広がる地底洞窟の天井は高く、見上げる声が木霊する。  影蜘蛛ネルスキュラを探しつつも、ト=サンは大自然が織りなす絶景に一時狩りを忘れていた。何万年もかけて大地が生み出した巨大な岩窟は今、その奥へ奥へとト=サンを誘う。 「ほう、珍しいな。竜仙花がこんなところにも」  ふと足元に花を見つけて、ト=サンは屈むやそっと手折る。  ミラへのいい土産ができたと思った、その時だった。 「ト=サン! ちょっとこっちに来てくれる? ……どうやら本丸に辿り着いたみたいだね」  ノエルの声が響いて、ト=サンは立ち上がるや竜仙花をポーチへとしまった。  そうして声のする先へと歩を進めれば、すぐにノエルの小さな背中が目に入る。そしてそこは、ある種異様な空間で二人のハンターを出迎えていた。 「これは……」 「うわぁ、って感じでしょ? うう、ドンドルマでもこんなの聞いたことがないよ」  洞窟の一角に巨大な蜘蛛の巣が広がっていた。足元に広がる幾何学模様は、一定の法則性で隅々まで敷き詰められている。足をあげれば靴が糸を引いた。そして、異様な雰囲気はそれだけではない……見上げれば頭上には、おそらく捕食されて保存されているのだろう、毒怪鳥ゲリョスの死骸が無数にぶら下がっていた。  腐臭が漂う中で、ト=サンとノエルは頷き合う。  間違いない、ここが影蜘蛛ネルスキュラの巣だ。 「しかし、どういう原理で火山活動を……?」  もっともな疑問で、ト=サンはノエルと背中を合わせて周囲を警戒しつつ呟く。  背後のノエルも油断なく弓に矢を番えて、肩越しに自分なりの解釈を説明してくれた。 「ト=サンさ、落とし穴って使うじゃない?」 「ああ。ハンターともなれば必須の罠だな」 「あれほら、ネットはクモの巣で作るじゃない。糸にして、ツタの葉と合わせて編み込む」 「だが、件の相手は影蜘蛛……そんじょそこいらの蜘蛛とは違うぞ」  モンスターハンターが扱う罠は多岐に渡るが、最もポピュラーな物の一つに落とし穴がある。トラップツールにネットを仕込んだ携帯用の罠で、ある程度の岩盤ならば設置可能な汎用性が魅力的だった。自動で発火用の炸薬が穴を掘り、仕込まれたネットが広がって罠となる。  そのネットを作るのにクモの巣から抽出された糸が使われるのは常識だ。  ネットはツタの葉と共に作られ、あらゆる衝撃に強い……そこまで思い出してト=サンは得心に頷いた。 「なるほど、ごくごく普通の蜘蛛でさえ、耐火性能に優れたネットの材料となる糸を吐く」 「そゆこと。ましてモンスター、影蜘蛛ならどんな糸を吐くやら……ってね」 「興味深い話だな」  そう言ってト=サンは、剣を構えたまま盾を装着する右手で懐からタバコを取り出す。それをくわえて火を付け、擦ったマッチをそのまま足元へと落とした。  縦横無尽に走る影蜘蛛の白い糸は、ジュウとたちまちマッチの火を消してしまう。 「ほう、不燃性らしいが……これで溶岩を?」 「ありえない話じゃない。巣はここだけじゃないかもってこと」 「なるほど、もっと火口寄りの場所にも、もしや」 「そんなことよりト=サン。……何かこう、聞こえない?」  意外なノエルの言葉に、ト=サンは耳を澄ませる。  ノエルはドンドルマ生まれのドンドルマ育ち、生粋の一流ハンターだ。その研ぎ澄まされた聴覚は、狩場で何一つ聞き逃さない。その彼女が言う音を、ト=サンもまた拾った。 「……人の声が聞こえるな。何か唸るような、悶えるような」 「ほら、見てあそこ。剣が落ちてる。となると……上か」  ノエルが形良いおとがいをしゃくる方へと、ト=サンは視線を滑らせる。  この区画の片隅に、見るも巨大な蛮刀が突き立っていた。その鮮やかな空色は恐らく、蒼火竜の素材で作られたのだろう。