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 自分の身体がカタカタ揺れる。ネコタクが地面の起伏を余さず拾う、その振動に揺れている……それをどこか遠くで感じていたノジコは、不意に固い地面に投げ出されて我に返った。
「いたた……はっ、ベースキャンプ!? しまった、私」
 戦闘不能と判断され、ギルドの手配したネコタクに間一髪で命を救われたのだ。飛び起きたノジコはまず、真っ先に多くのモンスターハンターがそうするように、自分の肉体をチェックする。手足は痛むものの十全に動くし、骨にも異常はない。それでも、報酬金の三分の一を使ってしまったことに心は痛んだ。
 勿論、ルナルやサキネ、アウラはそのことに不満を漏らす人間ではない。
 それがわかるから、余計に辛いこともある。それにノジコは、親しい仲には自分の落ち度を許されて当然とは思わない人間だった。自然とアイテムポーチを続けて点検する、その決められた手順に慣れてる自分が少しおかしい。ミナガルデの王立学術院でも、現地調査で何度か失敗をしたことがある。こうしてベースキャンプに担ぎ込まれるのは初めてではないし、そのリカバーはどうすればいいかは痛いほど思い知っていた。
「よしっ、大丈夫。まだやれる。秘薬を飲んで――」
 落ち込んだのも束の間、即座に狩りへの復帰を目指すノジコはしかし、自分の目の前に転がる武器を見つけて絶句してしまった。
 近衛隊正式銃槍は今や、用をなさぬ鉄の塊として地面に投げ出されていた。
 もともとガンランス自体が、ランスに砲撃機能を盛り込んだ構造の複雑な武器である。実用にこぎつけたのもここ数年の話で、その耐久性は必ずしも高いとは言えない。ボウガンのような精密機械としての一面があって、それゆえに高い火力と鉄壁の防御がウリなのだが。ノジコが先程まで握っていたガンランスは、その砲撃機能が完全に破壊されていた。
「そんな、どうしよう……盾だけあっても、これじゃあ」
 ノジコの嗅覚は、敏感にペイントボールの臭いを拾っていた。この刺激臭が夜風に乗って届くということは、いまだ仲間達は狩りの獲物を追いかけているということ。誰かがまだ、あの恐るべきジンオウガと戦っているのだ。ならば、ノジコのなすべきことは一つしか考えられない。なのに、それは今は実行不可能になっていた。
 本来ならベースキャンプに送られたハンターは、即座に万全の体勢を回復して戦線に復帰するのが習いだが。
「みんな、戦ってるのに……あのジンオウガと。なのに、私」
 手にした秘薬のボトルを握る手が、ギリリとフロギィの皮で出来た篭手を鳴らす。
 気付けば滲んで霞む視界に、勝手に溢れてくる涙の雫をノジコは手の甲で乱暴にゴシゴシこすった。今はまだ、悲観にくれて泣いていい時間ではない。常にベストを尽くす、それがノジコの選ぶ選択肢だから。
 そうして折れそうになる心を必死で支えていた、その時。二台目のネコタクが転がり込んできた。
「到着ニャーン。ハンターさん、無理しちゃ駄目ニャア〜」
「これで二人目、あと一人でクエストエラーになるニャン」
 アイルー達が大八車から放り出したのは、一番最後尾の安全圏から仲間達を援護射撃する筈のアウラだった。気を失っているらしく、彼女は無造作に大地に投げ出されても沈黙したまま。そのラングロトラ素材で作った防具は、苛烈なジンオウガの一撃で破損したのか、ところどころほつれて白い肌を、白すぎる肌を露出させていた。
 咄嗟に心配して駆け寄るノジコは、声をかけようとして絶句してしまう。
「アウラさん、大丈夫で――っ!? え、これって……」
 真っ赤な防具が張り裂けた、その痛々しい痕から除く白さ。それは、人の肌ではなかった。
 思えば、アウラが時折見せてくれる素顔もそうだった。白すぎる……血が通っているとは思えないくらい。それはアウラの美貌と極端に優美すぎるスタイルも相まって、今まで美貌の一端だとノジコには思えていたが。今、目の前で横たわるアウラは、人ならぬ全容をおしげもなく晒していた。
 どうみてもその身は、防具の下なのに金属特有の冷たい光をたたえていた。
「ん、んんっ……」
「あ、アウラさんっ! 気付きましたか? あのっ、どこか痛む場所は」
 アウラが身悶え表情を険しくすれば、感じた異変も忘れてノジコは駆け寄る。目の前のアウラが人間とは思えない、人間ではないと認識して尚、仲間だという事実は彼女の中で揺らがない。
 ヘルムが完全に砕け散った、顕になった顔をノジコは覗き込んだ。
「あ……ノジコさん。よかった、無事だったんですね」
「私のことはいいんですっ、アウラさん! あ、あの、その」
 目覚めたアウラは、真っ先にノジコの心配をしてくれる。己を包む防具がその機能を失ったことには気付いていないようだ。だが、ノジコが見詰める瞳は今、不思議な光をたたえて明滅している。アウラの容貌は整い過ぎてるくらいの美貌だったが、その黒目がちな大きい双眸は今、不気味に輝いている。
 ノジコが言葉を選んでいるうちに、アウラはようやく上体を起こした。
「えっと、わたしで二人目なので……まずいですね、もう誰も戦闘不能になれません」
