ナグリ村は活気に湧いていた。  長らく影蜘蛛ネルスキュラの巣に塞がれていた、溶岩の流れが復活したのだ。それは同時に、ナグリ村の鉄鋼業が復活したことを意味している。村中の溶鉱炉が灼けた鉄を生み出し、煙突という煙突が黒い煙をもくもくと歌った。  今、ナグリ村は最盛期の姿を取り戻していた。  そんな中、賓客として歓待を受けるオルカたち我らの団は、助っ人として呼ばれた筆頭代理チームと共に卓を囲んでいた。テーブルには所狭しと料理が並び、誰の手にも酒を満たしたジョッキがある。 「っしゃあ、それじゃあ自己紹介も終わったところで……乾杯ッス〜!」  誰もがガラスとガラスをぶつけあって、中の酒を僅かに宙に舞わせる。  そのまま宴会へと突入した中、オルカは冷えたエールで喉を潤した。そしてそのまま料理を取り分けつつ、周囲の仲間たちを見やる。誰もが皆、いい笑顔だ。 「クイント、お肉取り過ぎです! それはエルが目をつけてたお肉なのです」 「なーに言ってるんスかー、早い者勝ちッスよぅ! あーんむ……ん、んぅ……うめえッス!」  エルグリーズはすぐにみんなと打ち解け、ことさらクイントとは意気投合してしまった。聞けば二人とも、同じ身の上の身体らしい。つまり、クイントもまた雌雄同体の不思議な存在なのだった。  そして、首を巡らせれば兄のイサナはアズラエルやキヨノブと何やら話し込んでいる。生真面目でめったに笑わない兄の笑顔に、自然とオルカも頬が綻んだ。  不意に肩をポンと叩かれたのは、そんな時だった。 「えっと、オルカ君、だっけ? 隣、いいかな?」 「あ、どうぞ……ラケルさん」  隣に座った美女は、筆頭ガンナー代理のラケルだ。傭兵団《鉄騎》の人間だとも聞いているが、正直オルカにはピンとこない。ただ、今は簡素なシャツにキュロットスカートの彼女が、凄腕のガンナーだということはわかる。  相手の力量が察すれる程度には、オルカも熟練ハンターの域に近づきつつあった。 「テツカブラを狩ったんだって? 素材使うなら脚用の防具がオススメだよ」 「あ、それが実は……」 「強靭な鬼蛙の胆力が宿るのか、耐久性に優れる上に……不思議な力があるって噂だからね」 「それなんですが、俺はあの時――」 「胴の防具に宿る力を倍加するとかなんとか……ま、眉唾ものだけど。ん?」  オルカにお構いなしに、ラケルはしゃべり続けながらも酒を飲んで料理を食べ続ける。どうも、こうした宴会やパーティに随分と慣れているようだった。  ようやく会話の主導権を奪い返すと、オルカはおずおずと切り出した。 「その、討伐に夢中で……あと、兄との再会にびっくりで。剥ぎ取り、忘れてしまって」 「またまたぁ! ……ホント?」 「ええ、本当に」 「……ま、まぁ、テツカブラって珍しいモンスターじゃないから! う、うん」  フォローに苦笑いのラケルは、バシバシと背中を叩いてくる。  同時に、ぐっと顔を近付け耳元に囁いてきた。 「でも、いい腕してるねオルカ。どう? うちら《鉄騎》で働いてみない? 今ならすぐさま百人隊長待遇で迎えるけど?」 「……それが目的で?」 「ふふ、まさか。冗談だよ、冗談」  だが、その真意が知れないまま、熱い吐息だけがうなじをかすめる。  ラケルは微笑み離れたが、目元は笑っていなかった。  そういう時は直球勝負、それしか知らないオルカはどうにか言葉を紡ぐ。 「えっと、それはお断りします。それより……どうしてラケルさんたちは別行動を?」 「ああ、その話。筆頭チーム自体が今、ちょっと面倒な案件にかかりっきりでね」 「面倒な案件?」  ラケルはグイと酒を飲み干し、周囲の喧騒を見渡す。  向こうのテーブルではト=サンがミラと食事をとっていたし、世話をするノエルも楽しそうだ。