天空山の小さく傾斜した道を、ト=サンたち四人が連なり駆けてゆく。  段差となっているところは人工物を思わせ、嘗てこの地になにかしらの文明があったことを示している。滅びてさらに時が過ぎ、風化の余りそれすら今は僅かに残るのみだ。 「あとはこの先だね、こっちは確か」 「先ほど少し採集に回りましたが、蔦で登らねばならぬ絶壁が待ち受けています」  ノエルの声に平然と、寧ろ平坦にアズラエルが応える。  二人共全力疾走だが、まだ呼吸が乱れるどころか普通に会話が可能だ。  だが、ト=サンは少し遅れ出したジンジャベルを気遣い、僅かに歩調を落とす。  次第に目の前の岩肌は切り立つ断崖へと変わり、不吉にもガブラスが影を落としていた。古龍の先触れと言われるガブラスは、ハンターたちの狩りの障害となる不吉な害獣だ。死肉を狙って喰らう狡猾さがあり、毒を吐き出してくることもある。  そのガブラスがいるということは―― 「この近くに古龍が……? いや、まずは先ほどのババコンガ捕獲が先だ」  そうして足を止めて、ト=サンは崖の上を見上げる。  茂った蔦を伝って上へと登れば、それほど苦労せずとも山頂付近へ向かえそうだ。  意を決して昇ることにした時、ようやくジンジャベルが追いついてきた。彼女はノエルやアズラエルといった仲間たちの背後で失速するように立ち止まり、膝に手を当て全身で呼吸を貪り始める。 「はっ、はあ! ひぃー、疲れたーっ! ……え、あ、お、おおう。の、昇るかあ……」  暫くして顔をあげたジンジャベルは、目の前の断崖を見上げて露骨に嫌そうな顔をした。まあ、無理もない……尋常ならざるババコンガと接敵遭遇して戦闘になり、乗りを狙って失敗した挙句、ペイントし忘れたので全エリアを走り回ったのだ。  そう、この天空山全域を駆け巡った……四人で。  この場合、本来ならば四人という頭数を活かして、手分けして探すのがよかったのだが。  アズラエルに半ば押し付けられるようにリーダーとされたト=サンは、言い知れぬ不安から団体行動を選択した。あのババコンガは狂竜ウィルス感染個体、そして金冠サイズ更新も夢ではない巨大さを持っている。  手負いの強敵との迂闊な遭遇は死を招く、その危険だけは避けねばならなかった。 「小休止だ。ベル、皆と一緒に少し休むといい。俺が見張りに――」 「だっ、だだだ、大丈夫! です! ボク、まだ走れるし登れるし、飛んだり跳ねたりだって」 「いいから休め。ベル、無理をすれば危険を招く。チーム全体の危険をな」 「あ……う、うん。ゴメン……」  気にせずト=サンは、ポンとジンジャベルの頭を撫でる。  ノエルは水筒を彼女に渡してやったし、どうやらアズラエルは率先して周囲を警戒してくれているようだった。だが、アズラエルもポーチから小袋を出して、中の干した果物を少し口に含む。  その時、突然四人の頭上をなにかが高速で通り過ぎた。  思わず身を固くするト=サン。アズラエルもすぐにヘヴィボウガンを展開した。疲労を隠さず、よたよたと立ち上がるジンジャベルのことは、さりげなくノエルがフォローしていた。 「……でかいな」 「ええ。間違いありません、飛竜でした。この辺りに生息する飛行可能な飛竜は、シナト村の話では確か」 「奴か」 「ですね」  ト=サンも視線を空へ彷徨わせたまま、腰の剣を抜く、が―― 「ト=サン様、またそちらを使うのですか? 役に立たないかと」 「ん? あ、ああ、そうだな」  咄嗟に抜き放ったのは、いつもただ持ち歩いてるだけの錆びついた例の片手剣だ。既に錆の固まりといっていいほどに風化して、切れ味などというものはもう存在しない。大地の結晶がもう少しあれば、一度研ぎに出してみようかと思っていたが……先ほどは意外な活躍を見せた。  ポイズンタバルジンを落とした直後とはいえ、ババコンガの猛攻を凌ぎ切ったのだ。  だが、今は必要ない……元に戻して、改めてポイズンタバルジンを手にするト=サン。  曇天に雲を重ねた空は、少し待ってみたが再度の影を落とさなかった。  どうやら、先ほどの飛竜は飛び去ったらしい。  だが、のんびり休憩しているのも危険なようだ。 「ごめんねー、ベル。あんま休んでられないみたい」 「確かに、リオレウスに乱入されたら面倒ですし。とっちらかっちゃいますよ、もうっ!」 「あー、リオレウス。言われてみれば、リオレウスかもね。