渓流の狩場を笛の音がたゆたう。雄々しく猛々しい旋律にミヅキは、滾る血潮が真っ赤に燃え盛るのを感じた。その高揚感が今、草陰から我が身を押し出し走らせる。 「ほいっ、演奏終了っ! んでもって……とっつげきぃ〜!」  今日の獲物はナルガクルガ、迅竜の二つ名を持つ強敵だ。  ここ最近、新種を渓流でよく見かける。クルペッコや雄雌の火竜、そしてナルガクルガ……まるで、何かに吸い寄せられるように、モンスターは次から次へと渓流の地に湧いて出る。あるいは、 「あるいは、何かから逃げるように? ……なんて、ねっ!」  無尽蔵のスタミナを潜在能力から引き摺り出されたミヅキは、脳裏に反射してこだまする音楽の調べに身を委ね走る。その先にもう、漆黒の体毛に覆われたナルガクルガの巨体が近い。  ミヅキは跳躍と同時に矢筒から矢を取り出し、空中でつがえて弓を引き絞った。  ビィン! と空気を震わせる音が三度。ミヅキが着地してナルガクルガが吠える直前までに、三度の射撃が迅竜の影を大地に縫いつける。鏃に塗られた麻痺毒が効いたのか、ナルガクルガは身を震わせて目を見開いた。 「っしゃー、確定のっ、瞬間っ! ナイスお姉ちゃん、あとは任せろー! バリバリー!」 「サキネ様、手筈通り私が……サキネ様?」 「あ、ああ、うん。この好機っ、逃さないっ!」  ミヅキの麻痺攻撃を皮切りに、四散していたモンスターハンター達が獲物に群がった。セオリー通り尾へと斬りつけるのはサキネで、アズラエルもその邪魔にならぬよう槍をしごく。反対にルナルは巨大な雌火竜素材の狩猟笛を振りかぶるや、「笛はぁ、ハイッ! 打楽器ぃっ!」ナルガクルガの脳天に叩き落す。骨がひしゃげる鈍い音と共に、今度は脳震盪に目を回す迅竜。  一糸乱れぬハンター達の連続波状攻撃は、強敵をもあっという間に弱らせてゆく。  剣士達が怒涛の勢いで畳み掛けている間、ミヅキも毒矢をばらまき走りまわった。 「アズにゃん! 罠よろ! サキネっちは麻酔玉……これ獲れるよ、もう弱ってる!」  今日は何やら、ルナルが張り切っている。口調こそ普段通りのおどけた様子だが、綿密な作戦を立ててそれを実行している妹は頼もしかった。ミヅキとお揃いのレイアシリーズを着こなす彼女は、チームの司令塔として声を張り上げつつ狩猟笛を振り回していた。 「ルナル、もう少し弱らせた方が……確実に巣へ追い込んだ方が」 「うんにゃ、このナルガは多分渓流に迷い込んだの。普段は樹海とかにいるからさ」 「そうなの?」 「そう!」  言の葉のやり取りは矢継ぎ早で、その間もミヅキとルナルは忙しく手を動かす。会話に加わらぬ者もまた、懸命に身体を動かしていた。  モンスターハンターの狩りは、討伐だけが狩りではない。時には罠を用いての捕獲も立派な狩猟だ。通常、目に見えてモンスターが弱るまで攻めるのが一般的だが、稀に鋭い観察眼を持つ者もいる。瞬時にモンスターの弱り具合を見分けるのもまた、一部の狩人が持つ能力の一つだった。もっぱらスキルと呼ばれ、防具や装飾品、護石から不思議な力を得られると人はいう。  ミヅキも半信半疑だが、験を担ぎ気持ちを大事にするのもモンスターハンターだ。斬れ味がよくなった気がするとか、心持ち砥石を持つ手が軽いとか……あるいは、直感的にモンスターの弱り具合が手に取るように解るとか。気がする、で十分なのだ。自らが持つ武具から、目に見えぬ力が得られてると思えるだけで、ハンターは何倍にも強くなれる。そういうものだとミヅキはコウジンサイに習った。 「スタン切れるよっ、罠は?」 「既に設置しました」  アズラエルの返事と同時に、耳をつんざく絶叫が迸った。シビレ罠へと全身を伏して、身動きひとつできずにナルガクルガは一声鳴いて、麻酔玉で眠りに落ちる。  接敵から僅か数分、一方的に畳み掛けての圧勝だった。 「ほいっ、お疲れ様! アズにゃんナイス、サキネっちもグッジョブ!」  ルナルはヴァルキリコーダーを背負い直すや、無感動なアズラエルの手をパチンとハイタッチ。そのまま、どこか心ここにあらずといった感じのサキネとも手を叩き合い、最後に、 「お姉ちゃんもお疲れ様〜、いい麻痺。やっぱ麻痺ヨロって気持ち? みたいな?」 