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 秋晴れの渓流を悠々と女王が舞う。その優雅ですらある羽撃きが舞い降りると、身を隠して気配を殺すモンスターハンター達もまた足を止めた。茂みに隠れて二手に分かれ、互いにサインを送り合う。
 アズラエルは抜槍して身構えながらも、隣でミヅキがあちら側に呼びかけるのを見た。
 彼女は両手を使って器用に意思を伝えんと、手の甲を叩いて、
(けむり玉を使うから、全員で一斉に近づいて――)
 その後、拳で掌をぽすんと叩く。
(速攻で畳み掛けましょう!)
 狩人同士が使う、無音のサインだ。だが、背の大剣に手をかけるサキネの側では、ルナルが同様の手振りで反論を送ってくる。
 ルナルもまた手をばたばたと動かす。声に出せば口早であろうそれは、
(その前にっ、旋律! 笛吹かせてよう!)
 狩猟笛が奏でる旋律は、ハンター達の戦意を高揚させ、恐れを忘れさせる。音色毎に様々な効果があって、数少ない狩猟笛使いが珍重される理由にもなっていた。その調べは狩人を奮い立たせ、狩りを有利な方向へと導く。
 だが、そうこうしている間にもリオレイアは重厚な足取りで餌を探し始めた。
 息をひそめながらもミヅキが再度サインを送る。
(それは後で、先制のチャンスを逃しちゃう)
 それだけ伝えるとミヅキは、矢を束ねてビンの薬液に鏃をひたす。
 向こうの茂みではルナルがぷうと頬を膨らませていた。
 アズラエルは興味なさげに姉妹のやり取りを眺めつつ、先程からリオレイアを睨んで身動きしないサキネの横顔を伺う。視線に気付いたのかこちらへ瞳が動いたので、アズラエルは水平に広げた手の先を指さし、次いで手の中央あたりを指さす。
(サキネ様、頭に行きますか? それとも尻尾に?)
(尻尾だな)
 即答が返ってきた。大剣使いが火竜狩りに際して尾を切るのは定石なので、アズラエルとしてはやり易い。ハンマーとよく似た立ち回りを要求される狩猟笛のルナルが今日は一緒なので、頭は自然と彼女に譲ることになるだろう。
 とすれば、アズラエルは肉薄して腹部を攻めれば、互いの行動を制限されることもない。
 長い首を巡らせ周囲を探るリオレイアを見詰めて、狩りの段取りをアズラエルが確認した、その時だった。
「もーっ、お姉ちゃん! 焦っても駄目だって。なんか、変に気負ってるよ? フガ、フガガ」
 ルナルが不意に声を立てた。慌ててサキネが口を塞いだが、彼女は鬼人笛と硬化笛を手にバタバタもがいている。ミヅキは不意にはなじろんだが、身を僅かに反らせて顔を手で覆った。
 瞬間、雌火竜の巨大な瞳がギロリと四人を見据えた。
「もうっ、ルナルのバカッ! ペイントしますっ、散開しましょう!」
 ミヅキの言葉よりも早く、アズラエルは草陰を飛び出すやステップでサイドに回りこむ。猛ダッシュで身を低く、這う影のように吸い込まれてゆくのはサキネだ。
「だってー、あたしと違ってお姉ちゃん、レイア初めてじゃん! 安全策、っとっとっと」
 文句に唇を尖らせながらも、素早くルナルは背中の狩猟笛を構える。そのままブンとタクトのように振り回して、そっと息吹を流し込んだ。たちまち不思議な旋律が場を支配し、アズラエルは無尽蔵のスタミナが腹の底から沸き上がってくるのを感じる。
 ミヅキはルナルの二の句には応えず、ペイントビンから引き抜いた矢を射る。
 その一矢を背中に受けて、陸の女王は臨戦態勢で吠え荒んだ。
「くっ、流石は陸の女王と呼ばれるだけあるな!」
 サキネが大剣でガードするも、咆哮の衝撃波に大きく地を削ってあとずさる。その背後ではミヅキとルナルが、両耳を抑えて歯を食いしばっていた。
 アズラエルはといえば、ランスは防御に優れる武器なので、巨大な盾で完全に咆哮を防ぎきっていた。そのまま即座に回りこむや、品定めするような視線の中に飛び込んでゆく。
 密着するアズラエルを振り払うように、リオレイアが尾を振り乱した。
「すこしミナガルデのリオレイアとは違いますね。生態が違うせいでしょうか」
 ぽつりと独り言を零して冷静にガードし、次の一撃はステップしてスウェーで避ける。