そっか、レウスかあ」 「村の人が言ってました、結構大きめのレウスが何匹かいるって」  ふむ、と腕組み唸るノエルと、僅か一分にも満たぬ小休止でも呼吸を回復させたジンジャベル。二人が連れ立ってト=サンのところに来た時には、既にアズラエルは蔦を登り始めていた。  その危なげないクライミングを見上げながら、ト=サンも納刀と同時に後を追う。  蔦を登り始めて、ようやくト=サンも疲れを感じたが、まだまだスタミナには余裕がある。先ほど自分も給水と、あと携帯食料を少し口に入れておこうと思っていたのだが、それもお預けだ。  やがて、先へ登っていたアズラエルが下を一度確認して合図を送り、ト=サンの頷きを拾って見えなくなる。ト=サンはノエルやジンジャベルとペースを合わせて、少し時間をかけてゆっくりと蔦を登り終えた。  そして、視界が急に開かれる。 「更に奥の山頂方面にいけば、飛竜の巣のようです。……どうやら火中の栗を拾わされることはなさそうですが」  既に待機していたアズラエルが顎をしゃくる、その先に高鼾が響いていた。  手負いのババコンガは黒い呼気を鼻提灯に混ぜながら、ひっくり返って近くに寝ていた。 「やれやれ、飛竜の巣には行かずにすむか。アズラエル、罠は?」 「先ほど使ってしまいました」  すかさずジンジャベルが、ハイハーイ! と張り切って手を挙げる。 「ボク、トラップツール持ってる! で、ここにさっき捕まえた雷光虫がある訳で……」 「焦らずお願いしますよ」 「大丈夫だよっ、アズさん! 見てて、こうしてササッと……」 「慎重にお願いしますよ」 「う、うん、こう……ササッ? と? あ、あれぇ……?」  声のトーンがダウンしたのを聞いて、ト=サンは捕獲を諦める。寝ているモンスターへの攻撃は大剣の渾身の一撃がいいのだが、生憎と今日はエルグリーズはいない。いてもまあ、あの錆だらけの鈍器みたいな剣では、威力はたかが知れてるのだが。  さてでは、爆弾でも取りに一度ベースキャンプに……そう思った、その時だった。 「ッ!? ……見つかったか、先ほどから嫌な予感はしてたのだがな」  咄嗟にノエルがジンジャベルと共に散開、アズラエルもヘヴィボウガンを一度畳んでいつでも身を投げ出せるように身構える。ト=サンは剣を抜きつつガードもできるように、自分の目線を盾に合わせた。  そして、強烈な風圧を大地へと叩き付けて、巨大な飛竜の王が舞い降りる。  火竜リオレウス……誰もが認める王の中の王、飛竜の中の飛竜。 「わ、おっきいー! あっ! ババコンガが起きた、逃げるっ!」  リオレウスが一吼えする、その空気を沸騰させるような声が周囲に響き渡った。  同時に、飛び起きたババコンガが威嚇も顕に桃色の毛を逆立てる。だが、やはりそこは飛竜の王と桃毛獣……狂竜ウィルスを身に招いても尚、格の違いというのがわかるようだ。  ババコンガが逃げかけ、慌ててノエルがペイントビンに鏃を突っ込むなり走り出す。  ペイントをノエルに任せることにしたのか、アズラエルは足止めを試みるべく閃光弾……だが、眩い光は残念ながらババコンガの視界もリオレウスの双眸も捉えることはできなかった。  狩場には時折、狩猟依頼とは関係ないモンスターが乱入してくることが稀にある。  そして、本来のメインターゲットと同じエリアに乱入してきた時が最も危険だ。 「ふむ、ここは一度退こう。流石にリオレウスが相手では分の悪い賭け……むっ!」  ト=サンが皆に脱出の合図を出したが、それよりも早く突風が吹き荒れる。  真っ赤な火球でト=サンやアズラエルを牽制すると、風圧でノエルやジンジャベルを大地に縫い付けてリオレウスが急降下。そのまま屈強な二本の後ろ足の、鋭く光る爪がババコンガに突き立てられた。  話に聞いたことがある……リオレウスは爪の毒で獲物を捉え、そのまま持ち上げて巣へ持ち帰るのだと。事実、あんな巨大なババコンガもリオレウスの翼の下では小さく見え、あっという間に捕縛されてしまった。そのまま一声鳴いて翼を翻すと、リオレウスは行ってしまった。  業焔の暴君は唐突な謁見を終えると、ト=サンたちなど眼中にないように飛び去る。 「あの時と……イャンガルルガの時と、同じだ」  ――狂竜ウィルス感染個体を、そうでないモンスターが襲ってる……戦ってる?  ジンジャベルの力ない呟きが、ト=サンの耳に突き刺さってなかなか消えなかった。