その廃墟の名は、シュレイド城。
嘗て栄華を極めた、人類の黄金時代を
だが、シュレイド王国と呼ばれた
そして、その時を境に現代の人類は、未熟な文明で戦う
漆黒の災厄との因縁の地、シュレイド城の廃墟を流星が
暗雲垂れ込める空より、輝く光が落下し、巨大な爆発で周囲を照らした。
「グッ、ガアアアッ! ……ハァ、ハァ……ウッ! うううー、うわーっ!」
巨大なクレーターから吹き上げる白煙を
エルグリーズはよろりと片膝を突いて屈するや、全身から溢れる血を広げてゆく。
大きく全身を上下させながら、エルグリーズは呼吸を
そして、彼女の頭上に神威にも似たプレッシャーが舞い降りてくる。
『愚か……
巨大な翼を
黒龍ミラボレアス……それは、人類にとっての摂理、そして真理。
あらゆる全ての生命の頂点に君臨する、大自然の権化である古龍の更に上位に位置する存在。旧世紀の古塔を奉ずる民が生み出した、人造の神である。
そのミラボレアスを見上げるエルグリーズは、辛うじて立ち上がった。
背から、片方の翼が腐って落ちる枝葉のようにずるりともげる。その傷跡から、失った比翼に代わって鮮血が吹き出し天を
だが、エルグリーズは両手で封龍剣を構えて曇天を見上げる。
「ミラ、ボレ、アス……ふーっ! ふうううぅ……! エル、負けないです。お前なんかに……負けて、やらないです!」
『グラン・ミラオスの核よ、紅蓮の魔女よ……何故、
「そうです! エル、わかる、です……嘗てこの星に降り立ち、惑星管理システムを構築し、二つの勢力に分かれて争った人間……皆、死に絶えた、です! 今のこの星は、オルカとか、アズとか、みんな……遥斗とか! みんなの星、ですっ!」
『されど人は愚か、そして無知。愚劣故に再び同じ道を歩み、やがて天の海へ出て母星を汚し、今度こそこの星を搾取し尽くすであろう。人間とは、我を生み出した人間とは、この宇宙に広がる病原菌。銀河が
エルグリーズの目の前に、ミラボレアスは降り立った。
暴風が大地を薙ぎ払って、ともすれば吹き飛ばされそうになるエルグリーズ。だが、彼女は目を手で覆って守りながら、指と指の間に見やる。
既に全身は、活性化させて覚醒に目覚めた龍の因子に満ち満ちていた。
傷付き崩壊してゆく肉体は、それでもまだエルグリーズの生命を吸い上げ、恐るべき速度で再生し続けていた。それでも、ミラボレアスへの勝ち目は万に一つもない。
だが、エルグリーズにとっては、勝機が
「みんなは、バイキンなんかじゃ、グ、ガッ……ヒギッ! ハァ、ハァ……バイキン、なんかじゃ、ないですうううううっ!」
エルグリーズの全身から吹き出す鮮血が、真っ赤に燃えて炎となる。
漲る
『まだ抵抗するならば……既に攻躯を失い、我ら
「うっさいです! お前なんか、怖くないです! お前のかあちゃんデベソです! バーカ、バーカ! ……あ、エルと同じお母さんでした。でも、負けないですっ!」
巨体を揺るがし、ミラボレアスが口から巨大な火球を無数に繰り出す。
エルグリーズは既に、手に持つ必殺の対龍兵器……封龍剣をまともに持てず振るえない。徐々に死に始めている肉体は、巨大な滅龍の刃を引きずりながら走った。
無惨な姿で血の
転げて這い回り、立ち上がっては転びながらも、走る。
『惨めなり……醜い! グラン・ミラオスよ、そうまでして我に逆らい、たかが人間のために戦うというのか。既に裁定は下された。人間への裁き、それは母なるこの星の消去。
「そんなことには……そんなふうには、なら、ないっ! ですっ!」
