遂に凶悪凶暴な強個体、雌雄一対の番の片方が倒れた。  陸の女王として天空山に君臨した雌火竜リオレイアは、ついにオルカたちモンスターハンターへと倒されたのだった。  だが、その勝利の喜びに浸っている余裕はない。  既にもう、曇り空の向こうへと太陽は沈みかけているのだから。 「随分手間取ってしまった、みんな! 剥ぎ取りはもういいかい?」  オルカは周囲を警戒しつつ、自分の狩果をポーチへとしまう。  アズラエルやト=サン、ジンジャベルといった仲間たちも、それぞれ剥ぎ取った鱗や甲殻を収める。これらは全て、武器や防具の強化、売却しての生活資金になる。既に二名がネコタクを利用したため、クエストの成功報酬は目減りしてしまったが、高難度のクエストに恥じぬ収入が得られそうだった。  だが、それも残りの雄を無事に狩れればの話だ。 「アズさん、時間は」 「もう既にかなりの時間が経過してます。日没まであと一時間あるかないか、ですね」  いつでも冷静なアズラエルも、僅かに焦りを滲ませていた。  ここで雄のリオレウスを仕留め損なえば、規定時間内の狩猟は失敗とみなされクエストエラーになる。狩人の世界は時として非情で、力のないモンスターハンターからは容赦なくクエストを取り上げることがある。  これというのも全て、未熟なハンターの死亡事故を防ぐためだ。  そう、規定時間を守れぬ者や、三度もネコタクを使うような者たちは、未熟。彼らにとってモンスターへの敗北は事故でしかない。勝負での勝敗とすらならないのだ。 「よし、移動を開始しよう。恐らく奴は巣だ」 「俺も同感だな、オルカ。お前の一撃がかなり効いてたように見える」  オルカの言葉に応えて、ト=サンが背の巨大なタル爆弾を背負い直す。赤いペンキでGの文字が刻まれた、通常より一回りも二回りも大きなタル爆弾だ。同じものを背負うジンジャベルは、少しよろけながらもシャンと立ってみせた。  二人がベースキャンプから持ちだした切り札を、今こそ使う時だった。 「よし、地図を……この地域で火竜が巣穴にしそうなのは、上か」 「もし消耗が激しかった場合、レウスは休息を取るため眠っているかもしれません」  アズラエルの言葉に頷きつつ、早速オルカたちは走り出す。敵へと近付くほどに、息を殺して静かに駆け抜ける。  もしリオレウスが眠っている場合は、注意が必要だ。  もちろん、今日の狩りにうっかり眠った火竜を起こしてしまう未熟なハンターはいない。だが、時として周囲の小さなモンスターがハンターに驚いた挙句、騒ぎ始めて大型モンスターを起こしてしまうことは十分に考えられた。  オルカはイーオスたちが群なし遠巻きに見守る中を、蔦を登って天空山の高みを目指す。  やがて、四人の視界がぱっと開けた。  そこだけ雲の谷間のように、頭上を覆う曇天から光が差している。それも斜陽の夕日が。その赤々と燃えるような光景の中、巨大なリオレウスが眠っていた。  周囲を警戒するオルカは、すぐにト=サンが指信号で合図を送ってくれるのに気付く。  アズラエルもジンジャベルも、ト=サンが指と手を組み合わせて送ってくれる信号にうなずき、小声をひそめながら意思の疎通をやり取りする。  いびきをかいて眠るリオレウスは、驚くべきことに先ほどの傷が既に塞がりはじめていた。  恐るべきは大自然の脅威……これが飛竜種の圧倒的な生命力だ。 「ベル、爆弾を今のうちに。チャンスだ」 「う、うんっ! これで、決まれば……えっと、どこに」 「並べて置くぞ。どこへ当てても大ダメージだが、頭部がいいだろう」  そう言いつつト=サンは周囲が気になるようで、しきりに周囲を見渡している。彼はジンジャベルと一緒にリオレウスの寝息が感じられる距離まで接近し、巨大なタル爆弾を二つ並べて遠ざかる。  最後にト=サンは小タル爆弾を置こうとして、やはり一度周囲を見渡した。 