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 それは純朴な好奇心と探究心。ノジコは今、急造仕様のガンランスに炸薬を装填しながら身を潜める。渓流の水場にはまだ、今日の獲物クルペッコは姿を現さない。
 王立学術院の書士として、まだ見ぬ怪鳥へと想いは募る。
「アズラエルさんとオルカさんも、遭遇できてないみたいですね……連絡、ありません」
 不意にノジコの背後で声がした。同時にボウガンが弾薬を飲み込む音がして撃鉄が跳ね上がる。ノジコと待ち伏せ組に加わったモンスターハンター、アウラだ。その声は落ち着いて瑞々しく鼓膜に浸透してくる。多分、自分と同じくらいの年代の女性だ。
 ノジコはふと、ボウガンの準備に余念のない仲間を肩越しに振り返った。その姿は華奢な女性特有の起伏を浮き出させる痩身で。身に付けている防具はアロイシリーズだが、何より頭部の兜が特徴的だった。猛禽を思わせるフルヘルムは、アウラの肌をどこも露出させていない。細いスリットから覗く目だけが、時折瞬きながらノジコに視線を返してきた。
「? どうかされましたか、ノジコさん」
「いっ、いえ……」
 慌ててノジコは眼前の泉へと目線を戻す。不思議そうに小首を傾げるアウラだったが、どうやら合点がいったようでポンと手を叩いた。
「ああ、この姿ですね。ご無礼とは思うのですが、わたしはその、ちょっと事情がありまして」
「はあ。ま、まあ、ハンターにも色々な人がいますから。私、気にしてないですよ」
 一言目は本当で、二言目は本心だ。モンスターハンターという職業に貴賎はなく、統括するギルドと僅かな掟以外、明瞭な定義はない。防具や格好に関しても自由で、アウラとは逆に全裸に近い格好で原始的な狩りをする地域もあるとノジコは聞いていた。
 何より、ノジコは正体不明のアウラを気にしてはいなかった。
 どちらかというと、好感を抱いているというか、純粋に気が合った。おそらく、似たような目的の組織に身を置いているからだろうか? アウラはドンドルマの古龍観測所の職員で、何度も轟く遠雷亭にてノジコの話を聞いてくれた。また、自分の意見も言ってくれる。組織の垣根を超えた議論の主題は、主に雷狼竜ジンオウガについて。二人は時に書物の山に埋もれながら、深夜まで語り合う仲だった。
「そのうち素顔を見せる機会もあると思いますけど。……その、驚かないでくださいね」
「大丈夫ですよ、アウラさん。誰も驚きません、多分。アズラエルさんやオルカさんもみんな」
 そういえばアズラエルの家に一緒の男が、しきりにアウラの素顔を気にしていたいのをノジコは思い出した。同時に苦笑が浮かんで口元を手で覆う。
 ガンナー装備とは思えぬアウラのフルヘルム……それも、規格外のワンオフ品。何か事情があるのだとノジコは薄々気付いていた。例えば、顔に大きな傷があるとか。そもそも古龍観測所なる組織は、ノジコ達王立学術院にとっても謎の存在だから。だから、素顔はなかなか見せられないのかもしれない。そう思えば自然と、ノジコは無粋な詮索を心に沈めることができた。
「そう言えばノジコさん、そのガンランス……」
 ふと背後でアウラが、ライトボウガンを背負いなおしながら呟いた。
 それでノジコも、背中に折りたたまれている愛用の武器を小さく鳴らす。
「あ、これですか? 学術院の工房で、突貫工事で作って貰ったんです」
「ガトリングランスの改造品ですね。王立学術院は高い技術力を持ってると聞きますが」
「うちの地方ではまだ、ガンランスの普及率低くて。主任に無理させちゃいました」
 ノジコは手馴れた手付きでガンランスを展開すると、軽く振る。中折れ式の銃槍は、カキンと小さな金属音を鳴らして戦闘準備を整えた。
「問題は、この村でどうやって強化するかなんですけど……どうしようかな」
「村のおじいさんに相談してみてはどうでしょう。大丈夫ですよ、ノジコさん」
 一応、ノジコにはギルドから支給されたガンランスもある。長らくユクモ村のハンター達が使い込んだ、酷く古い武器が。そっちは改良が容易で、素材さえあればすぐに強化できる。だが、ノジコが今背負っている武器はワンオフ品なので、そうもいかないだろう。
 だが、故郷で同僚達が作ってくれたこの銃槍が、ノジコの手には酷く馴染んだ。
「武器と言えば、アウラさんのそれは……」
「クロスボウガン。まあ、一番一般的なライトボウガンですね。使いやすくて、これ」
「サイレンサーって珍しいですね。ミナガルデじゃみんな、ロングバレルなのに」
