巨大な毒蜘蛛が目の前にそびえ立っていた。  影蜘蛛ネルスキュラが、耳障りなノイズを奏でながら多足でにじり寄ってくる。サンクを抱えたまま、飛竜の卵を運ぶ要領でト=サンは走った。  その背を援護してくれるノエルの矢が、意外なことにネルスキュラの表面で弾かれる。 「うそっ! 何アレ……ぶよん、って感じで弾いた! 硬い肉質じゃないのに!」  ノエルの悲鳴に振り返って、ト=サンは見た……ネルスキュラはその全身を、狩ったゲリョスの表皮で覆っているのだ。あたかも、モンスターハンターが狩った獲物の素材で武具を作って身にまとうように……ネルスキュラもまた、この地底洞窟のハンターだった。  ハンターVSハンターの戦いが、静かに火蓋を切って落とされた。 「みんな、気をつけるッスよ! あの糸にやられると自分みたいになっちゃうス」 「なるほど、では避けるか」  ト=サンはジグザグに走って、投擲される糸の固まりを避けた。  その走る軌跡をなぞるように、何度も何度も糸が着弾して白く積もってゆく。狡猾なネルスキュラはこうして、獲物の逃げる範囲をどんどん狭めているのだとト=サンは察した。とすれば、逃げるほどに追い込まれてゆく。  その時、悲鳴があがった。 「しまった! くっ、糸が……でもっ、ト=サン! 今のうちにクイントと逃げてっ!」  見ればノエルが、糸に捕まり上体をくねらせ立ち止まっていた。  その体は糸を手繰るネルスキュラへと、徐々に吸い込まれてゆく。 「ノ、ノエルーっち! あわわ、ト=サン! ノエルっちを助けるスよ」 「無論だ。ここで下ろすぞ、いいな」 「あ、待って欲しいス! ……なんか、食べ物持ってないスか?」  地面へと転がされたクイントは、突然妙なことを言い出した。  逃げるにしてもスタミナは必要かと思ったが、あいにくと急いで出てきたのでこんがり肉の持ち合わせはない。あったとしても、両手の塞がったクイントに悠長に食べさせてる余裕はなかった。  咄嗟にト=サンはポーチを探り、モスジャーキーを取り出す。 「あっ、そそ、それはっ! 珍味、モスジャーキー! ほ、欲しいッス!」  ハッハッハと、舌を出しながらアーンとクイントが大口を開く。  その口にモスジャーキーを放り込むと、抜刀と同時にト=サンは走り出した。  馳せる疾風と化して、見えないネルスキュラの糸を両断する。  どうやらネルスキュラの糸には、粘着性の高い糸とそうでない糸があるらしい。そういえば普通の蜘蛛も、巣を作る糸は縦糸と横糸で違うものを用いると聞いたことがあった。手繰る糸まで粘っては、確かにネルスキュラもやりにくいだろう。  間一髪でノエルを救ったト=サンだったが、 「くっ、この距離……!」  すぐ目の前で両顎を左右に大きく展開するネルスキュラが迫る。  辛うじてガードしたものの、大きく吹き飛ばされて地面を削るト=サン。  その時にはもう、ネルスキュラは側面へとガサゴソ回りこんで、次の一撃をねじ込んでくる。尾の毒針が繰り出されて、慌てて転がるト=サン。その行く手を先ほど吐き出されてばらまかれた糸の固まりが塞いでいた。  これ以上は回避行動も取れない場所へとト=サンを追い詰め、じりじりとネルスキュラが迫る。絶体絶命かと思われた時、意外な声が響いた。 「っしゃ、お肉パワー、チャージ完了ッス! うぎぎぎぎぎ……ぬがーっ!」  立ち上がったクイントが、なんと内側からパワーで蜘蛛の糸を引きちぎった。なんたる膂力、胆力と驚くト=サンだったが、それだけでクイントは終わらなかった。  自由になるや、ノエルに駆け寄りその糸も素手で引き千切る。  人間業ではない、常識を外れた怪力に驚くト=サンだったが、それはネルスキュラも同じようだった。振り向いたネルスキュラの動きが止まった、その一瞬の間隙にト=サンが躍動する。 