何故か何故だかエルグリーズとクイントは互いに脱ぎ出し肉体美自慢を始めたが、誰も止めるものはいない。相変わらずアズラエルたちは昔話に花を咲かせているようだった。  誰も今、オルカに注意を向けていない。  そのことを確認してから、ラケルは声を潜めた。 「オルカ、狩場で変なモンスターに会ったことはないかい? 例えば……普段とは明らかに異質な雰囲気のモンスター。ババコンガとかリオレイアでもいいんだ」 「……ちょっと抽象的な話です、けど」 「んー、詳しくはまだ言えない」  だが、ラケルの表情が真剣なので、オルカも真面目に記憶を掘り返してみる。 「そういえば……俺が直接遭遇した訳ではないけど、妙なイャンクックが出たって。バルバレの平原遺跡、その奥の樹海で」 「どういう風に妙だった?」 「エルの話だと、こう、挙動が不審で好戦的で……口から黒い煙? を吐き出してたって」  その時オルカは見てしまった。  ラケルの瞳の色が変わるのを。 「ありがと、平原遺跡の奥の樹海だね?」 「え、ええ。詳しくはエルに聞けば……」  そう言って首を巡らせ、今自分が言ったことが不可能だとオルカは悟った。 「エルの方がくびれてますー! どー見たってエルの方がボインですー!」 「なーに言ってるスかあ、自分の方がダイナマイトバディなんスから!」  見たくもないそれは、裸婦と裸婦が意地の張り合いをしていた。双方、完全に泥酔している。既に上半身を脱ぎ終えたエルグリーズとクイントは、互いにズボンに手をかけアズラエルにつまみ出されていた。  アズラエルときたら、二人の首根っこを掴むと、容赦なく部屋の外にぶん投げる。  一部始終を見ていたラケルは、昔話も一段落という感じのイサナに声をかける。 「筆頭リーダー代理! 明日の早朝にバルバレへ戻ろう。恐らく、ビンゴだ」  ラケルの声に、オルカは初めて見る。  穏やかな表情だったイサナが、緊張に顔を強張らせるのを。あんな顔をする兄を、今までオルカは一度も見たことがなかった。おおらかな兄はいつも、自分にこそ厳しい反面、和やかな場では静かに溶け込む男だったから。  自分でも周囲が驚くほどに気配を尖らせたことに気付いたのだろう。イサナは慌てて取り繕いつつ、「委細承知」と短く言葉を切った。 「どうした、イサナ。……やべぇ仕事か。お前たち筆頭代理チームの獲物ってのは」  心配そうにキヨノブが顔を覗き込んだ、その時にはもう普段のイサナに戻っている。  だが、目だけがまだ硬い光を灯していた。 「いえ、キヨノブ殿。これも御役目……大丈夫です。残念ですが私たちは明朝早くバルバレへ」 「なんだ、せっかく再会できたのに、か。まあいい、今夜は……飲もう」 「ええ、飲みましょう」  オルカはその時、不思議な感覚に心胆を寒からしめた。  まるでそう、兄イサナの行く先になにかこう、言い知れぬ不安が待ち受けているような気がしたのだ。  だが、気のせいだと頭を振れば、村長との話し合いから戻ってきた団長の声が響く。 「我らが団のハンターたちよ! 聞いてくれ! ……船を作って海を渡るぞ!」  周囲から、おおーと歓声があがる。  団長はまるで無邪気な子供のように、全身を使って大洋への進出を熱心に語っていた。オルカたちの旅は新たな局面を迎えようとしていたが、同時に不穏な影が忍び寄る。その気配を予感してか、オルカは新たな冒険の場への好奇心よりも、胸騒ぎにばかり気を取られた。 「さすが団長さんですっ! エル、感激しました!」 「くーっ、自分も行きたいッス! けど、自分は筆頭ルーキー代理! ここでお別れスねえ」  戻ってきた半裸のエルグリーズとクイントに抱きつかれ、ガハハと豪快に団長が笑う。  宴の夜はこうして賑やかに更けてゆくのだった。