平原遺跡での狩りを終えたオルカは、アプケロスの引く巨大な竜車から飛び降りた。すぐ後を追って続くのは、もはや旧知の仲にして竹馬の友、アズラエルだ。ト=サンもエルグリーズも一緒で、四人は今日も探索の傍ら、ちょうどドスランポスを狩ってきたところだ。 「しかし珍しいですね。この地方にドスランポスが出るなんて」  ランスを背負い直して、アズラエルがオルカの隣に並んだ。その淡麗な無表情は、行き交うバルバレの往来にあって、やはり人々の視線を吸い上げてしまう。  アズラエルは小脇に剥ぎ取ったドスランポスの頭を抱えて、周囲で密やかにご婦人がささやく中を歩き出した。 「もっと中原の奥、ミナガルデ地方にいるものですが」 「そうなのか。俺は初めてドスランポスを見たよ。ト=サンやエルグリーズは?」  振り返れば、ト=サンから余った携帯食料をもらっていたエルグリーズが、グイと顔を近付けてくる。真っ直ぐ見詰めてくる真っ赤な双眸には、引きつる苦笑のオルカが写っていた。 「エルはドスランポスは、まだ食べたことはありません!」 「い、いや、見たことあったかって話なんだけど。……あと、顔が近いよ」  助け舟を求めるように、ちらりと視線を逃がせば……ト=サンは無言で首を振った。イーオス装備一式で身を固めたト=サンも、今日初めてドスランポスに遭遇したらしい。  ブレイブ装備一式のオルカもそうだが、アズラエルもユクモ装備一式で、たかがドスランポスとはいえ今日の狩りは一苦労だった。ましてエルグリーズはインナー一枚の素っ裸だ。  だが、熟練ハンターたちはあっという間に互いの呼吸を合わせてしまったのだった。 「オルカ、ドスランポスの防具は優秀だ。素材と資金に余裕があるなら、作ってみるといい」 「ですね」  ト=サンの言葉にアズラエルが頷く。  更にはエルグリーズも満面の笑みでぴょんぴょん飛び跳ねた。 「それ、いいですね! オルカが防具を新調したら、おとーさんと色違いのお揃いです!」  ランポス装備はイーオス装備、そしてゲネポス装備とデザインが同一で色のみ異なる。  オルカは「考えとくよ」と曖昧な返答でアズラエルへと水を向けた。 「アズさんは? 防具の新調は」 「私はこれで十分ですので。でも、そうですね。そろそろ踏ん張りの効くものが欲しいです」 「アズさんは俺らの最前衛にして壁役だからなあ」  並んで語らい歩けば、自然とオルカは笑顔になる。  アズラエルはユクモ村で知り合い親しくなったあの日から、全く変わらない。それは昨日再会したキヨノブも同じで、また一緒に狩りの暮らしを共に出来るのが嬉しかった。  オルカの笑顔が不思議なのか、仏頂面のままでアズラエルは首を傾げた。  背後にト=サンとエルグリーズの凸凹漫才を聞きつつ、オルカは言葉を続ける。 「いや、アズさんは変わらないなと思って。そうだね、明日は鍛冶屋で素材を確認してから狩りに出ようか。幸い、旅団の出発まではまだ少しあるから」 「ええ。効率をあげるならば、ユキカゼをギルドカウンターに走らせましょう。受注できるクエストがわかれば、武器や防具の作成も進みます」 「……人使い、荒くない?」 「荒いでしょうか……時々マタタビをあげてるのですが。好きらしいんですよ、ユキカゼは」  そんなことを語らううちに、左右に様々な旅団の荷車がちらほらと見えてくる。出店や屋台も徐々に増えてゆき、たちまち客を呼び込む声にハンターたちは包まれた。  盛んに営業を叫ぶ左右の露店に目を配りつつ、適度に足を止めては冷やかしてゆくオルカ。試食とみれば飛びつくエルグリーズから一口もらったり、ト=サンと爆薬や回復薬の値段を吟味し、アズラエルと一緒に人数分のフルーツを買う。  そうして自分たちの荷車へと歩いていた、その時だった。 「おや、あれは……キヨ様ですね」 「ん? ホントだ。何やってるんだろう」  見れば、往来のド真ん中でキヨノブが男たちと何やら揉めている。杖をついたその背には、小さな女の子を庇っていた。今のオルカと同じく、操虫棍を背負って頭に猟虫を乗せたモンスターハンターだ。年の頃は十代前半くらいだが、ケチャワチャの素材で作った装備を見るにキャリアはそこそこといったところか。  キヨノブの前には、声を荒げる男たちと、それに相対するユキカゼの姿があった。 「おうこらネコ助! そこどけぇ!」 「メラルー風情が、目障りなんだよ! 