天廻龍シャガルマガラは、勇気あるハンターたちに倒された。  太古の昔から営まれてきた、巡る連理の回帰は絶たれたのだ。主たる旧世紀の人間が絶えて消えても、脈々と受け継がれてきたシステム。データを閲覧する者が失せた今、狂竜ウィルスを撒き散らす古塔と古龍の繋がりは断たれたのだ。  オルカたち満身創痍のハンターがシナト村に帰還して、ト=サンはそれを知った。  病床のミラから離れずとも、遠くに聴こえる村人たちの歓声でわかるのだ。 「……やったようだな、オルカ。そして、皆も」  ずっと付きっきりの看病というのは、食事も睡眠も取らずに駆け回る狩場よりもト=サンには疲れる。やはり、ミラのことが心配で気持ちへと疲労が溜まるのだ。  思えば不思議なことだとも思ったが、オルカたちの帰還はト=サンの気持ちを軽くしていた。  そうこうしていると、部屋に一人の男がやってくる。  それは、笑顔を隠し切れない我らが団の団長だった。 「どうだ、ミラの様子は」 「団長……熱が、下がらない。だが、先程から少し落ち着いてきたようだ」  ミラは先日からずっと、謎の発熱が続いている。薬草を煎じて飲ませても、一向によくなる気配を見せないのだ。だが、一時よりは随分落ち着いたように見えて、今は寝息を静かにたてている。  ベッドのミラを覗き込むと、団長も大きく頷いた。 「なに、我らが団のメンバーは皆、強い! そう心配せずともよかろう」 「だといいのだが……気になる」 「はっはっは! ト=サン、お主が付きっきりで看ておるのじゃ、頼もしいことよ……じきに熱も下がるだろ。また元気に遊び回ってほしいものだ」  団長の言葉に、ト=サンも大きく頷いた。  二人の脳裏には、同じ光景が同時に浮かぶ。  愛想のない無表情だが、ミラはよく仕事を手伝うし、洗濯や炊事も一生懸命やっていた。なにより、歳相応の子供らしさを見せることもある。そういう光景は、団長たちメンバーにとっても、ト=サンたち我らが団のハンターにとっても安らげる光景だった。  そんな時間がまた戻ってくる、それを今は信じて待つ。  だが、原因不明の熱にうかされるミラを、ト=サンは気付けば我が事のように心配していた。こんなにも他人が気になるなど、珍しい。狩りを共にするハンター同士ならいざしらず、こんな年端もいかぬ子供に……だが、ト=サンはそれを悪く思っていないのだ。  路地裏に立って客を取っていた、十かそこらの歳のミラ。  彼女は気付けば、あの薄暗がりから連れ出したト=サンにとって家族のようなものだった。娘のような、妹のような、そしてそれは我らが団の皆にとっては誰もが同じことだった。 「団長、オルカたちは」 「ああ、あいつら……やりやがった! 流石はワシが見込んだモンスターハンターよ! ……そして、こいつの謎も全て解き明かされた」  そう言って団長は帽子を脱ぐと、その中から輝く一つの鱗を取り出した。  それは白金に輝く不思議な鱗で、当たる光によって七色のグラデーションを浮かび上がらせる。常々団長が解き明かしたいと言っていた、謎をはらんだ不思議な鱗。その正体が今、わかったと言うのだ。  それはト=サンには、今ならば容易に想像できた。  そして、団長が語る話はト=サンの予想通り。 「こいつは……シャガルマガラの鱗だったのさ」 「……そうか。どうりで団長が世界中を駆け回っても、一向に手がかりがなかった訳だ」 「ああ。千年単位で黒蝕竜ゴア・マガラは世界を周遊し、いたるところに狂竜ウィルスを撒き散らしながら情報を収集する。そして千年に一度、天廻龍シャガルマガラとなってこの地に……天空山の禁足地へと戻ってくるのだ」 「とすれば、その鱗は」 「ああ、千年前にシャガルマガラとブチ当たって、生き残った者が持ち帰った物だったのさ。はっはっは、それが流れ流れて俺の手に……因果だな! おい!」  豪快に身を揺すって団長が笑う。  