「武器防具が強くなったのもあるけど、あのナルガを相手にこんなにあっさり……」 「むっふっふー、計算どーりっ! ココを使うんですヨ、ココを」  ルナルは自分のレイアヘルムに覆われた頭を、ツンツンと指さす。太陽のような眩しい笑みで、つられてミヅキもニコリと微笑んだ。  アズラエルは切り取られた尻尾を剥いでいたが、その隣へルナルは駆けてゆく。 「っと、サキネっち。どしたん? 今日はなんか調子悪いん?」 「ん? あ、いや……そういう訳ではないぞ。私はいつでも普通だ」  雄火竜の防具に身を包んだ麗人は、何やら考え事に沈んでいる。それこそ、自分で切断した飛竜の尾を剥ぎ取るのも忘れて。  嫁だ婿だと日々トンチキな言動が多いが、サキネは狩人としては一流だ。採取から卵の運搬までそつなくこなし、モンスターの討伐は小物大物を問わない。そのサキネだが、今日はいつものキレがない。仲間達の中でも爆発力と瞬発力は随一の、切り込み隊長とも言える彼女に何があったか? 「サキネさん、お加減悪いのですか? あの……」 「や、そういう訳ではないのだ。だがなミヅキ、ちょっと最近、その、あれだ」  やはりおかしい。  普段ならこういう時は、サキネはミヅキを嫁扱いする筈だ。そのサキネだが、僅かにレウスヘルムの首元を緩めると、手にしたレッドウィングを背負い直す。ようやく尻尾を剥ぎ取る気になったらしい。  おかしなサキネだとミヅキが首をかしげていると、 「さ、ミヅキ様もお早く……そろそろギルドにも捕獲完了の知らせが届くでしょう」  煙幕を手早くあげるアズラエルが、尻尾の剥ぎ取りを薦めてくれた。解らないといえばミヅキには、この玲瓏な美丈夫のことも解らない。歳の頃は近しいのに、ずっと大人な気がするからだ。同時に、何を考えているのかもよく解らない。物腰こそ丁寧で親切だが、どこか壁を感じるミヅキだった。  それでも狩りの成功は嬉しく、仲間達は頼もしい。 「ま、今のが速攻フォーメーションの一連の流れって訳。おっけ? アズにゃん」 「ミナガルデでも似たような感じでしたね。これでジンオウガも押し切れればいいのですが」  そう、今日の狩りは実は、ルナルが言いだしっぺのプラクティス。来るべきジンオウガの狩猟に備えての、ハンター同士での手順の確認だった。未知の強敵なれども、ただひとつの生命で駆動するモンスターには変わりはない。とすれば必定、今まで強敵を屠ってきたセオリーが生きる筈だ。  ガンナーの麻痺攻撃を起点に、強引にスタンで自由を奪って、罠で絡めとる。ディフェンスはランサーが、オフェンスは大剣使いと万全の布石。何かイレギュラーがあっても、閃光玉等で対処が可能。ミヅキが知るかぎりでも、今日の布陣は完璧だった。これで狩れぬモンスターがいるとすれば、それはもう人知を超えた存在としか言いようがない。 「とりあえずジンオウガもこの調子で狩ろう! むふ、笛やっぱ新調して正解だったな〜」 「ええと、ヴァルキュリア・ブランドってのだっけ。ミヅキ、素材やお金は足りたの?」 「バッチシだよお姉ちゃん。むふふ、ヴァルキリコーダーは値段分の働きだねっ」  自分でも思う通りにことが運んだのが嬉しいのか、今日のルナルは普段の五割増しで機嫌がいい。屈託ない妹の笑顔は、心なしかミヅキの気持ちも明るい色に染め上げていった。  ミヅキが鼓膜の震えを感じたのは、そんな一時だった。 「ん? どしたのお姉ちゃん」 「今、どこかで悲鳴が……あ! また!」  ミヅキと同じ音を拾ったのだろうか? 既にアズラエルは槍を背負って駆け出していた。 「東の方ですね……絹を裂くようなご婦人の悲鳴が」  こんな時まで型にはまったような、どこか他人ごとなアズラエルが頼もしい。彼はしかし興味なさげではあるが、しっかりと声の聞こえた方へと走る。ミヅキも弓を手に後へ続いた。 「え? 悲鳴? ちょっとサキネっち! お姉ちゃん達を追うよ!」 「――いや、やはり婿というのは健康な男に限る……ん? どうしたルナル」 「どうした? じゃないよう! もう、今日のサキネっち変だよ?」  ルナルが再び狩猟笛を振り回して空気を集める。その巨大なリコーダーが独特の声色で歌いだすと、ミヅキの身体は再び軽くなった。  ミヅキは先行するアズラエルを追って風になった。