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 夜空に妖しく揺らめくは、血のように真っ赤な弧月。その光に影を引き出されながら、四人のモンスターハンターが足音を潜めて走る。誰もが押し黙ったままでしかし、まるで四人が一つの群体であるがごとく馳せる。その一糸乱れぬ足運びは、この地に棲む鬼を確実に追い詰めていた。
 その先頭を走るルナルが立ち止まって身を伏せると、後続の仲間達もそれに倣う。
「ルナルさん」
「しっ! ノジノジ、あれ見て。普通の雷光虫じゃないよね?」
 矮躯を縮めてことさら小さくなったルナルが、押し殺した声で低く囁く。
 ノジコが頷き虫あみを取り出す、その背をサキネはじっと見詰めていた。全力疾走で温まった体から、吹き出す汗が今は冷たい。闇夜を吹き抜ける風が、その湿った感覚をさらってゆく。
 ノジコは這うように身を低くして、一団から抜けると虫あみを手に進む。
 その先にサキネは、無数に乱舞して宙を漂う蛍光を見た。
「あれは……確かに尋常ではないな。こんなにも眩しい雷光虫は初めて見る」
「ええ。近いですね、ジンオウガ」
 アウラの声に頷き、続くルナルを追いかけてサキネも草むらを掻き分ける。その視線の先で、静かにノジコは虫あみを振った。
「凄い……この雷光虫、帯電してます。ヴェンティセッテ先輩、羨ましがるだろうなぁ」
 手にした虫あみの中身を見詰めて、その眩しさにノジコは目を細めている。アウラもそうだが、この旺盛過ぎる探究心が時と場所を選べばとサキネは思う。そうすれば、もっといい嫁なのだが、と。だが、相応にしてこの若い異国の書士は勤勉に過ぎた。この地での新発見の連続に、いつも胸を踊らせ夢中になってしまう。
「ノジノジ、とりあえずそれは虫かごに。つるこ、ど思う?」
「綺麗……は、はいっ。ええと、超電雷光虫ですね。生きてるのは初めて見ます」
 雷光虫はモンスターハンターにとって、もっともポピュラーな虫の一種だ。日常生活での明かりとして、また狩猟時はシビレ罠の材料として用いられる。生息地帯も広く、ミナガルデやドンドルマといった場所でも採取されるとサキネは聞いていた。この雷光虫が、ジンオウガと共生して帯電したものを超電雷光虫という。
 サキネは先日、小さな個体ながらミヅキ達が捕獲してきたジンオウガを思い出していた。あの個体からかなりの情報をノジコやアウラは引き出していたし、ジンオウガの目印として超電雷光虫の存在は既に周知だったが。だが、もしかしたらあの個体が……雷神の如き悪鬼羅刹が近くに潜んでいるかと思うと、いやがおうにもサキネの身は強張る。
「あ、超電雷光虫の群れが……森の奥へ続いてますね」
「この奥かあ。っしゃ! みんな、準備はいい? やるよっ」
 ルナルが背のヴァルキリコーダーを下ろして身構える。狩猟笛が空気中から旋律を拾って奏でられるのを待ちながら、サキネは鬼人薬を取り出し飲み干した。ハンター達は既に皆立ち上がって、これから始まる激闘に向けて短い準備の時間に追われている。
 口の中に苦味が広がると同時に、サキネの全身が燃えるように熱く火照りはじめた。気分が高揚して、我が身を流れる血潮が煮え滾るのを感じる。それはルナルの演奏する狩猟笛の音色でさらに加速した。
「おっし、これでよし! 手順確認、いい?」
 小声で話すルナルの声は、闇夜でいやにはっきりとよく通る。彼女をリーダーに三者は三様に頷いた。
「わたしが麻痺弾と毒弾で援護します」
「で、私がディフェンスですね。正面の守りはお任せを」
「そして私がオフェンスという訳だな」
 互いに頷きあったその時しかし、周囲に散りばめられた超電雷光虫の瞬きが霧散した。
 同時に総身を震わす雄叫びと共に、暗闇を沸騰させて空気が泡立つ。サキネは両耳を抑えて立ちすくみながらも、森の奥深くがぼんやりと光るのを見た。
 鬼の双眸が一対、爛々と輝き四人のハンターを殺意の眼差しで射抜いていた。
「! ちぃ、先手を取られたか!」
 言うが早いか、四人は散り散りに転げるように散開する。サキネは背の大剣をたぐるように柄を握りながらも、ルナルの狩猟開始を告げる掛け声を拾っていた。
