黒触竜ゴア・マガラはついにオルカたち我らが団ハンターによって捕獲された。  今、英雄たちを迎えてバルバレの集会所は歓声と歓喜に包まれていた。その中心で喝采を浴びるオルカは、成し得た偉業よりも嬉しい光景に目を細める。  ゴア・マガラと共に行方不明だったユキカゼと再会して、心なしかアズラエルの無表情は普段よりも柔らかい。 「ユキカゼ、どこへ行ってたのですか。随分と探しましたよ。おかげでゴア・マガラと戦う羽目になりましたし」 「ごめんなさいニャア、旦那さん。ボク、遺跡平原のアイルー集落に立ち寄ってたんだニャ。あのゴア・マガラは、流石に筆頭オトモ一匹じゃ倒せニャい……仲間を集めてたニャ!」 「はあ……まあ、多少は頭が使えるようになったのですね、ユキカゼ」 「でもでも、駆けつけたらもう旦那さんたちがゴア・マガラを倒してたニャア」  執事猫のアルベリッヒたちや、モンニャン隊の仲間とも再会して、ユキカゼはこの場の全員から無事を祝われた。終いにはアイルーたちで胴上げが始まり、どうやら勇敢な筆頭オトモの空回りな伝説がまたひとつ産声をあげたようだった。きっと、ぽかぽか島の管理人アイルーが聞いたら、卒倒してしまうに違いない。  緊張感から開放されたオルカは、腕組み仲間たちの無事をしみじみと眺めていた。  すると、背後に気配が立ってポンと肩を叩かれる。 「無事だったか、オルカ。まずは一安心だな」  振り向けばそこには、ミラを連れたト=サンが立っていた。彼もまた、オルカたちの狩りのフォローに備えてくれていたのだろう。ジンジャベルも一緒で、我らが団の仲間たちは誰もが笑顔でオルカたちを出迎えてくれる。  ミラの無表情な仏頂面も、今日だけは心なしか温かみが感じられた。 「ト=サン、ありがとうございます。どうにか捕獲に成功しました」 「ああ。さっきラケルやイサナがギルドへと運んでいったよ。でかい獲物だったな」 「ええ……それに、恐ろしい相手でした。狂竜ウィルスもそうですが、その、今でも信じられません」  オルカは狩りの全てを克明に語った。  恐るべき未知の強敵、ゴア・マガラ……その脅威は、狂竜ウィルスをまき散らしながらオルカたち四人に迫った。  ――正確には、狩りそっちのけで採集に走っていたエルグリーズを襲ったのだ。  並みの飛竜を凌駕する知能に、俊敏さ、そして狡猾さ。モンスターハンターたちを知り尽くしたかのような挙動は、オルカたち四人を苦しめた。そして、周囲を瘴気で包んで天さえも黒く覆い……その身を変異させて襲ってきたのである。 「ほう、ゴア・マガラが変異を」 「ええ……突然頭部に角が生えたかと思うと、背中の副腕が翼のように。やはりあれは、古龍なのでしょうか? 四肢と独立した翼を持っているようにも見えました」 「それも、オルカたちが捕獲してくれた個体の研究が進めば明らかになるだろう。さ、飯を用意しておいた。あっちのテーブルではもう、エルが食い始めている」 「はは、相変わらずエルは元気だね……俺は流石に、あまり食欲が。まだ、生きてる実感がないというか」 「まあ、それでも勝利の美酒に酔うといい。さあ、行こう」  そう言ってトサンはアズラエルやノエルにも声をかけると、英雄たちを囲むバルバレの住民ごと、人の群れがテーブルへと移動を始める。その先ではもう、エルグリーズが大皿に盛られたエビやらカニやらに食らいついていた。  こうしてまた、平和な日常へと戻ってくることができた。  そう実感して安堵感に包まれるぐらい、ゴア・マガラとの死闘は常軌を逸していたのだ。  だが、ト=サンのあとを追おうとしたオルカは、不意にズボンをむんずと掴まれる。  