「どうしたんだい、ト=サン」 「オルカ……俺は生まれと育ち故に爆薬の扱いにはある程度の自負がある。ここは、この場所は……少し地盤が心配だ」 「地盤が?」 「ああ。大きな爆発を起こせば、もろく崩れてしまいそうだ。だが……迷っている時ではないな。……みんな、万が一に備えて身構えてくれ。これで倒せぬようなら、激戦は必須」  そう言うと、ト=サンは火の着いた小タル爆弾を置く。  ジジジと音を立てて導火線が燃えるのを見守りながら、オルカは竜姫の剣斧を展開した。アズラエルは距離を取ってヘヴィボウガンへ弾薬を装填している。ジンジャベルもまた、猟虫クルクマとうなずきを交わし合って、着火の瞬間を見守る。  そして、天を衝くような轟音と共に火柱があがった。  絶叫にを張り上げるリオレウスが、炎の中に飲み込まれ……その炎そのものとなって舞い上がる。 「クッ、倒せなんだか! だが、あと一息だ、みんな!」 「気をつけてください、ト=サン様。皆様も! ……足場が、崩れます」  強力過ぎるタル爆弾の威力は、リオレウスだけではなくその地形そのものに深刻なダメージを与えていた。  空へと飛んだリオレウスとは裏腹に、オルカは突然傾く地盤に足をとられる。  もともと脆弱だった地形は今、爆発で崩れつつあり地面が大きく傾斜していた。 「くっ、ベルはアズさんを援護してあげて! ト=サン、俺ときてくれ!」  全員の返事が次々と浴びせられる中、急角度の坂と化した地面をオルカは走る。傾く先は谷底に真っ逆さまで、その先へ落ちれば無事ではすまない。大きな怪我がなくても、再びこの場所へと戻るまでに多くの時間を使うだろう。  そしてもう、オルカたちモンスターハンターに残された時間は少ない。  否、既に尽きようとしていた。 「一気に畳み掛ける! 時間がもうない!」 「任せてくれ、オルカ! ……叩き、落とすっ!」  傾斜した地面を上手く使って、三角飛びの要領にト=サンが宙を舞う。彼は手にしたポイズンタバルジンを振り上げて、迎え撃つリオレウスの翼を引き裂いた。薄い皮膜が千切られて、空の王が羽撃きを失う。  絶叫と共に落ちてきたリオレウスへと、全員が総力を結集して襲いかかった。  既に勝負はついたとも思えたが、それももうオルカたちの頭にはない。極限まで追い詰められた限界バトルの中で、ただただ力の限りを振り絞る四人のハンターたち。  リオレウスもまた二本の足で立ち上がると、果敢な抵抗で烈火を吐き出す。  ところかまわず乱打された火球が、そこかしこで火柱を屹立させた。その衝撃で二度三度と地面は揺れて、その都度あやうい傾きを増してゆく。  いよいよ直立も難しい程に傾斜が増して、それでも天へと駆け上がるようにオルカは走る。 「負けられないんだ……絶対に! ここまでやったんだ、絶対に……狩るっ!」  オルカの走る先へと援護射撃が集中砲火、アズラエルが浴びせるありったけの通常弾が炸裂する。既に鱗も甲殻もボロボロのリオレウスは、一点集中で浴びせられる鉛の砲弾にうめいてよろけた。  そこへとト=サンとジンジャベルが交互に出入りを繰り返して、それぞれの武器で体力を削る。爪と牙を振るって応戦するリオレウスへと、真正面からはオルカがぶつかっていった。 「これで、終わりだっ!」 「オルカ様、今です!」 「トドメを!」 「やっちゃえーっ!」  オルカは豪斧の一撃を振り落とすと同時に、重い刃がリオレウスを斬り裂く反動で浮かび上がる。そのまま宙で身を翻すや、彼は変形させたスラッシュアクスを脳天へと突き立てた。  同時に内蔵されたビンに圧縮された属性を解放させる。  激しい衝撃音とともに属性解放の光が迸り……そしてリオレウスはの目から光が消える。  夕闇迫る寒さが忍び寄る中、巨大な雄火竜リオレウスが轟音を轟かせて倒れた。