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 ユクモ村へ流れ来て、はや一週間。
 サキネは積極的に交配相手を探すも、一つの違和感を感じ得ていた。だから今、現時点で最良の優良物件に問うて見る。
「おかしい……おかしいのだ、ミヅキ。何故、外の世界では婿も嫁も見つからぬのだ?」
 ミヅキは今日も紅白の巫女装束で、日課の鍛錬に弓を構えている。酷く真面目で困ったサキネの声音にも、その真剣な眼差しを逸らすことはない。
 ミヅキが弓の弦を爪弾くと、遠く的にカツン! と矢が突き立った。
「おかしいのはサキネさんです。……うまくいかなくて当然です」
「どうしてだ? 里に来てくれれば、礼を持って遇するぞ。寝食は言うに及ばず――」
「そういう問題じゃないと思うんですけど。サキネさんは、ええと、その……いわゆる」
「うむ。子作りの相手を探している」
 平然と言ってのけるサキネに、頬を赤らめミヅキが口ごもる。
 二の矢が的に当たるも、僅かに中心を外して命中した。
「だいたい、物事には順序ってのがあると思います」
 ミヅキは三本目の矢を手に取り、今度は慎重に狙いを定める。普段なら本来、この距離で中心を外すことなどありえない。僅かに気負って息を吸い込み、それを肺腑に留める。金色に輝く豊髪がふわりなびいて、矢が空気を切り裂いた。
「ちゃんとお付き合いしてない方と結婚なんて、普通はできないです。普通は」
 狙い違わず中心を射抜いて、ミヅキが深く息を吐き出し呟く。
 その隣では、相変わらずサキネが不思議そうに小首を傾げていた。
「ミヅキ、その結婚というのは何だ? 他の者も言ってたが、必要な何かの儀式か?」
 不意の一言にミヅキは、つがえようとした矢を取り落とした。慌てて拾いつつも、眉根をひそめて端整な顔に困惑を浮かべる。それでも彼女は、あえて深く突っ込まぬよう弓を構える。この一週間でミヅキはミヅキなりに、サキネの人となりを理解しているようだった。
 つまり、本人は大真面目で、抱える問題は切実なものなのだ。
「結婚、しないんですか? その、サキネさんの里では」
「聞いたことがない……それはどういう儀式なのだ? 難しいのか?」
「まあ、結婚式は儀式ですけど。一生を共にする唯一の異性と、苦楽を分かち合う関係性です」
 ミヅキの一言にサキネは言葉を失った。
 ようやく出てきた一言は、
「……解った、じゃあミヅキ、結婚しよう」
 ミヅキの放った矢が明後日の方向へ消えてゆく。
「そうか、外の世界は一人の相手としか交配できないのか……難儀だな」
「まっ、待ってください。あの、サキネさん?」
「里では、皆で子作りして、皆で子育てをするのだが。そうか、ここは違うのか」
 それは驚愕の新事実だった。驚きというには余りに衝撃的で、こうして平然としてはいるものの、サキネは価値観の崩壊に忘我に一瞬呆けた。
 そもそも、サキネ達には異性という概念がない。適齢期が来れば誰とでも子をなしたし、生まれ来る子は里の皆の子、誰もが大事に育児に参加した。そうして同じ種で血を紡いできた結果が、今の危機敵状況である。
「あの、一つ聞きますけど……サキネさん。里には、その、恋とか……恋愛とか、ないんですか?」
 既に今日の鍛錬を諦めたのか、ミヅキは弓を畳んでサキネに向き直った。その顔には気恥ずかしさと共に、不思議なものを見るような表情が浮かんでいる。
 サキネは初めて聞く単語を、オウム返しに繰り返した。
「恋? 恋愛……ふむ、ミヅキ! なんだそれは!」
「えっ、あ、ええと……そ、それは……」
 社の巫女にしてハンターのミヅキが、歳相応のうぶな乙女になった。もじもじと俯き顔を赤らめ、体験したこともないことを語るに語れず口ごもる。そんなミヅキに、サキネは真剣な眼差しを注いで答えを待った。
 ミヅキのオトモアイルー、レトロゲーの声が鳥居の方から登ってきたのは、そんな時だった。
「旦那さん、お客さんだニャア。……ってちょっ、だ、抱き上げないで欲しいニャア〜」
「むふ、可愛い〜♪ ねね、お名前は? そっかー、こっちの地方もアイルーと一緒なんだ」