 瞬間、闇を切り裂き煌々と輝く巨躯が四人の前に躍り出る。大木を薙ぎ倒して顕になる、あまりにも巨大なジンオウガ。孤狼を思わせるシルエットは、天へと月を仰いで再度吠えた。
「うっそお!? ちょっ、これおっきい! こないだ捕まえたのより全然でっかいじゃん!」
 度肝を抜かれて素っ頓狂な声をルナルが叫んだ。同時に彼女は、狩猟笛を振り上げ側面から頭部を狙って走る。見知ったアウラやノジコ、サキネですら鬼神との再開に竦む中、その判断力は一流のモンスターハンターのそれだった。
 負けじとサキネも我が身に鞭打ち、恐怖を振り払って駆け出す。
 かくして戦端は開かれ、狩人達は恐るべき雷狼竜へと全身全霊で挑んでいった。
「注意を引きますっ! サキネさんは背後を、尻尾をお願いします!」
「任せてもらおうっ!」
 盾をかざしてノジコが正面へと回りこむ、そのステップを見送りサキネも地を蹴る。すぐ間近に見上げる絶壁のような巨体を感じながら、その横を背後へ向けて疾駆する。
 周囲に群がる人間達を睥睨するかのように、ジンオウガはゆっくりと首を巡らせた。
 ぼんやりと光る体毛が、甲殻が麻痺弾の弾着で稲光をスパークさせた。
「嘘、麻痺弾が効かない? ううん、効いてる、けどっ! いけないっ、吸収されてる!?」
 アウラの悲鳴に近い声を聞いた、その時にはサキネは宙を舞っていた。全身を駆け抜ける激痛。その視界はめまぐるしく上下を入れ替え揺れ動きながらも、地面を転がるルナルや引剥されるノジコを映す。
 殺到するハンター達を鎧袖一触、たやすく蹴散らしジンオウガは身を翻した。
 巨体に似合わぬ俊敏な瞬発力が爆発して、瞬く間にサキネ達は距離を置かれる。
「ええい、なんてすばしっこい! でかいだけのウスノロじゃないっ!」
「つるこ、麻痺は駄目っ! あいつ、なんか吸収してるっぽいじゃん。にゃろぉ、こうなりゃ」
 ――スタンを取るっ! そう言うが早いか、渓流の開けた一角を玉座のように占めたジンオウガへとルナルが走る。その小柄な体格からは想像もできぬ膂力が、自身の身長に倍する狩猟笛を引き絞った。
 続いて走るサキネはしかし、銃槍を畳むや並ぶノジコの声を聞いた。
「みなさん、気を付けてくださいっ! ジンオウガが……っ! み、耳が」
 キンと空気が鳴って、思わずサキネも顔をしかめる。周囲の気圧が変動していると悟った時にはもう、前衛の三人は距離を食い潰してジンオウガへと踊りかかっていた。
 周囲の稲光を集めるように怪しく発光しながら、唸るジンオウガが空気の渦を巻く。
「なにあれ……力を、溜めてる系? やっべ、サキネっち! なんか超やばいよ!」
「解っているっ!」
 思わず怒鳴る声が口をついて出る。気付けばサキネは、長年の狩猟生活で培った直感が警笛をならしているのを、敏感に感じ取っていた。本能が訴える生命の危機と言い替えてもいい。
 眼の前のモンスターが、いかに強力な個体であるか。
 低く唸るジンオウガの集める光が、いかに危険な脅威であるか。
 それらが渦巻く思惟はサキネに、抗うような一撃を繰り出させる。
「一意専心っ! チェスッ……トォォォォッ!」
 全身の筋肉が励起して躍動し、振りかぶる巨大な刃に火竜の魂が焔と燃える。
 全身全霊で一撃を振り下ろしたサキネはしかし、鈍い痺れが手に走るのを感じた。
「弾くかっ!」
「うええ、笛でも通らないっ! ええと、弾かれなくなる旋律は――」
「待ってください、これは……皆さんっ、ジンオウガから離れて!」
 ノジコの声が光を呼んだ。
 周囲の闇夜を切り裂いて、天へと巨大な雷光の柱が屹立する。
 瞬間、サキネの世界は暗転して底知れぬ闇に包まれた。
「……っ! うええ、なに今の……いたた。ノジノジ? サキネっち?」
「ルナルさん! あ、ああ……これが、ジンオウガ。雷狼竜の、真の姿……」
 声だけが行き交う中で、薄れゆくサキネの意識が仲間の悲鳴を拾った。
「あっ、つるこ! おにょれえ、ジンオウガァァァァッ! こんにゃろっ、勝負っ!」
 遠くどこかで、狩猟笛が鳴っている。その細くて頼りない音色が、どんどん遠ざかる。
 重く冷たくなってゆく我が身を指先ひとつ動かすこともできずに、サキネは気を失った。

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