烈火の如く爆炎が舞い散る中、エルグリーズが跳躍する。
最後の力を振り絞り、高々と封龍剣を振り上げる。
背に広げる比翼を、吹き出す鮮血が燃える炎となって対に
『人間にダラ・アマデュラを止めることなどできぬ。
「そんな理屈ぅぅぅぅっ! エルにはっ、わっかんない、ですぅぅぅぅっ!」
『むう! 封龍剣……歴史に消えし
「エルは、エルは……みんなにニコニコ、して、欲しいん、ですっ!」
長い首をもたげたミラボレアスの頭部へと、エルグリーズは業火をかいくぐりながら舞い降りる。既に周囲を煉獄とかした
だが、ミラボレアスが広げる裁きの炎では、紅蓮の魔女は灼けない。
自ら炎の化身となって生命を燃やすエルグリーズの、その血を沸騰させる灼熱の力は焦がせない。
エルグリーズは血塗れになりながらも、ミラボレアスの片目へと剣を突き立てる。
絶叫を張り上げ嘆きを歌う封龍剣、その名は烈一門……遙かなる太古の昔、封龍士たちの一派として古龍と戦った者たちの怨念が満ちる一振りだ。名さえ忘れられ、存在すら抹消されていた一撃が、ミラボレアスの片目を深く深く
『グアアアッ! お、おのれ……グラン・ミラオスゥゥゥゥゥ!』
「そんな名じゃないです! エルは、エルは……エルは、エルグリーズです!」
『我の体に、邪悪なる穢れた刃を突き立て……貴様っ!』
「ああっ! 封龍剣がっ!」
激しく身を揺すって首を翻すミラボレアス。
全力で封龍剣を左目に捩じ込んていたエルグリーズは、ついに振り落とされて地面に転がった。ビシャリ、と濡れた音が響いて、何度もバウンドするエルグリーズが
古龍の黒い血が煙をあげながら、シュレイド城の広大な庭を赤く染める。
嘗て
国の未来を語り、民の明日を願った場所も今は昔……広大な空き地と化し、周囲の城壁や一部の城塞が残るに留まるシュレイド城は、誰も訪れぬ廃墟だった。
そう、誰も来ない……エルグリーズは知っていた。
誰も助けには、来ない。
それでも、きっと来ない誰かのためにエルグリーズは戦い続ける。
その生命は既に燃え尽き始めて、精根尽き果てようとしていた。よろよろと立ち上がって血を吐くエルグリーズを支えるのは、記憶に残る仲間たちの笑顔だ。そして、その中心で微笑む少年の表情だ。
だが、ずるりと腹から溢れる臓物を手で抑えるエルグリーズが見上げる先に……
『眷属としての情け……最期は苦しまぬよう、
ミラボレアスが天地に開いた
だが、破滅をもたらすミラボレアスの吐息は、飛来した矢に阻まれた。
突如、風鳴りの音を引き連れた矢がミラボレアスの左目に……深々と突き立つ封龍剣の広げた傷に殺到した。ミクロン単位での精密な射撃に、激痛が走ってミラボレアスを吠えさせる。
『グアッ! おのれ……来たか、人間! 弱き
そして、自分の流した血の中にペタンとへたりこむエルグリーズは見た。
シュレイド城の城壁に並ぶ、四人のモンスターハンターを。
それは、エルグリーズが守りたかった者。
エルグリーズをいつも守ってくれた者たちだ。
「エルッ! 助けに、きた!」
「原初の恐怖がなんだってんだい! オルカもアズも、ト=サンだってやる気だよ!」
「ト=サンの新調した防具を見て思いました。これは高値で売れる、と。稼ぎますよ、エル様」
「……ミラ、絶対に助け出す。古龍の核とはいえ、同じ状況から戻ったエルがいる。ならば、同じことが再現できると思うのが道理だ。行くぞ、みんなっ!」
四人は同時に城壁から舞い降り、走り出した。
それを見やるエルグリーズもまた、再生の痛みの中で気付けば立ち上がっていた。