ミラが起きてしまうのではと心配したが、ト=サンも気持ちのいい笑いに自然と笑顔になった。今、一つの旅が終わり、一つの謎が明かされた。それは、巨万の富を示す鍵でもなかったし、神秘に満ちた真理への道でもない。ただ、主を失いながらも刻まれた遺伝子に従い、久遠の時を閉じた円環の維持に費やした哀しい古龍が残した、その身から零れた一欠片だったのだ。  シャガルマガラは倒され、奴がゴア・マガラとなって集めたデータは今、かつて古塔があった天空山に埋もれている。それが埋まっていることすら忘れて、これからも人はハンターとなって狩場に天空山を選ぶだろう。だが、もう二度と禁足地が開かれることはない……あの場所は既に、永久回帰の末路に決着をつけた龍の墓所として封印されるのだ。  そのことを団長から聞かされ、ト=サンは納得に頷く。  ベッドのミラが、小さく唸って瞳を開いたのはその時だった。 「ん……あ。ト=サン? 団長さんも」 「気付いたか、ミラ」 「おお! 目が覚めたか、わっはっは! 起こしてしまったかな?」  相変わらずミラは白い顔を朱に染めて、額に薄っすらと汗を浮かべている。呼吸も心なしか浅く、発する声は消え入るようにか細い。  なにより、ミラの大きな瞳は今、光を吸い込む闇に澱んで焦点が定まっていなかった。 「なんで……どうして。あのシステムを……千年紀の摂理を」 「どうした、ミラ? なにを言っている」 「天廻龍……全ての古塔と古龍への、アップデート……その要。システムが破綻して……最終安全装置が解除、される。恐るべき災厄が、最終兵器が、目を……覚ます」  ミラは熱で朦朧としているのか、訳の分からない言葉を喋り出した。  そして、ト=サンの中に言い知れぬ不安が広がってゆく。  ミラは時々、遠くを見つめて不思議な言葉を口走る娘だった。不気味だと村の者たちは恐れたが、我らが団で気にしている者はいなかった。  ミラが不思議というなら、エルグリーズなんぞ不可解で理解不能だ。ミラが愛想がないというなら、アズラエルなど愛想どころか取り付く島もない人間である。オルカやノエル、ジンジャベルもそうだ。この我らが団で、なにも常識的な自分であることは美徳にならない。  ただ、共に身を寄せあって旅をする中での、確かな連帯感は誰にでも、どこにでも芽生えるのだ。 「どうした、ミラ! しっかりしろ、俺がわかるか!」  ト=サンはそっとミラの手を握り、さらにもう片方の手を重ねる。  だが、虚ろな目で視線を彷徨わせるミラの口からは、おかしげな言葉が溢れ出たままだった。 「どうして……人間たちよ、愚かなる定命の者たちよ。頸城を、解き放ったのだ……! 何故ゆえに……今、龍と竜とが争う世界が、終わる……この星の終わりが、始まる」 「ミラ! 俺がわかるか、ミラ! しっかりしろ!」 「う……ああ、あ……ト=サン?」 「そうだ、俺だ! ……悪い夢を見たのだな。熱は……まだ下がらんか。もう少し寝るんだ、ミラ。大丈夫だ、俺が側にいる」  その時、呼び掛けるト=サンは見た。そして背後で団長の驚愕の声を聞く。 「お、おい、ト=サン! なんだ……ミラが、ミラの身体が……!?」  ミラの身体が、毛布の下で光り始めていた。  謎の発光は強さを増して、眩い輝きとなって浮かび上がる。  そう、浮いていた……宙へとミラの小さな身体が浮かんでいたのだ。 「ト=サン……」 「ミラ! どうした、なにが……俺の声が聞こえるか、ミラ!」 「わ、わたし……ト=サン、わたし……! 駄目、わたしの中の……我が目覚める。今こそ裁定の時は来たれり。我が終焉を見届けよう……我は、わたしは……ト=サン、わたしは!」  次の瞬間、ミラから発する光が熱を帯びた。  ト=サンは咄嗟に団長を庇って、そのまま団長ごと倒れ込む。  次の瞬間、火柱が屹立して小屋ごとミラを巻き込んだ。  シャガルマガラ討伐の興奮に沸き立つシナト村に……漆黒の獄炎が逆巻いた。