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 その農園はモンスターハンターの生活補助の為に、ひっそりとユクモ村の外れに設けられている。多くのハンター達が入れ代わり立ち代わり手入れしてきたお陰か、コウジンサイの代でも寂れた様子はなく、施設の拡充も著しかった。
 そんな農園で午後の日差しを浴びて、キヨノブは薪を割っていた。
「フニャ〜! チェリオーッ、ニャッ!」
「ほい、ご苦労さん。ってかな、トウフ。俺ぁずっと思ってたんだけどよ」
 アイルーのトウフが真っ二つに斧で両断した薪を、キヨノブは切り株に腰掛けたまま拾い上げた。同時に台座に新しい木をセットしてやると、トウフはよろよろと再び危なげな手つきで斧を振り上げる。
「掛け声な、チェリオーじゃなくて、チェストーじゃねえかなって」
「ニャニャッ! ……そうなのかニャ? ひょっとしてボク、間違ってたかニャア」
 トウフは背後を振り返って、同じオトモの漆黒に問いかける。だが、トウフと違って黒毛のメラルーは、先程から黙々と腹筋運動に余念がなかった。トウフの言葉に一時身を止めるが、何も言わずに再び汗を流し始める。
 アズラエルが雇ってからというもの、ユキカゼは終始この調子であった。
 もっとも、キヨノブは長い目で見るつもりでいるので、頑ななこのメラルーが可愛くすらある。彼は彼なりに必死、それも今までの経歴から切実にならざるをえない心境に自分を置いてると知れば、僅かに不憫でもあるが。だが、愚直なまでの実直さが、与えられた名に妙に似合ってて少しおかしい。
「よお、ユキカゼ……そんな気張ってもへばるだけだぞ?」
「ニャッ、大丈夫ですニャア。……兎に角っ、鍛えてっ、旦那さんの役に立つニャ」
「いや、十分役に立ってるだろ。アズから聞いたぜ? 活躍してるじゃねぇか」
「まだまだ全然駄目だニャ。このままだと、旦那さんの足を引っ張ってしまうニャ」
 ユキカゼはせっせと身体を動かし、今度は腕立て伏せを始めた。
 この、ネコバアすらサジを投げたオトモアイルー……もとい、オトモメラルーはしかし、旦那さんのアズラエルに言わせれば「結構使えますね」だそうだが。どうやら向上心が強い上に、必要以上にユキカゼは自分を追い込む傾向があるようだった。
「ユキカゼは真面目すぎるニャア。メラルーにしとくのが勿体無いくらいニャ」
「テムジンもそう思うかニャ? ボクも見習わないと駄目だニャン〜」
 桟橋の方から魚を釣ってきたテムジンが、腕組み頷くトウフの隣で感嘆の溜息を一つ。キヨノブも、一人せっせと鍛錬に勤しむユキカゼを見て、もう少しどうにかと思案に暮れた。そんなに四六時中張り詰めてなくても、アズラエルはユキカゼを解雇したりはしない。キヨノブにはそんな気がするし、最近の狩りではあのアズラエルが、自分からユキカゼを連れてゆくことも珍しくなかったから。
 だが、ユキカゼはあくまでも一途で、まるで何かに追われているかのように身を鍛える。
 思わずキヨノブは、何故そうまで必死になるのかついポツリと訊いてしまった。
「……初めて名前で呼んで貰えたニャ。今までずっと、旦那さんの役に立てず、先走ってばかり」
「それ、今も同じだろ。つーかあれだわ、ユキカゼ。そんな気張り過ぎんなや。な?」
「旦那さんの役に立ちたいニャア。立派なオトモになりたいんニャ!」
「ま、無理だけはすんなよ。それと無茶もだ」
 うんうんとテムジンが頷き、それをトウフが真似る。
 だが、ユキカゼはどこか仲間のアイルー達にもどこか壁を作っている印象があった。メラルー故にしかたないのかとも思う反面、少し心配だとキヨノブは思案する。
 そんな昼下がりの農園に、呑気で元気な声が鳴り響いた。
「はいはーい、オトモさん全員集合〜! 今から虫採シーソーやるよーっ!」
 この時間、ハンター達は皆狩りに出ている。アズラエルはミヅキやノジコと連れ立って水没林に出かけたらしい。久々の狩りだとコウジンサイが大人げなく後をついていったのをキヨノブは思い出した。同様にサキネやオルカも、遠方から来た覆面ハンターと凍土に赴いている。古龍観測所の職員を名乗る女性はまだ一度も顔を見せてくれず、その素顔が気になっているキヨノブだった。
 基本的にハンターは、一日の大半を狩場で過ごす。基本的に、普通ならば。
 であれば、腕は別にして満面の笑みのルナルが真昼間からこんな場所にいるのもおかしな話だった。だが、ユクモ村での暮らしにも慣れ始め、ハンター達の顔ぶれを覚え始めたキヨノブは苦笑を零す。この狩猟笛使いときたら、生真面目で融通がきかない姉とは反対に、どこまでもぐうたらでマイペースなのだ。
