発火と同時に、導火線を走る火花が収束点で沈黙を引き裂く。  ト=サンがくれた大タル爆弾が炸裂して、坑道を塞いでいた岩盤が木っ端微塵に砕け散った。その砂煙が収まる頃にはまた、耳に痛い静寂が戻ってくる。  オルカを包む地底洞窟の空気は、不気味過ぎる程に静かだった。 「よし、これで進路クリア! ユキカゼ! アルベリッヒ!」 「あいニャ! ……あっ、すぐ真下の部屋にガマ臭がするニャ」 「すでに誰かハンターさんが交戦中ニャ! あと、ワニャハイはアルでいいニャ」  爆弾を下ろして身軽になったユキカゼと、アルベリッヒ改めアルが先行して馳せる。四足で我先にと走るその背を追って、まだ火薬の臭いが立ち込める中をオルカも飛び降りた。  そこは、大自然の脅威が悠久の時を重ねて連ねた大洞穴。  大きく開けた空間は、かつて大地の息吹が灼土(マグマ)となって駆け抜けた跡だ。 「凄い……これだけの空間が地下にあるなんて。っと、あそこに! あれが鬼蛙テツカブラ!」  すぐに視界に、巨大な両生類の鮮やかな朱色が飛び込んでくる。その巨体は今、一人のハンターを追い回して荒ぶっていた。もしや、ナグリ村で言っていたムスメさんか!? そう思われた時にはもう、オルカは印弾を飛ばして相棒の猟虫クガネに飛翔を念じていた。  オルカと二心合一のクガネは、迷わずまっすぐにテツカブラへと飛んでゆく。  その軌跡をなぞるように崖から飛び降りるや、足場に踏みしめた岩が崩れると同時にオルカも跳躍する。空中で華麗に反転しながら身を捩って、手にした操虫棍を力いっぱい振り下ろした。 「そこの人っ! ここは俺に任せて……ッ! あれっ、女の子じゃ、ない……あ、貴方は」  テツカブラの両生類とは思えぬ程に硬い背に着地して、同時に取り付き腰のナイフを引き抜く。激震に揺れる甲殻の上で、オルカは確かに見た。  テツカブラと対峙していたのは、ランポス防具に身を固めて太刀を握る、自分と同じ男のモンスターハンターだった。しかもその男は―― 「にっ、兄さん! イサナ兄さんっ、どうしてここに! うわっ、とと、こいつ!」  驚きのあまりにオルカは、暴れて怒り狂うテツカブラに振り落とされそうになる。必死でしがみつきながら耐えて、間隙を縫うようにナイフを突き立てるオルカ。既に操虫棍を背に背負い直して、落ち着いた頃合いを見極めると刃を逆手に握って両の手で押し込む。  絶叫と同時に血飛沫が舞い上がって、激痛に身を捩ったテツカブラが転倒した。  咄嗟にその背から飛び降りたオルカは、入れ違いにテツカブラへと走る影を見送る。  余りに速く鋭く、そして低いその踏み込み。まるでそう、風が草原を撫でるようなすべやかな疾駆。思わずオトモの二匹が声を上げた。 「だっ、誰ニャ!? ……速いっ! 負けてられないニャ、ボクも……レウスネコブレイド、抜剣ニャ!」 「待つニャ、ユキカゼ。ワニャハイもブーメランで援護するニャア!」  だが、二匹のオトモが全速力で追いかけるも、男の太刀筋には追いつかない。  男の翻した太刀は烈風を帯びて、その踏み込みに大気が震撼する。周囲の空気は旋を巻いて、達人を思わせる剣士の周囲に渦を幾重にも巡らせた。 「ふむ、大きくなったなオルカ……ここで会うとは思わなんだ。再会を祝すためにも、まずは。鬼蛙テツカブラ……斬るっ!」  大上段に振り上げた剣を、男は裂帛の気合を叫ぶと同時に振り下ろした。  そのまま袈裟斬りに、テツカブラのぬらりと光る甲殻を断ち割り引き裂く。  ドン! と踏み込んだ衝撃だけで怯んだテツカブラは、次の瞬間にはずるりと斜めに上半身が下半身を滑り落ちた。恐るべき剣氣にオルカは言葉を失う。  男はそのまま振り向き納刀すると、総髪を頭頂部に生やしたランポスヘルムを脱ぎ去った。  そこには、十年近く離れていた懐かしい兄の顔があった。 「久しいな、オルカ」 「兄さんこそ! どうしてここに? ドンドルマで暮らしてるって姉さんたちが」 「うむ、それがだ。ちと厄介な事件に巻き込まれてな。今はドンドルマを追われる身だ。大老殿から追放処分を言い渡された」 「追放処分!? 大老殿から? どうしてまた」  駆け寄るオルカの矢継ぎ早の質問に、男は「ふむ」と顎を手で擦って肘を抱く。  