太古の昔から
オルカたち
病床のミラから離れずとも、遠くに聴こえる村人たちの歓声でわかるのだ。
「……やったようだな、オルカ。そして、皆も」
ずっと付きっきりの看病というのは、食事も睡眠も取らずに駆け回る狩場よりもト=サンには疲れる。やはり、ミラのことが心配で気持ちへと疲労が溜まるのだ。
思えば不思議なことだとも思ったが、オルカたちの帰還はト=サンの気持ちを軽くしていた。
そうこうしていると、部屋に一人の男がやってくる。
それは、笑顔を隠し切れない我らが団の団長だった。
「どうだ、ミラの様子は」
「団長……熱が、下がらない。だが、先程から少し落ち着いてきたようだ」
ミラは先日からずっと、謎の発熱が続いている。薬草を
ベッドのミラを覗き込むと、団長も大きく頷いた。
「なに、我らが団のメンバーは皆、強い! そう心配せずともよかろう」
「だといいのだが……気になる」
「はっはっは! ト=サン、お主が付きっきりで
団長の言葉に、ト=サンも大きく頷いた。
二人の脳裏には、同じ光景が同時に浮かぶ。
愛想のない無表情だが、ミラはよく仕事を手伝うし、洗濯や炊事も一生懸命やっていた。なにより、歳相応の子供らしさを見せることもある。そういう光景は、団長たちメンバーにとっても、ト=サンたち我らが団のハンターにとっても安らげる光景だった。
そんな時間がまた戻ってくる、それを今は信じて待つ。
だが、原因不明の熱にうかされるミラを、ト=サンは気付けば我が事のように心配していた。こんなにも他人が気になるなど、珍しい。狩りを共にするハンター同士ならいざしらず、こんな年端もいかぬ子供に……だが、ト=サンはそれを悪く思っていないのだ。
路地裏に立って客を取っていた、十かそこらの歳のミラ。
彼女は気付けば、あの薄暗がりから連れ出したト=サンにとって家族のようなものだった。娘のような、妹のような、そしてそれは我らが団の皆にとっては誰もが同じことだった。
「団長、オルカたちは」
「ああ、あいつら……やりやがった!
そう言って団長は帽子を脱ぐと、その中から輝く一つの鱗を取り出した。
それは
それはト=サンには、今ならば容易に想像できた。
そして、団長が語る話はト=サンの予想通り。
「こいつは……シャガルマガラの鱗だったのさ」
「……そうか。どうりで団長が世界中を駆け回っても、一向に手がかりがなかった訳だ」
「ああ。千年単位で
「とすれば、その鱗は」
「ああ、千年前にシャガルマガラとブチ当たって、生き残った者が持ち帰った物だったのさ。はっはっは、それが流れ流れて俺の手に……
豪快に身を揺すって団長が笑う。
ミラが起きてしまうのではと心配したが、ト=サンも気持ちのいい笑いに自然と笑顔になった。今、一つの旅が終わり、一つの謎が明かされた。それは、巨万の富を示す鍵でもなかったし、神秘に満ちた真理への道でもない。ただ、主を失いながらも刻まれた遺伝子に従い、
シャガルマガラは倒され、奴がゴア・マガラとなって集めたデータは今、かつて古塔があった天空山に埋もれている。それが埋まっていることすら忘れて、これからも人はハンターとなって狩場に天空山を選ぶだろう。だが、もう二度と禁足地が開かれることはない……あの場所は既に、永久回帰の末路に決着をつけた龍の墓所として封印されるのだ。
そのことを団長から聞かされ、ト=サンは納得に頷く。
ベッドのミラが、小さく唸って瞳を開いたのはその時だった。
「ん……あ。ト=サン? 団長さんも」
「気付いたか、ミラ」
「おお! 目が覚めたか、わっはっは! 起こしてしまったかな?」
相変わらずミラは白い顔を朱に染めて、額に薄っすらと汗を浮かべている。呼吸も心なしか浅く、発する声は消え入るようにか細い。
なにより、ミラの大きな瞳は今、光を吸い込む闇に
「なんで……どうして。あのシステムを……
「どうした、ミラ? なにを言っている」
「天廻龍……全ての古塔と古龍への、アップデート……その
ミラは熱で
そして、ト=サンの中に言い知れぬ不安が広がってゆく。
ミラは時々、遠くを見つめて不思議な言葉を口走る娘だった。不気味だと村の者たちは恐れたが、我らが団で気にしている者はいなかった。
ミラが不思議というなら、エルグリーズなんぞ不可解で理解不能だ。ミラが愛想がないというなら、アズラエルなど愛想どころか取り付く島もない人間である。オルカやノエル、ジンジャベルもそうだ。この我らが団で、なにも常識的な自分であることは美徳にならない。
ただ、共に身を寄せあって旅をする中での、確かな連帯感は誰にでも、どこにでも芽生えるのだ。
「どうした、ミラ! しっかりしろ、俺がわかるか!」
ト=サンはそっとミラの手を握り、さらにもう片方の手を重ねる。
だが、虚ろな目で視線を
「どうして……人間たちよ、愚かなる
「ミラ! 俺がわかるか、ミラ! しっかりしろ!」
「う……ああ、あ……ト=サン?」
「そうだ、俺だ! ……悪い夢を見たのだな。熱は……まだ下がらんか。もう少し寝るんだ、ミラ。大丈夫だ、俺が側にいる」
その時、呼び掛けるト=サンは見た。そして背後で団長の
「お、おい、ト=サン! なんだ……ミラが、ミラの身体が……!?」
ミラの身体が、毛布の下で光り始めていた。
謎の発光は強さを増して、眩い輝きとなって浮かび上がる。
そう、浮いていた……宙へとミラの小さな身体が浮かんでいたのだ。
「ト=サン……」
「ミラ! どうした、なにが……俺の声が聞こえるか、ミラ!」
「わ、わたし……ト=サン、わたし……! 駄目、わたしの中の……我が目覚める。今こそ裁定の時は来たれり。我が終焉を見届けよう……我は、わたしは……ト=サン、わたしは!」
次の瞬間、ミラから発する光が熱を帯びた。
ト=サンは咄嗟に団長を
次の瞬間、火柱が屹立して小屋ごとミラを巻き込んだ。
シャガルマガラ討伐の興奮に沸き立つシナト村に……漆黒の