決戦の地は天空山……その最奥に封印されてきた禁足地。  今、シナト村の大僧正によって、千年もの刻を留めてきた扉が開かれた。その入口に急遽造られたキャンプで、オルカは装備品やアイテムのチェックに忙しい。この僻地へも、ちゃんと支給品は届いているし、ネコタクのサポート体制も万全だ。  一緒にいる三人の仲間と同等に、それ以上に動いてくれてる人たちへの感謝を禁じ得ない。  そして、オルカはこの狩りで天空山の異変を鎮めることで、それに応えたいと誓う。 「みんな、急ぐ必要はない……奴はこの奥にいる。と、思う」  オルカの言葉に、誰もが手を止めずに頷く。  もはや頼れる相棒とも言えるアズラエルは、今日はランスを手に剣士のいでたちだ。相変わらずのユクモシリーズだが、鎧玉で強化しただけあってもはや旅装や普段着というレベルには見えない。裏地にも贅沢な素材を使っており、露出は動きやすさを重視した必要最低限。  なにより、余裕をもって設計されてるからこそ、多くの装飾品が全身に光っていた。 「確実にいますね……瘴気が下よりも濃いようです。この先は天空山の頂上、皆様もお気をつけを。私は余分に回復薬を持ってきてますので、必要な際は声を掛けてください」  アズラエルは相変わらず怜悧な無表情で、よく通るが抑揚に欠く声を凍らせている。  そんな普段通りのアズラエルが頼もしくて、オルカも自然と緊張感が遠のいた。  だが、そんなオルカとは反対に震えて縮こまる仲間が一人。 「ああもう……来なきゃよかった、割りと本気で! うー、やるしかないよねえ……やるっきゃないよねえ! うー、やだもぉ」  さっきからブツブツと呟きながら身を震わせているのはノエルだ。彼女はそれでも、口では嫌だ嫌だと言いながら次々とビンの毒をチェックしてゆく。持ち込んだ分とは別に空ビンも用意してあり、そこに各種劇薬を調合する素材も十分だ。  彼女は思い出したように支給ボックスにも触れて、中の支給用のビンも確かめる。  ノエルのような凄腕のガンナーがいなければ、翼を持つ古龍、それも強力な天廻龍シャガルマガラの制空権を崩せないだろう。 「大丈夫? ノエル」 「ん? いやあ、オルカ、あのさ……ちょーっとブルってるけど? ぶっちゃけ逃げ出したいよ。だってさー、ゴア・マガラでさえみんな手こずったじゃん? それが古龍って、もぉね」  アズラエルは淡々とキャンプのベッドを整えつつ「逃げても怒りませんので」などと言っているが、その口調はノエルのことを信じているようにも感じられる。  そして、口であーだこーだと言いつつ、ノエルは着実に準備をこなしていた。 「ト=サンのピンチヒッターだし、なによりガンナーとして責任重大だしね。アタシもやる、やれるけど……あ、やばい、ちょっとまたブルってきた」 「ノエル、珍しいね。君でもそんなことあるんだ?」 「あのねえ、オルカ。アタシだって普通の女の子ですからね? ……あー、恐いのちょっと行った、過ぎてった。定期的に来るなー、このブルルっての。おー恐っ」 「ト=サンは逆に、来たがってたんだけどね」 「しょーがないよ、ミラが熱出して寝込んじゃったんだから。アイルーたちに任せてもよかったけど、ほら、ミラってト=サンに凄く懐いてるじゃん?」  大僧正が禁足地を開放したのと同時に、ミラを謎の発熱が襲った。  我らが団で健気に働いてくれていた少女は、突然倒れてしまったのだ。  それで狩りの務めを放り出すト=サンではなかったが、多くの仲間が、なにより団長が強く言って留まらせたのだ。だが、ト=サンが調合してくれた爆薬は今も、巨大なタル爆弾となってベースキャンプに持ち込まれている。  それだけではない、キヨノブやユキカゼ、アルベリッヒといった仲間たちも沢山のアイテムを用意してくれた。どれも、ここ一番の決戦でしか使えない、高価で希少なものだ。  なにより、今日の狩りには心強い仲間がもう一人いるのだ。 「ノエル! おっかない時はサオサオがキュー! ってなりますよね! エルも、さっきまでキューってしまてた。キューって!」 「エル……アタシにはそゆの、ついてないから。ぶらさがってないから」  エルグリーズだ。  彼女は今、いつものゆるい笑みで肉を焼いている。  焼いてるそばから食べてるので、そのストックはなかなか増えないが……一応メンバーの分を焼くといって、先ほどアズラエルから生肉を受け取ったばかりだ。  