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 その場所の名は水没林。高温多湿なシキ国にあって、窪地な為に年中雨の蒸れた土地だ。その驟雨に煙る光景は、どこか故郷の湿地帯を彷彿させるとノジコは振り返る。同時に、こういった場所には独自の生態系が構築され、他とは一線を画した生き物たちの逞しさが垣間見れるとも。
 ついでにノジコは、同じく水辺に身を伏して息を殺す、仲間のハンターへ返事を一つ。
「え、それじゃあお店で買っただけなんですか? いいのかなあ、防具」
「なんか、わたしとお揃いならそれでいいみたい。少し、どうかなあって思うんですけど」
 弓へ矢を添えたまま、すぐ隣でミヅキが溜息を零す。彼女が今、頭を悩ませているのは妹のことだ。
「それで、その、ハンターシリーズ一式を揃えたルナルさんは?」
「……家でゴロゴロしてるの。ほんともう、だらしないんだから」
 再度嘆息するミヅキの生真面目さが、ノジコにもやんわりと伝わってくる。
 ハンターの武具を取り扱う店は数多いが、多くのハンターは直接武具を購入するよりも、ハンティングで得た素材を用いてオーダーメイドの形を取ることが多い。例えば、わざわざ水没林のクエストを受注した今日のノジコのように。総じてオーダーメイドの方が、性能の高い物を得やすいのだ。そしてそれは、ハンターの狩果や生存に直結する。
 だが、見た目や思い入れを重視するハンターが多いのもまた事実だ。
 そういった意味で、ミヅキの妹が姉とお揃いの防具をチョイスするのも頷ける話だった。もっとも、同じハンターシリーズでも、ミヅキはガンナー用、妹のルナルは剣士用だ。扱う武器によって防具は、たいていこの二種に分類される。
「そういえば……アズラエルさんは防具、新調しないんですか?」
 不意にミヅキは、背後で採取に勤しむ長身の美丈夫を振り返った。色素の薄い金髪の少年……未だ少年の面影を残す青年は、その端正な無表情に疑問符を浮かべて顔を上げた。
「あのっ、私付き合ってもらってますし……アズラエルさんの必要な素材あるなら、次は――」
 ノジコもミヅキと並んで、色白のアズラエルを覗き込む。
 だが、返ってきた答えは淡白なものだった。
「いえ、私は特に防具は……不自由はしていないですよ」
 その姿は今のノジコ同様、ギルドから支給されたユクモシリーズだ。言うなれば「着ていないよりはマシ」というレベルの防御力だし、お世辞にも高性能とは言い難い。だからこそユクモ村に集った皆が皆、よりよい防具を求めて狩りに精を出しているというのに。このアズラエルときたら、そういうことにはまるで無頓着な一面をのぞかせ、二人の少女を困惑させるのだった。
「えっと、アズラエルさん。防具は大事ですよ、大事ですっ」
「何か狙ってるシリーズとか無いんですか? お手伝いしますよ、私達」
 ミヅキと一緒にノジコは揃って額を寄せ合うが、アズラエルは雨の降り注ぐ点を仰いで首をかしげた。細い顎に手を当て考えこむ仕草を見せてくれるが、再度返ってきた言葉は、
「強いて言えばそうですね。採取用にレザーシリーズがあると便利でしょうか」
 二人の期待を大いに裏切る、意表をついたものだった。
「アズラエルさん……そんな、レザーシリーズって」
「たしかにあれ、便利ですけど。採取の時だけですよ? 役に立つのって」
 ハンターが用いる防具にはどれも、モンスターハンターならではのまじないと言うか、一種のジンクスがあった。例えばレザーシリーズなら、普段より採取しやすくなるような気がする。そう、気がする、とかである。ノジコのユクモシリーズなら時々ダメージの痛みが和らぐような気がするし、ミヅキのハンターシリーズなら釣りや肉焼きが上達した気になる。そう、気がする、気になるだけ……だが、そういうメンタル的なことが時として、ハンターの助けとなる。
 職人達が丹精込めて作った逸品なれば、そういう不思議な力が宿っても不思議はなかった。
 因みにアズラエルが希望したレザーシリーズは、ユクモシリーズと同じく防御力は最低の防具である。それでもそういった一種のジンクスがあるから、必ずしも不要とは言えないが。少なくとも、ジンオウガにこれから挑もうというハンターが求める防具ではない。
「私はランサーですから防備も十分ですし。支給されたこの防具も悪くはないですよ」
 それだけ言って、アズラエルは再び採取に戻った。彼は注意深く、身を潜めるノジコとミヅキの邪魔にならないように虫あみを振る。長身痩躯からは想像もつかぬ繊細な作業に感心しつつも、全く防具に興味を示さぬアズラエルに、溜息の二重奏が響いた。