男の名はイサナ、オルカの齢の離れた兄だ。オルカが少年時代だった頃にはもう家を出て、あのドンドルマで家庭を持ったと姉たちから聞かされていた。だが、今でもオルカは覚えている……優しくも厳しく、何より実直で不器用な兄の背中を。幼少期、狩りのイロハも全て、最初に教えてくれたのは兄イサナだった。  そのイサナだが、決まりが悪い様子で頭をバリボリとかきむしった。  先ほどまで総髪に結われていた髪が、ぱらりと長く肩を滑り落ちる。 「どこから話したものか……だが、最初にオルカ、お前に知って欲しいのは」 「兄さんは間違ったことはしていない、そうだろ? 俺はそう思うけど、何かあったの?」  オルカの即答にイサナは鼻白んだが、その眦が緩んで笑みを浮かべた。 「うむ。私は己を曲げられなかった、助けを求める声を無視できなかったのだ」  イサナは語った。もうすぐ大老殿おかかえのハンターも夢ではないという実力を持ちながら、ドンドルマを追放となった経緯を。 「大老殿と連携する研究機関、古龍観測所を知っているか?」 「名前だけは。あ、でも以前、ユクモ村で古龍観測所の人と一緒に狩りを。えっと、アウラさんだっけか」 「おお、アウラ殿と顔見知りか。うむ、その、なんだ……」 「兄さん、まさか……! 古龍観測所と何かトラブルが?」 「逆だ、逆。古龍観測所と共に、大老殿と一戦交えてしまってな。信じられるか、オルカ……いや、お前なら信じてくれような」  一度呼吸を整えるように一息ついてから、イサナは言葉を選ぶように慎重に語り出す。 「人でもなく竜人でもない……太古の遺跡から蘇った、いわばそう、旧人類とでも言うべき存在。それが研究を名目に幽閉されていた。大老殿は、非人道的な暗部を抱えていたのだ」 「……凄く身近に、同じような人を……エルを知ってるけどね、俺は」 「おお! そうなのか? まあ、そういう訳でな」 「助けたんだね、その人を。……大老殿に逆らってまで」  イサナは視線を逸しつつ、小さく頷いた。  そこには、小さなころから曲がったことが大嫌いだった兄の横顔があった。  兄から説明を聞いて、オルカは納得した。詳細はこうだ……大老殿はその裏で非合法の秘密施設を持ち、そこで遺跡から蘇った異形の旧人類たちを監禁、人体実験を行っていた。それを救い逃げ出した少年を、イサナは仲間と共に手助けしたのだ。  今ではその女性は、ジャンボ村で駆け落ちした少年と暮らしているという。  話を聞く間ずっと、オルカの頭からエルグリーズのことが離れなかった。聞けば、赤い髪に赤い瞳、人とは思えぬ真っ白な肌の女性だったという。そういえばエルグリーズも、モガの森の地底湖に打ち上げられた、太古の文明の遺産と思しき硝子の棺から現れたという。  オルカが思案に沈んでいた、その時だった。 「あーっ! テツカブラが! アタシがやっつけようと思ったのに! ……ハンターさん?」  黄色く弾んだ声があがって、オルカとイサナは同時に振り返った。  そこには、ハンマーを重そうに担いだ少女の姿があった。 「む、あれはナグリ村の村長の娘ではないだろうか。よかった、無事か」 「ということは、兄さんも?」 「ああ、旅団の団長殿に合流するべくこの土地に来たが、話を聞いてつい、な」  そう言うとイサナは、駆け寄ってくるムスメを出迎え、その無事を確認している。  オルカの目には自然と、その二人の姿が、幼いころの兄と自分に重なった。 「ハンターさん、ひょっとしてアタシを助けに? ……助けに、きて、くれたんだよね」 「そうだ。私だけではない、弟のオルカも一緒だ。無事でよかった」 「ふ、ふええ……こわがったよおおお! だって、ゲネポスもオルタロスもうじゃうじゃいて」 「ああ、狩場はどこも脅威に満ちている。素人が出向いていい場所ではない。いい勉強になったな」  泣き出したムスメの頭を撫でるイサナは、オルカにとってはあの日のまま……誰にも優しく己に一番厳しい兄そのものだった。  こうして無事に村長の娘を保護したオルカだったが……これから戻るナグリ村に、さらなる試練が待ち受けてるとは、この時思いもしないのだった。