「それじゃあニャニか。ユキカゼの旦那さんは結局」 「防具をまた新調しなかったのかニャア」  呆れ半分、感心半分のトウフの声に、ももまんが続く。  ユキカゼは黙って腕組み頷くと、霧に煙る水没林の奥へと瞳を凝らした。その身を包むは、雄火竜の甲殻と鱗から削り出されたピカピカの新品防具。背には同じ素材から作られた逸刀がある。  我が身を包む重さと硬さに、ユキカゼは旦那さんの信頼と期待を勝手に感じていた。  自然と気負う気持ちは膨れ上がり、気合が緊張を積み重ねてゆく。 「旦那さんはボクに期待してくれてるニャア。……メラルーのボクなんかに」 「ユキカゼ、オトモなら気持ちに気持ちで応えるニャ!」 「そうニャ! その心意気こそっ、ボク等モンニャン隊の誓いニャ!」  モンニャン隊……この、四匹のオトモで編成された一隊に、ももまんの主が付けた名前。彼女は余りつつあるユクモポイントを、遊び半分で使い始めたのだ。それが、オトモ達四匹でのクエスト受注。  選ばれたからには旦那さんの期待に応える、そういうアイルー達が喜び勇んだのは言うまでもない。 「あ、チーフが帰って来たニャア」  草陰に身を伏せていた一団は、アロイシリーズに身を固めたテムジンを迎えて円陣を組んだ。肩に肩を預けて額を寄せ、オトモ同士が一つになる。  無論ユキカゼもその輪に加わり、気合を入れて尻尾の毛を逆立てた。 「お待たせニャア。ロアルドロスはこの先にいるニャ」  開口一番、ベテランオトモの報告に皆が顔を見合わせた。  ロアルドロス……この水生獣はハンター達の間では容易い狩りの標的として評判だが、ことアイルーだけでとなると難易度は跳ね上がる。あくまでハンター達の補助戦力であるオトモにとって、ロアルドロスとは恐るべき水没林の凶獣にほかならない。  誰の身にも等しく、緊張の硬さが舞い降りる。 「ボクの爆弾を起点に、一斉に踊りかかるニャ。その時は勿論――」  ふとテムジンがももまんへと視線を走らせる。この竜人族の元で鍛えられたアイルーは、ベテランらしくモンニャン隊を気付けば仕切っていた。誰が誰ともなく、チーフと呼んで指示を仰ぐ。  ももまんは懐からブーメランを取り出すと、大きく一度頷いた。 「解ってるニャ、チーフ。ボクの麻痺ブーメランが炸裂する時ニャア」 「で、その間にトウフが素材をかっぱぐニャア。ぶんどる、剥ぎ取るニャ!」 「任せるニャン! ボクが採取だけのオトモじゃないとこ、キッチリ見せるニャア」  最後にユキカゼを見て、テムジンはポンとその肩に手を置く。  自然と注ぐ眼差しに、ユキカゼもまた大きく頷いた。 「あとはユキカゼ、キミがボク達のエースアタッカーになるニャ。頼んだニャア〜」 「ま、まま、任せるニャ! チーフと連携して、たてがみを破壊する……ボクがやるニャ!」  そうして一同、手に手を重ねて気合を入れなおすと、声を殺して再び伏せった。  そんなオトモ達の前に、巨大な獣が身を引きずって現れる。 「来たニャ」 「ルドロスを連れてないニャ」 「これはチャンスだニャア」  囁き合う声をテムジンが、口の前に肉球を立てて諫める。  ユキカゼは背中の剣を手元に寄せて、それを両手で強く握り締めた。  眼の前で悠々と、ロアルドロスが水辺に身を横たえる。それは周囲に敵意を感じていない証拠で、くつろぐ様子を見せて警戒を解いていた。  ここが好機と、テムジンが懐からタル爆弾を取り出す。その導火線に火がつくと同時に、四匹のオトモはぬかるみを蹴っていた。 「先手必勝ニャ! 総員、かかれニャア〜!」  気勢をあげて全員で、全力でロアルドロスへと突撃するオトモ達。炸裂する火薬の匂いと、空気を引き裂くブーメランの羽音。その中をユキカゼは真っ直ぐ、気だるげに首を翻すロアルドロスへ飛び込んでゆく。 「チェリオーッ! ニャッ!」  速攻、オトモが紡ぐ四重奏。