 目の前の雌火竜はミナガルデと同じ、碧色に輝く甲殻と鱗のモンスターだ。だが、尻尾の高さなど、細かな点が微妙にことなる。恐らくシキ国とミナガルデ、二つの環境に差があるためだろう。
 試しにアズラエルは槍を繰り出してみたが、普段通りの上突きは尾に届かなかった。
「アズにゃん、尻尾にランス届かない? そっちサキネっちに任せちゃえ〜」
「そのようですね。では私は横から削ります」
 まるでそれ自体が一つの交響曲のように、狩猟笛の旋律が連鎖する。その音が弾んで刻まれる度に、アズラエルは握る槍に力がこもるのを感じた。
 既に鉄火場と化した渓流のこの場から、ジャギィ達が我先にと逃げてゆく。
「よしっ、演奏完了っ! ほいじゃあスタンいこっ!」
「ルナル、不用意に踏み込んじゃ危ないわ!」
「だいじょーぶいっ! 慣れてるんだってば〜、援護よろすくっ!」
「もうっ、心配ばかりかけてっ!」
 矢が一番威力を増す距離、近からず遠からず。その間合いへ詰めてくるミヅキが、天へと矢の束を打ち上げた。それは重力につかまりばらけて、リオレイアの翼に驟雨と注ぐ。
 僅かにひるんだリオレイアの真正面から、ルナルが狩猟笛を振り上げ突進してくるのがアズラエルには見えた。同時に、目の前で自分の槍を受ける巨躯が、放熱して鎌首をもたげる。
「っと、火球キター! ……吐かれる前に一撃ごつん、そいでゴロン! いけるっ!」
 より足を早めてリオレイアの頭部に走るルナルを、アズラエルは冷静に横目でみやる。
 ――無理だ、間に合わない。
 リオレイアの喉から灼熱の業火がせり上がり、周囲の空気が沸騰してゆく。ブレスの方が僅かだが、速い。そう察知した時には、アズラエルは交互にステップで回りこむと、急停止するルナルの前に踊りでた。
 同時に、かざした盾が熱く灼ける。のみならず、周囲一面が焦土と化した。
「うひゃー、アズにゃんサンキュッ! すんごいブレス、やっぱドンドルマと違うなあ」
「お気になさらずに。報酬が減るとこまりますし、適当なところでスタンを取って貰いたいので」
 真っ赤に染まる視界の中で、アズラエルはルナルを背に周囲を見回した。燃え上がる炎が浮かび上がらせるリオレイアの巨体は、勝ち誇ったかのように宙へと浮かび上がる。その足元で風圧を逃がすべく屈んだサキネは、とりあえずは無事だった。尻尾側にいたためブレスの直撃を避けられたのだ。
 だが、彼女にとっても初めての雌火竜は、熟練ハンターを悪戦苦闘させている。
 このラウンドは捨てるか、とアズラエルの凍れる頭脳が合理的な判断を弾き出していた。サキネとミヅキはリオレイアの狩猟は初体験。となれば、リオレイアがこの場を離れて追うことになるまで、動きを覚え隙を見出すのに忙殺されるだろう。
 何も焦る必要はない、狩りは始まったばかりなのだから。
「サキネ様、ミヅキ様も。ここは手出しを控えて、リオレイアの動きを見定めましょう」
「そだね、お姉ちゃん! サキネっちも、あんまし無理して攻めこむ必要は――」
 だが、二人の声を遮り馳せる影があった。
 ミヅキは矢を弓につがえるや、悠々と空に鎮座するリオレイアへ向けて腕を引き絞る。
「大丈夫、この距離ならっ! ブレスはもう見切りました、いけますっ!」
 アズラエルは慌てて槍を背負いなおすと、気づけば無謀にも真正面で矢を射るミヅキに向かって走っていた。その隣に矮躯を並べるルナルにも、自分と同じ表情が浮かんでいる。
 モンスターハンターに求められるのは、蛮勇ではなく冷静さ。何より慎重さ。だが今日のミヅキは、百発百中の射手ともろう彼女は、何かに焦っているようにも見えた。
 瞬間、風が周囲を薙ぎ払った。
「あっ、お姉ちゃんっ! アズにゃん、粉塵ある?」
「ええ勿論」
 金勘定にはそれなりにシビアだが、狩りの道具や薬の類を惜しむアズラエルではなかった。寧ろ、ここでガンナーを失えば、狩りはリズムを乱してしまう。そういう実際的な考えが彼に、懐の包みから白い粉を宙に回せた。
 空中で縦に一回転したリオレイアは、その強靭な尾でミヅキを吹き飛ばしていた。

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