「ふふ、ドンドルマ製のサイレンサーには、反動を軽減する機構があるんですよ」
 初耳だ。ボウガンの技術一つ取っても、ドンドルマとミナガルデでは大きな差がある。謎の城塞都市、ドンドルマ……古龍との定期的な戦闘を前提に建造され、西シュレイド王国内にありながら自治権を持つ不思議な都。ガンランスや狩猟笛等、ミナガルデでは一般的ではない武器も広く普及している。
 世界は広いとノジコが呑気に感心していると、アウラが突然屈みこんだ。目の前で気配が殺されるのを察して、咄嗟にノジコも呼吸を合わせる。二人は無言で大自然の一部に溶け込み、飲み込んだ呼気を肺腑に留めて大地に伏せった。
 バサバサと翼を羽撃かせながら、小さな影がノジコとアウラの頭上を通過した。同時に、水場にちらほらといたケルピ達が、危険を察したように散らばり始めた。
「ノジコさん、来ました。あれが多分クルペッコです」
「……凄い色。何かの保護色なのかな? それとも……はっ、あ、はい」
「ふふ、わたしも凄く興味あるんです。シキ国のモンスターの生態調査が目的なので」
「で、でも今はそれより、狩りですよね。アズラエルさんやオルカさんに伝えなきゃ」
 クルペッコと思しき、極彩色の怪鳥が二人の視界へと降り立った。その緑を基調とした色彩は鮮やかに映えて異彩を放っている。意外に小さく、ノジコが知るイャンクックやゲリョスよりも、二回りほど小柄だ。もしかしたら、特別小さい個体なのかもしれない。
 ノジコは書士としてアレコレと分析を脳裏に閃かせながらも、アイテムポーチの中から煙幕弾を取り出す。丁度手の平サイズの円筒で、尻から短い紐が伸びている。ノジコはアウラと頷き合うや、それを空へ向けて紐を強く引き抜いた。音も立てずに真っ赤な煙が、一条の線を空へと昇らせた。
 モンスターハンターは狩りの際、必ずこうした煙幕を持ち歩く。無臭無音のこれは、離れた仲間へ合図を送る際に多用され重宝されていた。
「二人もすぐに駆けつけると思いますけど……」
 アウラはボウガンを構えて僅かに身を乗り出した。ノジコも改めてガンランスを握り直し、大きな盾を身に寄せる。直感的にアウラの言葉尻を拾って、ノジコは意を決して、
「先制しましょう。今なら先手が取れます。あくまで慎重に……まずペイントから」
 使い終えた煙幕を捨てるや、ノジコの手は再びアイテムポーチの中へと伸びる。整理された道具の中から、ペイントボールを要領よく掴み出すや彼女は身を乗り出した。
「麻痺弾、効くでしょうか……試してみますね」
「私はペイント投擲後に張り付くので、援護よろしくお願いします」
 互いに異郷人ながらも、同じモンスターハンター。実際に狩りの獲物を前にして阿吽の呼吸が行き交った。自然とノジコは、背中を任せるガンナーの腕を信じ始めている。同時に自分もまた、小さな自信を奮い起こして勇気を出した。
「あ、水を飲みだした……チャンスです、ノジコさん」
「じゃあ、行きますね」
 二人は同時に地を蹴った。それは静かな、しかし強い歩調で加速してゆく。疾走……全速力で馳せるノジコは、大きく右手を振りかぶった。大きく弧を描いて、ペイントボールがクルペッコに吸い込まれてゆく。
 狩人にはおなじみの刺激臭に包まれて、クルペッコはその場でクルリとターンするや絶叫を吠えた。
「まずはセオリー通りに……多分壊せるっ、あのクチバシ!」
 小さく叫んで、ノジコが一足飛びにクルペッコの足元に飛び込む。小柄と言っても怪鳥、その身体は密着して肉薄すれば見上げるほどだ。鮮やかな体毛に覆われたその巨躯へと、ガンランスを繰り出しトリガーを押し込む。刺突と砲撃の二重奏に、クルペッコは小さく鳴くと後方へと飛び去った。
 だが、上空へ逃げる軌道を制するように、アウラの援護射撃が頭を押さえる。
 戦端は開かれた。クルペッコは距離をおいてノジコ達を睨むや、喉を膨らませて威嚇してくる。
「オルカ様、つきました。既にもう、始まっているようです」
「二人ともお待たせっ! 手伝う!」
 残りの仲間達が合流して、ノジコ達の体制も万全だ。アズラエルとオルカは足を使って、渓流をくまなく駆けまわってきた筈だ。しかし疲れも見せずに、両者は武器を構えるやクルペッコとの距離を詰める。
 瞬間、ノジコは初めて見る特殊なクルペッコの生態に息を飲んだ。
 クルペッコはまるで踊るように左右へ揺れながら、膨らむ喉の奥から奇妙な高周波を発生させた。刹那、彩鳥を囲む四人のハンターの背後に、突然殺気が現れた。

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