どうにかバルバレへと難を逃れたハンターたちは、誰もが皆押し黙った。  既に黒触竜ゴア・マガラの脅威は、誰の目にも明らかだったからだ。その上で今、大事な仲間の筆頭オトモがさらわれてしまった。正確には、一緒に行ってしまった。  だが、負傷者を抱えたハンターたちは、すぐには追うことができなかったのだ。  バルバレの小さな集会所に集まり、誰もが言うべき言葉を探しては口を噤む。 「……私はユキカゼを探してきます。こうしていてもしかたがないので」 「アズさん! ……少し、様子を見よう。せめて、クイントさんの容態が落ち着くまで」  逸るアズラエルを止めつつ、内心ではオルカも焦れていた。  先ほど兄やラケルたちに担がれて、クイントはうんうん唸りながら治療に運ばれていった。せめて、その容態と一緒にゴア・マガラの情報を整理してから、狩りに出たい。  モンスターハンターにとって最も恐るべきことは、無知……そして無関心だ。  あのアズラエルが、焦るあまりにそれを軽んじようとしている。  もっとも、この氷河のような美丈夫は、内にマグマのような熱さをも秘めている……それがオルカにはわかる。しかし、今は自分同様に自制してもらわねばならない。  そうこうしていると、チコ村に残してきた他の仲間たちも追い付いてきたようだった。 「大変だったな、オルカ」 「ト=サンさん……そちらは」 「大丈夫だ、船の修理も終えたし、全員で合流できた、が……」  ト=サンの脚には今、相変わらずミラがべったりとしがみついている。ト=サンはその頭を撫でながら、うつむき加減に口を閉ざした。  なにかあったのかとオルカが怪訝に思った、その時だった。  不意にゴワンゴワンと、鍋をおたまでブッ叩く音が集会所に響いた。  振り返ればそこには、エルグリーズが仁王立ちしている。 「みなさーん、ごはんですっ! 今日はエルとノエルで用意しましたーっ!」  この非常時に呑気なことで、ノエルはテーブルへと料理を並べている。  大抵の場合、ハンターは狩りの出発前に腹ごしらえをすることになっていた。いざ狩場に出ようものなら、ベースキャンプでさえまともに料理されたものは口にできないからだ。現地で調達した肉も焼けば美味いが、元気ドリンコで空腹をごまかしたり、非常に味気ない携帯食料を詰め込むしかないのだ。  だからこそ、ハンターは集会所での食事で英気を養い、己を奮い立たせるのだ。 「オルカッ! アズもです! さあ、みんなでごはんにしましょー」 「エル……」 「これは、参りましたね」  ジンジャベルも支度を手伝い始めたらしく、一気にテーブルのまわりが賑やかになってくる。湯気をあげる肉や魚が持ち込まれ、どの茶碗にも大盛りに炊いた飯がよそわれていた。  ト=サンはポン、とオルカの背を叩き、ミラを連れてテーブルへと歩く。  その背を見送っていると、隣で僅かにアズラエルが表情をゆるめた。  一見しての無表情なのだが、オルカにはその眉根が僅かに下がったのがみとめられた。 「オルカ様。私は少し焦っていたようです……食事にしましょうか」 「そうだね、アズさん。そろそろ兄さんやラケルさんも戻ってくるだろうし」 「クイント様は、あれは大丈夫でしょう。殺しても死なないタイプの人ですから」 「はは、そっか。アズさんは付き合いが長いもんね」 「残念ながら」  そんな言葉のやりとりをしながら、オルカとアズラエルも席につく。  全員に皿が行き渡ったところで、誰もが料理を取り分けようとテーブルの中央へ手を伸ばした。たちまち肉も魚も骨ばかりになり、慌ててノエルが次の料理を受け取りに厨房へと走ってゆく。  オルカは仲間たちの頼もしい食いっぷりを見やる一方で、そっとノエルの分を取り分けた。  そんな時「食事中であったか」と、イサナが集会所に戻ってきた。  その顔はゴア・マガラとの遭遇戦の連続で疲れた様子だったが、そこはドンドルマでも鍛えた名うての狩人……そんな素振りを微塵もみせない。 「兄さん! その、クイントさんは」 「ああ、命に大事はない。なに、殺しても死ぬような御仁ではないゆえな」  アズラエルと同じ評価が口から飛び出て、しかもそれはどうやら褒め言葉らしい。