俺らはそっちのチビッ娘に用があんだ」  筋骨隆々たる大男たちも、残念ながら同業者だ。無宿無頼の荒くれ者が多いモンスターハンターの中には、こうしたガラの悪い連中も少なくない。彼らとて何かトラブルがなければ、こうして人相も悪く凄んで荒ぶることもないだろうが。  オルカが助けに入ろうとした、その時にはもう……隣のアズラエルがぐいと一歩踏み出していた。 「キヨ様、どうかされましたか? もし、そちらの方。……何か?」  何か、と平坦な声で搾り出された言葉が、まるで剃刀の刃のように冴え冴えと響く。  その声に「あん?」と振り向いた男たちも、無言で見下ろすアズラエルに気圧された。この美丈夫はめったに感情を出すことはないが、キヨノブに害意が及ぶとなると平静ではいられないことがある。そしてそれは、今この瞬間そのものだった。 「何か、じゃねえっての。おうおう、にーちゃん! こいつらのツレか?」 「はい」 「なに嬉しそうな顔してんだ、こらあ!」  ツレと言われて頬をゆるめた、その表情の変化はもうオルカ以外にもわかるくらい顕著だ。また少し、アズラエルは感情表現がささやかながら豊かになったようで。しかし、その笑顔を瞬時に引っ込めた、その時だった。 「ボッ、ボクは見たんだ! 本当にいるんだよ、平原遺跡の奥に!」  キヨノブの後ろから顔を出して、少女が叫んだ。 「本当に見たの、イャンクックを! それも、こーんな大きいのを!」  イャンクック、それはモンスターハンターの間では師匠とか先生とか呼ばれている怪鳥だ。火を吐き空を飛ぶその脅威は、さながら飛竜にも匹敵する強さがある。クンチュウなどの虫を掘り起こして主食とするため、時たま畑を荒らして狩猟依頼が舞い込むらしいが…… 「おいこらガキィ! まだふかしてんのか、手前ぇ!」 「イャンクックってなあ、もっと北の方、ミナガルデとかドンドルマにいるんだよ!」  男たちは互いに顔を見合わせて、その巨体を屈める。  勢いに気圧されることなく、少女は毅然とキヨノブの影から躍り出た。そうして、ユキカゼに並ぶと男たちを睨み返す。 「でも、ボクは見た。あれは間違いなく、クック先生だった!」 「まだ言うか、おうコラ!」 「俺らベテランハンターはなあ、知ってんだよ。こっちの地方じゃ生態系が違うってな」  確かにこの辺りは、中原と砂海が交わる境界線だ。バルバレでは怪鳥種はゲリョスが時々見られるだけで、クルペッコなどはもっと東の地域にしかいない。  同様にイャンクックも、西シュレイド北部にしか生息していないはずだが。 「よぉ、ちょい待ち、ちょっと待てや兄ちゃんたち」  キヨノブが言葉を挟む。その声は気さくで馴れ馴れしいが、親しげな気持ちは微塵もない。 「このお嬢ちゃんはクック先生を見たといってる。お前さんたちは?」 「そりゃ、見てねえさ。いねえものは見ようがねえからな!」 「……モンスターハンターが信じるものは、自分と仲間が見聞きしたものだけだ。お嬢ちゃんに絡んでるヒマがあったらなあ……いいからさっさと平原遺跡に行けって話なんだよ」  キヨノブの言葉が僅かに凄みを増して、男たちはピシャリと黙り込む。  結局二人組のハンターは捨て台詞を残して、最後にアズラエルを睨むや行ってしまった。 「あ、あのっ! ありがとう、おじさん!」 「おっ、おじさん……おにーさんだろぉ。ま、いい。気にすんなよ、お嬢ちゃん」 「助けてくれたし、信じてくれた……ボク、何かお礼したい! けど、えっと、そのぉ」  少女はポーチをまさぐり、小さな小さなかわいらしいガマ口を出した。だが、開けなくてもそれが軽いことはすぐに見て取れる。  その時オルカは、どうしてアズラエルが懐き、多くの仲間が一目おいてるかを再確認する。 「お嬢ちゃん、名前は?」 「ボク、ジンジャベル! ベルって呼んで、おじさんは? っと、お兄さんは」 「はは、俺はキヨノブだ。さっきの話、信じるぜ……それに、こっちじゃ珍しいイャンクックってなあ、儲け話だ。そこのお兄さんたちにちょっと、話しちゃくんねえか?」  クイと無精髭の顎でキヨノブはオルカたちをしゃくる。この男ときたら、ハンターを引退した今も交渉上手で目利きもあり、その上でオルカたちハンターの後方支援を一手に引き受けてくれるのだ。言わば、我らが団ハンター補佐ともいうべき存在で、そのことがオルカには誇らしく嬉しかった。  本当に遺跡平原にイャンクックはいるのか? その答にオルカは挑むことになった。