ト=サンがジンジャベルやノエルと共にシナト村に戻りつくと、村中が目に見えぬ熱気に沸き立っていた。心なしか活気付いて、自分たちが出立した以前よりも村人たちはいきいきとしていた。  その理由が、仲間たちの待つ鍛冶場でト=サンを出迎えた。 「おかえり、ト=サン。どうたった? 確か、火竜リオレウスを狩りにいってたんだよね?」  そこには、新調した防具をフィッティングするオルカの姿があった。  どうやらオルカは、雷狼竜ジンオウガの素材で防具を作っているらしい。だが、様子が変だ。淡い蒼と翠で編み込まれた甲冑と違って、オルカが身にまとっているのは闇のような漆黒……モノクロームに彩られた不思議な光沢の鎧だ。  ト=サンの訝しげな視線に気付いたのだろうか、オルカがシナト村残留組に起こったことを話してくれる。恐るべき獄狼竜との遭遇、そして奇跡の逆転劇……信じられない話だが、ト=サンもジンオウガに亜種が存在するという噂は聞いていた。 「なるほど、ジンオウガ亜種……獄狼竜。恐ろしい敵がいたものだな」  工房を預かる巨漢の男にリオレウスの鱗や甲殻を渡しつつ、ト=サンはオルカの話に唸る。すぐに素材の分別を始めた技師の周囲では、ナグリ村からついてきた村長の娘が歓声をあげていた。今回は希少素材の逆鱗が取れたりして、ト=サンの狩果もまずまずだった。  だが、オルカの話を聞けば身震いに苛まれるほど恐ろしい。  獄狼竜……エルグリーズが言う、古龍を狩るための竜。その脅威を前に、僅か三人で立ち向かった勇気は称賛に値する。ト=サンなどは、狩り慣れたリオレウスを中心に細々としたクエストを片付けていたのだ。ジンジャベルが時々モンスターに乗り損ねることがあったが、概ねトントン拍子に狩りは順調だった。  そのことを伝えると、厳つい狼貌の兜を脱いだオルカも笑みを零す。 「じゃあ、そろそろベルやノエルも素材を持ち込むのかな? 忙しくなるね、工房も」 「ああ。俺も防具を新調と思っていた。……天空山の怪異、その先にはなにかとてつもない秘密が眠っているかもしれん。戦力は増強するに越したことはない」  重々しく頷くト=サンは、ムスメとだけ呼ばれる少女から寸法表や細々としたサイズの指定を要求され、ニ、三のやり取りを経て数字を伝える。  ト=サンはレウスシリーズを新調して、今のイーオスシリーズに代えて使うつもりだった。 「それよりも、ト=サン。一緒についてったミラは……?」 「ああ、長旅で少し疲れたのだろう。まだ旅団の船で寝ている。……どうした、オルカ」 「いや、なんとなく……なんとなくだけど、あの子が少し気になってね」 「それは、俺もわかる。不思議な子だ……今回の遠征では、炊事や準備にいろいろと働いてくれたのだが。こう、言葉にできない不思議な雰囲気を持っている。語る言葉は予言のようでな」 「予言……?」 「あの子が突然喋り出す話は、どれも狩りのヒントになることが多い。まるでそう、飛竜や古龍の知識に長けているかのような……子供の語ること、気のせいかもしれないが」  だが、心当たりがあるのか、オルカはト=サンの言葉に黙ってしまった。  ト=サンとて確証がある訳ではない。ただ、ミラが思い出したように語ることは、ト=サンたちの狩りに意外な成果をもたらしたのだ。彼女はバルバレの貧民街で夜をひさいでいた娘、バルバレはモンスターハンターの集う狩りのメッカだ。そうした話の類が自然と蓄積されていったという話は頷けるの、だが。  それだけでは説明のつかぬ利発さを、時折ミラは発揮してト=サンたちを驚かせる。  だが、当のミラはト=サンに特別懐いていつも付いて歩く、小さな女の子でしかなかった。 「と、そうだった……防具もだが、こいつを忘れるところだった」  不意にオルカとの話を切り上げ、ト=サンは腰の錆びた剣を工房の主へと突き出した。盾と共にそれを受け取る男は、その次にはト=サンから大きく膨らんだ革袋を受け取る。  首を傾げるオルカへと、ト=サンは説明の言葉を選んだ。 「大地の結晶が大量にあれば、あれを少しはまともな剣にできるらしい」 「そういえば、ト=サンはいつもあの錆びた剣を……なにか、いわくつきの物なのですか?」 「なに、かつて暮らしていた炭鉱街で出土したものだ。親代わりの男に持たされてな。それ以来、ずっと持ち歩いているが……どうやら普通の剣ではないようだ」  そう、例の錆びついた片手剣だ。  