「え、ええ。それは、そうなんですけど」
「ジンオウガのとこに残ってるのはルナルさんとサキネさんですね。急がなきゃ……合流しましょう」
「そ、そうですね。でも――」
 まだアウラは気付かない。彼女が言葉を濁すノジコを見て気付いてくれたのは、未だその両手に握っていたガンランスだった。かつてガンランスとして機能していた、今はくず鉄にも等しい鋼の塊。
「あ……ノジコさん、それ」
「はい、壊れちゃいました。もともと複雑な構造なので、どうしても耐久力は劣るんですけど」
 アウラはノジコの気持ちを代弁するように、悲しげな表情で瞳を曇らせた。恐らく彼女に頭髪が、それも似合う髪型があれば、こんな時は世の殿方は一発でイチコロだとノジコは思うのだが。今、伏目がちに「そうですか……」と自分を責めるアウラの頭は、紅い月光を反射してキラリと光っていた。
 おのずと視線を逸らしつつ、言うに言えずノジコは自分の悲しみをしばし忘れる。
「あ、あの、アウラさん」
「はい。大丈夫ですよ、ノジコさん。元気を出してくださいっ」
「え、あ、うん……それは、その、私よりも、アウラさんで」
「わたしは大丈夫です、自己再生するので今も――っと、いえ、なんでもないです。それより」
 ノジコはようやく、要領を得ないモジモジとした言葉を絞り出した。
「あっ、あのっ。アウラさん……防具が」
「防具? というと」
「その、ええと……男の方、いなくてよかったですよね」
 ようやくアウラは気付いた。それで鈍い羞恥心を励起させたらしく。慌ててはだけた胸元を両手で覆う。覆いながらもヘルムが綺麗サッパリなくなってることに気付いて、今度は両手で頭を抑えた。
「あっ! あわわ、ええと、その、エマージェンシー? うぁ、ひぅ……あっ、あの、見ました?」
「すみません、見ちゃいました」
「えっと、どっ、どどど、どこまで見ました?」
「見えるままに全部……」
 アウラは淡雪のごとく純白の肌で、肌とは言いがたい光沢だったが。ノジコには、ことさら白く顔をこわばらせたように見えた。アウラは飛び起きるや、ガクリとそのまま大地に両手を突いて膝を折った。
「うう、とうとうばれましたかあ……まずいです、この時代の人間に正体を知られるなんて」
 ノジコは日頃、アウラには何かしらの事情があると思っていた。それは狩りの仲間、ユクモ村の仲間も同じだ。だが、まさかアウラが人間ではないとは思わなかった。そう、人間ではないとしか形容できない。真珠のように白く光沢のある肌は、金属特有の輝きだ。
 それでもノジコは、落胆するアウラの肩をポンポンと優しく叩く。
「アウラさん、私しか見てませんから。私が見てないって言えば、大丈夫ってことになりませんか?」
「ああもう駄目、局長にオシオキされる……減給で孤児院への仕送りが……ほへ?」
「だから、私はなにも見てないんです。……それじゃ、駄目ですか?」
 その時ノジコは、確かに奇妙な音を耳に拾った。キュインと響く、なにか機械が作動したかのような音。それを僅かに響かせたかと思うと、アウラはがっしりノジコの手を取った。その目はやはり人ならぬ輝きだが、大粒の涙が溢れている。
「ノジコさん……いいんですか? あの、ぶっちゃけわたし人間じゃないんですけど」
「え、あ、はい。その、見ればわかりますけど」
「話せば長くなります、ええと」
「や、今はいいです。お互いほら、ハンターとして最善を尽くしましょう」
 感極まったようで、アウラはノジコに抱きついて泣き出した。
 抱きしめてくるアウラの体温は冷たくひんやりとした感触だが、不思議とノジコにはぬくもりを感じた。だからポンポンと、その華奢すぎる背中を叩いてやる。
「とにかく、ルナルさんやサキネさんに合流……したいんですけど。私、武器が」
「ぐすっ、人間も捨てたものじゃないですね。わたし、この時代で人間に正体ばれるの初めて……あ、ああ」
 ノジコの胸に顔を埋めていたアウラは、ようやくしゃくりあげながら上を向く。その泣き顔はなるほど、これぞ美人の鑑という造りで、見つめればノジコは溜息しか出ない。これでたおやかな髪があったら完璧だとさえ思う。
 だが、苦笑しつつさてどうしたものかと思案にくれるノジコに、アウラは意外な言葉をくれた。
「ノジコさん。あれ、持ってきてますよね……サキネさんがうるさいので」
「あれ、と言うと……あっ!」
 言われてノジコは、支給品が収められた青い箱を振り返った。その中からギルドより支給されたアイテムは全て持ち去られていたが。その横に今、折りたたまれた機械槍が鎮座している。古くミナガルデで、元はガトリングランスだった逸品だ。自分を身内のようにかわいがってくれる、工房の主任が突貫工事でガンランスに改造してくれたそれは、今はサキネが勝手に改良と称してとんでもない仕様に作り変えてしまった。だが、どんな色物武器であれ、それは十全の機能を保ったままそこにある。
 ノジコは迷わず手に取った……自分を嫁と称する竜人が、勝手に強化したガンランスを。

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