見慣れた平原遺跡も、今は暗雲立ち込め荒涼たる雰囲気を広げている。  オルカはしばし迷ったが、スラッシュアクスではなく操虫棍を手に狩場へと赴いていた。猟虫のクガネが今も、消えた黒触竜ゴア・マガラの気配を探っていた。  先ほど、筆頭オトモのユキカゼが発煙弾で場所を知らせてきたのが、この平原遺跡だ。  ピコンピコンと独特の刺激音に空気を震わせ、赤い煙が空にあがってから随分経つ。 「ユキカゼからの信号があったのは、この辺りですね」  隣を歩くアズラエルは、相変わらずランスを背負って無表情だ。だが、その横顔にはわずかに、ユキカゼを案ずる気持ちをオルカは拾うことができる。  この不器用な美青年は、決して直情的に感情を表すことはない。  だが、まるで滲み出るようにその機微が伝わることは少なくなかった。 「大丈夫だよ、アズさん」 「なにがですか? オルカ様」 「ユキカゼのこと、心配なんだろ? ああ見えても筆頭オトモ、しっかりしてるし大丈夫」 「はぁ。まあ、私は別に……でも、無事であるにこしたことはないですね」  素っ気ない言葉を返して、なだらかな傾斜をアズラエルは下ってゆく。  ところどころに煉瓦色の段差が突き出て、この場所がかつて栄華を極めた都であったことを物語っている。しかし、その栄枯盛衰も今は昔……この星の大自然は、旧世紀の人類の英知すらも、そのふところに飲み込もうとしていた。  今という時代が降り積もった狩場を、オルカもまたアズラエルを追って続く。  その時、背後で声が二人を呼び止めた。 「待って、二人共。エルがまだベースキャンプから出てこないんだ」  矢筒に鏃をガチャガチャ言わせながら、ノエルがポーチのビンを確認しつつ歩いてくる。  彼女は段差をポンと軽快な足取りで超えると、二人の前で立ち止まった。  どうやらノエルが言うには、エルグリーズがまだベースキャンプにいるらしい。 「あれ、エルはまだ? どうしたんだろ」 「おおかた、支給品でもポーチに詰めているんでしょう」  オルカとアズラエルが互いを見やって肩を竦める。  そのやりとりは当たらずとも遠からずといったとこで、ノエルも「まあね」と苦笑を零す。 「アタシは急げって言ったんだけど、支給品をせっせと集めててさ。先に行くよって、一応言ってきたけど」 「はは、エルらしいや」 「おおかた、携帯食料でも頬張っているんでしょう。エル様は大食らいですから」  そんな言葉のやりとりを打ち切って、アズラエルは我関せずと歩き出す。  慌ててノエルがその背へと呼びかけたが、オルカは構わず見送る。 「あとで合流しよう、アズさん! 無茶はしないようにしよう、お互い」 「ええ。見つけたら発煙弾で知らせますので」 「うん」  短いやりとりを切り上げると、アズラエルは行ってしまった。  ランスを背負った長身の背が、みるみる草原の向こうへと小さくなってゆく。見送るノエルは、腰に手を当て溜息を零した。 「エルを待って、まとまって動いたほうが安全なのに。もう、アズラエルめっ」 「まぁまぁ、ノエル。アズさんはさ、本当は心配なんだと思う」 「ユキカゼのこと?」 「うん。ユクモ村からずっと一緒のオトモだから」 「そっか」  そうこうしていると、背後で妙に呑気な声がようやく追い付いてきた。  肩越しに振り返れば、エルグリーズがぽてぽてと駆けてくる。身銭を切ったのか、今日の彼女はハンターシリーズの防具に身を固めていた。背には相変わらず、錆だらけの巨大な剣を背負っている。 「おまたせしましたーっ! オルカ、ノエルも! ……あれ? あれれ? アズは」 「アズさんなら先に行ったよ」 「もーっ、エル? なにしてたのさ」  エルグリーズはノエルの問にも悪びれずに、パンパンに膨らんだアイテムポーチを開く。  そうして中から取り出した応急薬と携帯食料を、これでもかとオルカとノエルに押し付けてきた。 「みんな、支給品忘れてますっ! これ、凄く大事な物ですよ?」 「え? あ、ああ」 「うん、まあ、ね」  言われるままにオルカは受け取り、ノエルも迷った様子でそれを手に取った。  熟練の狩人の中には、あえて支給品を取らない者が多い。それは、すでに狩りに持ち込んだ自前のアイテムで、ポーチが満杯なことが多いからだ。僅かばかりの応急薬や携帯食料よりも、調合用に持ち込むトラップツールやネットの方が有効な時もある。  それに、支給品は戦闘不能になってベースキャンプ送りになった仲間のために残すということも少なくなかった。  だが、エルグリーズにはどうやらあまりそういったことは気にならないらしい。 「よしっ、これで準備オッケーですねっ! 行きましょう、オルカ! ノエルも!」  支給品を配り終えたエルグリーズは、意気揚々と歩き出す。  やれやれと思いつつ、どこか憎めないのも正直な気持ちで、オルカはノエルと共にその背を追う。自然と三人は、アズラエルを追いかける形で狩場へと本格的に進んでいった。  空は低く、雲が垂れ込めるように北の空へと吸い込まれてゆく。  今にも一雨きそうな天気だが、不思議と渇いた空気がピリピリと肌を刺すよう。  薄暗い平原遺跡は、いつもの豊かな狩場の顔をひそめてしまっていた。  そのことを真っ先に口にしたのは、ノエルだった。 「いやしかし、嫌な雲行きだね……さっきの話を思い出しちゃう」  ノエルは麻痺ビンを弓に装填すると、再びたたんで背負いながら呟く。 「さっきの話? って」 「あ、いや、出掛けにト=サンと話してたんだけどね。ゴア・マガラのことを少し」  ノエルは聞き返したオルカを心配させないように、勝ち気な笑顔を作って語り出す。 「色々とト=サンなりに、ゴア・マガラのことを分析してたみたいで……流石だね、狩り慣れてるハンターは違うよ」 「うん。俺も頼りにしてる」 「でも、その時なんだ。ト=サンにひっついてる、あの子……ミラが」 「ミラが?」  そういえば最近、ずっとあのミラという少女はト=サンにべったりだ。勿論、オルカや旅団の仲間たちにも慣れてきたし、ジンジャベルと一緒に細々とした仕事の手伝いもしてくれる。だが、不思議と彼女はト=サンに一番懐いており、時には側を離れないのだ。  そんなミラがなにを言ったというのだろう? 「ミラがね、言うんだ……闇を呼ばせては駄目、って」 「闇を? それは」 「わかんない。子供の言うことだしね。ただ、ゴア・マガラと関係あるのかな、って」 「闇を呼ばせては駄目、か……うーん」  オルカにも言葉の真意はわからず、意味もはかりかねる。  だが、思案にふける二人に、先を歩くエルグリーズが振り返った。 「それって多分、ミラが優しいのです! 暗くなるな、って励ましてくれてるんですよっ!」  ――そうだろうか?  確かに子供の言うこと、いちいち真面目に悩んでもいられない。  だが、この天候を見上げてオルカは不安を感じずにはいられなかった。  そんな時、暗雲を切り裂いて青色の煙幕弾が空に昇った。耳をつんざく破裂音が木霊する。 「この色は……アズさんだっ!」 「どうやらゴア・マガラを見つけたみたいだね。行こうっ!」 「わわっ、待ってくださーいっ!」  三人のハンターたちは走り出した。  雲が強風に吸い込まれて流れゆく先、掻き消える煙幕の煙の向こう側を目指して。