だが、刀剣というよりは大鉈に近い形状のそれは、身の丈よりも長大だ。恐らく振るう者を選ぶであろう重さは想像だに難くない。  確かオベリオンと呼ばれる希少な大剣だ。  そして、その剣の上から声がするので、自然と二人は顔を上げる。  そこには、蜘蛛の糸でがんじがらめに逆さ吊りのハンターが……眠っていた。 「ムニャ……うふ、あはは……もぉ、駄目ッスよぉ……アーくんもセレスたんも、ほらほら順番に……ほぉら、お口で……あーんッスよう」  寝言を呟きながら、一人の女がぶら下がっていた。ゲリョスたちと一緒に。  グラビド系の防具に身を固めたその姿を見上げて、ノエルが露骨に嫌そうな顔をした。 「知り合いか? ノエル」 「残念ながら、ね」  ノエルは足元を見回し、石ころを拾う。それを片手でひょいと宙空の女へ投げつけた。  かこーん、とグラビモスの硬い甲殻に音が響いて、 「ウニャ? あ、あれ? 夢ッスかぁ。そッスよね、自分は未成年とはプラトニックなお付き合いスから。あんなこと夢でしか……おろ?」  どんな夢を見ていたのやら、眠そうな目を瞬かせて女は目を覚ました。  ノエルは肩を竦めつつ、弓をたたむや腰に手を当て語りかける。 「おはよ、クイント。アンタ、なにやってんの? そゆ趣味? 新しい遊び?」 「お、その声はノエルっち! 久しぶりッス!」  どうやら女の名はクイントというらしい。 「いやあ、ネルスキュラ? ってのを討伐に来たんスけど……聞いてくれッス、ノエルっち」 「やだ」 「そもそも自分、どーして大老殿をクビになったかってーと、これが聞くも涙語るも涙で」 「やだって言ったし! ……事情はおおまかに聞いてるよ。それより」  ノエルは渋々という感じで再び弓を展開、素早く頭上の糸を矢で射抜いた。  それで自由落下してくるクイントを、慌ててト=サンが受け止めてやる。  ト=サンの腕に抱かれたクイントは重かったが、グルグル巻きのまましばしぽーっと見つめてきた。よく見れば愛嬌のある顔で、美人ではないが可愛げがあるとも言えた。 「……ウホッ! いい男! ノエルっち、誰スかこのイケメン。ノエルっちの男スか?」 「まーたそういうこと言う。ちっ、ちち、違うから! アタシ、そゆの、よく、わかんないし」 「ってことは、フリーのイケメンなんスね」  ニヤニヤとしまらない顔になるクイントから、とりあえずネバつく糸を取ってやる。  だが、丈夫な糸の切断はなかなか上手く進まず、ト=サンのハンターナイフも糸を引きばかりでさっぱり切れない。  それなのにクイントは妙に嬉しげで、熱っぽい色目を使ってくるのだ。 「イケメンの人、お名前はなんてゆースか?」 「俺か? 俺の名は……ト=サンとでも呼んでくれ」 「ほいほい! じゃあ、ト=サン。今夜一晩、どスか?」 「どう、というのは」 「自分、尽くすタイプなんスよ。だからこう、挿しつ挿されつ……みたいな。ねっちりねっぷり愛を育まないかって話なんスけど」 「すまない、無理だ」 「断られた! しかも、駄目とか嫌とかじゃなく無理って言われたス……凹むッス〜」  思わずノエルが笑いを噛み殺し、それでも耐えられないのかくの字に身体を折り曲げた。  この変態極まる場違いハンターについて、ト=サンはもっと説明が欲しいところだったが……作業がはかどらない上に、意味もなくクイントには失望される始末。  やれやれとくわえタバコを捨てて、ト=サンはため息を一つ。  その時、背後に強烈な殺気を感じて、クイントを突き飛ばすと同時にト=サンは振り返った。既に腰の片手剣は引き抜かれている。錆びてぶら下がる方ではない、今日は愛用の中から選んで持ち出したポイズンタバルジンだ。  だが、既に弓を構えたノエルが息を飲んだ。  同時に、醜悪な八本足が突如としてト=サンの前に降ってきた。