「んー、確かにランスだと防御は万全だけど。でも、もしもの時って考えないのかな」
「まあ、本人がいいって言うのなら……わたしだって現状、ハンターシリーズで足りてるし」
 ミヅキの言葉に頷きつつ、ノジコもそういうものかと納得せざるを得ない。
 ハンターの用いる武器は様々だが、アズラエルが用いるランスは、ノジコのガンランスと並んで守備力に定評がある。利き手に盾を持ち、その防備は鉄壁……生半可な攻撃ではひるまない。が、それはハンターが神経を集中して相手の攻撃を見切った場合に限る。不意をつかれた際などはやはり、頼れるのは防具なのだが。
 薬草を取り始めたアズラエルをぼんやりと見ていたノジコは、ミヅキに不意に肘でつつかれた。
「ノジコさん、来ました……手はず通り。アズラエルさんも!」
 声を潜めていても、その響きは弾んで緊張感をたくわえる。ミヅキが声をかけた時にはもう、アズラエルは採取の手を休めて背の槍を構えていた。ノジコも武器を手に取れば、中折れ式のガンランスが鈍い金属音を響かせ連結される。
 三人が草陰に身を伏せる、その目の前に……一匹のドスフロギィが現れた。
「先制しますから、二人で突っ込んじゃってください」
 ミヅキが弓に矢をつがえて、細い弦をしならせ引き絞る。
「では、私がペイントを。丁度今調合したとこですし。ノジコ様はフォローをお願いします」
 こぶし大の球体を手に、アズラエルがノジコとミヅキの間で身を沈めた。
「解りました、援護します……それにしても、コウジンサイさんはどこへ行ったのでしょ――」
 狩りの手はずを確認して、今まさに飛び出さんとしたその時だった。
 眼の前のドスフロギィは、ささやき合う三人のハンター達に気づいた。咄嗟にノジコのむき出しの肩を、柔肌を殺気が擦過する。全身の毛穴が開かれてゆくような、総身を震わせる恐怖と高揚感。
 ドスフロギィは甲高い声でフロギィ達を呼び寄せると、その群の中に陣取り牙を剥き出しにした。
「おや、見つかってしまいましたね。では……いきましょう」
 先手を討つつもりが、後の先を取られた。そのことにいささかも動じることなく、上体を起こしたアズラエルが投擲と同時に地を蹴った。彼はランスを構えたまま、猛ダッシュでフロギィの群を縫うように走り、ただドスフロギィだけを目指して突進する。その穂先が真芯で獲物を捉え、短い悲鳴が響いた。
「ノジコ様、ミヅキ様と繋ぎをお願いします。私は逆側を抑えますので」
 その声をかろうじて拾うノジコは、フロギィの群を掻き分け走っていた。その道筋を案内するようにミヅキの矢が降り注ぐ。アズラエルの一撃でひるんだドスフロギィが吠え荒ぶ、その顔面へとノジコはガンランスを突き出す。ガトリングランスを改造した急造の銃槍は、毒竜に突き立つやスイッチと同時に炸薬を撃発させた。ノジコは手の内に、リボルバーが空薬莢を抱いて回転する機械的な、精密な手応えを感じて安堵する。同時に、より深く槍を繰り出し突き刺してサイドステップ。
 ノジコの隙をフォローするように、逆側へと位置を確保したアズラエルの刺突が繰り出された。
 たまらず悲鳴をあげてドスフロギィが逃げ出す。その末脚は早く、鈍重なランスとガンランスはたちまち引き剥がされた。
「大丈夫っ、アズラエルさんのペイント生きてるっ! わたしが追いま――あっ!」
 咄嗟に駆け出したのはミヅキだったが、彼女が再度つがえた矢を射ることはなかった。
 突如として、ドスフロギィが逃げるその先へと、生肉を山と抱えた大男が現れたのだ。
「カカカッ! 久しぶりの狩りで採取に手間取ったわ! どれ……美味しいとこを頂戴しよう」
 コウジンサイだ。口髭をゆすって笑う巨漢は、背の太刀へと手をかけた。
 必死で逃げるドスフロギィは、目の前に現れた人間を避けるように回りこむ。だが、コウジンサイは抜刀と同時に身を転がして、その逃走経路を塞ぐや全身を捩った。筋骨隆々たる体躯が引き絞られて、冴え冴えと光る太刀が振りかざされる。
「ふんっ、ぬおおおおおおおっ! ……一閃っ!」
 光の線が走った。小さな音が空気を切り裂いた。
 ドタドタと走るドスフロギィは、首から上下に両断され……そのまま、鋭利な切断面を雨に晒しながら駆けていった。ドサリとその場に首が落ちて、身体はそれに気づかず走り去ってゆく。
 老練なる剣技に驚きながらも、ノジコは素材を剥ぎ取るべくペイントの臭いを追って武器を収めた。

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