アズラエルの孤独な死闘は続いていた。  この時まだ、彼は想像だにしない……他の三人の仲間たちが、無事に合流したものの火竜リオレウスを取り逃がしてしまったことを。それほどまでに、番の雄火竜が強大に過ぎたことを。  今、アズラエルは目の前の巨大な火竜リオレイアを前に、孤軍奮闘していた。 「雌火竜とて、これだけ大きければ……貫通弾が」  アズラエルは一番レベルの高い貫通弾を撃ち切るや、装填と同時に身を大地へ投げ出す。  まるごとフルケース全部の貫通弾を浴びたにも関わらず、リオレイアには全く鈍るところがなかった。寧ろ激昂にますます目を血走らせ、恐るべき力でアズラエルを襲ってくる。  通常、貫通弾はガンナーの火力の要とされている。特に、レベルの高い弾薬は巨体の相手に効果的だった。ただし、逆に体躯の小さな相手には、レベルの高い貫通弾は適さない。しかし、本来ならば砦や狩猟船を用いて狩る大型用の貫通弾が、目の前のリオレイアには不思議とフィットした。  つまり、それほどまでに巨大な雌火竜なのだ。 「さて、もういいでしょうか……オルカ様たちならば、三人ならば手際よくそろそろ雄の方を……むっ!」  絶叫を張り上げるリオレイアから逃げすがりながらも、アズラエルは空気の唸る空を見上げる。  そこには、予想しうる最凶に最悪の事態が翼を広げていた。  雄火竜リオレウス、それも番であろう巨大な個体が浮いているのだ。  その羽撃きが叩き付ける風圧は、あっという間にアズラエルを包み込む。脚を止められたまま、目を手でかばいながらもアズラエルは唇を噛んだ。  雌雄一対の火竜の、合流を防ぐために敢えて孤立したのが仇になった。  オルカたち三人はリオレウスを仕留めきれなかったばかりか、逃げられたのだ。そして今、怒りに猛るリオレウスが目の前に降り立った。 「……最悪ですね」  そう、率直に言って最悪だった。  だが、見ればリオレウスも僅かに手負いで、その顔は片側に大きな裂傷が血を噴き出している。片目を潰された隻眼のリオレウスは、唸りながら痛みに耐えているようだった。  アズラエルなど眼中にないとばかりに、リオレイアが夫に寄り添い傷を舐め出す。  飛竜といえども動物、やはり番の夫婦には情愛もあるのだろうか?  油断なく身構えつつ、距離をとってアズラエルは弾薬を確認した。  そして、背後からよく知る声が駆けつけてくれる。 「ごめん、アズさん! 合流させてしまった」 「気をつけろ、アズラエル! あのリオレウスは、並の個体じゃない」 「って、うわわっ! 雌も、レイアもいるーっ!」  オルカとト=サン、そしてジンジャベルが合流してきた。恐らく、雄に逃げられたことでアズラエルへの合流を選んだのだろう。それは的確な判断だったが、同時にそれ以外の選択肢がなかったことが悔やまれる。  今、天空山の一角に全てのモンスターハンターと獲物が集まってしまった。  並ぶ四人のモンスターハンターの、その気配を察して二匹の火竜はこちらへ向き直った。再び闘争の火蓋は切って落とされようとしていたが、こうした乱戦になった場合はモンスターハンターにとって不利なことが多い。  同士討ちを避けることは勿論、二匹の火竜へ同時に注意を払わねばならないのだ。  安全な攻撃ポジションを確保した時も、もう片方の飛竜に気を配る……いわば、倍以上の集中力が試される。そして、既に殺意も顕にこちらを認識している相手の前では、けむり玉も意味をなさない。 「お疲れ様です、オルカ様。皆様も」 「合流、させちゃったね。ホントごめん、俺が――」 「誰のせいということはないでしょう。私も分断を試みましたが、結果はこれです。ならば、現状への対処法を講じる方が先ですね」  申し訳なさそうなオルカに対しても、アズラエルは一定のテンションをたもったままだった。普段の怜悧で抑揚に欠く声に言葉を載せる。  既にもう、言い訳や謝罪は意味をなさない。  オルカたち仲間の気持ちに嘘偽りはないが、それを味わう贅沢を今は封じる。