血の滲んだ包帯の上を、相棒が手にする巻尺が走る。オルカは全身傷だらけだったが、若いだけに癒えるのも早い。塞がりかけた傷跡はもうすぐ、自分だけの誇れる勲章。そしてオルカが決死のベリオロス討伐で得たのは、なにもモンスターハンターとしての自信だけではなかった。 「採寸終わったニャ、旦那さん。素材は余ってるから、防具一式作ってもオツリがくるニャン」 「サンキュ、トウフ。そうだなあ、鍛冶屋の親方に相談して武器も強化できるといいんだけど」  踏破した飛竜は全て、畏敬の念を持って胸に刻むべき存在であり、残された素材は新たな力となってハンターを支える。今、オルカの防具は一回り強力なものへと刷新されようとしていた。  そしてそれはなにも、彼だけに限ったことではない。 「レトロゲー、ももまんも。旦那さんの付き添いかニャア?」  トウフの声に振り向けば、自分と同じくオトモアイルーを連れた姉妹の姿がある。試着室から出てきた彼女達は、雌火竜の甲殻と鱗で編み上げられた鎧を身に纏っていた。 「よっす、オルカっち! 傷、もういいの?」 「おはようございます、オルカさん。あ、ベリオシリーズですね」  オルカもミヅキとルナルの二人に挨拶を返す。その間もトウフは、鍛冶屋の親方から渡された型紙をオルカの肩や胸に当てて大忙しだった。 「お二人はレイアシリーズですね」 「そそ、あたしが剣士でお姉ちゃんがガンナー。お揃いですよ、オ・ソ・ロ・イ」 「丁度素材の数も足りましたし。流石にハンターシリーズだとそろそろ限界かなって」  モンスターハンターという生業の常だ。強力なモンスターを狩り、その素材をもって新たな武具を鍛える。そうして更に強力なモンスターの狩猟へと挑む……その終わらないサイクルの中で、泣き、笑い、心身共に高みを目指す。……者もいる。深く考えたことはないが、オルカはほどほどにそうありたいと思う者の一人だった。  勿論、目の前の姉妹もそうなのだと共感を覚える。 「オルカさん、武器の方も素材足りてるそうです。アンバースラッシュ、オーダー入れました」  ふと振り返れば、両手いっぱいに氷牙竜の素材を抱えた書士の姿がある。普段着ともいえる王立学術院の制服を着たノジコが、工房の奥へと素材を運んでくれた。  もっとも、飛竜を調べる学術機関の一員として、ベリオロスの資料が欲しくて触れてみたというのが本音だろう。それでも彼女は親切に、甲殻や毛皮をまとめて抱えると、鎚の音が熱気にこもる工房へと消えてゆく。 「へー、オルカっちは武器も強化すんだ。あたしもそろそろかな。お姉ちゃんは?」 「わたしはクィーンブラスターを作ろうかな。素材、足りるといいんだけど」 「こっそり貸そうか、素材。むふふ、ギルドもここまで細かく見てないって」 「ダメよルナル。ハンターたる者、己の武具は己の力でのみ得るものだってコウジンサイ様が」  それはモンスターハンターの不文律。ギルドにも明文化された規約があるが、基本的にハンターは自分で剥ぎ取ったり得たりした素材しか使わない。細々とした道具や消耗品を融通することはあっても、武具の作成や強化に使う素材が行き来することはないのだ。  必定、モンスターハンターの纏う防具は無言で装着者の実力を語ることになる。  これからベリオシリーズを一式着込むオルカなどは、恐るべき氷牙竜をも狩った者として誰からも尊敬され賞賛されるだろう。それはやはり、少し気恥ずかしいが誇らしかった。 「お姉ちゃんは堅苦しいなあ。ま、ドンドルマでもみんな約束は守ってるけどね」 「規則は守ってこそよ、ルナル。これは規則というよりはそうね、誓いみたいなものだもの」  オルカにはミヅキほどの思い入れはないが、概ね同意というとこだ。  そんな朝の工房へと、いつもの凛とした声が分け入ってきた。 「おはようオルカ。ミヅキもルナルも。ふむ、皆も防具を新調したのか」  サキネは浴衣姿に懐手で、思わずオルカは挨拶もそこそこに視線を逸らす。しどけなく着崩したサキネの胸元は、二房の豊かな実りが深い谷間を形成していた。