「ルナルちゃんよ、お前さんは昼間っから村でゴロゴロしてていいのかい?」
「えー、いいわけないよう、おっちゃん」
「おっ、おっちゃ……と、兎に角だな、お兄さんは感心しないな、いい若者が――」
「農場だって立派なハンターの仕事だもんね」
 口の減らない娘だと思いつつ、キヨノブは大樹へ向かう小さな背中を目で追う。彼女が連れるオトモのももまんの他にも、テムジンとトウフが後に続いた。希少な虫が色々と採取できる大きな木の下で、くるりとルナルは振り返る。
「おーい、ユッキー! キミもおいでっ! 一緒に虫採シーソーしよ? ね?」
「ニャニャ? ウニャア、ボクは今日のトレーニングがまだ残ってるニャア」
「なにそれ?」
「ネコ腹筋百回、ネコ腕立て伏せ百回、ネコ崖登り五往復ニャ」
「げげっ、それ全部やるの? 疲れちゃうよぉ〜」
「これを五セット、毎日欠かさずニャ」
「うわぁ……ユッキーさ、ちょっと気負い過ぎじゃない?」
 ルナルはゴホン、と咳払いを一つして、人差し指を立てて偉ぶるや歌うように語りだした。
「鍛錬も大事だけど、農場での採取も立派なオトモの仕事です! ほらほら、いいからいいから」
「で、でも……フニャア」
 逡巡を見せるユキカゼに、今度はももまんがトテトテと近づく。そうしてユキカゼの手を引き、ももまんはニコニコと細い目を更に細めた。
「一緒に飛ぶニャ。虫が沢山取れれば、ユキカゼの旦那さんも喜ぶニャ!」
 ユキカゼは意外に思ったのか、固まってしまった。そのまま手に手を引かれてシーソーまで連れて行かれる。キヨノブはそんなユキカゼの背をにこやかに見送った。
 本来、アイルーとメラルーは慣れ合うことはない。基本的に温厚なアイルーに対して、メラルーは好戦的で悪戯好きだから。そのメラルーの中でも例外的に勤勉なユキカゼは、彼だからこそかもしれないが他のオトモアイルー達に優しく出迎えられた。
「さ、ユキカゼはここに立つニャ。こういうのはトウフが上手だから、よく見て覚えるニャア」
「ボクに任せるニャア! 伊達に採取と笛だけやってないニャッ!」
 戸惑うユキカゼを内に迎えて、オトモ達の輪は穏やかな和を形成していった。その一部になったユキカゼが、一瞬不安そうにキヨノブを振り返ってくるので、大きく頷いてやる。
「よーしっ、それじゃみんな、いいかな? いっくよぉー!」
「うんうん、やっぱオトモ同士仲がいいじゃねぇか。しっかりやんな、ユキカゼよう」
 さてと、と小脇の鉈を手に、キヨノブは一人で薪割りを再会する。
 その背をルナルの、無邪気で無垢な疑問の声が叩いた。
「仲いいといえばさ、おじちゃん! アズにゃんとおじちゃんも、仲いいよね」
「なっ、何を突然ぬかしやがる。い、いや、まあ、そりゃ仲はいいぜ? ああ、凄くいい」
 突然の言葉に何故か動揺して、キヨノブが振り下ろした鉈は木に食い込んだまま噛まれて止まった。
「ねね、シキ国ってさ……そゆの、あるんでしょ?」
「何をお前は……お子様は知らなくていいの。ったく、おませなハンターちゃんだぜ」
「……ルナルも十七歳だもん。そりゃ、お姉ちゃんと比べると、子供に見えるかもだけど」
「中身もまだまだ子供なの! いいからさっさと採取しちまいな」
 シキ国には武家社会ならではのしきたりや作法があり、キヨノブはその理の中で育った男でもある。そして、ルナルの言う「そゆの」とは、多かれ少なかれどこの国でもよくあることだった。
 ルナルは後ろ髪を惹かれつつも、ジャンプ台の上で身を屈めて勢いを付ける。
 その小さな背にキヨノブは、つい本音をぽろりと零してしまった。
「そうさな、戦友、仲間……っていうよりは、相棒? 相方か、それ以上さ」
「え? ええっ! そそ、それってまさか、やっぱりおじちゃ、ウワワッ!?」
 バランスを崩したルナルが、よたよたとジャンプ台の上で腕を振り回して踏ん張る。しかしそれも叶わず、彼女はシーソーの上に尻から落下した。ユキカゼ達はとっちらかって、あらぬ方向へと四方八方に飛び散り、果敢に虫あみを振り回しながら大地へと叩き付けられた。
「イタタ……旦那さん、ひどいニャア。もちっと気合入れてジャンプして欲しいニャン」
「ユキカゼ、怪我しなかったかニャ?」
「大丈夫みたいニャ。……これは……いい鍛錬になるニャ! もう一度飛ぶニャ!」
 キヨノブは腰元をさすりながらエヘヘと笑うルナルに、目元を緩めて笑みを返した。
 ユクモ村は今日も平和で、ハンター達はまだ素材集めに忙しくも、まだまだ呑気でいられた。

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