この瞬間を、最も危険な時間帯を生き延びねば、アズラエルたちに明日はないのだから。 「来ます……とりあえず、片方を集中攻撃して沈めましょう!」 「どっちを!」 「……今なら、雄だっ!」  即座に四人は四散して散開する。  それは、今まで立っていた場所に火球が炸裂するのと同時だった。再び突風を招いてリオレウスは宙へと舞い上がり、リオレイアは続けざまに炎を吐きながらアズラエルたちを追い詰めてゆく。  アズラエルは努めて冷静を自分に言い聞かせながら、転がりまわって火の中を逃げる。  その間も、上空へと走らせた視線はリオレウスを睨めつけ観察していた。鋭い洞察力が、片目をオルカに潰されたと思しき火竜を探る。血を滴らせながら飛ぶその姿は、少し狩人との戦闘を避けているようにも見えた。  ならば、オルカが叫んだ通り……まずは雄火竜を狩るのが定石だろうと心に結ぶ。 「どちらかが力関係の弱いモンスターならば、こやし玉も有効なのですが……これは」  アズラエルは仲間たちとアイコンタクトで調子を合わせつつ、リオレイアに対しても牽制の散弾をばらまく。幸い仲間には今、アズラエルの広範囲の制圧射撃に巻き込まれるようなハンターは一人もいない。  バラバラと散弾を甲殻と鱗で弾けさせながら、リオレイアが脚を止めたその時だった。 「オルカ、落とすぞ! 畳み掛けるっ!」  ト=サンの声と同時に、放られた閃光玉が空中で弾けた。  上空から火炎の雨を降らせていたリオレウスの、その鼻先で太陽が破裂したような閃光が迸る。一瞬だけホワイトアウトした視界は、色彩と同時に飛竜の絶叫を察知した。  目を回して降りてきたリオレウスは、転倒することなく果敢に抵抗する。  群がるオルカやト=サンを、旋回する尾で薙ぎ払っていた。  だが、脚が止まっている……ならばとアズラエルはしゃがみ込んだ。全身を固定して砲台と化し、ヘヴィボウガンを展開させるや貫通弾を装填してリオレウスに向ける。  勿論、サイドからのポジショニングで、貫通弾を最大限に活かす位置取りだった。  だが、背後にはリオレイアが迫る。  アズラエルはそれでも、仲間を信じてしゃがみ撃ちの体勢をキープし、トリガーを引き絞る。すぐ背後で息遣いを感じるほどにリオレイアは接近していたが、目の前のリオレウスだけを見定めて弾丸を撃ち放った。  そして、頼れる仲間がアズラエルの死角をフォローしてくれる。 「その背中、いただきっ! アズさん、後は気にしなくていいよ!」  背後で小さな悲鳴が響いて、貫通弾を撃ち終えたアズラエルは再装填から再びしゃがむ。その時にはもう、背後のリオレイアの背にはジンジャベルの矮躯が躍っていた。彼女は小さな身体でしがみつくようにナイフを突き立て、暴れるリオレイアの調子に合わせて攻撃を繰り返す。  自然とアズラエルの口元に笑みが浮かんだ。 「ベル様、頼りにしてますよ。転ばせるか倒すかしてください」 「えっ、なになに、それって……一緒じゃん、アズさん、うわっ!」  暴れるリオレイアを上手くいなしつつ、その場に拘束しながらジンジャベルは刃を突き立てる。その間にアズラエルは、ありったけの貫通弾をリオレウスへと叩きこんだ。  血飛沫が舞う中に、オルカとト=サンもまた武器を振るう。  最初こそ激しい抵抗で、まるで見えているかのようにハンターを寄せ付けなかったリオレウスだが……徐々に体力を削られたのか、尾も牙もおとなしくなっていった。  だが、やはり強力な個体……空の王として天空山に君臨する雄火竜。 「ト=サン、罠を……捕獲してしまおう!」 「試すか……よし!」  ト=サンが暴れるリオレウスの足元に滑り込んで、ポーチの中から落とし穴を取り出す。だが、それはリオレウスが視界を取り戻すのと同時だった。  リオレウスは絶叫をはりあげるや、空中へ後ずさると同時にブレスを大地に叩きつける。  ト=サンがあっという間に紅蓮の炎に飲み込まれていった。