 幼く弾む、まるで歌うような声色が黄色く響く。
 自分以外に客らしい客もないこの社で、サキネは自然と声のする方を振り向いた。その視線を追って、ミヅキは身を正す。だが、彼女が期待した参拝客ではないようだ。
 蒼い髪を短く左右で結った、華奢な矮躯が近づいてくる。まだあどけなさを残す少女だ。
 ついサキネは、このユクモ村で見る初めての新顔を前に考えてしまう。子供に子供を産めというのは無理な話だ……それくらい、蒼髪の少女は幼く見えた。だが、向こうはサキネを、とりわけ隣のミヅキを見つけるなり、表情を明るくして駆けてくる。
「あっ、見つけた! 会いに来たよー、お姉ちゃんっ!」
「おっ、お姉ちゃん!?」
 思わず素っ頓狂な声をあげるミヅキ。その胸に少女は飛び込んできた。思わずよろめくミヅキを中心に、彼女はぐるりと一回転して着地するや、再度改めてギュッとミヅキを抱きしめた。
 呆然とするサキネの前で、混乱するミヅキをようやく解放すると、
「あたしルナル! ミヅキお姉ちゃんの妹だよ。ふふ、この髪……一発で解っちゃった」
 ルナルと名乗った少女は、ミヅキの豪奢な金髪を手に取り、優しくそっと梳く。
「い、妹? どうして名前を……それより、髪って? あ、まさか」
「そ、お姉ちゃんはパパの血が強く出たのかな? あたしはね、ママ似。ママから聞いたの」
 ルナルは両の手でツーサイドアップ……いわゆるチアジャギィに結った蒼髪を揺すぶる。その仕草もまた幼く、彼女がミヅキと同い年だと名乗るとサキネはさらに驚いた。
「妹……あの男の、娘……」
 再び抱きついてくるルナルを持て余しながら、ぼんやりとミヅキが呟きを零す。その声が暗く陰っている。つい先程、外の世界の家族を作る仕組みについて学んだサキネは、ミヅキの生まれがその手続に則ってないことを漠然と悟った。
 なぜならば、彼女はこのシキ国は冴津にあってありえない、黄金色に輝く長髪が美しかったから。
 それが異人、異国の者の血が入り混じるということは、流石のサキネでも解った。
「あの男……むー、パパのこと、嫌い? お姉ちゃん」
 一瞬顔をあげて、無邪気な笑みでルナルは大きな双眸を輝かせる。
 その視線から眼を逸らしながらも、ミヅキはどこか苦々しげに小さく声を荒らげた。
「嫌いだなんて……ううん、大嫌い。母様がわたしを身篭るなり、この国から逃げ出したんだもの」
「そっかー! ……それじゃ、あたしと一緒だね」
 不意に明朗で闊達なルナルの声がトーンを落とした。
 そのままルナルはミヅキの手を取り、さらに自分の手を重ねて言葉を続ける。
「あたしのママもね、あたしが生まれる前にパパに逃げられたの」
「それって……わたしと、同じ」
「うん、それでね。あたし、ハンターになってからずっとパパを追いかけてたんだ」
 その言語に今度は、逆にミヅキが身を乗り出す。
「そ、それで、あの男は……と、父様は見つかったの?」
「うん……もう死んでた。ドンドルマで。父様はね、大老殿のハンターだったんだって」
 ルナルが言うには、遥か西方の地ドンドルマを納める、大老殿なる組織があるらしい。そこのお抱えのハンターだったというのが、ルナルが調べた二人の父親の消息だった。過去形で語られるのは、既に鬼籍に入っているから。度重なる古龍の襲来で命を落としたらしい、というところまではルナルは調べたと言った。
「そう……あの男は、もう死んでたの」
 どこか力が抜けたように、ふっとミヅキが肩を落とした。そんな彼女を支えるように、三度抱きしめるルナル。今度は包み込むように、優しげに……気遣うように。そうして背中をポンポンたたきながら、ようやく彼女はサキネに気付いた。
「あ、お姉ちゃんのお友達? はじめまして〜、ルナルだよっ!」
「ふむ、私はサキネだ。ミヅキを嫁に貰おうと思っている」
 手をのべ握手を求めるサキネを前に、ルナルは大きな疑問符を頭に浮かべて硬直した。深い溜息を零すミヅキ。それが姉妹の再会に居合わせたサキネとルナルの、最初の出会いだった。

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