その旋律の最初を刻んだのは、日頃採取に振るわれているトウフのピッケルだった。ユキカゼは続けて、転げまわるトウフを飛び越えるや、上段に振りかぶった剣を振り下ろす。  火竜の息吹を凝縮した焔が爆ぜた。 「やったかニャア!」  手応えを感じて、ユキカゼはそのまま宙を払い抜けるや着地する。  振り返るとそこには、瞳に怒りを燃やす水生獣の巨躯が聳えていた。 「アニャニャ……やれてないニャア」 「トウフ! ユキカゼも! 攻撃の手を緩めニャい!」  続けて一際巨大なタル爆弾を取り出すや、テムジンがその導火線に着火する。それを持ち上げ走る先へと、急いでユキカゼはトウフと一緒に走った。ももまんも精一杯、麻痺毒の塗られたブーメランを振りかざす。  これが手練のモンスターハンターであれば、既に会敵数分というところでロアルドロスは弱っていただろう。地方によっては水辺へ逃げて、そこからの水中戦が本番という話も聞く。だが、今日は旦那さんには頼れない……自然とユキカゼの小さな身を巡る血潮が滾る。 「チーフ、ボクがもう一撃……このロアル、絶対に獲るニャア!」  一際大きな爆発が火柱をあげ、怒れるロアルドロスを僅かに怯ませる。  その間隙にユキカゼは滑り込んだ。見様見真似で、テムジンの旦那さんを思い出して力を溜める。両手で握ったレウスネコブレイドの刀身に、使い手の燃える魂が炎と浮かび上がる。 「んぎぎぎぎっ……チェスッ、トォォォッ! ニャアアアアアッ!」  襲い来るロアルドロスの真正面へと、貯めに貯めた気迫の一撃を振り下ろすユキカゼ。  小さな刃から業火が迸り、それは真っ赤な傷跡となって巨大なたてがみをバラバラに引き裂いた。 「やったニャ!」 「ユキカゼ、ナイスな一撃ニャ! 部位破壊ニャア」 「このまま畳み掛けるニャアー!」  勢いに乗ってモンニャン隊は意気軒昂、そのまま狩りは押しきれるかに思えた。  不思議と身の軽いユキカゼもまた、周りのアイルー達との一体感に身を躍らせる。  だが、やはり相手は恐るべきモンスター、水没林を居城とするロアルドロスだった。突如その巨体が翻ったかと思うと、ユキカゼ達は強靭な尻尾の一撃で蹴散らされる。四方に散らばったオトモ達は健気に立ち上がったが。その目に写ったのは、瞳を血走らせて暴走を始めた水生獣の迫る巨体だった。 「――とまあ、そんな感じニャア」 「失敗したニャン。取れた素材はこんだけニャア」  ユクモ村の農場の片隅、ルナルがこさえた看板の前に気づけばユキカゼは突っ伏していた。クエスト失敗、手酷い返り討ちにあっての撤退劇の末……九死に一生を得てこの地になんとか帰りついていた。 「んー、やっぱオトモだけで狩りって無理あるのかなー。ねえ、サキネっち」 「テムジン、ご苦労だったな。ふむ、うちのテムジンに仕切らせてもこの結果か」 「……超特別指導が必要だニャン。面目ないニャア」  仲間の旦那さん達は口々に溜息を零しつつ、自分のオトモを暖かく出迎えていた。その手にささやかな狩りの成果を握らせては、一匹、また一匹と家路につく。  手を振りしょぼくれて遠ざかるチーフの背中を見詰めていた、その時だった。 「おっ、戻ったかユキカゼ。怪我ぁねえか?」 「お疲れ様でしたね、ユキカゼ。狂走エキスが欲しかったのですが、どうでしたか?」  ふと顔をあげれば、旦那さんが屈んでユキカゼを両手で抱き上げていた。その顔は静かな微笑が浮かんで、咎めるでもなくただ労ってくる。隣で杖をつく相方も、顎をさすりながら覗き込んできた。 「狂走エキス。……獲れなかったニャア」 「まあ、気にしてはいけませんよ。さ、帰って夕ごはんにしましょう」  そっと地面に下ろされた次の瞬間、大きく白い手がポンと頭を一撫で。そうして農場を出てゆくアズラエルとキヨノブの背中を、気づけばユキカゼは追いかけていた。  ジンオウガ討伐を前に、モンスターハンターが準備に追われる一時の日常だった。