そんなサキネが現れたと知るや、ミヅキは早速身構える。  いつもの嫁婿問答が始まったとオルカが苦笑を零した、その時だった。 「それはそうと旦那さん、例の物仕上がってるニャア」  工房の奥から、布にくるまれた長大な剣を引きずってテムジンが姿を現した。サキネのオトモを長年務めるベテランアイルーは、ずるずると重そうに武器を持って主人に歩み寄る。 「おう、見せてくれ」 「今、おとどけしようと思ってたニャン」  パッと白い布が取り払われて、雄火竜の灼紅色に彩られた一振りが姿を現した。 「はは……これは……」 「レッドウィング。今までの無属性大剣じゃなく、初の属性武器ニャ。刃渡り170センチ、重量92キロ。もはや並のハンターでは振るえない逸刀ニャン」  サキネは迷うことなく柄を手に取り、更にもう片方の手を添えて振り上げる。巨大な蛮刀は、その重さを感じさせぬ軽やかさで天に屹立した。雄々しくも刺々しいそのデザインに、思わずオルカもゴクリと喉を鳴らす。  サキネは鋭い刃の光に目を細めながら、 「属性は?」 「火属性30象ニャ」 「斬れ味は?」 「ギルド標準計測値で緑色判定、やや長めニャア」 「今後の強化素材は? 鉱石系か、骨系か」 「火竜の骨髄を中心に、もっといい竜骨が必要ニャン」  うっそりと陽光を反射する刀身を眺めて、満足気にサキネは頷いた。その恍惚とした表情に、そばのミヅキやルナルは勿論、オルカも背筋が寒くなる。ここにもまた、力を求める生粋のモンスターハンターが一人。 「パーフェクトだ、テムジン」 「感謝の極みニャア」 「これならジンオウガすら倒しきれるだろう」  ジンオウガ……その名が出て誰もが身を硬くする。 「へぇ、スゴイんですかソレ」  額の汗を拭いながら、工房から這い出てノジコも感嘆の溜息をついた。  だが、彼女はシュパッと振り向くテムジンを見下ろし言葉を失うことになる。 「書士殿、あなたの武器も新しくさせましたニャア」 「え!?」  よっ、と工房へ取って返したテムジンは、すぐさま長柄の機械槍を抱えて戻ってきた。ガチャ、と精密機械を思わせる音と共に、二つ折りにされていたガンランスがその全貌を現す。 「対ジンオウガ専用『ステーク』『ラーズグリーズ』砲撃タイプは初の貫通型、装填数1。古龍を除く全ての飛竜種、牙獣種を撃破出来ますニャン」 「な、な、なんじゃこりゃあ、あ、あ!」  思わずノジコがのけぞるのも無理は無い。ガトリングランスの面影をかろうじて残すそれは、砲身に当たる部分から合金製の巨大な杭が突き出ていた。火薬の撃発により、零距離で敵を貫く無骨なパイルバンカー。 「しゅ、主任が作った工房試作銃槍が……そんな、勝手に改造しちゃって」 「ふっ、気にするなノジコ。ヒキデモノというらしいな、嫁へのプレゼントのようなものだ」 「ちっ、違いますサキネさんっ! 引き出物っていうのは違います……ああ、どうしよこれ」  変わり果てた愛用武器を前に、言葉も表情も失うノジコ。逆に得意満面な笑みのサキネ。気の毒な反面、笑みを姉妹と噛み殺していたオルカは、不意に爽やかな声を聞いた。 「ご愁傷様です、ノジコ様。でも、ラーズグリーズ……いい名だとは思いますが」 「あ、アズラエルさん。……見てください、ミナガルデの王立工房が作った試作品が……」 「ラーズグリーズ……私の故郷、北海の言葉で『陰謀を砕く者』という意味です」 「へ? そうなんですか?」 「ヴァルキュリア・ブランドですね。シキ国にも設計は出回ってるとは聞いていましたが」  アズラエルは網に無造作に入れた火竜の素材を肩に背負い、ユキカゼを連れていた。てっきりオルカも皆も、とうとうアズラエルが防具を新調するのだと安堵した、その時だった。アズラエルは工房の親方を通り過ぎ、その隣りの小さな小屋の前で荷を降ろす。 「この素材を全部、端材にしてください。ユキカゼに武具を……そうですね、このレウスネコブレイドというのがいいでしょうか。防具も同じ端材でお願いします」  オルカも皆も驚いたが、一番びっくりして飛び上がったのはユキカゼだった。