「その隙は……逃さんっ!」  素早く踏み込んで一閃、胴体から体液が飛び散る中で機敏な一撃に追加をお見舞いする。  真っ直ぐ横一文字に斬り裂いたその傷口へと、着火した小タル爆弾をねじ込んだ。次の瞬間には前転で飛び退き、背後で小さな爆発音と絶叫を聞く。  初めてのダメージにネルスキュラが大きく身を揺らして悲鳴をあげていた。  ここが勝機と畳み掛けるハンターたち。 「クイント、できるなら最初からやれっての!」 「いやあ、お腹へってて無理だったスよ。でも、愛のモスジャーキーが効いたッスね!」 「……愛は全くないが」  三者は三様に武器を構える。オベリオンを拾い上げたクイントも、ズシャリと巨大な刀身を振りかぶった。グラビド系防具に大剣というのは、組み合わせとしてはミスマッチに過ぎたが……その屈強な防御力は信頼に値する。  何より、剣を持った瞬間クイントの顔つきが変わった。 「ノエルっち、援護よろしく! ト=サン、行くッスよ!」  鎧の重さを全く感じさせず、猛スピードでクイントが走り出す。  さながら撃ちだされた砲弾のように。  慌てて追いかけるト=サンを引き剥がして、あっという間にクイントはネルスキュラへと吸い込まれた。ネルスキュラすら反応できぬスピードで、振りかぶった大剣を叩きつける。  再度、絶叫。  紫色の体液をまき散らして、身悶えながらネルスキュラが下がる。  さらなる追撃を振り回したクイントの、その一撃を避けつつ回りこむト=サン。その手にポイズンタバルジンが鈍く光る。縦に振り下ろした手斧が甲殻を断ち割った。  だが―― 「……ふぅ。腹ぁ減ったッスー! やっぱりモスジャーキーじゃ、これ以上は力が出ないスよぅ……」  サンクは横薙ぎに大剣を振り回した勢いで、そのまま刃の重さでグルグル回りながらストンと尻もちを突いた。  慌てて矢を射るノエルがフォローに回る。 「ちょっとちょっと、クイント!? もう仕事終わり? まだ狩りは始まったばかりだよっ!」 「もう終わりッスー……ノエルっち、お肉とか持ってないスかぁ?」 「思い出した……こいつ、超燃費悪いんだった!」  その時、天井へと糸を投げてネルスキュラが飛んだ。  自分を振り子のように揺らしながら、糸から糸へと飛んで逃げようとする。  その隙を逃すト=サンではなかった。 「クイント、と言ったな。酒は?」 「大好きッス!」 「なら、今夜付き合え。おごろう。……俺も、飛ぶぞ」 「……お? おお! 朝まで付き合うッス! 意図は承知ッスよ!」  真っ直ぐネルスキュラへと走るト=サンの前で、クイントが手の指を組み「さあこいッス!」と待ち受けた。ト=サンはクイントを踏み台に、ありったけの筋力で打ち上げられる。その先にもう、ゲリョスの皮をかぶった刺々しいネルスキュラの背中。  そのまま飛び乗り、ト=サンの一撃がネルスキュラを叩き落とす。 「乗った! 乗ったッス! ノエルっち、今がチャンス」 「待って、ここはト=サンにまかせて……今のうちに罠! クイントはほら、武器を研ぐ!」  仲間たちの声を聞きながら、暴れるネルスキュラの背中でト=サンはポイズンタバルジンを振るう。力任せにト=サンを振り落とそうとするネルスキュラの動きは、次第に散漫になって鎮まっていった。  これぞ好機と、ト=サンは両手で手斧を握りなおして一撃を振り下ろす。  それが効いたのか、ひときわ甲高く鳴いたネルスキュラが横転した。  次の瞬間にはもう、罠で退路を断ったノエルの弓から矢が飛来する。 「ゲリョ皮さえ引剥がされたら……もう、蜂の巣だよっ!」  ト=サンの攻撃でゴム質の皮を剥がされた傷へと、無数の矢が突き立った。  さらに暴れるネルスキュラが罠へと転げ落ちたところで、ト=サンはポーチから出した捕獲用麻酔玉を放る。ここに今、火山に巣食う影蜘蛛は捕獲されたのだった。