏で軽快なシャガルマガラが追う。その複腕に光る爪が、容赦なく弾むエルグリーズを切り刻んだ。
 黒狼鳥(こくろうちょう)イャンガルルガの素材で作られた防具が、まるで紙くずのように削られる。
「エルッ! また無茶して……こい、シャガルッ! あたしにこいっ!」
 ノエルが援護の矢を射掛けて放つと、動かなくなったエルグリーズを掴んで放り出したシャガルマガラが振り向く。
 ノエルは脚を使って走りながらの射撃で、シャガルマガラの注意を引き始めた。
 その頃にはもう、元気ドリンコの空ビンを捨てたアズラエルが背後に回り込んでいる。彼は全身の体重を浴びせるように、突き出したランスをシャガルマガラの後ろ足に突き立てた。
 悲鳴が響いて、次の瞬間にしなった尾が鞭のようにアズラエルを吹き飛ばす。
 そしてシャガルマガラは、無数の矢を全身に浴びながらもノエルに迫った。
 だが、次の瞬間に巨体が怯んで立ち止まる。
「……背中を、取った。もう、逃がさない!」
 エルグリーズが、アズラエルが、そしてノエルが気を引いてる隙に、シャガルマガラの背へとオルカが舞い降りていた。彼は操虫棍を捨てると両腕で背にしがみつき、タイミングを見計らってナイフの刃を突き立ててゆく。暴れて巨体を揺するシャガルマガラの抵抗に、オルカは必死で耐えつつへばりついた。
 身を捩るシャガルマガラの上で、逆手に握ったナイフを両手でオルカが押し込む。
 真紅が血柱となって吹き上がる中で、崩れ落ちたシャガルマガラの背からオルカが転がった。同時に、もうもうと舞い上がる煙の中に光が灯る。妖しい輝きが明滅を繰り返しながら強くなる。
 それは、ゆらりと起き上がったエルグリーズが引きずる封龍剣だ。
 今、人と龍の死闘の狭間で、眠れる封龍剣が完全に覚醒しようとしていた。かつて太古の昔、今は神代(かみよ)の時代と呼ばれる旧世紀……恐るべき龍を狩るべく打たれた、この星最強の個人兵装。それが、封龍剣だ。既に主たる一門の名すら忘れた刃が、脈打ち呼吸するように鳴動する。
「……やる、です……チャンスです! エルが、エルがっ! 全ての古龍を……狩り尽くすです! うわああああっ!」
 絶叫を張り上げエルグリーズが走る。
 その両手に引き絞った封龍剣が、周囲の空気に金切り声を歌った。嘆きに泣き叫ぶ乙女のような調べが鳴り響いて、起き上がろうとするシャガルマガラへと吸い込まれてゆく。
 エルグリーズは溜めに溜めた力で、全身の筋肉から全力を解き放った。
「いけっ! エル!」
「エル様!」
「やっちゃえ!」
 オルカが、アズラエルが、そしてノエルが叫ぶ。
 真っ赤に逆巻く髪を紅蓮と燃やして、エルグリーズは乾坤一擲(けんこんいってき)の一撃を叩きつけた。一閃の余波がシャガルマガラを突き抜け、その衝撃で後方の大地が大きくえぐれて土砂が吹き飛ぶ。
 瘴気に濁った空を引き裂き、波打ち荒れ狂う大地を断ち割って……伝説の封龍剣は、シャガルマガラの頭部を両断した。
 ビュン! と封龍剣を振り抜き振り払って、シャガルマガラの鮮血を浴びながら……振り向くエルグリーズは、晴れゆく瘴気の消えた空に、輝く太陽に光を見上げた。

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