巨大な岩盤が砕けて軋る、骨身に染みて神経を掻きむしるような轟音。  その中を天へと登った龍の顎門が、巨大な炎を湛えて開かれる。  怒れる巨大な蛇王龍、星をも喰らう神威……ダラ・アマデュラ。  立ち上がった遥斗たちハンターの前に、降り注ぐ星々の中で燃え盛る青白い炎があった。ダラ・アマデュラが身の内より呼び出した、全てを焼き尽くす神罰の焔。 「みんな、来るよっ! これは……とにかく、逃げて! 段差や窪みを利用するんだ!」 「がってんッス! ええと、手近なとこは……こっちッスよ、イサナん!」 「ええい、南無三っ!」  遥斗も周囲を見渡し、近くに巨大な窪みができているのを発見する。既に千剣山の一角は崩壊し、天を衝く峰々も震えている。  次の瞬間には遥斗は、突然背中を蹴られて窪みの中へと転んで落ちた。  そして重さを感じて上に体温を感じた時には、空気が沸騰して燃え始める。 「遥斗、目を瞑って! 視界を焼かれる!」  覆いかぶさってくるのは、ラケルだった。彼女は狭い窪みの中で遥斗を抱き締め、自分の胸に押し付けつつ身を伏せる。  そして、遥斗は甘やかな体臭が烈火の如く熱く燃え滾るのを感じた。  先程までいた僅かな平地を、舐めるようにダラ・アマデュラの火炎が薙ぎ払っている。青白い煉獄の業火が、全てを巻き込みながら地形さえ削っていった。  ラケルの胸の中で遥斗は、彼女の震えを感じて目を閉じる。  既に狩場は異界、地獄そのものだった。 「っしゃー、やり過ごしたッス! 登れるとこは……見つけたッ! イサナん、あそこ!」 「しからば、高みに登りて奴めの頭部を……いざ、参るっ!」  永遠にも思える一瞬が終わって、再び周囲が暗黒に包まれた。  そして、防具の上からでもはっきりわかる華奢な柔らかさが、押し倒された遥斗の上で身を起こした。ラケルは背のライトボウガンをおろして装填しながら、立ち上がると同時に窪みから這い出る。  防具をつけているのに、小柄なラケルの身体が遥斗には軽く感じた。  自分よりずっと、ラケルよりもっともっと大きいあの娘は……肉付きのよさが確かな重みをいつも伝えてきた。汗の香りと濡れた温もりとが、こんな時に思い出される。  遥斗は気合を入れ直して立ち上がると、甲の中に反響する呼吸を落ち着かせる。 「すみません、ラケルさん。助かりました!」 「うん、それより……っと!」  射撃ポジションで片膝をついたラケルを、吹き飛ばすように巨大な腕が振るわれる。爪が鋭く尖る五本の指が、土砂を巻き上げ狭い地形を更に狭く削ってゆく。  咄嗟に避けて転がるラケルに続いて、遥斗も身を投げ出す。  直ぐ側を死が擦過し、先程まで遥斗が立っていた場所が崩れ落ちていった。 「遥斗、その爪! 腕を!」 「わかりました!」 「あたしも手伝う。手当たり次第、片っ端から壊してくしかないね。効いてると思って、効いてるってなるまで!」  撃鉄を引き上げたラケルのライトボウガンが火を噴く。  貫通弾が連射され、その全てが硬い鱗と甲殻を鋭く抉った。だが、ダラ・アマデュラの豪腕は痛みを感じていないかのように振るわれる。時に頭上を覆って落ちてきて、さらにそのあとで回避した遥斗たちを追いかけてきた。  遥斗も盾で防いで剣を振るい、内蔵された榴弾ビンの圧縮率を高めてゆく。  チャージアックスの爆発力は全て、剣と盾とを合体させた斧形態に集約されていた。だが、内蔵されている榴弾ビンの劇薬が圧縮完了しないうちは、ただの巨大な戦斧でしかない。そして、その無力に等しい時間は終わろうとしている。 「ラケルさん、射線もらいます!」 「オッケェ、あたしは回り込む!」  地を蹴り駆け出す遥斗に攻撃ポジションを譲って、ラケルがライトボウガンに貫通弾を装填しつつ走り出す。  絶好の位置で遥斗が剣と盾を合体させれば、その音にダラ・アマデュラが吠え荒ぶ。  構わず遥斗は、目の前の巨大な手と爪に刃を叩きつけた。 「全弾装填っ……持ってけええええっ!」  振り回すチャージアックスの巨大な刃が、周囲の空気を引き裂き唸る。  そのまま遠心力をつけて、遥斗はダラ・アマデュラの爪に全てを叩きつけた。100%の圧縮率で開放された榴弾ビンの中の劇薬が炸裂して、周囲に爆発の光が広がってゆく。  絶叫が響いて、わずかにダラ・アマデュラが身じろぐ。  その間隙をラケルは見逃さなかった。 「貫通弾、こいつでカンバン! 持ってけ泥棒っ!」  回転する火竜弩の銃身から、貫通弾が礫となって吐き出される。もろくなっていた爪が次々と砕けて、再び先にもまして悲痛な声が叫ばれた。  確かに攻撃は効いている、背ビレも爪も破壊できた。  だが、天から見下ろし全身で狩場自体を包む星喰の邪龍は未だ健在。  そして、降り注ぐ声と声とが刃を翻す中で牙を剥く。 