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 ユクモ村に賑わいの夕べが訪れていた。小さな広場には今、屋台や出店が狭々しく軒を連ねている。提灯に明かりが灯り、その光に照らされ夕闇を歩く村人達は浮かれていた。
 今日という日が祝祭でもって迎えられたのは他でもない……村に新たなモンスターハンターがやってきたのだ。それも、将来有望な若者ばかり何人も。今まで老ハンター一人だけが主な支えだった村は、新たな脅威を前に活気を取り戻していた。
「じゃあ結局、あの家に二人で住むんですか?」
「ええ。ですからオルカ様とはお隣さんということになりますね」
 日没と共にようやく、新たな我が家の掃除から解放されたオルカ。彼は新たな隣人と並んで、愛想良く話しかけてくる村人達の歓談に混じっていた。そうしてあれこれと語らいながら、隣のアズラエルに声を潜めれば、平坦だがよく通る声が返ってくる。
「で、そのキヨさんはさっきの、ええと、コウジンサイさん? の家に?」
「ええ、なんでもお話があるとか」
「なんか、若とか呼ばれてたよね……ひょっとして、偉い人か何かなんだろうか」
「さあ、どうでしょう」
 ちびりと地酒の入った盃を舐めて、オルカは隣の美丈夫を見上げる。別に詮索する気はないのだが、どこかアズラエルには距離を感じた。向こうは向こうで、不必要なことは一切喋らない。まるで例の足が悪い男の……キヨノブの忠実な番犬のような態度だ。
 だが、総じてオルカは細かいことを気にする性質ではなかった。
 自分には自分の都合があるように、人には人の都合があると思えてしまう。世間とはそういうものだと達観できるほど人間ができてはいなかったが、いちいち気にかけないのがオルカの信条でもある。
「いやぁ、しかしアンタ方が来てくれて助かったい」
「何せ今まで、コウジンサイ様が一人で狩っててくれたからねえ」
「社のミヅキちゃんも忙しいから、そうそう狩場には出られないしな」
 オルカ達を囲む村人達の顔色は明るく、口々に実情を語りながら酒を杯に注いでくる。オルカはそう飲める方ではなかったが、アズラエルは一定のペースで平然と地産の発酵酒を飲み干していた。
 勿論、その白磁の如き顔色には、僅かも赤みがさす様子は見られない。
「その、コウジンサイさんって方には先程お会いしました。……どういう方です?」
「ん、ああ……元城代家老のお武家さんだよお。隠居してこの村に来なすったんだ」
 秘湯の温泉街でもあるユクモ村の人々は、誰も彼もが人慣れしてて愛想がいい。オルカの素朴な疑問にも、聞いていないことまで事細かに教えてくれる。その口ぶりからオルカは、件の人物がこの村でどのような存在かも大まかに把握することができた。取り敢えずは信用できるベテランハンターらしい。
 新たな生活の拠点で少し情報収集をしながら、オルカはアズラエルと一言二言交わしつつ、もてなしの料理を口に運んで少し酒を飲んだ。
「お前達か? 今日やってきた新しいモンスターハンターというのは」
 不意に背後で声がして、振り向くオルカは自分を指さした。当然、隣のアズラエルも首を巡らせる。
 そこには、長身痩躯の女が立っていた。漆黒の豊髪を束ねて結った、透けるような肌の女だ。浴衣姿の彼女は右手に盃を、左手に徳利を持ち、大勢の村人を周囲に連れている。ほのかな明かりに浮かぶ白い肌は、あちこちを取り巻く包帯よりも尚白かった。
「え、ええ、まあ。ええと、貴女は」
「同業者とお見受けしましたが」
 アズラエルの一言にオルカは、改めて件の人物をまじまじと見詰める。なるほど確かに、着物の下にハンター特有の鍛え抜かれた肉体美を感じた。発する気配も自分達と同種のものだ。何より、世界のあちこちで狩りを生業とするモンスターハンターは、地域によっては一般的、また地域によっては特殊な職業……程度の差こそあれ、同じ匂いを察することができる。
「ま、そのようなものだ。私はサキネ。怪我でしばらくは狩場に出れぬが、明日からよろしく頼む」
 サキネと名乗った女が徳利を向けてくるので、オルカは黙って盃を乾かす。アズラエルも顔色ひとつ変えずクイと杯をあおった。
「ふむ、お前達は男だな。なかなかいい飲みっぷりだ。そっちの異人も」
「は、はあ……あ、どうも。俺はオルカです」
「私はアズラエルと申します」
 軽い自己紹介のやり取りが始まるのかと思い、オルカは注がれるままに杯を受けて、生真面目に表情を作ったサキネを見つめた。同時に、探るような視線を全身に浴びて妙な緊張を覚える。