エルグリーズの足元にはもう、しゃぶりつくした綺麗な骨が散らばっていた。 「エルさ、さっきからお肉……焼いてるじゃん?」 「あ、ノエルの分もちゃんと焼くです! アズのもオルカのも! ……そしてこれは、えと、まだエルの分なのです。みんなの分はあとで……のちほど、あとで焼くです」 「……だってさ、みんな。期待してないけど、よろしくだよ」  ノエルは弓を展開して弦の張りを確かめ、畳んで背負うと今度は矢の鏃をチェックする。オルカも今日は操虫棍で来ているので、猟虫のクガネへと餌を食べさせた。  これがお互い最後の食事になるかもしれないと思えば、エルグリーズの焼く肉の匂いが香ばしい。そんなオルカを知ってか知らずか、クガネは彼の手から元気よく餌を食べていた。 「えっと、クガネはこれでオッケーと。あとは俺たちかな」 「私は元気ドリンコを持ってきてますので。素早く摂取できるため、戦闘中のスタミナ消費にもありがたいですし。ランスで壁役をする際は、スタミナ管理が肝要ですから」  アズラエルは黄色い小瓶を何本か取り出して確認し、それをまたポーチにしまう。  相変わらずだなとオルカは苦笑したが、エルグリーズはようやくそんなオルカたちの分の肉を焼き始めているようだった。 「あれ? アズはお肉、食べないですか? おいしーですよ?」 「お構い無く」 「アズから貰った生肉ですし、ジューシーですよ? 今はちゃんと、みんなの焼いてるです」 「……では、出発前に一つだけ」  アズラエルにしては珍しく、突き放すようなことも言わずにエルグリーズへと歩み寄る。この緊張感の中で彼は彼なりに、仲間たちのことを気遣ってるのだとオルカにはすぐわかった。そして、それを察してくれるノエルの頷きを視界の隅に拾う。  エルグリーズだけが普段通りの通常運行で、紫色に輝く黒狼鳥イャンガルルガの防具がまるで似合わない。かなりの手練でなければ身に纏えぬ、強固な防御力の逸品だが……どうも、インナー姿のエルグリーズを見慣れているせいか、酷く違和感があった。  オルカは口にこそ出さなかったが、防具に着られてる雰囲気があって、少しおかしい。  それはアズラエルも同じようだが、彼は「最後の晩餐になるかもしれませんね」と、エルグリーズの差し出した肉を受け取った。 「バンサン! バンサンってなんですか、アズ!」 「晩餐会のバンサンです、夕ごはんという意味ですよ」  日は既に帰路について傾き、その光も瘴気に曇る天空山の頂上には届かない。普段の狩場となっている天空山の各エリアは、この頂上を取り巻くように眼下に散らばっていた。  天空山の中央にして最奥、それがこの禁足地なのだ。 「オルカも、どうぞ! ノエルも! 焼きたてです!」 「ありがとう、貰うよ」 「貴重なカロリーだあ……最後の晩餐ねえ。アズ、ちょっと縁起悪くない?」 「本当に最後になるかは、まあ、結果次第ですが。常に悔いが残らぬように、ですね」  自然とエルグリーズを中心に集まった仲間たちは、互いに手に焼けた肉を持って笑みを交わす。エルグリーズは肉焼き器をしまうと、背の巨大な剣を重そうに下ろした。  油を染み込ませたボロ布で刀身を覆われたそれは、太古の地層より蘇った封龍剣だ。今は呪術的な封印を施され、無数の呪符が貼り付けられている。それは、風もないのにカサカサと音を立てて揺れているのだ。  まるでそう、封龍剣自体が鳴動に唸るかのような不気味な現象だった。  だが、エルグリーズはそれを気にした様子もなく、ペイペイッ! と呪符を剥がし始めた。同時にボロ布が取り払われて、異様な刀身が姿を現す。太古の昔、古龍を倒すべく生み出された旧世紀の遺産……人類最強の個人兵装の一つ、封龍剣。  ほのかに紅く発行する刀身は、まるで生きているように明滅を繰り返していた。  それを背負い直して、エルグリーズはパシン! と己の頬を叩く。 「よーしっ! みんな、食べたら行くです! 今日でゴア・マガラとの……シャガルマガラとの因縁に決着ですよ? エル、思い出したです! あれは、今の世に生かしてはおけぬ脅威なのですっ!」  頷くオルカの両隣で、アズラエルとノエルも狩人特有の緊張感に身をまとった。そうして誰もが食事を終えて骨を放り捨てるや、禁足地の奥へと踏み出す。オルカは寂れて風化した巨大な門をくぐって、視界がひらける中へと歩調を強めていった。