「おりゃあああああ! 真っ向唐竹割ぃぃぃぃッスゥ!」  ふわふわと宙を漂う頭部を狙って、クイントが蛮刀を振り上げた。鉈のような蒼火竜の巨剣が輝き、鈍い音をたててダラ・アマデュラの頭部に先決の柱を突き立たせる。  そして、そのまま着地したクイントをなぞるように、真打ちの刃が閃いた。 「奴とて古龍、命を宿した生物! この一撃でっ!」  イサナが気迫を叫んで太刀を振りかぶる。  その魂の咆哮を迎え撃つように、ダラ・アマデュラは崖の上へと首を巡らせた。自ら歩み出て、残った僅かな平地の上に胸を乗り上げてくる。  ここに来て遥斗は、イサナの一撃を見上げながら悟った。  恐るべき蛇王龍ダラ・アマデュラ……奴もまた、必死。  確実に遥斗たちの攻撃は、僅かながらもダメージを積み重ねているのだと。 「斬っ!」  悲痛な声の中で、血に濡れた太刀を振り抜いたイサナが着地する。ダラ・アマデュラの天へと伸びた首が、まるで暴風の中の柳のように激しく揺れ動いた。  だが、イサナもまた太刀を地に突き片膝を屈する。 「イサナん! どしたッスか!」 「遥斗、イサナをお願い!」  咄嗟にクイントが駆け寄り、逆にラケルは追撃へと走る。既に通常弾へと攻撃手段を切り替えたラケルの弾丸は、痛みに喘ぐダラ・アマデュラを見逃さなかった。  遥斗も仲間の声を聞きつつ、再び剣と盾となった武器を携え走る。 「ぐ、不覚……相打ちか。奴め、麻痺毒を」 「イサナん、自分に掴まるッス! こんなとこでへばっちゃ駄目ッスよ、墓穴掘るならもうちょい先ッスー!」 「違いない……しからば、参ろう。大詰めの時っ!」  そんな声を聞きながら、遥斗は走る。  先程にも増して激しく降り注ぐ流星の中、目の前にはダラ・アマデュラの巨大な胸殻があった。刺々しい鱗で覆われ、剣状の甲殻が突き立って逆巻く。  ダラ・アマデュラは怒り狂って星を降らせ、長い首でハンターたちの退路を断った。  頭上から降り注ぐブレスの中を遥斗たちは、最後の力で馳せる。 「遥斗っ、ここを頼むよ! あたしはクイントに預けた貫通弾をもらってくる!」 「了解っ!」  そのクイントも、イサナに肩を貸しながらやってきて、ポーチごとラケルにアイテムを放った。その彼女は、イサナが「いい」と言うので……仲間を放り出すなり肩に長大な大剣を担ぐ。  同時に、身の毛もよだつ絶叫がクイントの口から迸った。 「うわあああああっ! 星ぃ、喰ってんじゃ、ねえええええっス! ……自分、大食らいだけに……悪食は大嫌いッスゥ!」  地を蹴り、弾丸のように飛び出したクイントが大上段から剣を振り下ろす。嘘か真か、あの金獅子ラージャンの血を引くとさえ言われる怪力女、クイント。その膂力と胆力が爆発して、激しい衝撃音を連れてきた。  空気を切り裂く音がヒュンと鳴って、暗闇の中から何かが落ちてきて遥斗の足元に突き立つ。それは、へし折れたクイントのオベリオンだ。その切っ先が大地に突き立ち、血に濡れている。  そして、一拍の間を置いて……折れた剣を手に固まるクイントの前で、ダラ・アマデュラの分厚い胸殻が木っ端微塵に砕けた。 「やったか! 凄いです、クイントさん!」 「あへへ、遥斗……もっと、褒めるッスよぉ……あ、これ駄目ッス、もう力が……お腹が、減って……ぐわっ!?」  断ち割られた真っ赤な傷が広がり、無数のヒビが走ってダラ・アマデュラの鉄壁の防御が砕かれた。だが、その奥から不気味に明滅する内臓が強力な熱波を放つ。まるで灼熱の砂漠にまさるとも劣らぬ熱さが、あっという間に遥斗たちの呼吸を奪った。  吸う息が喉を焼いて、苦しげによろけた誰もが息を止める。  ダラ・アマデュラの血が滴る胸から、強烈な瘴気が吹き出していた。  だが、ここまで追い込んだハンターたちは、背後に口を開くダラ・アマデュラを振り返ろうともしない。天地に顎門を開いたダラ・アマデュラの頭部が、大地を穿って削りながら突進してくる。  前に瘴気の灼熱地獄、背後には迫る大質量の牙。 「みんなっ、これで最後だ! ありったけを、目の前に!」 「後ろはー、振り返らなくていいッスよぉ……自分、これでも、盾ぐらには……」 「ええい、我が身よ動け、立てっ! 今こそ我が身を剣に変えて……はああ!」 「榴弾ビン、圧縮率120%! 僕ごと砕けっ! この一撃で!」  千剣山の千の頂きが、その振動に次々と崩落する。まるで天の支えを失ったかのように、頭上を覆っていた暗雲が落ちてきた。そして……激しい衝撃音の中で全てが一切合切に決着する。  最後の大地を飲み込むダラ・アマデュラの牙が、全てを砕いて崩し始めた。  遥斗たちの最後の一撃は、暗く澱んだ空が見下ろす中で消えてゆく。  同時に、星をも喰らう最終兵器は……まるで干からびるように石化して動かなくなった。