逆巻く空気が戦慄に震えて、見上げる遥斗たちの頬を掠めながら昇ってゆく。
竜巻のように風を吸い上げる遥か空に、巨大な瞳で無力な人間を
――
誰もが忘れていたその名が、朝を忘れた世界で再び動き始めたのだ。
「んごーっ!? あ、あれじゃあ剣が届かないッス!」
「なんたる威容……これが、この大きさが一体の古龍、一匹の生き物だというのか」
素っ頓狂な声を上げるクイントも、驚きに目を丸くするイサナも見上げて固まる。屈強な古参ハンターである二人の、その鋭敏さと度胸さえも奪う、巨大な影。四人のハンターを暗く包む影を落として、先の割れた真っ赤な下を遊ばせるダラ・アマデュラが吼えた。
鼓膜をかきむしられるような響きの中、全神経が金縛りにあったようにひきつる感覚。
ただ耳を抑えて震えるしかない中で、遥斗は久しぶりに絶望を感じていた。
あのタンジアの港、
その鍛え上げられた肉体が今、持ち主の言うことを全くと言っていいほど聞かない。
銃声が鳴り響くまでの間、餌を見下ろす捕食者の視線にさらされながら、ハンターたちは縮こまって震えるしかできなかった。ラケルに
「みんなっ! 脚を止めるな、走れっ! デカい相手なんてゴマンと倒してきたんだ、あたしたちは……忘れるな、思い出せ! モンスターハンターは……どんな相手でも怯まない!」
二度三度と、徹甲弾がダラ・アマデュラの頭へと打ち込まれる。
たちまち連鎖する爆発の光と煙が、巨大な頭部を包み込んでいった。
だが、これほどまでに大きな古龍だ……爆発で
リオレウスの鱗と甲殻を紡いだ火竜弩が、ロングバレル特有のシリンダーを回転させながら弾丸を吐き出す。その低く唸るような音に、次第に遥斗の身体が感覚を取り戻していった。
「お? 動けるッス! しーかーらーばぁー! イサナン、こういう時は気合ッスよ! 思い出すッス……自分たちは大老殿ハンター、
「応ッ! 今こそ我が太刀に全てを賭ける時……いざ!」
遥斗が身体の自由を取り戻した時にはもう、仲間の二人は走り出していた。
大剣も太刀も届かぬ高みから、全てを見下ろすダラ・アマデュラの目が
そうしていると、遥斗は背中をバン! とラケルにはたかれる。
「行って、遥斗! あたしが射撃で注意を引くから……こういう時はね、もう乗っかるしかない。乗りを狙うとか、そんなんじゃなくて……奴の巨体を直接登って叩くしかないんだ」
「ラケルさん……」
「正念場だよ、遥斗っ! あとでエルに、エルグリーズに自慢してやんな! お前はもう、あたしたち我らが団の筆頭代理チームの一員なんだ。気合を入れろよっ、前だけ見て
「はいっ!」
弾かれたように遥斗は走り出す。
その背を見送ってくれるラケルの射撃音が、徐々に遠ざかってゆく。だが、遥斗は振り返らない。頭上からは既に、ダラ・アマデュラが周囲から巻き上げた岩礫が、まるで流星のように降り注いでいた。
天の凶星すら呼び寄せるかのような、ダラ・アマデュラの圧倒的スケールの攻撃。
その猛攻の中に消えてゆくラケルを背中で感じながらも、遥斗は矢のように馳せる。
渾身のジャンプで宙を舞うと、巨大な岩塔に巻き付くダラ・アマデュラの背に降り立った。
「例え巨大な古龍と言えど、多くの地方が砦や城塞を用いて撃退に成功している。奴らも生物、血も流せば傷もつく、出血に傷つき過ぎれば死ぬことだってある筈だ!」
何度も前のめりに転びそうになり、微動に震える足元には確かな鼓動と息遣いが感じられた。それでも遥斗は、一歩一歩を踏み締め登る。
目の前に剣戟の輝きが見えてきたのは、そんな時だった。
「グワーッ! 硬いッス! イサナん、そっちはどうスか」