腰にぶら下げて持ち歩いているが、先日はババコンガを相手に思わぬ活躍を見せた。咄嗟に手にとったとはいえ、錆びて朽ちたただの鉄屑……だが、振るったト=サンにはわかる。  この一振りは、ただの片手剣ではない。  そして、その答えを知る者が、背後から声をかけてきた。 「ト=サン様のそれも、もしかしたら封龍剣かもしれませんね」 「おとーさん! おかえりなさいです! エル、大変だったですよ? おとーさんとレウスとかの方が、楽できたのです……そっちについてくべきだったのです!」  憂いを帯びた表情を凍らせるアズラエルと、対象的に身も蓋もないことを言うエルグリーズが現れた。どうやら彼らも武器の強化に来たらしい。相変わらず巨大な錆びた剣を背負うエルグリーズと、すぐにヘヴィボウガンの強化をムスメに指示するアズラエル。二人はオルカとト=サンの側に来て、話の輪に加わった。 「その、封龍剣というのは?」 「ト=サン様のその剣、以前見たことが……私が見たのは双剣でしたが。間違いないかもしれません、封龍剣かと」 「ふーりゅーけん! そいえばアズは、こないだ獄狼竜と戦った時も、エルの剣をそう言ってたです。ふーりゅーけん……なにか思い出させそうなのです」 「まあ、エル様の頭では難しかと。ムリしないでください」 「ふふ、アズは優しいのです!」  それはちょっと違うと思うが、エルグリーズがご機嫌なので、敢えて口を挟まないことにするト=サン。だが、封龍剣というのはどこかで聞いたことがある。確か、太古の文明が古龍を倒すために作った、龍属性を極限まで強化した伝説の武器だ。  考古学や大昔の伝承に興味はないが、役立つツールならばと思うト=サン……しかし、エルグリーズは興味津々のようだ。 「おとーさんのも、ふーりゅーけんですか? エルとおそろいですね!」 「……残念ながら、な。いや、それはいいのだが……エル、お前も大地の結晶を集めたらどうだ? 聞けば、エルは採集や採掘は得意中の得意とか。いい剣なら、まず磨かねば」 「そう、それなんです、おとーさん! エル、ピッケル振るうのだけは超上手いのです。でもでも、エルのふーりゅーけん? は、大地の結晶では駄目だという話を以前……しょぼーん」  ト=サンが振り向けば、工房の主もムスメも、うんうんと大きく頷いている。  どうやら、エルグリーズの封龍剣を目覚めさせるには、もっと違う素材が必要なようだ。獄狼竜との戦いの中、風化して朽ちたその刀身は真の力を垣間見せたというが……完全な形に復元されたとしたら、エルグリーズの封龍剣はト=サンたちにどのような姿を見せるのか?  その先を誰よりも知る、ミナガルデからの玄人ハンターのアズラエルが口を挟んだ。  彼はムスメにボウガンの細かな設定や調整を図面上で指示しつつ、こっちを見もせずに独り言のように呟く。 「そういえば、バルバレの遺跡平原、その奥の未開の地に……そうした手に負えないガラクタの類でも磨ける素材があるそうです」 「ホ、ホントですか!? アズ!」 「嘘を言う必要はないでしょう? 俗に研磨剤と言われてるようですが……この時代で精錬不可能な金属で、それで磨けば瞬く間に錆が落ちると評判です。先ほど、ノエルから聞きました」 「なるほど! それです、それなんです! エル、その、研磨剤? とかいうのを探しに行くです!」  思い立ったが吉日とばかりに、エルグリーズは猛ダッシュで去っていった。そして、思い出したように立ち止まって振り返り、再び猛ダッシュで戻ってくる。 「アズ、遺跡平原に行きませんか? オルカも、ト=サンも!」  ト=サンは防具の新調でしばらくシナト村に残るつもりだし、それはオルカも一緒のようだった。そして、情報をもたらしたアズラエルには、元からその気はないようだった。  アズラエルは我関せずの様子で興味なさげに、図面を睨みながら言葉を添える。 「エル様、私たちはむしろお邪魔虫なのでは? 遥斗様がいるかもしれませんよ、バルバレに向かえば。筆頭代理チームもまだあの辺りにいるでしょうし」 「! ……おお、おおう……そうですね! アズ、お気遣いありがとうなのです」 「いえ、別に」 「そうです、遥斗たちをお見舞いして、ついでに狩りに誘って……グフフ、それです!」  エルグリーズは今度こそ、羽根が生えたようにかっ飛んでいった。  その背を見送るト=サンは、オルカやアズラエルと肩を竦めつつ苦笑を零すのだった。