なにはともあれ、オルカが席を進めるとイサナは隣のスペースに座った。たちまち熱々の第二波が山盛りでテーブルへと襲来し、皆の箸と箸とがそこかしこを行き交う。  そんな中、オルカは給仕に忙しいノエルに取り分けた皿を渡しつつ、 「それで、兄さん。ゴア・マガラの情報が欲しいんだ。全部、事細かく」 「……あれを狩る気か、オルカ」 「ユキカゼを助けなきゃ。彼はアズさんのオトモである前に、俺の古い友人でもあるから」 「ふむ」  おかわりを求める茶碗が交差する中、せっせと箸を動かしながらイサナは語り出す。  黒触竜ゴア・マガラ……その生態について知られている事実は少ない。ただ、ひどく好戦的である点や、狂竜ウィルスをばらまく習性が最近は知られてきた。強靭な四肢とは別個の、独立した翼を持つが古龍種ではないらしい。その証拠に、古龍種ならば圧倒的な質量と俊敏性で無効化する罠、落とし穴やシビレ罠にゴア・マガラは捕まるという。 「あとは、そうだな。閃光玉や音爆弾は効果がない。視覚も聴覚も用いず、こちらを察知しているように私は感じたが。ラケル殿やクイント殿も、同様の意見のようだった」 「なるほど。……フルフルみたいなもんなのかな?」 「そうやもしれぬ、が……やはり狂竜ウィルスは脅威。克服できればいいが、さもなくば」 「手負いの傷が致命打となりかねない。確かに恐ろしい相手だ」  オルカが簡潔にイサナの言葉をまとめて呟くと、周囲は押し黙ってしまった。  だが、ダン! と勢い良く椅子を蹴って、エルグリーズが立ち上がる。 「ふぁほ! ふぁふ、はふふん! ふぁごふぁご、ふぁーふーふ!」 「エル……食べ終えてから喋ってよ、もう」  苦笑するオルカの目には今、テーブルの対岸でもぎゅもぎゅと口を動かすエルグリーズの姿があった。彼女は、ようやくゴクンと喉を鳴らすと、一息ついて喋り出す。 「エルが先陣を切るです! お任せくださいですよっ。だいじょーぶです、エルは狂竜ウィルスには負けませんから! ……多分、エルにはあれは……効かないですっ!」  彼女の言う、狂竜ウィルス無効化の理由をオルカは知っている。  というか、エルグリーズが他の人間とは違うということを知っている。  だが、それをみだりに口に出したりはしない。  ただ、彼女はそそっかしくて頼りない面もあるが、アタッカーとしては申し分ない攻撃的なハンターだった。なにより、その常識はずれの膂力と胆力が必要になるだろう。  オルカが考えこんでいると、サラダのおかわりを運んでくるノエルも言葉を続ける。 「オルカとアズラエルも行くんだろう? だったら、あとはアタシで決まりじゃない? ほら、ガンナーがいると便利だろうし。援護射撃は任せなって」  ふむ、とオルカは唸る。  ジンジャベルはまだ連れまわすには経験不足が不安だったし、ト=サンは今日の救出劇で岩盤の爆破と退路確保に汗を流してもらった。自分やアズラエルも一戦交えた後だったが、そこまでの疲労も負傷もない。なにより、ゴア・マガラとの戦闘経験者が優先して出た方がいいだろう。  オルカは無言の視線でアズラエルに意見を求める。 「確かに射手が一人いてくれると助かりますね」  静かに食事を終えたアズラエルは、お茶を飲みながら立ち上がった。  その姿にパチンとノエルが指を鳴らす。 「そうこなくっちゃ! わかってるじゃん、アズラエル」 「麻痺攻撃での援護をよろしくお願いします」 「あ、はい……え、えっと、一応聞くけど……他には」 「毒も効くかどうか分かりませんが、試してみてはいかがでしょうか。あとは」 「あー、はいはい! わかったわかった。麻痺ビンと毒ビンの使える弓を用意しとくよ」  アズラエルには実際的に過ぎる側面があったが、それを元から承知のノエルは笑って了承した。それに、麻痺だ毒だと仕事をこなして、それで終わりでいられるほど彼女はおとなしくはない。  そうと決まれば話は早かった。 「よし、そのメンバーで行こう! ……奴はまだこの近くにいる。きっとユキカゼが信号を打ち上げて教えてくれる筈」  オルカは三人の仲間たちと一緒に、ゴア・マガラの狩猟へと席を立った。