 男だな、というのは見るまでもないと思うので、会話の流れに少し違和感を感じていると、
「オルカにアズラエルか。……ふむ、いいな。申し分ない。狩りの腕も立ちそうだし、健康そうだ」
 オルカが返礼に徳利を取り上げれば、酒を注がれながらもサキネはポンポンと肩を叩いてくる。そうして形通りの乾杯を交わした次の瞬間、オルカは口に含んだ酒を吹き出すハメになった。
「どうだ? 二人ともうちの里の婿に来ないか?」
 常識の埒外にある一言だった。オルカは激しくむせて咳き込み、アズラエルはきょとんと目を点にしている。それでも取り乱した様子もなく、即座に「失礼ですがお断りします」と、さも何事もなかったように静かな一言。慌ててドギマギしているのはオルカだけだった。
「そうか、それは惜しいな。異人でも私達は構わぬのだが……難しいものだな。オルカはどうだ?」
「え、えっ、そ、そそ、それはどういう……あの、何か地方の挨拶ですか? 流行の冗談とか」
「私は大真面目だ。お前達のような優良で健全な若者を探している。子作りの相手にな」
「……はあ」
 ぽかんとしてしまって、オルカはそのまま固まってしまった。ただ、周囲の村人からほがらかな笑い声があがる。
「まあたサキネちゃんの嫁婿探しがはじまったよ!」
「若いの、気にしなさんな。この娘はちょっと切実が事情があるのよ」
「そうそう、この村の若い衆は、ほぼ皆そう言われてるからな……ま、訳ありなのさ」
 サキネは突然の求婚がアズラエルにバッサリ断られたことも、さして気にしていない様子だった。ただ、少し残念そうに酒を飲んでいる。
「あ、あの……嫁婿探しって」
「うむ、嫁でもいいのだがな。どうもその、外の世界は結婚だ何だと手続きが面倒なのだ」
「その、なんていうか……基本的な大前提がまず、手順として抜けてませんか? 俺等の間に」
「ミヅキも同じことを言ってたな。外界は難儀だな……恋愛とかいう行為のことだな?」
 何か噛み合わぬ会話のやり取りで、オルカは漠然とだが目の前の麗人が普通の人間ではないことに気づき出す。このユクモ村を外の世界……外界と呼ぶサキネに僅かばかりの興味を抱きつつ、酔い始めたオルカは背中で聞き覚えのある声を見た。
「おーおー、やっとるかね諸君っ! やっほー、オルカっち。ええと、そっちのノッポさんは」
 このユクモ村への定期便で同道した、同じハンターのルナルだ。彼女は今、紅白の巫女装束を纏った金髪の少女を連れて、外様にも関わらず堂々と酒宴の席に現れた。たちまち差し出される酒と料理を、待ってましたとばかりに受け取り頬張る。
「もうっ、ルナル? ちゃんと挨拶はしたの? 一応仮にも、わたしの妹なんでしょ?」
「一応も仮にもも何も、れっきとした姉妹だよう。腹違いの姉妹というやつなのです!」
 馴れ馴れしくオルカにも料理を勧めてくるルナルは、なるほど後ろに連れる少女と面影が重なる。髪の色や顔立ち、体つきはだいぶ違うが、どこか同じ血筋を感じる。
 オルカの視線に気付いたのか、紅白の少女は豪奢な金髪を僅かに揺らして一礼してきた。
「今日いらしたハンターの方ですね? わたしはミヅキ、柳の社で巫女をしてます」
「ハンターも兼業なんだよね? あんね、オルカっち。あたしのお姉ちゃんなんよ」
 ほぶほぶと肉を頬張りながら、ルナルが要領を得ない説明を述べ、サキネがうんうんと頷いている。
 なるほど、無作法だが憎めないルナルの不躾な態度に焦るミヅキは、姉のように妹の世話を焼いていた。
「では、これでハンターは全員揃ったということでしょうか」
「んー、なんか、も少し来るらしいよ? んー、えっと……そだ! アズにゃん!」
 さして興味もない様子で、静かに料理を口に運びながらアズラエルが全員を見渡す。その冷たい視線を受け止めつつも、平然とルナルが元気な声をあげた。
「ア、アズにゃんて……あ、あのさ、ルナルさん」
「んもー、だからルナルでいいってば! みんな今日から仲間なんだし!」
 ルナルのペースに押し切られつつも、オルカは改めて明日からの狩りの仲間を見渡した。歳も近く同世代のハンターが五人、そしてさらにもう少し人員は来るらしい。
 改めてオルカは、ギルドが斡旋した新種の討伐、その対象……ジンオウガなる未知のモンスターへと想いを馳せる。初めて聞くその名と対峙する時、この仲間達が一緒かと思うと心強い反面、どこか不安な気持ちも湧いて出た。

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