視線を下へとやると、ミラが無言でオルカを見上げていた。 「どうしたんだい、ミラ。さ、一緒に行こう。今日はご馳走だ」  だが、オルカのズボンを掴んだまま、ミラは動こうとしない。  不思議に思ってオルカが屈み込むと、同じ高さに並べたミラの大きな瞳が見詰めてきた。その真っ黒な瞳は闇夜のようで、ともすればオルカは吸い込まれそうになる。  オルカを真っ直ぐ見据えて、瞬き一つせずにミラは言い放った。 「まだ、終わらないわ……黒衣の襲撃者は、いずれ――」  それだけ言うと、ミラは手を伸べるオルカの隣をすり抜け、ト=サンの方へと行ってしまった。宙へと手を彷徨わせつつ、苦笑しながらオルカは頭をバリボリと掻き毟る。  だが、不思議とミラの言葉は耳に残った。  ――まだ、終わらない。その意味とは?  子供の言うことはとりとめがないし、いちいち気にしてても仕方がない。そう思ってオルカも宴会の席に向かう。きっと、ミラの言いたかったことは……ゴア・マガラを倒しても旅は終わらない、オルカの狩猟生活は終わらないという意味だろうか。  そうだろうと自分に言い聞かせて、賑やかな人の輪にオルカは加わった。 「おお! おお! あんたがゴア・マガラを捕獲したハンターさんの一人かい!」 「いやあ、大手柄だね! 遺跡平原の一部は街道沿いだし、ワシらも気にしてたんだよ」 「世界中で初めてのゴア・マガラの狩猟達成だ、こいつはめでたいね!」  たちまちオルカへと酒が差し出され、誰もが瓶を手にさあさあと急かす。  とりあえずグラスを持ったその瞬間にはもう、オルカの杯にはなみなみと酒が注がれた。これが勝利の美酒というやつだろうか? なかなかに悪くないが、少し自分には大げさすぎて落ち着かない。  それでも、バルバレの民は遺跡平原を生活圏とする者も少なくないので、こうしてオルカに感謝の念を注がずにはいられないのだ。ちびちびと酒を舐めていると、オルカの皿には次々と熱々の料理が放り込まれる。ガーグァの丸焼きは香草のいい匂いがたまらないし、ハリマグロの唐揚げもゴロゴロとしててダイナミックだ。  腹が減ってるわけでもないが、食べれるときに食べるのがハンターのならいとあらば、オルカも食えるだけ食うことにやぶさかではない。  そう思って箸に手をつけた時、テーブルの向かい側で男が立ち上がった。 「いよぅし! 我らが団ハンターたちに再び、乾杯だっ! そして、明日から我らが団の旅も新たなステージへと入る……目指すは、幻と言われた竜人族の里、天空の村だ!」  そう言ってジョッキを高々と掲げるのは、我らが団の団長だ。  この不思議な男は、素性が知れない胡散臭さがあるのに、不思議とオルカたちモンスターハンターの心を惹きつける。そうして、狩人たちを新たな狩場へと誘うのだ。 「天空の村、か……ふむ」  オルカが食事の手を休めて、乾杯のために盃をかざす。  他の仲間たちも、周囲のバルバレの民と共に片手で各々のグラスを高々と掲げた。  もうエルグリーズはべろんべろんに酔っ払ってるようで、ゴキゲンの真っ赤な顔でデカいジョッキを振り回している。ミラと食事をとるト=サンも、ユキカゼで遊んでいるアズラエルも皆、くつろいだ様子だった。 「じゃー、エルがその、天空の村? に一番乗りします! 楽しみなのです……きっと、素敵なところだと思うのですっ!」 「ハッハッハ! エル、その前にまず旅団の船を改造しなくちゃな! なにせほら、天空の村だからよ。今度は空を飛べるように改造するんだ!」  豪気な団長の言葉に、ますますエルグリーズの表情が輝いていく。  オルカたちの旅はついに、天高く空の果てへと進もうとしていた。