「この巨大な扇刃……恐ろしいまでに肉質が硬い。太刀の刃がまるで通らぬ」
「こゆ時ト=サンがいてくれたら、発破で一気にドカーン! なんスけどねえ」
「しからば……刃に念じて氣を巡らせ、斬る! チェストォォォッ!」
練り上げられた氣を凝縮されたイサナの太刀が、背にそびえ立つ巨大な扇状の鱗へと剣閃を走らせる。だが、それだけでは攻撃が足りないのか、まだまだ刃の塊のような鱗はびくともしない。それでもイサナは、集中力を保って己を律し、同じ箇所を二度三度と斬りつける。
徐々にだが、根本が割れて鋭利な断面を見せ始めた。
撃墜が走るのか、吼えるダラ・アマデュラが大きく背を揺さぶる。
足元を取られながらも、遥斗はクイントとイサナの間に割って入るや、背のチャージアックスを展開した。
「イサナさんっ、加勢します! まずはビンへと圧縮、チャージだっ」
巨大な盾と対になる、機械仕掛けの剣を遥斗は振り下ろす。弾かれる感覚に手が痺れたが、徐々にその斬撃が細かな破片を舞い散らした。その間もクイントは、そのさらに上側から扇刃へと大剣を振るっている。
クイントくらいの膂力と胆力があれば、もはや技など必要ない。
弾かれても防がれても、ただ力任せに刃を振り下ろす……愚直なまでに真っ直ぐな剛剣を振るうだけだ。切れ味が落ちて刃が参るか、硬い肉質を貫きダメージが通るか……人と龍との根比べにクイントが吼える。
「ぬああっ、硬っ! 超硬いッス! でもぉ、ブッ壊す! あらゆる部位は叩いて潰す、木っ端微塵に砕いてやるッスー! ウラララララァ! ウーラーッ!」
バキリ! と鈍い音が走って、クイントの持つオベリオンが根本に食い込む。まるで大樹の幹に突き立てられた大斧だ。その
「今こそ一意専心……クイント殿の力に私の技を重ねて、斬るっ!」
鋭い光が走って、天より無数に舞い降りる流星を闇に浮かび上がらせた。
そして、ここが勝負と遥斗は光を帯び始めた剣を盾へと接続、内蔵されし榴弾ビンの劇薬へ圧縮を命じる。
たちまち柄が伸びて盾が変形し、合体した剣から巨大な戦斧が伸びる。
それを小柄な身体で振り上げるや、遥斗は身を声に叫んだ。
「みなさん、先に降りててくださいっ! 榴弾ビンの力を解放させます!」
納刀と同時に、迷わずクイントもイサナも宙へと身を躍らせた。
そして、激痛に耐えられなくなったのか、ダラ・アマデュラが身を揺する震度が増してゆく。背に乗る遥斗たちを振り落とそうとする、確実な敵意がひりつく肌に伝わった。
それでも遥斗は、重甲虫ゲネル・セルタスより削りだしたフルプレートメイルに身を包んで、足腰を踏ん張りながら刃を振り落とす。
そのまま身体をあずけるように遥斗は、力任せに二度三度と戦斧を振るう。
爆ぜる榴弾ビンの光が刃に力を与えて、目の前で亀裂が音を立てて広がった。
無数のヒビを走らせる扇刃へと、遥斗は最後の一撃をぶつける。
「まずは一つっ! たとえ星喰いの龍とて、倒す! 倒して進む、その先で……僕はもう一度、エルにっ、会うん、だぁぁぁぁっ!」
鈍い音が鳴り響いて、煙を吹き上げる戦斧が合体を解く。
盾と剣に戻ったチャージアックスを背負って、遥斗は大の字に全身を開きながらダイビング……それは、岩に巻き付いていたダラ・アマデュラが動き出すのと同時だった。
遥斗は木っ端微塵に砕けた扇刃の破片を浴びながら、怒りに吼え荒ぶ声を聞く。
ダラ・アマデュラは絶叫を張り上げ、深い地の底へと逃げてゆく……だが、高みより舞い降り転がって、そうして衝撃を逃がしながらも立ち上がるハンターたちは知らない。
地の底よりマグマの熱を吸い上げ、ダラ・アマデュラが恐るべき攻撃を放ってくることを。